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★1月9日 土曜日★
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ
ばんっ!
鳴り続ける目覚まし時計を叩きつけ黙らせる。
これでしばらくは安心だ。
………
……
…
浩平「うわっ!」
飛び起き、慌てて目覚まし時計を見る。
時計の針は、7時半を3分ほどまわったところ。
昨日よりは少しマシだ。しかし朝の2分程度など気休めにもならない。
手早くトイレを済ませ、洗面を済ませ、朝食をつまむ。
そして着替えたのち、玄関から飛び出す。
今日はきちんと施錠してきた。
そのおかげで、登校には余裕があった。
まだあまり生徒の居ない校門を通り抜け、昇降口を抜け、教室に入る。
日直らしい生徒がいたので適当に挨拶を済ませ、席に座る。
浩平(…暇だ)
やることがない。
いや、ここは学生の本分に従って予習でもすべきなのだろうが、今日は転校後2
日目、初めて新しい学校で授業を受ける実に記念すべき日だから、どこをどう予
習すればいいのか全く分からない。
だからとりあえず鞄の中を覗いて、時間割を見ながら教科書とノートの確認をし
たりしながら時間を潰した。
そのうち、教室内の生徒の数が増えてくる。
予鈴が鳴った。
教室に入ってくる生徒の数が急に増えた。
どうもこのあたりが登校ラッシュのピークのようだ。
北川の顔を確認したので、適当に挨拶を済ます。
北川「もうちょっと元気良く挨拶できないのかよ」
自分の席に座りながら北川は言った。
浩平「まだ暖気運転中だって。朝から燃料使ってられないっての」
北川「だったら早弁でもしたらどうだ?」
浩平「残念ながらオレは学食派なんだよ」
北川「そうか、なら今日…は土曜日だから無理だけど、月曜日から一緒に学食に
   行くか?」
浩平「おう、ここの学食での生き方を教えてくれ」
北川「戦い方を教えてやるよ」
浩平「戦い方か、頼もしいな」
北川「まかせとけ」
浩平「おう。…ところで、相沢と水瀬は?」
北川「そのうち来るだろ。ほれ」
北側に促されて扉を見ると、二人の姿を確認できた。
それと同時にチャイムが鳴った。

授業中。
オレは天に感謝していた。
いま教師が板書している内容は、前の学校で2学期の期末試験に出てきた内容だ。
つまり前の学校の方が、少しだが先に進んでいたことになる。
あまり得意な教科ではないが、勉強した内容をすぐに忘れるほど苦手でもない。
だから授業中だが余裕が出てきた。
しかし転校2日目からいきなり授業中に寝るというわけにもいかない。
暇つぶしのネタを考えているうちに、ふとあることを思い出した。
机の中から要らないプリントを取り出すと、小さくちぎり、裏にこう書いた。
『あなたの「男の料理」のレシピを教えてください。
 当家秘伝料理のレシピをお教えします』
そしてオレの得意料理(というか他に出来ないのだが)であるチャーハンのレシ
ピを紙切れに書き込んだ。
秘伝のレシピを書き終え、相沢に渡すよう北川に頼もうとしたとき、重大な事に
気が付いた。
相沢も転校生じゃないか。
ふと相沢を見てみると、頭を抱えていた。
分かり易すぎる奴だった。
だからオレは紙切れにこう書き加えた。
『※ただ今特別キャンペーンサービス期間中。
  休み時間に今回の授業内容について解説いたします』
これでよし。
紙切れを相沢に回すよう北川に頼み、待つこと20分ほど。
北川から紙切れが戻ってきた。
内容を見てみる。

 折原浩平はソース焼きそばのレシピを手に入れた!

