UNDER THE SAME SKY *2
「青島くん」
領収書の精算にようやく夢中になり始めた青島の後ろから、すみれが肩を叩いて声をかけた。
ぎっ、とイスをきしませて青島は後ろを振り向く。
「ナニ、すみれさん」
「室井さんから電話」
「室井さんッ?!」
「3番よ」
あわてて自分の電話を取り、3番を押す。
室井さんから電話があるなんて、一体どうしたのだろうか。
青島が刺されて入院したときから約4ヶ月。退院してから約1ヶ月。その間特に連絡なし。
久しぶりといえば、あまりに久しぶりである。
「もしもし」
「青島か」
「はいっ。どうしたんですか、室井さん」
名前を呼んでもらいたくて、あえて名乗らない青島。
「退院したそうだな」
「……はぁ」
1ヶ月も前にね…。
「おめでとう。…と、言うのを忘れていた」
「…あ、どうも…」
「話をしたい。ついでに退院祝いもしよう。…今晩、空いてるか?」
「えっ、退院祝いもしてくれるんすか?!はいはいはい、空いてますよ!」
「よかった。じゃあ、7時に…」
「迎えに行きます!!!」
「…そうか?…じゃあ、6時過ぎに本庁まで来てくれるか」
「はいっ」
満面の笑顔で受話器を置く青島を、すみれはやれやれという目で眺めていた。
そんなんじゃバレバレだよ〜、と教えてやりたいと思いながら。
突然の室井からの電話に、青島の心は完全に浮き立っていた。
あとはただひたすら仕事をこなし、ただひたすら定時が来るのを待っていた。
定時が来ると、課長の制止も聞かず、青島は湾岸署を飛び出した。
もうすぐ、室井さんに会える。
6時になる前に警視庁前に着き、青島は心臓がやかましく鼓動し始めるのを聞いた。
初めて告白する中学生みたいだと思った。
それから、ハタ、と気づく。
ダメだ。こんなに浮かれてたら、室井さんに怪しまれる。
本当に、好きな人に想いを告げる直前の中学生のようだ。
心臓はやかましいし、顔は笑ってるし、気分は妙に照れくさいのにハイテンションだ。
バレる。これではバレる。
それだけはくい止めようと、青島が無理に顔を引き締めているところへ、室井が出てきた。
軽く挨拶を交わしてから、二人は車に乗り込んだ。青島は、運転席へ。室井は、助手席へ。
助手席に室井が座ってくれたことを少し嬉しく思いながら、青島は室井の案内に従って車を走らせた。
室井がオススメだと言う店で、二人は夕食を取った。
室井の趣味が良いことを示すべく、その店はオシャレで高尚で、でも近寄りがたいわけでなく、とても雰囲気のよい店だった。
青島もすぐに気に入った。さりげなく、頭の中の良い店リストに加えておく。
「で、話ってなんですか」
夕食があらかた終わった頃。青島は、ずっと気になっていたことを切り出した。
「うん、…怪我は大丈夫か」
「え?あ、はぁ、もうすっかり。医者の人からも、治りがはやいってびびられました」
「…そうか、君らしいな」
「話って、それですか?」
「…いや、あの時は、私の命令で君を死にそうな目にあわせてしまって」
「はいっ?!」
大きな声をだして室井の言葉をさえぎる。
またこの人はこういう事を考えてたのか。
「何のことかわかりません。俺、あんたの命令で怪我したわけじゃないです」
「いや、でも」
「でももなにも。そんなことで責任感じられても、俺嬉しくないですよ。謝らないでくださいよ。やですよ、俺」
「君は、それでいいのか?」
「いいですよ。だってこうして元気に刑事やってられるんだもの」
「…すまな」
「だから、謝らないでっつってんのに!」
「…すまない」
「結局謝るのね…」
「今のは、謝ってしまったことに謝ったんだが…」
「だあっ、もうっ、頭おかしくなるから止めましょう!」
「…君がもういいなら、私はこれ以上は言わないが…」
「じゃ、終わりね。終わり」
無理やり話を終わらせると。室井は、少し居心地悪そうに目を伏せた。
その様子を色っぽいな〜と感じながら、青島は室井に言葉をかけた。
「ねぇ、この後俺のオススメの店に行きませんか?もっと飲みましょうよ」
「…いいな」
青島と室井は、近くのバーに移動して飲み直した。
黙々と飲みつづける室井はかなり酒に強いらしく、まったく酔ったそぶりを見せない。
酒に強い自信があった青島のほうが、だんだんと酔いを自覚し始めた。
先ほどから、酒を飲み下す室井の白い喉が気になってならないのだ。
抱き寄せて、キスしたら、きっとすぐに痕が付いてしまうんだろう。
でも、やったら最後、二度と近寄ってもらえないだろうなぁ。
そんなことばかり考えていたので、自然と口数が減ってしまった。
「どうした、あまりしゃべらないんだな」
「え?いえ…」
「悩み事か」
「えーと。…いえ」
悩み事といえば悩み事かもしれないけど。
あんたにキスしようかどうしようか悩んでます、とか。
あんたが好きで好きでどうしようか分からなくて悩んでます、とか。
…言わないけど。
「好きな人でも、できたのか」
バレた?!
ギクリとして、横にいる室井を見る。室井もゆっくりと青島へ顔を向けた。
青島の動揺を見てとったのか、少し笑って「そうなんだな」と言った。確信しているようだった。
このまま突っ込まれると、酔いとノリで想いを告げてしまいそうな自分が怖かった。
「で、誰なんだ?」
少し嬉しそうな顔でたずねる室井を見て、青島は思わず息を止めた。
室井の、目が輝いているように見える。明らかに好奇心があることを語っているように。
中高時代、放課後友人同士で好きな女の子を探り合ったときの、あの友人の瞳と同じ輝き。
ああ、ダメだ。と青島は思った。
この人の中で自分は、「友達」でしかないんだ。
万が一の可能性もない。
大切な約束をした、ただの同僚。
…分かってたけど、俺の気持ちが届く日は来ない。
初めて、自分が心のどこかでやはり室井と想いを通じ合える日が来ることを望んでいたのだということを知った。
だめだ。
本当のことを言っちゃだめだ。
この人の信頼を裏切るわけにはいかない。傷つけるわけにはいかない。
この人から、大切な友人を奪ってしまうわけにはいかない。
「青島」がいなくなったら、この人はまた顔を凍りつけて。独りで闘ってしまうから。
…俺には、そんなことできない。
…大丈夫。
俺、まだまだ耐えられるよ。
あんたが俺を「友達」として見るなら、俺もきっとイイ男友達を演じて見せるよ。
あふれそうな情欲が映ってしまうなら目なんていらない。
思わず愛を語ってしまうなら口なんていらない。
嫌がるアナタを抱きしめてしまうなら手なんていらない。
だから、ねぇ。
……俺にいつまでも笑いかけてて。
その曇りのない瞳で。
「そんなの秘密っすよ」
そういって青島はなんとか室井の追及をかわした。
後はもう、何を話し掛けられても適当な返事しか出来なかった。
「友達」の態度をとろうと、ただそれだけしか考えられなかった。
ちんたらと歩みが遅くて申し訳ございません…(汗)
次回、少し進展する予定でございます。…多分!(オイ)