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★1月12日 火曜日★
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ
ばんっ!
…よし、静かになった。
では改めて、おやすみなさい…。
………。
……。
…。
声「起きて、起きてよ〜」
ん、あ?
声「時間だから起きてよ」
体が揺さぶられている感じがする。まぁいい。オレは眠い。
声「起きてよ、こうへい」
う…眠たいんだよ…。寝させろよ…。
声「起きないの?もう、こうなったら…」
ん?
すると、不意に頭の支えが無くなった。
浩平「うわっ!」
そのまま頭はクッションへと自由落下。
浩平「ぐぇっ!」
そしていきなり視界が真っ暗になった。
顔面全体に何かが押しつけられている。
い、息が出来ない…。
浩平「ん〜ん〜む〜ん〜!」
オレは力の限りもがいた。
すると、顔に押しつけられていたものが無くなった。
声「起きた?」
オレは声の主に怒鳴りつけた。
浩平「起きた、じゃない!もう少しで永久に眠るところだったぞ!」
枕元に声の主、真琴が立っていた。
真琴「だって、浩平が起きないときはこうすればいい、って瑞佳が言ってたから」
あいつめ…よりによって一番デンジャラスな方法を教えるとは。
浩平「うー」
真琴「それじゃ、はい」
真琴がオレの鞄と着替えを持って立っている。
オレはこれらを受け取ると、ベッドから抜け出した。
そして部屋を出、階段を降りる。
その後ろを真琴が続く。
浩平「あれ?今日は布団は干さないのか?」
真琴「それなんだけど…。昨日夕方取り込んだら、凍ってたの」
う…。しまった。ここの気候を忘れていた。
真琴「溶かして乾かすの大変だったんだから」
真琴はふくれている。
聞けば、コタツに突っ込んだりヒーターに当てたりと、色々苦労したらしい。
浩平「ごめん。気付かなかったオレが悪かった」
真琴「わかればいいのよ、わかれば」
真琴は機嫌を直したようだ。

食卓に着くと、真琴はホットミルクの入ったマグカップを渡してくれた。
真琴「はい」
浩平「あ、あぁ」
どうもまだ調子が狂う。
オレは真琴が焼いてくれたトーストにイチゴジャムを付け、食べる。
浩平「…なぁ真琴」
真琴「なに?」
真琴もイチゴジャムを付けたトーストをかじっていた。
浩平「今日は昨日言ったとおり、学校来るんだったら放課後になってからだぞ」
真琴「分かってるわよぅ」
浩平「それからしっかり厚着して来いよ。その為に買ってやったんだから」
真琴「…うん」
真琴は頷き、俯いた。
何だか顔が赤い。
浩平「どうした、風邪か?」
真琴「風邪?」
浩平「顔が赤いからそう思ったんだけど」
真琴「な、何でもないわよ」
浩平「そうか?ならいいけど。これも昨日言ったけど、おまえが風邪をひいたら
   困るのはオレなんだからな」
真琴「…うん」
もっと赤くなったようだ。
浩平「…本当に大丈夫か?」
真琴「だから大丈夫だって」
これ以上問答してもきりが無さそうなので、オレは黙ってトーストを片づけにと
りかかった。

浩平「ごめん真琴っ、いま時間は?」
真琴「えーっと…8時5分」
浩平「昨日よりはマシか。それでも急がないといけないのは一緒だけど」
オレは大急ぎで着替えた後、家を飛び出した。
浩平「それじゃ、放課後な!」
真琴「うん!転ばないようにね!」
浩平「転ぶか、ばかっ!…どわっ」
オレは雪の上に仰向けになっていた。
真琴「…………えーと…大丈夫?」
浩平「な、なんとか…」

結局、オレが校門に辿り着くのとチャイムが鳴るのとはほぼ同時だった。
もう少し早起きした方がいいかなぁ…。
ふと見ると、相沢と水瀬も同じタイミングで校門に飛び込んだようだ。
浩平「よぉ、お二人さん」
水瀬「おはよう、折原君」
相沢「……」
相沢は今日もお疲れのようだ。
浩平「………まぁ、がんばれ」
相沢「………あぁ………」
相沢はそう答えるのが精一杯のようだった。

