寂しかったらいつでも呼んでね?駆けつけるからさ♪


 なんだよ、いきなり・・・


 本当だよ?だって俺は新一無しじゃあもう生きていけないんだし!


 なんだよ、それ・・・


 だって新一は俺の大切で愛しまくってる恋人で空気で光でどんなときでも一緒に居たい存在なんだよ?


 それで?


 だから、一緒に居られなかったらたまんないくらい不安だし、ずっと顔見られないなんて事になったら、その反動で俺新一を監禁しちゃうかも☆


 ・・・バーロ。監禁はヤメロよなぁ〜〜


 イ・ヤvいざとなったら実力行使するから♪ってことで、新一も寂しくなったら俺を呼んでね?あ、俺がもしも寂しくなっても新一のとこに行くからねv・・・癒されに。


 ・・・・・・しゃーねーな・・・・・・トクベツ、許してやるよ。












Can you find to blindfold a secret?






    ―20―


 息を荒げながら、キッドは夜の裏路地を駆け抜けた。表通りでは、陽気なクリスマスソングが流れていて、風に乗った曲は楽しそうな雰囲気を教えてきた。

 静かな、場所。しかし、その場の気配だけはそれを裏切り、殺気だった複数のそれが騒々しく空気を震わせていた。


 空には満点の星が輝き、女王は静かにその存在を誇示している。冷たい空気。身を切るような風。そんなものがドクドクと流れ溢れる熱にかき消され、ばたばたという耳障りな音を響かせながら追ってくるそれから、快斗はひたすら逃げていた。


 真白の戦闘服を鮮血に染めて。


 懐にはずっと求めていた紅い月が眠っている。ずっと探していた物だ。ずっと、縛られていた物だ。

 パンドラ。命を弄ぶ石。自分を縛り続けていた、忌々しい代物・・・それが、漸くこの手に入ったのだ。

 ――キッドが向かったのは誰も入居してない新築のマンション。路地裏の中で追っ手を撒き、裏口から入って明りの灯っていないエントランスを抜け、エレベーターで最上階へ上る。
























 3年だ。彼がこの世を去ってから3年も経った。気が狂ってしまいそうな三年の内に組織を崩壊させ、紅い月を手に入れた。

 吸い込まれてしまいそうな満月にそれを翳し、そこに探していた紅の存在を見つけた時、ふっと一瞬緊張を解いた瞬間、腹部に熱い熱を感じた。

 殺気を感じた、と思った時には遅かった。弾丸が腹部大動脈を貫き、パッと白い衣装に赤い華が咲き、熱い熱が迸ったのだ。


 予感していたこと。望んですらいたもの。


 だけど、そこで倒れる訳にはいかなかった。せめて、パンドラを打ち壊すまでは生きていなくてはならない。その一心で夜の闇へダイブし、必死で追っ手を撒いたのだ。


(だって、あいつがいないこの世になんの価値が有るんだ?)


 3年も会えなかったんだ。もうこれ以上は耐えられない。もちろん、あの時の彼の言葉や姿は大切な記憶の宝石となり、しまわれているけれど。自分にとって、彼だけが全てだった。

 そっと、胸の内で語り掛ける。返ってくる声はないけれど、それに寂しさを覚えるのももう終わりだ。


 だから、キッドは撃たれた時、微笑みすら浮かべたのだ。

























 せり上がっていく階の数字を見つめながら、キッドは気が緩んだことにより感じてきた痛みに顔を顰めて、チン、と鳴った小さな音に壁に凭れていた背を起こし、エレベーターから降りてその部屋に向かった。

 彼が離れたエレベーターには、生々しい紅が白い壁にその存在を主張していた。

 唯一使っていた場所。生活臭が殆どしないそこの鍵を開け、閉めることなく覚束ない足取りでリビングへ行き、その部屋にある唯一の物・・・あの屋敷にあったソファの一つに倒れ込んだ。

