Calling you.




≪4≫


佐久間に手を引かれたまま、昼間のことを思い出してなんとなく気まずい気分で広間に入ると、そこには何故か万里子と奈々と小学生以下のチビたちを除いた陣内家の面子が勢揃いで定位置に座っていた。
時計の時刻は夕食時をとっくに過ぎた9時21分。大きく繋げられた食卓には宴会の名残が見えるだけで…女性陣などは台所に引いてしまっている時間帯なのに。


「おはよう、健二くん」


なんでだろう、にこやかに話しかけてくれる夏希の笑顔が、どことなく怖い。


「お、おはよう、ございます。…すみません、見苦しいところを見せてしまって」
「見苦しいなんてないよ!泣いてる健二くんも可愛かったし!むしろ美味しい思いしてる佐久間くんのずるさが腹立たしいというか……
「夏希先輩…?」
「なっ、なんでもないから!それよりほら、座って座って」


ポンポンと叩く彼女の隣は、初めから決まっていたように二人分開けられている。その間に佐久間と二人で滑り込むと、姿の見えなかった万里子が見計らったように「お腹空いたでしょ?お夕食の残りで悪いけど」と言いながらも、美味しそうに湯気の立っている料理を乗せた盆を持って、素晴らしいタイミングで入ってきた。
夕食の残りと言いながらも食卓に広げられた皿の数は多く、二人分にはとても見えない量だ。ものすごくみんなに凝視されていて手がつけにくいことこの上なかったが、上座に座った万里子と正面近くに座った奈々に笑いかけられて、佐久間の方を見ると、苦笑混じりに視線を返された。握っていたお互いの手を離して、そっと両手を合わせる。


「「いただきます」」
「はい、めしあがれ」


二人揃っての挨拶に、朗らかな万里子の声がかかった。佐久間の来訪は連絡すらなかったはずなのに、“予定”を大切にして陣内家を取り仕切る新当主はいやに上機嫌だ。
昼間のやりとりを知らない健二は内心首を傾げながら、皿に分けられた二人分の食事に箸を向けた。
芋の煮っ転がしをパクリと口に放り込む。温かくて柔らかくて、ほっこりと美味しいそれに、思わず頬を緩ませると、二人の様子を伺いながら酒宴を再開させていた年配の男性陣――万作と万助からにんまりと笑い混じりのお声がかかった。


「ところで〜…健二君と彼は付き合ってるのかい?」

ゴフッ

「へ?なんですか、万助さん?」


隣で盛大に噎せてしまった我が校のマドンナの背中をさすってやりながら、美味しいごはんに打つ舌鼓に紛れた万助の問いかけに首を傾げる。


「だぁかぁらぁ、」
「ちょっと師匠!余計なこと聞かなくていいから」
「余計なこたないだろう、健二さんは陣内家の一員なんだぞぅ?」
「そういうのを下衆の勘ぐりっていうんだよ」
「なにを言う、家族の元に現れた(他人)の素性を尋ねるのは常識だろう」
「他人って…佐久間はラブマシーン戦の立役者ですし、皆さんもご存知でしょう?」


ぶふっ。

何故か焦っている様子の佳主馬と珍しく冷ややかな理一の制止をにんまり笑いで軽く受け流す万助と万作に、要件を把握しようとちゃんと話を聞いていた健二が気になった所だけを訂正すると、隣で当人が吹き出した。
横目で見れば、佐久間は箸を握りしめたまま笑いを堪えているようだ。今の言葉のどこに笑いどころがあったのかは知らないが、笑い上戸が我慢している様は少しばかり苦しそうにみえる。


「…佐久間、大丈夫?」
「だいじょ、ぶ…っ」
「あれー"敬"クンじゃないの〜?」
「えっ?」
「つまり、彼が健二くんのコレじゃないの」
「ぇえっ?」


いや、"コレ"とか言って親指立てられましても。
意味は知っているが意図をすぐには掴めなかった。
立てられた親指が意味するものといえば。


「ぇええ!?そ、そんな…!!」


わたわたと赤くなりながら両手を振る姿は、端から見れば健二のアバターにも似て大変可愛らしく、約一名除く女性陣はのんびり和んでいたのだが、本人はそんなこと気づきもせずに、戸惑った眼差しを佐久間へ向ける。
話の的となっている本人は、万作持参のイカの刺身をつついてどこ吹く風だ。


