・・・俺ってさ〜新一の事一杯知らないんだよね〜〜。


 何を言ってるの?今更じゃない。


 知らない事があるのは当り前だろ?俺も快斗のこと全部知ってると思わないし。


 え〜〜俺の事は大体全部話したよ?


 物事は、何でもどこかしら不完全なものよ。


 ・・・時間は重ねるもんだし、人の思考は他人には覗けねえしな〜。


 覗けても覗きたくないけど。――そうね、完全と思っていても、時間が止まらず進み続ける限り、人間の人間に対する理解なんてモノは不完全なの。


 ・・・・・・つまり?


 つまり、人それぞれ知らない事があるのは当然ってことだよ。












Can you find to blindfold a secret?






    ―13―



 彼女はじっと目の前の画面を睨み付けたまま動かずに、神経を張り巡らせて時が過ぎるのを待っていた。耳はしっかりとテレビの音声に向けられ、意識は既にパソコンではなく、今か今かと鳴るのを待ち構えている携帯の方に向けられている。

 キーボードに指を滑らせて記号を弾き出しながら、ふう、と志保は溜め息を吐いた。

 電話が来るのを望んでいない自分がいる。今はこの場所に留まっていたい自分がいる。少しでも、彼の近くにいてやりたい―彼の近くにいたいと思っている自分がいる。その心情は全て彼女の一部であり彼女自身の全てだった。

 ・・・電話なんて来なければいいのに。




『狼少年が咆哮を上げ


クロノスが杖を振る時、


どこまでも近い道を抜け、


命の絶えた戦の姫君を頂きに参ります。


                   怪盗KID』




 こんな単純で面倒な暗号を送り付けてくれた気障な怪盗を、この時ばかりは憎まざるを得なかった。強要されるのは嫌なのだ。

 苛々して気持ちが昂ぶって、志保のキーボードを叩く手が強まり、叩き付けるような速度で作業を進める。その合間、煩く野次馬達が騒ぐしかないキッドの登場に、思わず無意識の内に彼女はブラウン管越しのキッドを睨んだ。

 ふっと、映像の中を飛び交っていた白い影が姿を消した。報道の人間達が慌てて動き出す。ピントが微妙にぶれて、レポーター達の慌てた声が音声を支配した。


「・・・面倒だわ」


 本日何度目か解らない溜め息をついて、志保はパソコンの電源を手順通りに落した。テレビも消して、頃合いを見計らったように鳴る携帯の通話ボタンを、盛大に眉を顰めながら仕方なく押した。


「もしもし?」


 相手は充分すぎるほどに解っている。それを承知で、志保は心底不機嫌だと言う事を隠しもしないで相手――新一に言った。

 案の定、新一は受話器の向こうで苦笑して、


『宮野、そろそろだぜ?』


とご丁寧にも教えてきた。


「わかってるわ。・・・まったく、面倒臭い事をさせるわね、あなたの怪盗さんも」


 既に諦めのついた声で返す。本当に面倒な事をと思うが、それは心の中だけで留めて、椅子に掛けておいたコートを取ってそっと部屋を出た。


『悪いな。文句ならあいつに言ってくれ。なんなら実験体にしてもいいぜ?』


 笑いを含んだ声で返ってくる言葉。それは最早有り得ない事で、既にそれをしても無駄な事だと解っているから、志保はきつく唇を噛んだ。・・・時として、彼の言葉は――例えそれが冗談であっても・・・残酷だ。


