≪2.5≫
「ちょっとあれ見たぁ〜!?」
眠った健二のために黙々と出歯亀一同がとダイニングに戻ってくると、興奮気味の直美が普段は悪戯っぽく笑ませている目を爛々と輝かせ、楽しげに声を上げた。
見たもなにも、野次馬根性を存分に発揮した陣之内の面子の殆んどが、先の事件の多大なる功労者である佐久間と陣内家の救世主である健二の抱擁と、一度も見たことのなかった彼女の涙を目撃している。
「恋人同士、みたいでしたねぇ〜」
「みたい、どころじゃなかったわよ〜!ラブラブよ、ラブラブ!」
抱きつく健二と何とも甲斐甲斐しい佐久間を眺めてほのぼのと笑った奈々が評し、にんまり笑った典子が煽る。
ちなみに、視線の向かう先は、奈々はうっとりと未だ二人がいる和室の方へ、典子や直美は不機嫌絶好調な世界の英雄を始めとする目付きが大変物騒なことになっている陣内家の男性陣(の一部)へと向けられている。
陣内家を救った少女を尊敬3割、いろんな意味での勧誘2割、残りの半分を突き抜ける勢いでそういう対象として見ているらしい彼らの顔つきは面白いほど険しい。
下手をすれば、対ラブマ戦の時よりも。
内訳をいうと、アメリカ帰りのうっかりできすぎたプログラマーと、ちょっと言えない部署所属の自衛官なアラフォー二人に、世界の救世主な中学生と、どこまで自覚しているのか不明の新米警官である。
他は兎も角、一昨日の一件で随分ひねたところが抜けた亡き偉大なる陣内家16代目当主の放蕩息子までが気にしているらしい状況に、彼を昔から慕っていたはずの少女といえば、
「流石ね、佐久間君……ほんとに侮れない…!」
と血縁ではないが身内のような彼女の元・偽彼氏が寝ているだろう部屋の方を、睨みながら臍を噛んでいる。他人だった者をこの家に連れて来るくらいだから相当気に入っていたのは明白なのだが、初恋の男も目じゃないくらいには執着しているとは。
「夏希ってばよっぼど健二くん気に入ってんのねぇ」
「あったりまえでしょ!健二くんてばすっごく優しくて可愛いし!」
「その可愛い子に彼氏役なんか頼んだのはどこの誰よ?」
「だって〜私が連れ出さなかったら、健二くん夏休みいっぱいどこにも行かないでバイトに費やすっていうから!…それに、下手な男の子に頼むよりよっぽど誠実な安全牌だったから」
呆れ顔の典子や直美、由美が突っつこうと夏希を見やれば、拗ねた様子の彼女は唇を尖らせ少しむくれ顔で言い訳めいた主張を繰り出した。
「安全牌って…あんたねぇ、」
「バレちゃったらその時は陣内家”健二くん着飾って更に可愛く改造計画”立ててたのに〜!」
「あら、それいい!ちょうど彼氏も来てるんだし、びっくりさせてあげれば」
「健二くんいじりがいありそうだしね〜飾れば変わるかも」
「〜〜〜っ、佐久間くんの為に、ってなるとちょっとね……だって折角あわよくば健二くんを篠原家の養子にって…」
うっかり洩らした企みに乗ろうとする女性陣を悔しげに押し留め、彼女的ライバルに塩を送るのはと首を振る。その上密かな思惑を呟く黒さに若干引きながら、勤め先で健二の戸籍を確認していた理香が突っ込む。
「こらこら、あの子の両親一応健在でしょうが」
「そんなの知らないっ」
「知らないってあんた…」
「健二くんがいくら栄おばあちゃん公認の陣内家の一員ったって、人ン家の内情に首突っ込んでどうすんの」
これは、健二が血縁はなくとも陣之内家の一員として、間接的な化学変化を起こしたのとは別の問題だ。
「あら、篠原家の家族会議で結構前に決めたことよ?」
「はあ?なに考えてんの篠原家!?」
またバカなことをと夏希の乱心を宥める声を上げる前に、いつの間に淹れてきたのか、一人のほほんとお茶をすすっている雪子が事も無げに爆弾を落とした。あくまで“篠原家”という辺り、健二とその両親は感知していないことなのだろう。
いや、万が一、あちら側の両親が承知していようものなら、それはまったくもって業腹な話で。篠原家の暴挙を黙って見守るどころか、陣内家の親戚一同で健二の争奪戦が勃発することは目に見えているが。
「だって、何回か健二くんの家に行ったけどいつも一人だし、本人も前に両親に会ったのは半月以上前って言うくらいほうったらかしで!」
「時々うちでもご飯を食べさせてるんだけどね?『これが夏希さんの“母の味”なんですね、いいなぁ』なんてほんわり遠慮がちに言われちゃったらもう、うちの子になっちゃったらって言うしかないでしょ!」
憤り半分、楽しみ半分といった体で本気を見せる雪子である。健二はその時盛大に彼女の母性本能をかきむしったのだと容易に想像できたのと同じくして、翔太に連行されようとした時に語った健二の寂しさが、思っていたよりも根深いようだと知れた。
今にもデバガメに行きそうな勢いだった男性陣もいつの間にかこちらの話に聞き入って神妙な顔でなにかを思案して――否、企んでいる様子だ。
雪子の相当な気迫と男性陣の醸し出す重い空気に沈黙するダイニングで、初めに動き出したのは世界のチビっ子英雄、もとい佳主馬だった。
むっつりと引き締めた口から何を吐き出すでもなく、華奢な背中を強張らせてダイニングを出て行く。それを見送るでもなく、理一は徐にどこかへとメールを打ち始め、侘助は壊れずに手元へ戻った端末でOZにログインすると、それぞれに別の方向へ立ち去ってしまった。
「…なに考えてんだか」
無言のままの行動を特に咎めるでもなく見送った女性陣は、今後の展開を思いにんまり笑って視線を交わした。さあ別のからかい対象は、と見てみれば、奥では篠原家が物々しい雰囲気で臨時の家族会議を開いていて、どうにも口を挟める空気ではない。
なんにせよ、当事者がいなければ進展もないし、と停滞の兆しを見せた空気をざっくり破ったのは、あの二人の部屋の周囲から親族を追い立て、その足で台所へ向かった万里子だった。
「ちょっと、お昼だって言ってるでしょう?誰か手伝ってちょうだい!」
「「「「はぁ〜〜〜い」」」」
既に下拵えを済ませていた料理を両手に持って呆れ声で言う現当主に、企みごとの傍観席に陣取る気満々の女性陣は揃えて声を上げる。
企み事を見守るにしろ、それに付き合うにしろ、腹ごしらえは重要なのだ。
栄おばあちゃんの遺言でもあるのだから間違いない。
ひとりごと>
インターバル。万里子さんに追い返された一同の内緒話。面白がってる女性陣と、二人だけ残して気が気じゃない男性陣。