……チャーハンと焼きそばのローテーションってのもなぁ……。
オレは頭を抱えた。
それでも教えてくれたことに違いはないから、とりあえず感謝はしておこう。
あと、休み時間の個人授業も忘れてはいけない。
…自分で考えておきながら「個人授業」の響きに気分が悪くなった。
一人漫才をしていると、北川に紙切れを手渡された。
中身を見てみると、これもレシピだった。
どうやら北川も教えてくれたらしい。
しかし…オレの料理スキルのレベルでは到底再現不可能な内容だった。
それでも教えてくれたことには違いないから、こちらも感謝しておこう。
それにいつかレベルアップしたとき役に立つかも知れないし。
ふと紙切れをもう一度見てみると「解説よろしく」と書いてあった。
塾生が2人だけの少数精鋭な学習塾の開校となったようだ。

休み時間。
オレは塾生相手に講義をしていた。
ちなみに相沢と北川がつまずいたところは、オレもかつてつまずいたところと同
じだったので、かえって教えるのは楽だった。
この講義はレシピが欲しくて出した単なる交換条件だったのに、2人には大げさ
なほどに感謝された。
2人に押し切られ、来週月曜日の昼食を奢ってもらう約束まですることになった。
そしていつの間にか水瀬も塾生に加わっていた。
浩平「えーと…」
水瀬「あ、えっと、水瀬名雪だよ。よろしくね」
そう言って水瀬は自分の名前を書いて教えてくれた。
浩平「あ、あぁ、折原浩平だ。よろしく」
そういえば自己紹介をしていなかったっけ。
いつも相沢と一緒にいるから既に済んでいると思い込んでいた。
浩平「水瀬の名前って雪の字が入ってるのか」
水瀬の書いた字を見ながら言った。
水瀬「珍しいでしょ」
浩平「そうでもないよ。前の学校の先輩に“雪見”という名前の人がいたんだ」
そう言って字を書いてみる。
水瀬「ふーん。じゃ、ありふれた名前なんだ」
浩平「いや、そんなにありふれてもいないと思うけど」
その後、前の授業についての講義を行った。
そして水瀬からは、受講料としてお気に入りの料理の本を教えてもらうことになっ
た。
こういう受講料の方が気が楽なのでいいのだが、相沢と北川には聞き入れてもら
えなかった。

次の授業も、既に習った内容だった。
どうも前の学校の方が、全体的に先に進んでいるらしかった。
そして次の休み時間、オレの机の周りには塾生が集まっていた。
当分昼食とレシピには苦労しなくて済みそうだ。

その次の時間。
北川と相沢が何やら話していた。
何を話しているかは全く聞こえなかったが、窓の外を気にしているように見えた。
何があるのか、と窓の外を見てみたが、雪の積もった中庭しか見えない。
しかし、ふと、雪の上に足跡が有るのに気づく。
誰か居るのか?
だが足跡の終着点は木に隠れて見えなかった。
どう頑張っても見えなかったので、諦めて黒板の方を向いた。

今日最後の授業が終了した途端、相沢が教室から飛び出した。
北川が呼び止めていたが、無視されたようだ。
浩平「何があったんだ?」
北川「さあ?」
オレ達二人は首を傾げるだけだった。

ホームルームが終わって暫くしてから相沢が戻ってきた。
すると、水瀬が相沢に文句を言った。
どうやら何やら約束をしていたらしい。
オレはどこかで見たような光景に苦笑していた。

とにもかくにも、放課後だ。
学食が開いているようなので昼食を食って帰っても良かったのだが、一度商店街
の方を覗いてみるのもいいかと思い、向かってみる。
最初の目的は飲食店探し。
良く考えてみれば、北川や相沢を誘っても良かった。
相沢は引っ越して間も無いだろうから、まだどんな店が有るのか良く知らないだ
ろうが、北川なら色々と知ってそうだった。
しかし既に時遅し。
今日のところは一人で探索するしかなかった。
浩平「一人で色々探してみるのもいいものだ」
自分に言い聞かせてみる。ちょっと空しかった。