「あら、いいわね。・・・でも、もう意味がないわ」


 今の自分を悟らせないためにも、何でもない事のように取り繕う。彼を相手にそれをするのは、随分と骨が折れることだったが。


『・・・そうかな?』

「そうよ。知ってるくせに」

『うん、そうだな。・・・じゃあ、頼んだ』


 彼は全て理解している。それが解る声音で、新一は穏やかな口調で言った。聞えてくる声に涙が浮かんできそうになって、そんな自分を叱咤して


「ええ。じゃあ、また後で」


とだけ短く告げた。『ああ。またな』という返事が返ってきて、漸く電話を切った。

 耳を澄ませる。博士のまだ小さい方だと言える鼾が聞えてくる。薄暗い廊下を危なげなく歩き、玄関に下りて靴を履いて外に出た。

 外に出ると同時に、昼と言わず夜と言わず一日中吹いている冬の乾いた北風に襲われて、志保は思わず肩を竦めてマフラーを持ってこなかった事を後悔した。

 少し待つと迎えのタクシーが来て、それに乗り込み目的地を告げると、運転手は無言のまま車を滑らかに発進させた。良く効いている暖房にほっと息を吐き、もう一度外に出なければならないのに溜め息を吐く。

 目的地は結構近い場所で、夜中なので車も少なく、かなり早い時間に着いた。運転手は無愛想なまでの無表情に「着きました」と短く言ってから、代金を告げる。

 志保はコートのポケットに突っ込んできた財布を出して、言われた通りの金額を渡してタクシーを下りた。暖かい場所から寒い場所への気温差と吹き付ける凍った風に、辟易しつつも目的地へ急ぐ。


(・・・呼び出されたのが工藤君じゃなくて、良かったかも知れないわ・・・)


 びゅうっと強風が吹き抜ける。新一に指示された通り、警察の手がかなり薄い非常階段を最上階へ向けて上りながら考える。

 こんな寒い中でこんな処に来て、こんな階段を上って・・・耐えられる訳がないのだ。彼の体が。コートのポケットの中を探る手が悴んでいる。手袋もしてこれば良かった、と今更ながら考えて、階段を真ん中くらいまで上ったところで一息ついた。

 昔は、この階段を最後まで駆け上がっても平気だったと、彼は言っていた。


「・・・信じ、られない・・わね・・・」


クスリ。息を吐く。呼吸を整えて、再び長い階段を志保は上り出した。

 冷たい空気に息が白い。喉もヒリヒリと痺れてきて、手摺りに掴まる手も感覚がなくなってきた。・・・そういえば、自分もかなり体力がなくなっているのを思い出す。それこそ、今更な事だ。彼ほどではないにしろ、自分もあの毒を何度も飲んで、こうして元に戻ったのだから。

 この弱々しくなって力を使うのにもどかしい体も、彼のボロボロに壊れてしまった体も、全ては自分の罪の証。


 生きている間は、せめて生きている間だけでも――この罪を、償って行こうと思ったのだ。


 きつく。きつく唇を噛む。頭を振って、今の思考を追い出した。緩くなっていた歩調を元の速さに戻す。やけに寒い階段をひたすら上る事と、これからある奇妙な対峙に思考を向けて、他のことは考えないようにする。

 上って上って上って上って・・・暗くて寒い非常階段を上り切って、開いた扉の向こうにあったのは・・・眩しい位の明るい満月だった。



































 志保への電話を終わらせた新一は、携帯をポケットにしまって、読みかけの本に没頭する事も叶わずに浅い眠りの中を漂っていた。

 しかし、穏やかに続いていた心拍はその寒さか続いていた少しの緊張感故か、心臓の鼓動は激しくなり、嫌な予感が体のだるさと共に襲って来た。そして背中を伝う冷たい感触に、洗面所へと急ぐ。

 背筋が寒い。骨が軋むように痛いのは何故か。心臓の音が煩くて、感覚が狂ってしまいそうだった。

 洗面所に着いた途端、耐え難い強烈な目眩と、全身の内臓を全て引き絞るかのような感覚に襲われ、洗面台の縁に縋り付いて、嘔吐感を堪える事も出来ずに胃酸が目一杯混じったモノを吐き出す。


「ぐ・・・ゲホッ・・・う・・・・っ」


 元々胃には余り物が入っていなかったので、口の中はあっという間に鼻にツンとくる胃酸で溢れ・・・それが胃や喉を傷つけた上での吐血に変わるまで、そう時間を要さなかった。