朝のHRが終わった後、オレは机の上に体操着を置き、制服の上着を脱いだ。
すると北川が怪訝そうな顔をして話しかけてきた。
北川「何してるんだ?」
浩平「何してるって、1時間目体育なんだろ?」
北川「あぁ」
浩平「だからここで着替えようと…」
すると北川はオレの肩に手を置いて言った。
北川「すまん、オレが悪かった」
浩平「何が」
北川「お前が知らないのも無理はない。説明していなかったからな」
浩平「だから何が」
北川「この学校には更衣室があるんだ」
浩平「…あ」
北川「ついてこい、案内してやるから」
浩平「あ、あぁ、すまない」
そしてオレは服を持って、北川の後について歩いた。
上着を着ていなかったので、少し寒かった。

1時間目終了後、オレは机の上に突っ伏していた。
1時間目は体育、それもマラソンだった。
これも日頃の行いが悪いからなのだろうか。
オレが一体何をしたというんだ…。
席の前の方を見ると、相沢も同じようだった。

4時間目の授業中。
またもや北川と相沢が窓の外を気にしている。
窓の外は学校の中庭。
見てみれば、今日も一面の雪の上に一対の足跡。
そしてその足跡の行き着く先は、今日もまた木に隠れて見えなかった。
当然オレにも、中庭には誰かがいるんだろう、という事は分かる。
それも女の子だと確信できる。
男なら、相沢や北川があそこまで執着するとは思えないからだ。
だけどオレにはどう頑張っても見ることが出来ない。
席から立てば見えるかも知れないが、授業中にそんな度胸のあることをする程の
ことでもないと思い、授業の方に意識を戻した。
…今日も、既に習った内容だった。

4時間目のチャイムが鳴り響く。
やっと昼食タイムだ。
そう思いながら席から立ち上がり、大きく延びをしているその時。
額に衝撃。
浩平「わわっ」
何かが当たったようだ。
その何かが机の上に落ちたので拾ってみてみると、500円玉だった。
相沢「あ、すまん」
どうやら投げたのは相沢らしかった。
相沢「すまないけど、今日はこれで勘弁してくれ」
そう言うと、オレが声をかける間もなく教室から飛び出して行った。
どうやら先日約束していた、今日の昼飯代のようだった。
だから別にいいって言ってるのに…。
色々言いたいことは有ったのだが、肝心の本人が居ないので、仕方なく昼飯代は
頂戴しておくことにした。
北川「なんだ、あれ?」
浩平「さぁ?オレが聞きたいよ」
美坂が話しかけてきた。
美坂「今日も学食よね」
浩平「あぁ」
美坂は水瀬に言った。
美坂「名雪ー。今日も学食だって」
水瀬「うん。…あれ、祐一はどこ?」
オレと美坂、北川は一斉に首を横に振る。
水瀬「うーん、仕方がないね…」
水瀬は少し残念そうだった。
浩平「あ、そうだ美坂。今日オレがおごるんだったっけ」
美坂「そうね」
結局のところ、相沢の寄こしてくれた昼飯代はそのまま美坂に流れるだけだった。
浩平「で、首尾はどうだ?」
美坂「上々よ。今日の放課後には貸してくれそう」
浩平「それは早いな…。あ、放課後といえば…」
真琴が、といいかけて止めた。そこまでこいつらに話す必要はない。
しかし美坂はオレの言葉を追求してきた。
美坂「いえば?」
浩平「……のんびりしてる場合じゃない。早く学食に行かないと」
美坂「そういえば、昨日学校に来ていた彼女は?」
ばれていた。

その後、昼食の間中、真琴の話をする羽目になった。
こいつら、オレを肴にしてやがる…。
それでも何故か悪い気はしなかった。

本日最後の授業が終わり、ホームルームも終わった後、オレは大急ぎで鞄に荷物
を詰めていた。
北川「お、愛する彼女のところへ向かわれるのですか。末永くお幸せに」
浩平「だからそういうのじゃないって何度も言ってるだろ!」
しかし北川はニヤニヤしたままだった。
浩平「くっ…。それじゃ、お先にな!」
北川「あぁ」
オレは鞄を持って教室を飛び出した。