店を出る。
結局、全国にチェーン店を展開している牛丼屋で昼食を済ませた。
これでは探索した意味が無いんだが、また別の機会にでも探せばいいんだと思い
直す。
今度は北川から情報を仕入れてから来ようとも思った。
この後。本屋やCD屋を探して歩いた。
本屋はすぐ見つかったので、水瀬に教えてもらった本を探し出して購入した。
だがCD屋が見つからない。
無いはずはない、と思って探し回ったが、全く見つからない。
やむを得ず他の店を色々見てみることにした。
そして、ある文房具屋から出たときのこと。
声「やっと見つけた…」
目の前に薄汚い毛布に体をくるんだ人物が立っていた。
それほど背は高くない…子供だろうか?
声は女の子のようだった。
浩平「えーと?」
周りを見回す。オレの他には誰もいない。
自分を指差しながら問いかける。
浩平「オレ?」
声「そう、あなたよ」
そう言うとその人物はくるまっていた毛布を投げ捨てた。
女の子だった。
女の子「あなただけは許さないから」
…かっこいい…。
いやいやいや、見とれている場合じゃない。
その人物は女の子で、オレを睨み付けている。
見たところやはり年下のようだった。
それでも椎名や澪ほどには年下に見えない。
(もっともこの場合、比較対象が少々不適切すぎる気はするが)
だが顔に見覚えはない。
オレは頭を掻きながら女の子に尋ねる。
浩平「えーと、人違いじゃないかな」
しかし帰ってきた答えはこうだった。
女の子「あなたよ!あなたに間違いない!」
女の子の目は真剣だ。冗談を言っている様子は無い。
だがオレには全く身に覚えが無いのだ。
オレが戸惑っていると、女の子は言い放った。
女の子「…覚悟!」
そしてオレに殴りかかってきた。
完全に隙を突かれた。避けきれない!
来るべき衝撃に備え、身を固くした。

ぺち。

浩平「…へ?」
オレは思わず口に出していた。
女の子はオレを殴り続けていた。
ぺちぺちぺちぺちぺちぺち。
女の子「このっ!」
足技も加えてきた。
ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち。
しかし、全く効かない。
普通はどんな弱いパンチやキックでも、それなりに効果はあるものだ。
これはある意味才能かも知れない。
このような馬鹿なことを考えていると、女の子は攻撃を中断した。
女の子「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
肩で息をしている。
浩平「えーと…大丈夫?」
我ながらなんて間抜けな質問だ。
女の子「あうーっ…。お腹さえ空いてなかったら…」
刺客は腹を減らしているらしかった。
それで力が出ないのだろうか。
すると、いきなり女の子の体が揺れる。
浩平「おいっ」
女の子の体が崩れ落ちたので、オレは慌てて抱きかかえる。
女の子「きゅう…」
気絶しているらしかった。
浩平「…えーと」
とりあえず、落ち着け、オレ。
浩平「えーとえーとえーとえーと」
この状況はまずい。非常にまずい。周りに人だかりが出来ている。
浩平「えーとえーとえーとえーとえーとえーとえーとえーと」
こんな状況でこの子を置き去りになんかしたら、二度とこの商店街には近寄れな
くなる。
というか置き去りになんてできない。
浩平「えーとえーとえーとえーと」
だったら答えは一つしかない。
女の子を背負って商店街から走って逃げる。
浩平「すみませーん、通してくださーい!」
大慌てで商店街を駆け抜けた。

