・・・なあ、一つハッキリさせときたいんだ。
何だい?
あんたのそれは・・・予知?それとも予測?
さあ・・・何とも言えないね。
どっちかは答えられるだろう?
・・・予知、が一番近いだろうね。
・・・そっか。わかった、サンキューな。
いいや、大したことはしてないさ。アタシは知ってる事を言っただけ。
うん、また来る。
また、おいで。
Can you find to blindfold a secret?
―9―
「きゃぁぁああああ!!!」
高級住宅街の一角。近隣の家に勝るとも劣らない、豪邸とも言える屋敷のリビングで、彼の名探偵が事情を知らずに聞けば真っ先に駆けつけそうな叫び声が上がった。
だが、それは悲鳴ではなく歓声に近いもので。
しかも、名探偵の母・工藤有希子が、彼の目の前で発したものなのだから、その心配は全くない。
事実、新一はリビングの壁際に避難して、腕を組んで今入って来た男に目を輝かせてはしゃぐ母とうろたえた様子の彼を眺めている。
彼―ついさっき、日本から到着したばかりの快斗は、入った途端、目の前の美女に上げられた叫び声に、驚かずにはいられなかった。
「新ちゃんにソックリ!!ああ、でも印象は少し違うのねぇ、ちょっと新ちゃんより男臭いかしら?でもいいわ〜〜全く同じより!こ〜んないい男捕まえるなんて、新ちゃんったら誰に似たのかしら」
面食らった快斗は、何とか正気を取り戻す。そして、「それは間違いなくあなたですよ」と答えてたかったが、先を越された。
「それは有希子だろう、もちろん」
という楽しそうな声に。
声の方を振り返ると、開きっぱなしだった扉の向こう側に、先程も聞いた耳に心地よいテノールの持ち主がいた。その眼差しと笑顔は、快斗に向けられた後、優し気に有希子へ向けられた。
「いらっしゃい、黒羽快斗君。君の事は、生前盗一さんから良く聞かせてもらっていたよ」
「・・・父を、ご存知ですか?」
じっと、彼に目を向ける。父を知っている人がいたという喜びと相手を怪しむものだったが、彼はにこやかな表情を全く変えずに「もちろんだよ」と頷いた。
「良くマジックを見せてもらっていたからね」
「・・・そうですか・・・・・・」
思わず感傷に浸りそうになった快斗は、そこで漸く、彼らの名前を聞いてない事に気づいた。大体見当は付いているのだが、やはり自分の紹介もキチンとしたい。
そして、正直な所、早く解放されたかった。何せ、この二十日間、焦がれて止まなかった恋人が目の前にいるのだ。
そして、何故か阿笠邸にいるはずの志保まで来ていたが。
「・・・あの・・・」
どう切り出そうか。何しろ相手は天下の名推理作家と元美人女優だ。そして、新一の両親なのだ。ここはなるべく、好印象を持たれたいのは快斗としては当然の事で、悩んでいるのを見計らって、今まで一言も話さなかった新一が漸く口を開いた。
「父さん、母さん、いい加減自分も名乗れよ。自分達だけ名前をちゃんと明かさないのはフェアじゃないだろ」
そちらに目線を向けると、新一は表面上はかなり不機嫌そうだったが、綺麗な蒼い目には如何にも面白がっていますという輝きがちらちらと見えていた。
・・・どうやらこの一家に遊ばれているらしく、何となく癪に障る。―が、
「そうだったね。新一の父親の工藤優作です」
「新ちゃんの母親の工藤有希子よ♪」
と自己紹介され、慌ててそちらに向き直り、差し出された優作の手を握り返しながら
「黒羽快斗です。よろしくお願いします」
と快斗も自己紹介した。背後で新一が動く気配を感じ、どこかへ行ってしまったのがわかった。
ガクーンと気分が落ちたが、表情には全く出さずに、しっかりとポーカーフェイスで笑顔を作る。しかし、有り難い事に
「さて、早速色々君達の暮らしの事を聞きたい・・・ところなんだがね、突然呼び出してしまった事だし、君も疲れているだろう?部屋へ案内するから、今日はゆっくり休みなさい」
と優作が言ってくれたので、快斗は一先ずその場を逃れる事ができた。
快斗が通された部屋は、二階にある、南側の、奥から3番目の部屋だった。隣は新一の部屋で、新一部屋の逆隣は志保の部屋だと優作が説明してくれた。
「じゃあ、ゆっくり休むんだよ。夕食の時間には起こすから」
と言って、やはりにこやかな笑みを浮かべ、リビングへ戻るべく背を向けた優作に、快斗は「ありがとうございました」と礼を言って優作の後ろ姿を見送った。
ガチャっと、妙に堅く、やや錆びたノブを回して開けた重厚な扉の向こうにあった広く、落ち着いた色合いに満ちた部屋に驚く。
まず、部屋の広さが半端じゃなかった。日本にある工藤邸の客室もかなりの広さがあったが、ここはその2,3倍はあった。