 その拍子にシルクハットが床に転がるが、気にすることはない。モノクルを床に置き、相変わらず腹部から溢れる血を止めようともせずに放置したまま、懐から盗み出した石を出し、残る力の限り床に叩きつけて割った。

 パンッ!と些か大きな音をさせたそれは赤い欠片となって床に散る。どんなに硬度の高いものでも所詮は鉱物で、儚くも脆かった。




 その様を満足そうに眺めた快斗は静かに瞼を下ろした。


(もう、いいよな?新一・・・)


 快斗は心の中で、ずっと一時も忘れたことのなかった愛しい存在に語りかける。体が凍えるように冷えてきて、何も感じられなくなってきた。寒い。ただそれだけ。


(体が鉛みたいなんだ。もう指一本動かない。新一のあの手紙で言われた通り、全部終わらせてパンドラも砕いたよ。全部終わったんだ・・・新一・・・)


 ずっと、狂ってしまいそうだった。狂ってしまった方が楽だったかもしれない。だけど、自分のやるべきことを全うしろという彼の言葉に、たった一欠片の理性をここまで守って終わらせたのだ。

 会いたい・・・新一は天国へ行った?それとも地獄?記憶の中に大切に仕舞われた彼は、浅はかな平穏は嫌いだった。上辺だけの砂の城。そんな処に居るくらいなら、きっとすべてを見透かし罪人を呼ぶ地獄を選ぶ。・・・そんな人だったから。

 でも、そんなことはどうでもいい。彼に会えるなら、全てが滅びてしまった世界でも幸せに笑っていられるから。





 静かだ。暴れていたモノが、外からも内からも静まり返っていくような感覚。

 留まることもなく今まで溜め込んできた奔流が自分の中のモノを全て攫っていくような。





 真っ暗だ。何も見えない。瞼を閉じている所為だ。それが解っても抉じ開けることは出来ない。しようとも思わなかった。耳鳴りがする。力が抜ける。口の端から何かが流れたけれど気にもならなかった。


 耳鳴りが止んだ。再び起こる静粛に、感覚も殆どないことが解る。鼓動の音がやけに大きく、そしてゆっくりと聞える。何もない。自分には何もない。有るのは彼への思いだけ。恐怖なんて考えもつかない。


 次第にゆっくりになっていく鼓動。息が苦しくなってきた。彼もこんな風に逝ったのだろうか。こんなに安らかに逝けたのだろうか。






『「ずっと一緒にいよう」と快斗に言われた。ちゃんと答えてやれずにはぐらかしたままに話題が終わってしまったけど、本当は「俺も」って答えたかった。・・・快斗のことは本当に好きだ。だけど、俺の命はもうあと1ヶ月しかないから、どうしても言えなかった・・・「快斗が好きだ」って言葉も』



 日記にあった言葉。それを読んだ時、思わず泣いてしまった。・・・そして、今思い出してとてつもない幸福感に包まれ――自然と、笑みが浮かんだ。






 全部消える。全て終わる。ずっと焦がれていたのだ。この時を。この瞬間を――








































 コツコツ、と誰の気配もしないマンションの静かな廊下に、小さな足音がやけに大きく響く。彼女はそれに顔を顰めながら、目的の部屋の、鍵が開けっ放しになっているドアを潜った。