浩平「ぜー、ぜー、ぜー、ぜー」
負荷重量付きで雪道を全力疾走するのはさすがにきつかった。
家に辿り着いたときは息も絶え絶えだった。
これで転ばなかったのはラッキーだったとしか言いようがない。
鍵をポケットから探し出して玄関のドアを開け、家の中に入る。
しかしオレは上がり端で立ちつくしていた。
浩平(弱ったな…)
こんな女の子を床の上に寝かせるわけにはいかない。
だが、この家にはベッドしかないので、予備の敷き布団が無いのだ。
かといって由紀子さんのベッドに寝かせるのも躊躇われた。
ましてやソファーに寝かせるなど論外だ。
しょうがない。オレのベッドに寝かせるしかないか。
2階に上がり、オレの部屋に入ると、女の子をベッドに横たえ、毛布と掛け布団
をかけてやる。
浩平(…よく寝てるな)
当分女の子が起きそうにないことを確認すると、オレは家から出た。
そしてコンビニへ向かう。
家の冷蔵庫にも戸棚にもほとんど何も残っていないので、数日分の食料を買い込
むためだ。
腹持ちの良さそうなもの、消化の良さそうなものを適当に見繕い、レジに向かう。
コンビニを出るときは、両手にビニール袋を下げた格好となった。
浩平(重い…)
少々買いすぎたようだ。
もっとも真冬だから、簡単にカビが生えたり腐ったりはしないだろうが。

家に帰り着き、オレの部屋を覗いてみたが、まだ眠っているようだった。
起こすのも可愛そうなので、11時頃まで待ったが、一向に起きる様子がない。
仕方なく、コンビニで買い込んだ食料のうち、日持ちのしないものを選んで遅い
夕食とした。
ジュースを飲んでいるとき、ふとテーブルの上に1枚のメモが置いてあるのに気
付いた。
「2ヶ月ほど出張します。
            ゆきこ」
内容の重大さとは裏腹に実に簡潔な文章だった。
これで当分は一人暮らしということか。
もっとも今日はあの女の子もいるが、目が覚めたら自分の家に帰るだろう。
そしてリビングに向かい、ソファーの上に横たわり、毛布にくるまった。
今後の予算配分を考えているうちに眠りに落ちていった。
………。
……。
…。
がさごそ。がさごそ。
浩平「ん?」
がさごそ。がさごそ。がたん。
声「あうーっ、食べられそうなもの何も無いよぅ…」
………はぁ。
ソファーから降りてキッチンを覗いてみると、女の子が冷蔵庫を漁っていた。
女の子「あぅー、お腹空いたよぅ…」
コンビニで買い込んだ食料が食卓の上に置いてあるのだが、全く気付いていない
ようだ。
ため息をつきながら台所の明かりを灯す。
女の子「きゃっ!」
かなりびっくりしたらしく、女の子はおびえた目でこちらを見ている。
だからオレは努めて優しい声で言った。
浩平「目が覚めたか?椅子に座ってちょっと待ってろ」
女の子はおずおずと椅子に座る。
オレは電子レンジで牛乳を温め、マグカップに入れてやる。
浩平「ほれ、これでも飲んでろ。ちょっと熱いから気を付けろよ」
女の子「…」
しかし飲もうとしない。怖々とオレとマグカップの間で視線を往復させているだ
けだ。
浩平「毒なんか入れてないから。何なら毒味しようか?」
オレがそう言うと、ようやく安心したのか女の子はマグカップを手に取り、黙っ
て飲み始めた。
女の子「…」
緊張していた顔が僅かだが和らぐ。少し落ち着いたようだ。
浩平「聞きたいことは山ほど有るんだけど今日はもう遅いし。それ飲んで落ち着
   いたら早く寝た方がいいと思う」
女の子「…お腹空いた…」
オレへの最初の言葉がそれかい、とツッコミを入れたくなる自分を抑えつけた。
浩平「その袋の中にパンが入ってるから、適当に食べてくれればいい」
そう言って食卓の上のコンビニの袋を指し示す。
女の子「…」
女の子はコンビニの袋の中からメロンパンを取り出すと、黙って袋を破り、食べ
始めた。
浩平「オレはもう寝るから、あとは適当に食べていいよ。でも、なるべく早く寝
   たほうがいいと思うけど」
女の子が頷いたのを確認すると、オレはリビングに戻り、ソファーの上で毛布に
くるまって寝ころんだ。
間もなく眠りが襲ってきたので、オレはそのまま眠りについた。

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