新一〜♪もうすぐクリスマスだねぇ〜〜☆


 ・・・そうだっけ?


 そうなの―!!快斗君目一杯豪華料理作っちゃうから、期待してて♪


 ・・・・・・ちょっと待て。祝うのか?


 モッチロンだよっ♪


 祭り好きだな〜


 新一といるなんて、俺にとっては毎日でもお祝いしたいくらいだけど〜?


 とことん馬鹿だよな、お前。


 そりゃあ新一バカですからっ♪












Can you find to blindfold a secret?






    ―12―



 最近、新一が目を合わせてくれない。酷い時に至っては、顔すら見てくれないし見せてもくれない時もある。

 彼はいつも人の目を見て話すのに、自分に限ってはそれが全くないのだ。今も、こんなにじっと向かいのソファから彼を凝視しているのに、視線に敏感な彼はそのことに当然気付いているはずなのに、こちらを見てくれない。

 何時からだったろうか。こうなったのは。何かの時を境目に、少しずつ、新一の快斗に対する態度がぎこちなくなったのは。

 家の中で・・・特に二人でいる時に交わす会話が、極端に減ってしまったのは何時からだった?

 不安になる。何があった?何を隠しているのだろうか。聞き出したい。教えてもらいたいが、質問しても今の彼は応えてくれるかどうかも怪しい。


「ねえ、し・・・」

「――なぁ、快斗」


 いい加減、痺れを切らした快斗は新一に呼びかけようとしたが、その前に自分が呼ばれ、身を乗り出した。


「なあに、新一」


小首を傾げる。ふっと、この上なく優しく微笑む新一。しかし、それはすぐに表面上だけと分かる、この上なく冷たい目。


 ――嫌な予感が、した。


 新一は、今まで読んでいた雑誌を閉じてゆっくりとした動作で起き上がり、ズボンの上からでもほっそりした線が解る足を組み、その太股の上に雑誌を置いて、最近の態度が嘘のように、しっかりと快斗を見据えた。


「あのさ・・・」


 普通なら、ここで「好き」とでもきそうなシチュエイションだが、ふっと伏せられた目の中に、僅かにある暗い色にゾクリと戦慄が走った。


「ん・・・?」


 恐る恐る、聞き返してみる。どちらも真剣な表情で、相手を見据えたままだ。


「別れねえ?」

「なんでっ!?」


 頭で理解する前に、理性が反応する前に、感情が先になって彼に叫んでいた。


「何故?理由はあるだろう、それこそウンザリするぐらい。今までの状態に、お前は何の違和感も感じてなかったのか?俺が探偵だと解ってて、今の状況で本当に安らげるとでも?」


 吐き出される言葉と向けられる酷薄な笑み。何の感情も帯びていない目。それでいて、どこまでも落ち着いた優雅な物腰。・・・嘘をつく事のない、彼という存在。

 その全てが、今の言葉の真実を語っている。今の言葉の意味を、拒絶しようとする自分の心に否応なく侵食させる。





「飽きたんだ」





 絶句している快斗に突きつけられる最後のナイフ。サクリ、と何かが刺さった感じを快斗は受けて、込み上げそうになった涙を必死で堪える。きっと今、自分は酷く情けない顔をしているだろう。・・・当然だ、初めつけられた傷を、今こうして鋭利な言の刃で抉られている。