「ええと、さくま、は………」


まるで気にしていない様子に、逆に頭が冷える。動揺してしまったのはアレだ、起き抜けで思考回路が誤作動を起こしているからだ。
健二は楽しげに自分の解答を待っている二人と佐久間の顔を見比べて、隣から漂ってくる冷気に内心引きながら取り敢えず白く輝くイカに箸を伸ばした。だって遠慮を知らない親友の箸がいつの間にか食べ尽くしそうなペースで動いている。


「佐久間は…」


なんだろう、なんて考えるのも面倒になってくる。
なんせ佐久間なのだ、連れ添ったつもりは毛頭ないが、一緒にいるようになってもう何年にもなる。意識しなくても当たり前に隣にいるような人間を、今更何かの区切りに当てはめるのは無意味なように思えてしまう。


「健二くん、無理にひねり出さなくてもいいよ」
「そうそう、他人は他人で片づけてもいいし」
「うわキングひでぇ!」
「今はもうキングじゃないし」
「まぁ他人と言えば他人だよね」
「健二まで!?――あ!」


敷いてある大葉ごと、きれいに盛り付けられたイカをごっそり一塊自分の小皿に移し、一緒に添えられたミョウガとショウガも適当に半分に分けて取る。「俺の大葉!」なんて叫ぶ声が聞こえるが気にしない。
ついでに煮っ転がしもいくつか取って、皿から掬ったきんびらをそのまま口に運ぶ。万里子作だと聞いたきんぴらは、ピリ辛な醤油風味がゴボウと牛肉に絡んで絶妙だ。

むぐむぐと口を動かしながらくるりくるりと思考を回転させて、夏希から差し出されたオレンジジュースのペットボトルに有り難くコップを向け、甘酸っぱい液体を流し込んでため息一つ。


「佐久間は…」


自分でも有り得ないくらいに動揺した所為か、真っ白になった思考を心中の解答に指向させて出した答え(関係)は。
























「佐久間は…大事なひとですよ、恋人じゃないですけど」


言ってから、あまりの恥ずかしさに逃げ出したくなったが、心からの真実なのだから仕方ない。まあそれも、


「お前、知ってて人の好物持ってった先でそれ言うわけか?」


なんて茶化す親友のおかげで恥ずかしさも若干は緩和したが。
――反面、相当の覚悟をもって告げただけに、その対象にこうも軽く流されるのは非常に業腹でもあるわけで。


「なに、何か不満あるわけ」


ざっくりと大皿に残ったミョウガを全部掬って、件の大葉で包む。大葉にわさびを擦り込み、ミョウガの山の中に一筋だけイカを入れるのも忘れない。
見かけ緑色の巻き寿司のようになったそれを軽く醤油に浸して、にっこり笑顔と共に「はい、あ〜ん?」と口元に突きつけてやった。
この間十秒弱。我ながらいい手さばきだ。


「ぁあの〜…健二さん?」
「なんだい佐久間君」
「これはなんでしょうね?」
「ん、大葉?」
「これ八割方ミョウガが詰まってますよね!?しかもワサビ擦り込んでなかったか!?」
「大丈夫だって、いずれ行き着く万作さんの美味しいイカが全てを緩和してくれるって信じればいいよ」
「たった五パーセントの可能性に俺の味覚を賭けやがらないでください!」


五パーセントの愛が篭もったイタズラ食品を不自然な敬語で拒否しようとする親友のシャツをぐいと掴む。こういうのは食べてもらわなくちゃ面白くないし。


「なに、佐久間は僕の作ったものが食べられないわけ?」
じゃあ今度からお弁当、いらないよね?
「〜〜〜っ、そこまでして食わせたいのかよ!?」


他には聞こえないような音量で佐久間の"昼食担当"の権限を振りかざしてやると、同じく潜めた声で逆に問いかけてくる。そんなの当然だ、この面倒な局面を流すためなら"大事なひと"の犠牲だって惜しまない。
実のところ、佐久間との関係、なんて今更なことを聞かれてうっかり動揺してしまったことの照れ隠しだったりするのだが、そんなこと正直に言ってやる気はない。
聡い親友には気づかれている可能性もあるけれど。