校門には既に真琴が立っていた。
浩平「お、ちゃんと言っておいたように重装備で来たな」
今日は真琴はコートも着てるし、手袋もしている。
これならまず風邪を引くことはないだろう。
真琴「だって、こうしないと浩平がうるさいんだもの」
真琴はむっとしたようだ。
浩平「まぁまぁ。ま、これで一安心だ。それじゃ、帰…」
声「な、結構可愛いだろ?」
声「そうね」
くっ、この声は!
オレは振り返り言った。
浩平「お前らはヒマ人かっ!」
そこには例の4人組が立っていた。
相沢「オレは帰るところ」
北川「オレも」
水瀬「私は部活があるよ」
美坂「あたしも」
オレは頭が痛くなった。こいつら、やっぱりオレをおもちゃにしてやがる…。
きゅっ。
浩平「ん?」
真琴がオレの背中に身を隠し、コートにしがみついていた。
そしておどおどと4人組の顔を順番に見ている。
こいつは…。
だからオレは真琴に言った。
浩平「大丈夫だ。こいつらは見た目はアレだが一応人畜無害で通っている」
美坂「ひどい言われようね」
ま、当然の感想だろう。
ともかく、真琴に安心してもらうためにも、こいつらのことを知ってもらう必要
がある。
そこでオレはひとつ咳払いをした。
浩平「それじゃお前ら、真琴に紹介してやるからおとなしくそこに立ってろ」
しかし北川がはやし立てる。
北川「なにカッコつけてるんだ〜い?」
浩平「うるさいっ」
オレは北川を怒鳴りつけた。
真琴「?」
だけど真琴は良く分かっていないようだった。
お前のおかげでオレはいいオモチャにされているってのに…。

最初にオレは相沢を紹介した。
浩平「こいつは相沢祐一。オレと同じ日にこの学校に転校してきたヤツだ。オレ
   の不倶戴天の敵、生涯のライバルだな」
相沢「よろしくな」
相沢は真琴に会釈した。
浩平「ってそのまま流すなっ!」
オレは思わずツッコミを入れていた。
相沢「そうか?結構格好いいと思ったんだが」
浩平「…ったく…。とにかくこんな愉快なヤツだ」

次に北川を紹介した。
浩平「こいつは北川潤。一見影が薄そうに見えるが、実はそれなりに存在感のあ
   るヤツだ。オレがこの学校に入ってから最初に話しかけてきた変わり者で
   もあったりする」
北川「それって喜んでいいのか?」
浩平「さぁな。あと、くせ毛に見えるこいつの髪の毛のアンテナは、こいつのチャ
   ームポイントだから抜いちゃ駄目だぞ」
北川「それはオレからもお願いするよ」
北川が真琴に会釈した。
浩平「オレは冗談で言ったんだが…」

続いて水瀬を紹介した。
浩平「彼女は水瀬名雪。1日24時間のうち8割を睡眠時間に費やす、眠りの森
   のお姫様だ」
水瀬「8割じゃないよ、6割だよ」
浩平「…そうなのか?」
オレは相沢を見た。
相沢は黙って頷いた。
浩平「8割は冗談だったんだが、6割も十分多いぞ…。あと彼女は、陸上部の部
   長さんでもあったりする。実に頼れるお姉さんだ」
水瀬「よろしくね」
水瀬は真琴に微笑みかけた。

最後にオレは美坂を紹介した。
浩平「彼女は美坂香里」
美坂「よろしく」
美坂は真琴に微笑んだ。
浩平「見た目は怖いお姉さんだけど中身はもっと怖いから」
ばきっ!
こめかみを左から右へ突き抜ける衝撃。
オレは親指を立て、美坂を褒め称えた。
浩平「ナイス、テンプル…」
そして膝をついた。
美坂「はぁ…。馬鹿なこと言わないでちょうだい」
脳味噌が揺れる感触を味わいながらオレは言う。
浩平「言った通りじゃないか…」
闘気のオーラを漂わせながら美坂はにっこりと言った。
美坂「今度は反対から、いいかしら?」
浩平「いえ、遠慮します…」
真琴はこの一連のやり取りを唖然としてみていたが、突然くすくす笑い出した。
よかった。何とかうち解けてくれそうだ。
これなら美坂のパンチも安いもの…かなぁ…痛い…。
何とかオレは立ち上がり、紹介を続けた。
浩平「彼女は学年トップの成績を誇る頭脳の持ち主でもある。まさに才色兼備、
   文武両道という言葉は彼女のためにあると言ってもいいだろう」
美坂「才色兼備はいいとして、文武両道とはどういう意味かしら?」
浩平「まさに今の一撃がそうじゃないか」