広さを活かし、ゆったりと寛げるように置かれた家具は、キングサイズに近いベッドと小さな机に添え付けの椅子、それから明るく日差しが差し込むように大きく作られた窓際にあるチェアーソファに、少し重厚な感じのする巨大なクローゼットのみで、余計なものは一切ない。
その空間を重視した部屋には、夏だと言うのに涼しい空気が流れていた。窓の外の空は赤く、日が暮れ始めているのだと、ここではじめて知った。日が落ちるのが早い。ということは、夜の闇に包まれる時間が、少しずつ多くなってきているからだ。
少ない荷物を放り出して、赤く染まっていく初めて来る場所の変化の情景に思わず見入っていると、控えめなノックの音が耳に届いた。
「・・・快斗?」
その声に、快斗は慌てて扉に駆け寄り、外開きの扉を開けた。
そこにいたのは、やはり愛しの恋人で。
快斗は満面の笑顔で彼を迎えた。
バタン、と扉を閉めると同時に、細い肢体を腕の中に収め、きつく抱き締めた。二週間も会えなかった、一分一秒足りとも忘れた事のなかった存在が、すぐ側にあるのに快斗は不覚にも泣きそうになった。
堪らなく、寂しかったのだと今更ながらに自覚する。新一の存在に飢えていたのだと、心と体が激しく訴えていた。
――先程までは彼の両親もいたし、彼を確り見る前に、新一は同じ部屋から姿を消していたから、ぎりぎりで我慢できた。・・・だが、本人を目の前にすると、抑制が効きそうもない。
「・・・久しぶり」
嬉しくて、やや掠れてしまっている声で耳元に囁く。腕の中の彼は、一瞬肩を震わせて「うん」と小さく頷いた。
額、頬、こめかみ・・・と、啄ばむようなキスを降らせ、柔らかい唇に優しく触れる。何度も角度を変えて触れ、とんとんと肩を叩かれて、残り少ない理性を総動員して何とか新一から離れた。
「何?新一」
と聞くと、新一はにっこりと煽っているとしか思えないような笑顔を向け、更に追い討ちに
「快斗・・・会いたかったよ」
と甘く囁いた。・・・が、俺もだよ!!と抱き締めようとした瞬間、べしっと何かが顔面を強打した。
「いっ・・・・・!?」
突然の衝撃と痛みに思わず上げそうになった声を最小限に留め、快斗は自分の顔を打った無粋な物体に手をやり、視界の中に入れた途端、カキーンと動きを止めた。
手に取ったのは大量の紙束。その表紙を飾るのは、でかでかとした新聞広告の記事。
『幻のサファイヤ、――美術館に24〜27日まで限定一般公開決定!』
という、英語で綴られた記事だ。ちなみに今日は26日。しかも、記事を読み進めば、このビッグジュエルは今回を逃せばもう一度金庫の最奥にしまわれてしまうのだと言うのだ。
「・・・し、新ちゃん?」
恐る恐るベッドの端に腰掛け、足を組んでこちらを見上げている新一に聞くと、
「俺が、何の用もなしにわざわざお前を呼び出すと思うか?」
・・・簡単に言われてしまった。否、なんとなく、覚悟はしていたが。それでも、ちょっとは寂しがってくれてるのかな〜♪と思い、張り切って数時間のフライトを楽しんできたのだ。
なのに、やってきて再会した途端に、コレ。自分を案じてくれているのは痛い程―実際、鼻の辺りが少しヒリヒリするが―分かる。
だがしかし。もうちょっと幸せに浸らせてくれてもいいのでは・・・と思う自分は欲張りなのだろうか。
「・・・今回のヤツも、組織の奴等が狙ってる。美術館の構造と、こっちの警部の警備配置の癖、宝石の展示場所もちゃんとそこにあるから」
「・・・新一・・・なんでこっちの警部の癖まで知ってんの?」
「知り合いだからな。27日が一番人の多い日なんだと。・・・速攻で盗って、速攻で帰って来い、ここに」
ふと湧いた疑問に即座に答えられ、成る程、と納得して最後の言葉に感動する。
「帰って来い」そのたった一言に、快斗の心が浮上する。お手軽な自分につい笑ってしまったが、それも新一だから仕方ないのだ、と自分で自分に訳の分からないいい訳をして当の本人に向き直った。
「何があっても、新一の処に戻ってくるから、待ってて」
「無傷でな」
「分かってるよ♪」
「もし傷つけてきたら、塩塗り込んでやるから覚悟しとけよ?」
「まったまた〜出来ないクセに♪」
言って、にっこり笑う。拗ねた様子だった新一も、その快斗の様子にクスリと笑った。
それを引き金に、二人は込み上げる笑いに身を任せ、戯れに何度も唇を触れ合わせた。
午前零時。静寂でいて暖かい雰囲気に包まれた高級住宅街の一角から、白い鳥が肌寒い空気に溶け込むように、柔らかく優しい静寂を乱さぬように、飛び立った。
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