可能性というより、確信か。
渋々と言う感じで敗北宣言を視線で渡され、恐る恐る開かれた口の中に緑色の物体Xを丸ごとねじ込んだ。「なんか面白いリアクションよろしく」とにこやかなアイコンタクトで無茶振りするのも忘れずに。
なんにせよ、わさびはからしよりダメージが大きいのは間違いない。


「〜〜〜〜〜〜っ、っ、っ!!」


わさびに鼻がやられたのか、それともミョウガに味蕾が破壊されたのか、鼻と口を片手で抑えバンバンテーブルを平手打ちしだした親友を横目に、最後の一個になったからあげに手を伸ばす。箸で掴むだけで解る衣のさっくり感と鶏肉の弾力に食欲をそそられながら口に運ぶ。
がしっ。


「えっ!?」

ばくっ

「僕のからあげ!」


隣で悶絶していた親友に腕ごとからあげを奪われ、一口で食べられてしまった。


「口直しだ、許せ★」
「最後の一個だったのに!」
「俺のコロッケやるから」
「それも美味しいけど、からあげのタンパク質には替えられないよ!」
「んじゃこっちの角煮だ、ほれ」


小皿に取って置かれていた最後の角煮を差し出され、こちらの皿に移す様子のない佐久間の箸に食いついた。
甘めの餡でしっかり煮込まれた豚が口の中でほろりと溶けて――


「おいし〜〜」
「ほーんと絶品だよなぁ」
「あら、嬉しいわぁ」
「どんどん食べてね」


感嘆の声を上げる健二に、さっくり揚がったコロッケにかじりついていた佐久間が同意する。身内からはめったに聞かれなくなった賛美に、料理担当の女性陣は機嫌よく先の話題をスルーしてくれそうだ。
が、健二は気づいていない。話題をかわすためにとった行動が、一部の男性陣には当てつけにしかならないことを。そして、傍観組にとっては、野次馬根性を煽るだけのものであることを。その証拠に、二人のやりとりに呆けていた男性陣は、平静になった途端、


「で、佐久間君はどう思ってるんだい?」


とわさびの刺激で涙目になったままの佐久間へ矛先を変えた。万作・万助に三兄弟も加わり、にまにまと笑う彼らには、家族となった子供に訪れていた春も、そこに横槍を入れようとする兄弟や甥・孫達の様子も楽しくて仕方ないらしい。

健二としては、自分から焦点がずれてくれて安心するべきところだったのだが、大皿に残ったイカを頬張っていた佐久間の顔を見て、長年の経験が"ろくでもない"と軽やかな警鐘を鳴らした。
佐久間がイカを飲み込むのが先だったか、健二が残り僅かだった小皿の中身を完食し、箸を置いたのが先だったのか。


「そりゃあ…」
「ちょっと僕、失礼しま、す!?」
「まぁ待てよ」
「さ、佐久間!?」


行動の後先はともかく、腰を上げかけたところで腕を掴まれ、ついでとばかりに膝を抜かれて元いた位置より微妙にずれた場所に座らされた。
…つまり、佐久間の膝の上に。
それだけでも十分はずかしいのに、何とか降りようと身を捩る健二の腰元をがっちりとホールドした佐久間が離してくれる気配もない。


「ちょ、降ろしてよ!」
「大事な佐久間君の告白くらい聞いてけ」
「自分で"君"付けするなキモイ」
「お前な、いくら俺でも傷つくぞ?」
「大丈夫、佐久間の神経は銀よりもしなやかで超合金より強硬だって信じてる」
「そんなんで信じられてもなぁ」


身じろぎしながらやりとりの後、苦笑いと一緒に解放される。この場に留まるにしても、あの体勢のままだと背中に受ける陣内家の人々からの視線が痛すぎた。
妥協の代わりに右手を人質に取られたまま元の位置に座り直すと、案の定、ポカンと口を開いた男性陣と、両目を三日月形に笑ませた女性陣――つまりは陣内家の人々全員な訳だが――に凝視されていた。