北川「ところで」
北川が言い出した。
北川「俺達男2人の紹介が適当な気がするのは気のせいか?」
浩平「気のせいだ」
オレはきっぱりと否定した。

浩平「それじゃ今度は真琴の紹介だな」
オレは真琴の横に立ち、肩に手を乗せて言った。
浩平「こいつの名前は沢渡真琴。もっとも記憶喪失の身の上だから、本当にこの
   名前かどうかは分からない。オレはこれで合ってると思ってるけどな」
真琴がオレの顔を見つめる。オレは続けた。
浩平「最初オレの前に現れたのは復讐のためだったハズなんだが、どういう因果
   か共同生活しているのはご存じの通り」
すると真琴がオレに聞いた。
真琴「みんな知ってるの?」
オレはばつが悪そうに真琴に答えた。
浩平「言わないといけない状況に追い込まれてな…」
そしてオレはみんなに向き直る。
浩平「とにかく。こいつは見た目は可愛いが、中身は凶暴の一言だ。だから扱い
   には十分に…」
ここでオレは真琴と美坂が目配せし合っているのに気付いた。
美坂を見ると、真琴に頷き、自分の首を右手親指で横に切る動作。
処刑執行ということらしい、って冷静に判断してる場合かっ!
そして真琴は美坂に応じた様子。
オレはといえば、いつの間にか後ろに立っていた相沢と北川に動きを封じられて
いた。
浩平「や、やめてくれ!」
相沢「これは天の裁きだ。諦めろ」
北川「ああなったら最後、美坂は止められん」
美坂はオレの右前、真琴はオレの左前に立つ。
両者、右の拳に気合いを込め…。

目が覚めると、オレは保健室のベッドの上で横になっていた。
枕元には真琴が座っている。
真琴「大丈夫?」
心配そうにオレを覗き込んだ。
浩平「大丈夫だと思…あつつつ」
両の頬が痛む。湿布は貼られているものの、あまり効いていないようだった。
真琴「ごめんね。まさか気絶するとは思わなくて…」
浩平「いや、オレも悪ノリしすぎた」
言いながら身を起こす。
その後、ぶっ倒れたオレを保健室に運んでくれたのはあいつら4人だと真琴が教
えてくれた。
そして、オレを保健室に運び込む間、真琴はあいつらと色々話をしていたらしい。
ただ、具体的にどんなことを話していたのかは、なぜか顔を真っ赤にして恥ずか
しがって教えてはくれなかった。
一体何を話したというんだ?
しかしこれ以上追求しても埒が明かないので、話題を変える。
浩平「どうだ、なかなか愉快なヤツらだろ?」
真琴は楽しそうに頷く。
真琴「うん」
よかった。真琴に友達が出来た。それがただ嬉しかった。

真琴「あ、そうそう」
そういうと真琴は手提げの紙袋をオレに見せた。
浩平「何だそれ?」
真琴「うふふ」
真琴は嬉しそうに中身を取り出す。
真琴「じゃーん!」
浩平「おおっ」
それは女子用の制服だった。
真琴「香里が渡してくれたの」
浩平「汚したり破いたりするんじゃないぞ。借り物なんだからな」
真琴「そんなことぐらい分かってるわよ」
浩平「念のために言っただけだって。怒るな」
真琴「怒ってなんかないわよ」
確かに怒ってはいないようだった。とても嬉しそうだった。
真琴「ねぇ浩平」
浩平「なんだ?」
真琴「この制服、売り飛ばしたりしちゃだめよ」
…そいうえば七瀬の制服、オークションにかけたんだよな…100万円…。
浩平「……売るかっ!」
真琴「何、いまの間?ねぇねぇ」
浩平「何でもないっ!」
真琴「ふーん、ま、いいけどね〜」
真琴の目が笑っている。こいつめ…。

