UNDER THE SAME SKY *3
その日から、青島が私の目を見なくなった。
隣で話をしていても、電話で話をしていても、どこかそっけない。
「何かあったのか」
「今、もしかして仕事中なのか?」
「鬱病にでもなったのか」
いくら訊いても。
「いいえ」
それしか、返ってこなくて。
どうして、私を見ようとしないんだ?
日ごとに大きくなる不安を、室井はただ抱えるしかなかった。
怒りではなかった。
突然無愛想になった青島に対して、怒りよりもむしろ不安がわいた。
そして、ふと思い至った答えに納得する。
―――――ああ、私の気持ちがばれたのか、と。
あの日の、会話で。
好きな人ができたらしい青島の話を聞いて。
必死で押し隠したけれど、きっと私の動揺が彼に伝わってしまったのだ。
そして勘のいい青島のことだ、わかってしまったんだろう。
…私が、青島のことを、好きなのだと。
だから青島は私を見ないのか。
私を、汚いと思うのか?
異常だと、そう思うのか?
男なのに男を好きになるなんて?
…でもこの想いは真実。
おかしいと思ったけれど、止めることなんてできなかったんだ。
* * * * * * * *
「青島。」
休憩所で、いきなり名前を呼ばれた青島が驚いて振り向くと、真後ろに室井が立っていた。
いつの間に近づいたのか、まったく気づかなかった。
手に持ったコーヒーを、驚きのあまり落とすところだった。
「室井…さん。なんで…」
「用事があったので寄っただけだ。…今、ちょっといいか」
そういって見下ろしてくる瞳から、青島は目をそらした。
久しぶりに会えたという喜びが、あまりにも鮮明に目に映りそうだったから。
「仕事があるのか」
「いえ…」
「じゃあ来い」
ぐい、と腕を引っ張られ、青島はしぶしぶ歩き出した。
歩きながら喉の渇きを感じて、一気にコーヒーを飲み干した。が、喉の渇きは取れない。
コーヒー缶をごみ箱に投げ入れた後は、ただひたすら室井の後に従った。
そうして、たどり着いたのは屋上。
二人きりだという状況にくらくらしながら、青島は努めて冷静な声を出した。
声に、欲望が混じってしまわないように。
「何すか、こんなとこで」
その冷たい声に、室井は知らず、眉間に皺を寄せた。
彼が渋っているのを無理やりつれてきたことは分かってる。
だからって、そんなに冷たい声をするな。
そんなに私と話すのが嫌か。
もう関わりたくないと思ってるのか。
…そう考えると、涙が出そうだった。
それを必死でこらえて。ゆっくりと体の向きをかえて、青島の目をひた、と見つめた。
すると青島は案の定、室井と視線を合わせないようにさりげなく横へずらした。
「私は君に何かしたのか?」
「?!」
眉間に皺を寄り深く刻むことで、震えそうになる声をなんとか抑える。
室井のその大きな目が、だんだんと潤みを増してゆく。
「私のことが嫌いになったのなら、それでもいい」
「なっ…にを」
ようやく青島が動揺して口をはさむ。
目を大きく見開いて、室井を見つめた。
ようやく青島と目があった室井は少しだけ微笑んだ。…自嘲的な微笑だったけれど。
距離をとっていたことを、私に気づかれると思っていなかったのだろう。
青島の、どんぐり目が小気味いい。
…だが、その次に来るだろう肯定の言葉が怖くて。
室井は顔を歪めた。
はっきりと告げられるのは嫌だった。そんな、ざっくりと心臓を一突きにされる言葉は聞きたくなかった。
それでもどうせ、嫌いだ、もう関わりたくないと言われるのなら。
「せめて、理由ぐらいは言ってくれないか。…私を、嫌いになった理由ぐらいは」
悲痛な顔をして、室井は青島を見上げていた。
その潤んだ瞳を見て、青島は息を飲んだ。
目をぎゅっと瞑り、手をぎりぎりと握り締める。
青島が何をしたいのか分からなくて、室井は彼の顔を覗き込んだ。
その瞬間、気配でそれを察した青島が目を開けて。
室井が見た青島の目は、なぜか自分のそれと同じように濡れていて。
そして、青島が叫ぶのを聞いた。
心の底から搾り出したような、苦しげな叫びを。
「…俺っ…、あんたと、友達のフリすんのに疲れたんだ………!!!」
…そうだったのか。
そんなにも辛かったのか…。
それでも、お前は優しいから。
私のために、友人のフリをしつづけてくれていたんだな。
こんなにお前に辛い思いをさせた私のことなど、忘れてくれていいから。
私も、これ以上迷惑をかけないように、お前を忘れる努力をするから。
もうお前に会いに来たりしないから。
室井は目の前が真っ白になるのを感じた。
大切に大切にしていた何か。
結局自分で壊すきっかけをつくってしまった何か。
でも、今までで一番愛しかった、それが。
心の中で、音を立てて壊れていった。
けれど。
室井が次に聞いたのは、予想だにしなかった愛しい人の言葉。
「俺、あんたのことが好きでたまらないんだ……!!!」
しばらく、思考回路がフリーズして。
数回青島の今の言葉を反芻してから、ようやく室井は反応した。
「…は?」
…我ながら間抜けな反応だと思ったが。
青島が、私のことを、スキだって???
スキ?隙。鋤。数寄。
違うって。
………好き???
「…そう…だったのか?」
疑わしげに眉を寄せた室井を見て、何をどう勘違いしたのか、青島はひどく傷ついた顔をして
「もう、忘れてください!!俺のことなんて忘れてくださいっっ!!!!」
そう叫んで屋上から逃げていった。
後に残された室井は、ただ事態の急変に唖然とするばかり。
しばらくしてから、ようやく青島に怒りの言葉。
「私の告白、という手順はないのか?…あのほんずなっすは…」
は〜、進展しましたねっ!!(え、しました…よね?)
というわけで青島君と室井さん、両思い発覚編でした(笑)
青島君気づいてないけど。
…私には、シリアスなんて書けないんですっっ!!!(逃げ)