 生理的な涙が浮かぶ。流れるそれを拭う余裕もなく、同じ体勢のまま、数分間断続的に洗面台に向かって吐き続けた新一は、漸く心臓の痛みも消えかけた頃、床に倒れた。荒くなった息を整えて、目元の涙と口周りを無造作に手の甲で拭った。


「・・・・・・つかれた・・・」


声を発した事で、体内に充満する疲労や緊張が外に出たような気がする。勿論そんな事はある筈もなく、鬱々としただるさは消える事無く、じっくりと弱った身体を蝕んでいるのだ。

 こういう時、志保には真っ先に連絡を取らなければならない。それは頭では分かっているが、彼女の今の状況を考えると、得策ではない。しかし。

 言わなかったら言わなかったで、後から着いてくる報復の方がよっぽど恐い。

 その事を思い出して、クククと痺れる喉を使って笑い、彼はポケットの中の携帯を探った。











































「新一と志保ちゃんは、何を隠してるの?」




訊ねられた質問。一瞬にして、鼓動が早くなる。今、暴かれる訳にはいかない約束を、確かに志保は抱えていた。

 彼女が屋上に来たすぐ後に、目の前の気障な怪盗は姿を現した。良く新一から聞かされていたモノと殆ど同じ登場の仕方で。

 サブイボが立ちそうな気障な台詞回しを止めさせて、新一からの伝言を伝えた後に発せられた、真摯な表情の上での質問。

 その前の微妙な会話といい、何といい、新一がキッドを捕まえたがっていたのも無理はないと不本意ながら納得させられてしまった。この相手なら、好奇心旺盛な精神が高揚するのも無理はないのだ。生憎、志保に「謎」が発する媚薬は全く通用しないが。


「あら、何も隠してないわ」


絶妙なタイミングで返す答え。何も隠していない。半分嘘で半分本当の事を言う。無表情を作ってしまえばあとは簡単だ。それを徹底的に守り抜けばいいのだから。崩されない限り、本心を掴ませない有効な手段。

 彼女がその無表情を崩すのは、どんな時でも大抵新一自身が関わった時くらいだから。無理に突っ込んで聞かれようとも、


「もしそうであったとしても、教えない。あなたが気付かないのが悪いんだもの」


と言って返す事が出来る。・・・彼を守るためなら・・・彼との約束を果たすためならば、手段を厭う気は毛頭無い。しかし、余りにも情けないその顔に、少しくらいは、と塩を投げてやる事にする。


「あなたが・・・」

「何?」

「・・・あなたが工藤君の家で住む時に、私としたあの約束・・・」


 静かに言葉を紡ぐ。快斗が新一と一緒に暮らす時。たった一つだけした約束。何があっても守らせなければならない、不可侵の鎖。忘れていたりしたら薬漬けにしてやろうかしら、なんて物騒な事を考えながら言って見ると、


「覚えてるよ、勿論」


という当然と言えば当然の言葉が返ってくる。少しほっとしながら、また続ける。


「ならいいわ。・・・もう一度言うけど、あの言葉・・・約束。もし破ったら、一生あなたを憎むわ。でも、ちゃんと弔いだけはしてあげる」

「それはそれは・・・有り難いね」


ニヤリ、と笑って返される返事。解ってないのね、と内心呟きながら皮肉気に笑ってみせて、


「でも・・・そうね、ヒントだけはあげる。私の約束を守るためのヒントだけど」


と自分でも珍しいと思う事を言って見た。・・・これでは塩どころではない。


「え、ヒントくれるのっ?」

「あら、いらないならいいわよ?」


 意外すぎる言葉っだったらしく、キッドの目が点になった。ポーカーフェイスのポの字も無いその表情に可笑しくなって、虐めてやろうかしら、とか考えつつ微笑む。


「いるいるっいりますください!」


 ・・・これでは「怪盗紳士」だとか「月下の魔術師」とかいう肩書きなど見る影もない。「大型犬」とか「情けない男」とかの方が相応しい気がする。


「新聞よ」

「へ?」


 予想外だったらしい。当然だ、自分でも予想外の事なのだから。例えずっと考えていた事であっても、今まで言う気は無かった。コレが成功していれば・・・立派な裏切り行為になる。それでも、続けてしまうのは、自分のエゴだ。


