act:4 どんな秘密も強みになれば強者の有利は変わらない。


ぞわっっ。

悪寒が背中に走った気がして、素早く後ろを振り返るが、そこには誰もいない。気のせいだと思い直して、蛭魔は片手にマシンガンを1年生2人組みに向け、もう片方で試合の様子をビデオに撮っていた。
映しているのは、勿論100年に一度の天才・金剛阿含と最強の凡人・金剛雲水の2人である。
弟の方は若干やる気がなさそうだが、流石は神の膝元で最強を張るだけあって、先程まで「いい試合」だったゲームをあっという間に鼠を食い潰すようなものとした。

あと2点、というところまで詰めていた点差が、神龍寺側の連続タッチダウンでみるみる開いていく。

試合終了まで後10分、というところで78対21。西部も踏ん張ってはいるが、金剛兄弟を中心とした神龍寺の攻撃が止まることはなく、鉄馬やキッドも押されがちだ。

マシンガンを向けている2人は、阿含兄弟や一休のプレイに釘付けで、不良のハァハァ3兄弟までが試合を真剣に見ている様子に、蛭魔はマシンガンを下ろし膝の上にノートパソコンを置いて軽く調べものを始めた。

残り7分。もうアウトだな、と見切りを付けると、のしっと誰かが蛭魔の背中に圧し掛かってきた。誰か・・・否、彼に圧し掛かるような人間は、一人しかいない。

「明羽・・・背中に乗んなっ」
「・・・一矢報いるには・・・」

蛭魔の苦情はサラリと無視して呟いた声は、普段人と話す時のそれより幾分か低く、真剣な響きを宿していた。

「一矢じゃ勝てねぇだろうが」
「甘いね、よーちゃん。あの金剛兄弟から1タッチダウンもぎ取ればどれだけ知名度上がると思う?」

あの王城ですら膝をついた神への反逆。天に突き出す槍は長ければ長いほど、力が強ければ強い程、こちらを見下ろす覇者を地上に叩き落とす可能性が出来る。
完璧な防御の壁と理想的な照準器を持ち、最強の走馬と捕手で固めた神龍寺は、限りない高みにいると言える。好きはない様に見え、熱い風が吹き荒れるフィールドの中に静粛を生む彼等は、仏のようであり真空を乱す刃の風のようでもある。

「隙がないなら、作りゃあいい」

風船ガムを膨らまして、硬直したライン陣を見つめながら策士は言う。

「西部は馬に頼り過ぎだな」
「だったら囮にすれば・・・?」
「レシーバーとランニングバックも兼ねてるだろ」
「鉄馬を一休に当てて、他が上がれば・・・」

西部にはショットガンという武器がある。しかし、それも「弟がいる」という蛭魔の声に明羽は小さく溜め息を吐いた。

「何にせよ、もう一人使える人欲しいよね。パッと目立つ人」

他チームの試合で、もし絶望的な局面であれ勝機を見出すことが出来れば、それは自チームにも応用できる。要は頭の使いようなのだ。試合中の機転と素早く作戦を組み立てることで、窮地を脱することだって出来る。だから、他校の試合でも勝つ手を考えることにも意義がもてるのだ。

2人とも上にバカの付くアメフト好きなだけあって、議論する表情は真剣そのものだが、その体勢が体勢なので傍から見ればただの兄妹のじゃれ合いにしか見えない。

「そういえば、呑んだくれの居場所、掴んでるけど」

どうする?