浩平「…ふぅ、そろそろ帰ろうか」
真琴「大丈夫?もう歩ける?」
浩平「ああ、もう歩けると思う」
両頬に手を当てる。痛みもほとんど引いたようだ。
だけど痣は残ってそうだから湿布はまだ剥がせない。
そしてベッドから降り、立ってみる。
その場で足踏みしてみる。
浩平「ほら、な。大丈夫だって」
真琴「じゃ、帰ろ。肉ま〜ん、肉ま〜ん♪」
浩平「気が早すぎるっての」
その後、保険の先生に礼を言った後、オレ達は保健室から出た。
そして昇降口、校門を抜け、商店街へ向かった。

商店街に向かう道でのこと。
浩平「そういえばお前、よく学校に入れたな」
真琴「え?別に何も言われなかったわよ」
どうやら相当に大らかな学校らしい。
浩平「…制服、借りなくても良かったかも」
すると真琴がぶんぶんと横に首を振り、制服の入った紙袋を抱きしめるようにし
て言った。
真琴「真琴、この制服着たいのっ!」
浩平「…いや、別に取り上げようというわけじゃないんだけど…」
それにオレも真琴の制服姿は見たいしな。
浩平「それにオレも真琴の制服姿は見たいしな」
真琴「…え?」
わっ、考えを口に出してしまってる!
浩平「いいい今の無し今の無しーっ!」
オレは両手を振って否定にかかる。
真琴「……」
真琴はしばらくオレの顔を見ていたが、ぽつりと言った。
真琴「……浩平のえっち」
予想外の言葉にオレは思わず大声でまくしたてた。
浩平「ば、ばかっ!制服見るくらいでえっちだったら、オレは毎日学校でえっち
   な気分になってるってのか!」
しかし真琴は冷静に言ってのけた。
真琴「浩平〜、周り周り」
浩平「周り?」
周りを見てみる。
道行く人々がオレの顔を怪訝そうに見ていた。
浩平「あは、あはははは…」
オレは愛想笑いを振りまきながら、その場を退散するしかなかった。
…何だか今日は真琴にやられっぱなしのような…。

その後、商店街に着いたオレ達は、いつもの例の店で肉まんを買って、2人で頬
張りながら歩いた。
浩平「そういえば、今日は真琴の食事当番だったな」
真琴「そうよ」
そう言うと真琴は右手を握りしめながら言った。
真琴「気合い入れて作らなくっちゃ」
浩平「いや、そんなに気張らなくてもいいと思うけど…」
真琴「駄目よ、これは瑞佳との真剣勝負なんだから!」
真琴の目が燃えていた。
だからお前らいつの間にそんな仲になってたんだって…。
オレはふと思ったことを口にしてみる。
浩平「なぁ真琴」
真琴「なに?」
浩平「もしかしてお前、毎日長森と電話してるのか?」
真琴「してるわよ」
…はぁ。
こりゃ本当に電話料金の請求書を見るのが楽しみだわ…。

オレ達は夕食の材料を買うため、商店街のスーパーに立ち寄っていた。
真琴「ミカン売ってるよ」
浩平「却下」
真琴「メロン売ってるよ」
浩平「却下」
真琴「キウイ売ってるよ」
浩平「却下」
真琴「イチゴ売ってるよ」
浩平「却下」
真琴「ドリアン売ってるよ」
浩平「却下」
真琴「もう、ケチねぇ浩平は」
浩平「あのなぁ、夕食の材料買いに来てるんだろ!先にデザート買ってどうする
   んだ!」
真琴「食べる」
真琴はさも当然のように言ってのけた。
オレは頭を抱えた。
浩平「…分かったよ。買っていいから」
真琴「わーい」
そして真琴はドリアンを手に取った。
浩平「わーっ!それだけはダメ!」
真琴「ダメ?」
浩平「ダメダメダメっ!匂いが凄いらしいからダメっ!」
なんで普通のスーパーにドリアンが売ってるんだ。
真琴「ちぇっ、分かったわよ」
何とか分かってもらえたようだ。
真琴「それじゃミカンとメロンとキウイとイチゴを買うわよ♪」
つまりドリアン以外全部って事かよ。
オレも食うからいいんだけど。