 中の構造がなんとなくあの屋敷に似ているそこは、迷わせることなく彼女の足を匂ってくる血臭の元があるリビングへと運んだ。

 ガチャッ。木格子のなかにガラスを填め込まれた扉を開くと、ツンと嫌な匂いのたちこめる中に入った。


 そこにあるのは、ただのモノだった。動く物は最早何もなく、彼女は目の前の光景に奇麗な面を思いっきり顰めた。




「・・・バカね・・・」




 無表情に直してそう呟くと、彼女は彼に近づいて持っていた花を彼に放った。そして、転がったままのモノクルを拾い上げる。


 大輪の花を咲かせた花は、彼を濡らす真紅を吸い上げたような鮮やかさで彼の白を彩った。

 その様子に、無償にやるせなくなり、彼女・・・志保はギリッと唇を噛んだ。本当は知っていた。彼が今日死ぬことを。知らされていた。


 聖者が救いの烙印を押されしとき。紅い月が姿を現し、白の罪人、夜の炎に姿を変える・・・


 簡単な隠語を使った言葉が、彼からの手紙に記されていた。このマンションの存在を知ったのはそのすぐ後だ。入居者が一切いないのも、その時に聞いた。


「・・・皮肉よね・・・」


 3年前、クリスマス直前の12月23日に新一が逝き、そしてクリスマス・イブの今日、彼の恋人であった快斗が逝った運命の巡り合わせか、それとも彼等の引き合わせか・・・。

 ぽいっと懐からもう一つ物を出して、キッドの胸元に放る。それはFDだった。彼女の手によって真っ二つに割られた、新一の手紙や日記が入ったもの。

 新一が死んだ翌々日に渡米し、あっという間にアメリカから帰って来て渡されたもの。閉じ込められた彼の記憶。

 こんな物、欲しいとは思わなかった。だから、今返すのだ。


「私の手に持ってたって無駄になることよ。画面の中の彼を見ていたって仕方ないもの」


 嬉しかったけどね。なんていう本音は何があったって教えてなんてやらない。知る必要のないことのなのだから。


(アナタも消えるんだし。・・・これも、要らないわよね?)


 バサリ、と音を立てて眠ったような彼の上に放ったのは資料の山。警視庁にハッキングし、盗み、崩壊させた怪盗キッドの偶像の情報。


「・・・弔ってあげるって言ったでしょう?」


 トクトクトク・・・と散らばる紙と真紅に染まった衣装の上に注ぐ酒の銘柄は、バランタインの17年物。この男の恋人の好きだった物だ。


「本当に、あなたたち二人は馬鹿だわ・・・」


 あんなに思い合っていたのに、本人達は全く無自覚な上気づきもせずに相手のことばかり心配して。心配する必要なんて全くないのに、勝手に不安になって。

 赤く揺れる光が彼女の手から落ちる。そこにはたった今捨てたばかりの酒を被った紙束があった。それに触れた光は一気に大きくなっていく。

 普通ならば作動するはずの警報装置は既に落してある。だからスプリンクラーは作動せずに火はアルコールの力も借りて大きくなるばかりだ。


 志保は炎の中で横たわる彼を見つめ、くるりと踵を返した。


 白衣の中にモノクルを収め、静かに部屋を出て行く彼女の背後では、赤い炎が勢いを増していった。





 ただ一人のため、全てを隠して逝った新一。





 その秘密を暴いた上で新一との約束を守り、最後まで己を貫き通して漸く逝けた快斗。





 彼等は幸せだったのだろうか。否、幸せだったのだろう、と志保は確信している。二人のいない今となっても。彼等が不幸ならば、この世に幸せな人間などいないだろう、と。


 でなければ、あんなに嫌味なほど幸せそうな貌で逝ける訳がないのだから。































 日差しは暖かく照らしていた。あの屋敷には笑い声や和やかな、穏やかな空気が絶えず流れていた。

 そこには、紛れもなくあの二人の心があった。



「ねえ、ずっと一緒にいても良い?」



 共に在りたい。その願い故に快斗は聞く。それに答えられずとも、新一は静かに笑うその内で、ずっとずっと彼に囁き続けていた。



「ありがとう」、と―――。









 「好きだよ」も「愛してるよ」も言えなかったけれど。


 「好きだよ」も「愛してるよ」も言ってもらえなかったけれど。


 でもずっとその気持ちは途絶えたことはなかったんだ。


 惜しみない気持ちを貰っていたことに気づいたんだ。


 そう、確かに幸せだったんだ・・・。




END




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