小さく訊ねる明羽に、ニヤリと笑って蛭魔はピシッと爪先でパソコンの画面を弾いた。それを覗き込んで、明羽もニヤリと笑う。・・・不幸だったのは、明らかな悪巧みの気配に悪寒を感じ取ってしまった某2人だろうか。









ピピ―――ッ。試合終了の笛が鳴り、結局は78対21のまま神龍寺の勝ちで終った。

「ちょっと遊んでくるね♪」

ひょいって蛭魔の肩に手をついて、馬飛びの要領で蛭魔とセナとモン太を飛び越し、身軽な足取りで試合が終ったばかりの選手達に近付いていく。その動きは飛ぶように軽く、重力を感じさせず――何故か(見守る泥門選手以外は)誰も気づかない。

「何で誰も気づかないんだろ・・・?」

試合終了後とはいえ、明らかに部外者の人間が堂々とフィールドに入り込んでいったら、普通は咎められるのではないだろうか。

至極尤もな疑問をセナが呟くと、栗田が苦笑し、蛭魔が顔を顰めた。

「あ―――あいつはな・・・」







一方、明羽が向かっている神龍寺サイドでは。

「俺は先に帰るからな」

と阿含がそそくさと帰るのを見送り、片付けをしていると・・・

つるりん!!

と突然、先程も聞いた可愛らしい女の子の声が一休を背後から押した。再び感じた妙な違和感に一休が不思議に思いながらも慌てて振り返ると、完全に不意を衝かれたらしい金剛雲水の背中に、やはりあの少女がへばりついている。

「明羽・・・いい加減その仇名・・・」

やめてくれ、と前からの知り合いらしい雲水が背中に手を回し明羽を引き剥がそうとして・・・

「ぉおっ!!明羽じゃねぇか!」

久しぶりだなァ!と山伏が雲水の台詞を遮って声を上げた。雲水の背中をよじ登っていた明羽は、その肩を掴み軽く足を掛けひょいっと着替えの済んだ山伏の肩に乗り移った。その小さな身体を腕に持ち直した山伏の顔は、間近で見る見知った美少女の姿に緩みきっている。

「ぶんぶんっ、おひさ♪」
「春は見なかったな。何処行ってたんだ?」
「ちょっと古巣に。緊急で招集来ちゃって」
「応援だろう?」
「うんっ!良く知ってるね、つるりんっ」

主語が全く抜けている会話についていけず、回収したボールを持って行こうと一休は彼等に背を向け・・・漸く、ずっと感じていた違和感の正体に気づいた。振り返れば、そこにいるのは確かに3人だが、背を向けてしまうと声は3つでも気配は2つしかない。・・・つまり・・・・・・







泥門チーム、スタンドにて・・・

「あいつは昔からよく誘拐に遭っててな・・・1人で無事に戻るために身につけた技なんだと」

気配消し。

泥門の悪魔・蛭魔や、最強男・金剛阿含にすら悟らせないほど、磨きに磨かれたその技は、誘拐されることが無くなった今でも立派に様々な場面で活用されている。ただし、本人の容姿が容姿なので、真っ正面で向かい合っている時は余り意味が無いが。

「気づかれても、アイツには関係ねぇけどな」
「「あ゛」」

思い出したようにセナとモン太は顔を見合わせ、それぞれに持っている入場チケットを見つめた。そういえば、会った時言っていたではないか。「チケット無くても入れるんだけどね」と。益々深まる謎に、思わずもう聞きたくない、と耳を塞ぐ2人だった。







こちらは、やたらとほのぼのし始めた神龍寺サイド。

「そうそう、ゴンゴンを試合に出そうとしたら怒られちゃった」

「その呼び方ヤメロ」って。

雲水の溜め息交じりの苦情に、今思い出したと言うようにニシャッと猫のような笑みで明羽が言った。

「これもおっきいの裏返しなのにサ」

全く悪気はアリマセンという表情で、飄々とぶんぶんは解ってるよねー?と可愛らしく山伏に同意を求める明羽に、もちろんだ!と男らしく高校生に見えない先輩が大様に頷くのを、つるりんもとい雲水は、やれやれと首を振って溜め息を吐いた。

この(本人に言えば後で何をされるか考えたくないので言えないが)小学生にも中学生にも見える高校生の少女は、何故か自分達が1年の時から先輩達と仲が良く、神出鬼没で、しかもどの学校の人間とも分け隔て無く愉しそうに話しているのを良く見かける。