「あなたが何かを探したい時・・・工藤君に関係する何かを調べたい時。新聞を真っ先に調べればいいわ」


 何故、とは問われない。志保がそれ以上は言わない、と思っている事をちゃんとわかっているのだろう。同じ様に、これが嘘ではない事も、ちゃんと解っている筈だ。

 新聞。これは一度、お茶の時間にちょっとしたことを新一に聞いて、咄嗟に思い付いた事だ。偶々載っていて、偶々覚えていた記事を利用する事にしたのは。

 数瞬の沈黙が走る。その空気は痛い訳ではなく、唯二人とも自らの思考に入ってしまっている所為で。


「っ・・・・・・!!」


 ピリリリリリ、と細かくて微かな、しかしこの場では良く響く着信音。わざわざ着メロを入れる気にもなれずに放っておいた、人には知られていない緊急用の携帯。

 画面を見てみると、「工藤」とだけ名前が出ていた。


「もしもし?」


 嫌な予感。嫌な予感。嫌な予感。そればかりだ。こんな時に、こんなタイミングで掛けてくるなんて、何かあったに決まっている。今この時に掛かってくる事は、全く想定されなかった事だから。


『宮野?わりい、ドジッた。ってーか、吐いた』


聞えてくる声は掠れていて、息は酷く荒い。恐怖すらも覚える不安に頭の中がガンガンと煩く鳴って、今すぐ駆けだしそうになるのを必死な思いで耐えた。

 今の自分は、ちゃんと無表情を突き通せているだろうか。


「・・・わかったわ」

『帰れるか?終わった、か?』


 普段と全く変わらない口調。心配させないように、とでも思っているのだろうか。・・・そんな事は逆効果なのに。


「ええ、じゃあ」


 表情を全く変えずに、なるべく簡潔な返事で終わらせる。・・・何とか誤魔化せただろうか?――目の前の、希有なる怪盗を。


「誰から?博士?新一?」


 心配そうな目でこちらを見つめ、訊ねてくるキッドに一瞬視線を投げかけ、これ以上は我慢できずに


「さっさと逃げることね。・・・来たわよ」


と素っ気無くいって踵を返し、面倒ごとに巻き込まれる前にと志保はその場を去って今度は一つ下の階から丁度来ていたエレベーターに乗り込み、タクシーを捕まえて、工藤邸の住所を簡潔に告げながら乗り込む。

 タクシーに乗り込んだ彼女の片手にはボールペン型のボイスレコーダーがあり、もう片方の手には携帯がある。その使い方はというと、まずは携帯で予め指定されていたメモリを呼んでかけ、ボイスレコーダーを近づける。