果物満載の買い物かごをカートに載せた後、オレは真琴に言った。
浩平「いきなり横道にそれたが、そろそろ本題に入るぞ」
真琴「うん」
オレは鞄から料理の本を取りだした。
そして本を見ながら材料を選んでゆく。
とりあえず3日間分買っておけば、次の休みまでは買い物せずに済むはずだ。
真琴「♪〜」
真琴は楽しそうだった。
浩平「って、ちょっと待てっ!」
真琴「ん?」
オレは真琴が買い物かごに入れようとしたトレーを奪い取る。
それはそれは立派な大トロだった。
食べればさぞかし口の中でとろけるような…。
真琴「だって、魚の切り身でしょ?」
浩平「確かに魚の切り身には違いないけどな、これは種類も食べ方も、何より値
   段が全然違うっ!」
こんなもの焼いた日には罰が当たるって。
真琴「細かいわねぇ浩平は」
浩平「お前が大雑把すぎるんだっ!」

こんな調子で買い物を続け、一通り買い終えてスーパーを出たときにはオレはヘ
トヘトになっていた。
真琴「ダメねぇ〜。日頃の鍛え方が足りないわよ」
浩平「誰のせいでこうなったってんだよ…全く」
真琴「誰のせい?」
浩平「おまえのせいだ」
真琴「あはは、人のせいにするなんてまだまだね〜」
浩平「…うぅ…」
オレは項垂れた。
もう反撃する気力も無い…。
両手の荷物がただひたすら恨めしかった。

ようやく家に辿り着き、真琴がドアの鍵を開けて家の中に入る。
真琴「ただいまー。はー疲れたぁー」
浩平「荷物全然持ってないくせによく言うな」
真琴「あら、か弱い女の子に荷物持たせる気?」
浩平「どこにか弱い女の子がいるんだ?いるならここに連れて来いっ」
真琴「目の前にいるじゃない」
浩平「……はぁ…」
これ以上下手に付き合っても余計に体力を消耗するだけなので、オレは黙って荷
物をキッチンにまで運び込んだ。

今日の夕食の支度は真琴の当番。
塩と砂糖を間違える、フライパンから炎が上がる、などのお約束を経た後、何と
か食べられそうものが食卓に並ぶこととなった。
真琴「…あうぅ…」
申し訳なさそうな悔しそうな、何だか複雑な顔をしている。
浩平「ま、誰でも最初はこんなもんだろ」
見た目はお世辞にも上出来とは言えない。
だけど。
料理をひとつまみし、口に入れて咀嚼する。
浩平「うむうむ。味は十分及第点だ。問題なし問題なし」
真琴「ホント?」
浩平「ああ」
真琴の表情が明るくなった。
浩平「それじゃ、いただきます」
オレ達は手を合わせた後、食べ始めた。

浩平「真琴ー」
流し台で食器を洗いながら、リビングにいるはずの真琴に声をかけた。
ちなみに真琴が食事の支度をした日はオレが食器洗い、オレが食事の支度をした
日は真琴が食器洗い、と決めていた。
真琴「んー、なにー?」
リビングから声が返ってきた。
浩平「明日から学校行くから、明日は30分早く起きるぞ」
真琴「うん、わかった」
浩平「だから今日は早く寝ろよ」
真琴「わかってるわよぉ」
今日の帰り、真琴は大量にマンガを買い込んでいたから、こうでも言っておかな
いと夜遅くまでマンガを読み耽りそうだった。
真琴「それじゃお風呂入るねー」
浩平「おう」
真琴「覗かないでよ」
浩平「覗く代わりに糸コンニャク放り込んでやるよ」
真琴「やめてよぅ」
浩平「ははは、冗談だって」

真琴が風呂から上がった後、オレも続いて入った。
風呂から上がった後リビングを覗いたが、もう真琴は居なかったので、部屋に戻
ったのだと思い、オレも部屋に戻った。
そしてベッドに寝転がる。
浩平(明日から真琴と一緒に登校か…)
その様子を思い浮かべているうちに瞼が重くなってゆく。
しかし、あと一歩で眠りそうなところで、あることを思い出した。
浩平「忘れてた忘れてた」
慌てて目覚まし時計に手を伸ばし、アラームの設定を30分早めた。
浩平「これでよし、と」
そして再び目を閉じると、そのまま眠ってしまった。

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