得体が知れない。その制服から泥門高校だということは解るが、裏マネと称する彼女は選手が成長しないからと言ってこちらの選手の情報を流している訳ではないという。

はっきり約束した訳でも、完全に信用できる訳でもないが、頭ごなしに疑う気にはなれないのは、普段人をからかい過ぎるきらいのある彼女の、アメフトに対する姿勢がこの上なく真剣で真摯なものだと誰もが知っているからだ。

「ねぇねぇ、つるりん」
「何だ?」

なにより、山伏に持ち上げられても自分と変わらない身長の彼女の愛嬌と、こちらを飽きさせない行動の奇抜さが、一瞬でも上がってしまった怒りの沸点を瞬く間に下げてしまうので、怒る気にもなれないというのが実態である。

「つるりんはつるりんって呼ばれるの、イヤ?

嫌だ。・・・・・・が、うるうると、潤んだ大きなチョコレート色の目で見つめられては、きつく撥ね付けのけるなどとてもできない。だから、ついつい

「・・・・・・いや、別に」

と答えてしまう。単にほだされていると言えなくもない。しかし、とても年上とは思えない少女の嬉しそうに笑う表情を見れば、本当に‘別にいいか’と思えてしまうから不思議だ。

彼は知らない。脅威的な視力で彼等の様子を眺めていた蛭魔が、呆れたような面倒臭くなったような溜め息を吐いて「また手駒増やしやがったよ・・・」と呟いたことを。自分の容姿をそのまま仇名にされた男は、晴れて「手駒(明羽の下僕)」と相成ったのである。本人の知らない内に。強制で。

「うふふ〜〜っつるりん、大好きっ!」

ぶんぶん(山伏)の腕に抱えられたまま一杯に伸ばした腕で雲水の頭を抱えて日に焼けた頬に軽いキスを贈る。その拍子にカキーンと固まってしまった山伏の腕からするりと抜け出し、別の意味で固まった雲水を見上げて、よく人に見せる無邪気なものとは別種の笑顔を浮かべた。

・・・ああ、堕としたな。2つの岩と化した2人を遠くから見ていた蛭魔は、マシンガンを仕舞いつつ嘆息する。

別に明羽は男タラシではない。神龍寺ナーガの2人(犠牲者)の様に、その容姿を活用して男共(時には女も)固まらせるのは良くあることだが、その相手を惚れさせたことは何故か殆ど無いのだ。干渉されるのではなく、干渉する立場。―――惚れさせるのではなく、笑顔1つで口答え無く言うことを聞かせる圧力を無意識下に刷り込ませる。

「―――得な奴」
「誰が?」
「どぅわっ!」

いつもより数段低い声で耳元に囁いてきた相手を振り返ると、そこにはついさっきまでフィールドに立っていた筈の明羽が笑っていた。

「お前、いつの間に・・・」
「よーちゃんが考え事してる間に♪」
「・・・そうかよ」
「そうそう♪11冊目のベース(基盤)あるけど、どうする?」

ぴらっとどこからか出したFD。真っ黒なディスクに?(金の箔押し)は妙に妖しい。・・・明羽が蛭魔に向ける笑顔も、妙に生温く妖しい。ちっと舌打ちしてひったるように蛭魔は受け取り、早速それをノートパソコンに挿入する。

「1年に1枚の発行だけど、今年はちゃんと本場の方のデータも入れといたから」

一応帰りの用意をしていたセナとモン太は、彼女が渡したデータが気になったが、なんとか聞くのを控えた。

「新ルートは?」
「バッチシ★」

ルートって何の!?と思わないでもなかったが、それよりも気になったのは・・・

「11冊目」で、「1年に1冊」ということは、

「あの2人って、いつから―――」

知り合いなんだ?ひそひそと、彼等の後方でセナが口を塞ぐ前にモン太が呟くと、ぐるっと明羽は輝く笑顔で振りかえり、ビシッと何故かピースサインをして見せた。左手では画面を見ず器用に携帯を操っている。