 すると、レコーダーからは少し大き目の――工藤新一の声が聞えてくる。


『警部!キッドの逃走経路の件なんですが・・・』


と。

 まるで、その会話を初めから想定していたように紡がれていく言葉に、志保は嘆息した。感嘆も、その中には幾分か混じっていたが。

 新一の声で発される言葉は、全てキッドの逃走を邪魔するものばかりだ。新一にもしもの時のために、と渡されたものがこんな形で役に立つとは思わなかったが。


「・・・精々必死で帰ってくるのね、黒羽君・・・?」


 ほんの少し。薄笑いの中に帰ってくる期待と悲しさと言う相反する感情を宿らせて、志保は新一の機械越しの声を聞きながら、運転手に起こされるまで少し眠った。
































「着きましたよ」という運転手の声に目を醒まして、料金を払い、寒い外に出て肩を竦め、合鍵を使って重い扉を開けて工藤邸に入る。


「――工藤君?」


 掠れて喉に張り付いたような声で試しに家主を呼んでみるが、返事は全く無い。靴を脱いで中に上がって、まずはリビングに入る。いない。唯暗く、そして寒いだけだ。

 次はキッチンに入っていないのを確認し、廊下に出て・・・


「・・・・・!」


 嫌な臭いと予感に、一瞬息を詰めて、洗面所に向かった。そこにもいない。だが、微かな血臭と洗面台に残る僅かな血痕に、ギクリと体を強張らせ、確かに彼はここで血を吐いたのだと知る。

 残っていた血痕を手早く拭き取り、血臭は消臭剤で誤魔化して今度は書斎に向かう。そこに彼がいる可能性に、期待半分確信半分で重厚な扉を開けた。

 案の定、彼はそこに――いた。

 三人掛けのソファに長い足を出して寝転がっている新一を見て、志保は気配を殺して近づく。背凭れから前に回って、まるで眠るようにソファに横たわる彼の顔色に絶句した。


「工藤君!・・・工藤君!!」


 新一の体を小さく揺すりながら、志保は呼びかけた。反応の無い新一に、軽く頬を叩いて今度は少し乱暴に揺さぶる。すると、彼の体が僅かに身動ぎして、


「・・・み、やの?」


 瞼を億劫そうに上げて蒼い目を現し、寝呆けているような声で新一は志保を呼んだ。その事に、志保は一気に脱力してその場にへたり込む。

 ――死んで、しまったのかと思った。


「・・・俺は死なねぇよ、まだ」


志保の心中を見透かしたような彼の言葉に、彼女はびくりと肩を震わせ、何とか気を取り直して新一の額に手を添えた。・・・取り敢えず、熱はないようだ。発作があったらしいが、今はその兆しは見えない。


「・・・・・・予言者さんが、そう言ったんだったかしら」

「そうだ」


 何が愉しいのか、クスクスと笑いながら新一は頷く。その彼の手を取り、時計を見ながら脈拍を測る。・・・今のところ、異常なし。だが。


「ま、数週間ってトコロだな」

「・・・彼、傷つくんじゃない?」

「あいつなら・・・大丈夫だよ、きっと」


 穏やかに微笑む彼の顔はどこまでも綺麗で、見ていると痛々しい。だが、感傷的になっている場合ではない。そろそろあの気障な怪盗が帰ってくるだろうから。

 志保は自分の思考を中断して、新一の状態を起こして腕を肩に回させる。


「・・・いい。立てる」


そんな志保をやんわりと押し留め、新一は殊更ゆっくりと立ち上がって、その体調の悪さをまるで感じさせない足取りで、扉へ向かった。















 部屋に入った新一は、志保によってベッドに押し込められ、厚手の布団と毛布を掛けられた。そして言われた言葉は一言、


「絶対安静よ」


というこれだけ。そして、志保は静かに、そして速やかに隣家に帰って行った。


「・・・ゴメン」


彼女の帰り際に囁いた言葉も、聞えたかどうか知れない。きっと聞えていないだろうが、傷ついている彼女に向けられるのは、こんな言葉しかなかったのだ。

 きっと、今もたった一人で泣いている。人に涙を見せない自分の代わりに、彼女は泣くのだ。誰もいないところで。一人でひっそりと。

 ――しかし、絶対安静を告げられたのに眠れない。理由も分かっている。いつもある気配がここにはないからだ。

 満月の月明かりが暗い天井を仄かに照らす。そこに翳りが出来て、新一は目を閉じた。少し甘い、あの花を元に作った志保特製の香の匂いが、部屋中を満たしていた。


 眠りがやってくるのは、もうすぐ。







 願いを叶えて欲しかった。


 ささやかな、でもとてつもなく我侭な願い事。


 例えそれが、包んでくれる優しさを無くす事になっても。


 例えそれが、交わした約束を違える事になっても。




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