「なんというか…」
「当てられちゃったわねぇ」


なんて生温く笑う奈々や理香の言葉に、今の自分達の行動を改めて振り返り――穴を掘って埋まりたくなった。


「〜〜〜〜っ」


ひどい、恥ずかしすぎる。
恨めしげに隣を見ても、やっぱり当人はどこ吹く風と煮っ転がしをぱくついているだけで、お前に羞恥心はないのか!?と掴みかかってやりたくなる。それこそ佐久間の思う壺な気がするからやらないが。
しかし、何が一番ひどいって、


「佐久間のばか」
「はいはい、馬鹿で結構だよ」


こんなに恥ずかしいのに、佐久間の手を振り払えない自分の貧弱な理性がなによりも酷い。


























すっかり自己嫌悪に陥ってしまったらしい、うつむき加減の頭と短い髪の隙間から見える赤く染まったうなじを見下ろし、酒飲み組が多少さらってくれたお陰で大分無くなった大皿を見渡すと、親友の丸い頭の向こうで恨めしげな顔をした我が校のマドンナと目があった。


「健二くんて佐久間君には遠慮ないよね」
佐久間君ズルい。
「"親友"の特権ですから」
「ズルいなんて!単に扱いがぞんざいになってるだけですよ?」


そのぞんざいさが、親しさみからの態度の緩和なのだと夏希がしっかり察知した上での夏希の拗ねた素振りなのだが、顔を真っ赤にした健二自身は丸きり気づかない。


「気を使わなくていいって認識だからでしょ〜?もうそろそろ、私にだって砕けてくれてもいいんじゃないの?」
「これは相手が佐久間だからこうなってしまうんですよ!夏希先輩相手にこんな…!」


気づくどころか、アルコール摂取ゼロて酔っぱらいのように絡んでくる夏希の、半ば強制的な友好宣言に対して、”恐れ多い”とでも返しそうな勢いだ。


「二人の仲が良いのはよぉ〜く解ったわ」
「それで?佐久間クンはどう思ってるわけ?」


すっかり当てられる形になった人々を代表して、にやけ笑いの直美が楽しげに尋ねる。赤面したままの健二と夏希のやり取りの間にそこここで会話が復活しているのだが、みんなの耳がこちらに向いているのは丸わかりだ。
これは是非とも期待に応えなくちゃな、と健二の手を掴んだまま、にんまり笑う。何か察知したらしい健二が手を振り解こうとしているが離してやるつもりはさらさらなかった。


「健二は大事な奴ですよ、恋人じゃないですけど」


先程健二自身が言った言葉をそのまま返してやる。まだ、と心の中で付け足すのは自分自身への見栄みたいなものだ。


「そういえばどうしていきなりこっちに来たの?」
「そりゃあ…」


別にこなくても、というちょっと傷つく本音が透けて見える夏希のうってつけの質問に、わざと溜めを作って握りしめた健二の手に指同士を絡ませた。


「こいつが困ってるときに伸ばした手は、俺が取るって決めてるんで」


我ながら言っててかなり恥ずかしかったが、こうして早めに少しでも牽制しておかないと、社会的にも対健二としても、スペックの高すぎる陣内家の面々には張り合えないだろうと生で対面して実感したのだ。
なんたって我が校のマドンナをはじめ、アメリカ帰りの研究者に包容力抜群の独身高給取り自衛官に、極めつけはキング・カズマときたもんだ。
まったく本当にパネェな陣内家、と内心苦笑いをこぼして、佐久間は物騒な目つきの一部の男性陣に会心の笑みを向けた。


簡単には渡しませんよ?(むしろ返り討ちにする気満々ですがなにか)












ひとりごと>
この後、佐久間がどこで寝るのとかうっかり一緒に風呂はいるとか、OZのシステム話で二人が周りのジェラ心を煽ったりしつつ、結局別所で寝ることになった佐久間にくっついて健二さんも一緒の布団で寝ちゃうとかいう騒動が発生しつつ、次の日に至る。




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