「あたしとよーちゃんは小学1年生からの幼馴染だよ♪よーちゃんの伝説も?ノート(原本)も密輸入ルート作ったのも全〜〜部ア・タ・シvv」

悪魔の定説を作ったのはあたしじゃないけどぉ〜〜

うふふっと楽しそうに笑う彼女の爆弾発言に、口を滑らせたセナ(アトム)もん太(サル)は見事にピシッと固まった。ギシギシと軋む首を蛭魔に向けると、苦々しそうな顔をしながら、先程仕舞ったばかりのマシンガンを取り出している。

べつに、蛭魔の知り合いというからには、それなりの1癖や2癖や3,4・・・・・・10癖くらいはあって然るべきだとは思っていたし、理解していた。しかし!しかし、だ。折角の小柄で可愛い(守ってあげたいタイプの)少女なのに、よりにもよって(最近はやっと慣れつつあるが)悪魔の共犯者だったなんて。
予想はしていたが、考えたくなかった。

「それにしても、せ〜〜〜〜っかくあたしが付けた仇名、定着しなかったねぇ」

というより、広めた仇名を後から無理矢理もみ消されたのだが。

片手に頬を当て、わざとらしく溜め息を吐いて、明羽はニヤッと性質の悪い笑顔を見せた。ドルンッと遠くでエンジンを蒸かす音が聞える。セナとモン太には、明羽の後ろに三角のついた黒い尻尾が見えた気がした。

ガシャッ。蛭魔がマシンガンを明羽に向け、照準を合わせるのと同時に、彼女は背負ったバックパックの中に手を突っ込んで、その許容量からは有り得ない小機関銃を2丁取り出した。

素早く安全装置(セーフティ)を外し、そして輝く笑顔で蛭魔を振り向く。

「ねっヒルルンっ★」

ズドドドドドッ!!

衝撃の一言と共に、しっかりと構えられた両者の銃口から火が吹いた。

ようちゃんは、まぁいい。彼女が言うならまだ許される範囲だろう。しかし。「ボンジュ〜〜ル」だの「ジュテ〜〜ム」というのと同じ発音でヒルルンなんて呼ばれるのは、蛭魔でなくとも怒るだろう。特に彼にとっては、耐え難い屈辱である。

実際に、呼ばれた蛭魔といえば、悪魔を通り越して魔王のような形相で明羽に向かってマシンガンを放射している。対する明羽は、愉しそうな表情で打ち返しながらバック走をしつつ、素晴らしいジャンプ力で高く高く跳んで後方宙返りをし――

ルイルイ、カモンッッ!!

ドルルンッ!土煙を巻き上げ、猛スピードで突っ込んでくるルイルイ、もとい葉柱ルイのバイクの後方シートに着席した。そして、その肩には小機関銃の代わりに小型バズーカ砲が。

「賢将は常に戦局の先を読むべしって言うし♪」

ずどんっ。妙に軽く聞える砲声が上がり、ロケット弾が真っ直ぐに泥門デビルバッツが陣取っていた席に向かう。蛭魔との銃撃戦を制した彼女は、葉柱と背中合わせにバイクに跨り、ぴらぴらと手を振って実に爽やかに笑った。

「36計逃げるに如かずってネ♪ばいばいvヒルルン☆」

ちゅどーんっ!!!

弾が着弾するのと、彼女が去って行ったのは同時で、土煙が晴れた中、何故か1人無傷でも結果的に負けた蛭魔は、


「その仇名で呼ぶんじゃねぇえ!!!」

周囲の人的被害もバズーカ砲の的にされたこともそっちのけに、彼にとって一番の重要事項を怒声にして轟かせた。


――Who is the first victim?(一番の被害者はだぁれ?)



→END


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NOVEL

Gift-kiri