 ――まるで、快斗を無理矢理にでも引き剥がそうとでもするような言い草で。


「っ・・・新一、本気?」

「うん。・・・悪いな、突然で」

「・・・・・・っ」


 ソファから立ちあがって、クルリと背を向けられる。まるで何でもないことのように、こちらを見ないままひらひらと手を振る、新一。





「バイバイ、黒羽」





 その言葉を聞くか聞かないかの内に、快斗はリビングを飛び出して――無我夢中で外へ駆け出した。





































 崩れ落ちるようにソファに倒れ込む。

 快斗の気配が、みるみる遠ざかっていくのにほっと息を吐く。

 ずっと込めていた肩の力を抜いて、ゆっくりと目を閉ざす。

 そして・・・再び目を開いて見た向かいのソファには、志保が座っていた。


「・・・これで、良かったの?」

「・・・ああ」


 吐息と共に吐き出す返答。志保は軽く溜め息をついて、一時その場を離れ、すぐに戻って来て新一の頭にぱさっとタオルを無造作にかけた。

 濡れていて冷たいタオルは、熱が上った顔や頭に、ひんやりとして気持ちが良かった。


「怪盗よりも探偵の方が嘘が上手いなんて、初めて聞いたわ」

「そんなの、今更じゃないか?」


 タオルをかけられたままの体勢で、上目遣いに新一が言うと、志保はふいっと視線を外した。耐えるように、強く拳を握り締めている。彼女の方が、辛そうに見えた。





 イタイ。





「ねえ、本当に傷ついてるのはどっちかしらね?」

「快斗に決まってるだろ」



 視線を向けられずに投げかけられる言葉。即答してやると、更に握られる拳が固く、白くなった気がした。


 何を簡単な事を聞くのだろう。

 何を当り前の事を聞くのだろう。

 今傷ついているのは快斗の方なのだ。今涙を流すのは――涙を流す事が許されるのは、快斗なのだ。自分ではない。快斗を傷つけたのは、他でもない自分で。



 泣きなさいよ。泣けば良いのに。志保の目はそう語っている。



「そうね。・・・どっちでもいいわ、私には関係ないもの」


 唯一の傍観者である彼女は、涙を流さない自分に眉を顰め、顔を歪めて、くるりと背を向けた。心とは裏腹に、努めて冷静な声で言う。


「――早く寝なさい。疲れてるんでしょう?」

「・・・うん。――サンキューな、志保」


言われてタオルを持ったまま立ち上がり、名前を呼ぶ。彼女は一瞬だけ肩を震わせ、語調を少しきつくして


「もういいから、早く寝なさい」


と言った。新一は「本当に、サンキューな」とだけ言って、静かにリビングを出て、二階の自室に直行した。































 ベッドに身体を投げ出す。すぐに筋肉が萎縮して、身体を丸めて、自分自身を抱き締める。身体を襲う、小刻みな震えは収まろうとしない。

 熱い熱の塊が、喉の奥から這い上がってくる。それを何とかやり過ごして、志保に渡されたタオルを掴んで握り締めた。

「これで良かったの?」という志保の言葉は、まるで「本当に大丈夫なの?」とでも言っているように聞えた。





 ダイジョウブナハズハナイ。





 無理矢理貼り付けた、酷薄に見える笑み。感情をコントロールしきれずに、自分自身のキモチを露にしそうになった目。いつ吹き出すか解らなかった感情論。震えを抑えるのに必死だった言葉の数々。

 何よりも、新一の宣告を聞いた時の快斗の表情が、未だに新一の瞼に焼き付いて離れない。

 泣く権利など無いのだ。自分が快斗を傷つけた。あんな顔をさせてしまった。

 今まで、隠し事はしても、快斗に嘘を吐いたことはなかったけれど。嘘をついて、抉るのは簡単だった。――自分の気持ちと正反対のことを言えば良いだけなのだ。

 目が、熱くなる。しかし、目が潤む兆候はなかった。きつく噛み過ぎて、切れてしまった唇からは、一筋の赤い液体。


(俺の涙としては、これが上等なんだろうな)


 自嘲して笑い、顎を伝う赤を指先で拭い、見詰める。

 必要だった事。ここにしばらく快斗がいないこと。快斗を生かすために。自分の――・・・を見せないために。


(俺も、つくづくサイテーだな)


 自分を嘲笑う。ひゅう、と空気が喉を通った。





 心臓が、やけに痛かった。




 ・・・今している自分の行為は所詮エゴだと解っている。しかし、工藤新一である限り、今ここで生きている限り、全ては必要な事だった。

 自分はもう、許しを請う事もできないのだろうか。
















 ふらふらと、覚束ない足取りで、工藤邸から隣家の自宅へ志保は戻った。顔面蒼白の孫同然の娘に、博士は暖かい心配を向けてくれるが、それに答えるのも億劫で、今にも倒れそうな感じだった。

 バンッ!!と持てる限りの力で、苛立ちと焦燥と、哀しみと憤りのごちゃ混ぜになっている感情をのせて、強く拳で壁を叩く。何度も、何度も。


「・・・や、やめなさい、手が壊れるだけじゃよ」


 そう言って、手を掴んで止めてくれた博士の胸に、志保は縋り付いて泣いた。らしくもなく、常に冷静さを保っていられるようしているのは嘘のように、声を上げて号泣した。


 まるで、新一が流せなくなった涙を、代わりに零すように。






 永遠が欲しい。そんなことは思った事がなかった。


 でも、今は切に願っている。


 タブーと言われる禁忌の存在を。


 生き長らえるのではなく、この気持ちが時間と共に薄れぬように。


 求めるのは、パンドラなどではなく、確たる意思――。





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