どこまでも解る事が出来るって、どんな感じだ?


 少なくとも、幸せではないね。


 ・・・・・・今のあんたは不幸なのか?


 さあ、どうだろうね。でも・・・


 でも?


 アンタみたいな変わり者と、こうして一緒に喋っているのは好きさ。












Can you find to blindfold a secret?






    ―7―



 とある有名デパートの7階。紳士服売り場の一角は、ある一ヶ所を中心として、ちょっとした人だかりができていた。その中心には、至極楽しそうに服選びをしているとある美女と、彼女を愛しそうに見ているとある有名な男性。

 華やかな雰囲気を醸し出したこの二人。二人ともこのデパートの常連客で、有名人である。しかも、有名人は見慣れているはずの店員達でも、ついつい彼らの来訪に心を躍らせるほどの。


「新ちゃん新ちゃん――!!これよこれ!!ほらこれ着てみて〜〜♪」


 そんな、明るい光を纏った美女が、趣味のいい濃紺のスーツを片手に、やはり明るい大声で、彼女を少し離れたところから見ていた少年を呼んだ。少年は、蛍光灯の陰になっている僅かなスペースから、苦笑ながらゆっくりと静かに彼女に歩み寄る。

 美女に呼ばれて、傍から見れば羨ましい限りの彼を見て、周りは自然と溜め息を吐いた。彼を見る事の出来た今の自分の幸運と、彼の美貌への感嘆を乗せたもので、それは彼を呼ぶ美女が登場した時と同じ溜め息だった。


「・・・またかよ・・・」


 新ちゃんと呼ばれた彼、すなわち工藤新一は、やれやれといった溜め息を吐いて殊更ゆっくりとした動作で母・工藤有希子と父・工藤優作が待つ元へ歩き出す。そして、彼らの元へ辿りついた途端、有希子には彼女が持っていた濃紺のスーツを渡された・・・というか、押し付けられた。


「はい、これ!絶対新ちゃんに似合うと思うわ!!」

「・・・・・・そう言って、何着俺に着せるつもりだよ、母さん」


 再び軽く溜め息を吐き、新一はしぶしぶという表情で渡されたスーツを手に取った。


「あら、一年も会えなかったんだから、本当はもっともっと欲しいくらいよ!!息子の服選びほど楽しいものなんて、片手に収まるくらいしかないんだから!!」


新一の背中を押しながら、有希子は心底楽しそうに言った。

 一年。それは、「工藤新一」と呼ばれる彼が、世間から「事件」という名目で―しかし、実のところ、今は無きとある組織に飲まされた薬で、細胞レベルの身体年齢の低下により、小学生の「江戸川コナン」となっていた期間のことだ。

 その所為で、一年間も本当の姿で両親に会っていなかった彼は、つい一週間前、遠い東の国から飛行機に乗って、両親が住むこのアメリカで、感動の再会を遂げたのだ。


「・・・着ればいいんだろ。でも、こんなに買ったって、着る状況が無かったら意味無いぜ?」


 細胞レベルでの身体の変化。命を削るような経験をした彼は、医療機関の整ったこの国で、正式ではないにしろ、検査をするために、三日間ほどとある建物に篭っていた。

 そこから出てきて早四日。その間中、ずっとこんな調子で有希子と優作に買い物だの何処かの有名人主催のパーティだのに連れ回されているのだ。いい加減、疲れもする。


「そんなことはないさ。だって、すごい量のパーティの招待状が家に届いているのを、新一も知っているだろう?」


朗らかな笑顔で優作が言った。検査が終って、初めて招待された母の知り合いの、ある映画俳優主催のパーティに気晴らしにと誘われて、ついうっかり出席してしまった後。次の日の明け方には、「御家族ご招待」と書かれたパーティの招待状が、ポストの中にそれはもうぎっしりと詰っていたのだ。

 実は、その中には新一個人に当てられたものもあったのだが、たった一人で新一をパーティに送り出す事などとてもとてもできない両親と、彼と共に渡米し、新一の検査を最新技術の器具を見事に使いこなした主治医・・・宮野志保が、「無理はいけないわ」とにこやかな笑みと共にと破り捨ててしまった。

 その辺り、親ばかというか、なにより新一が大切に思われていることが、確りと現れている。


「でも、何で俺まで・・・」

「招待主が会いたがっているのは新一なんだよ。新一がいかないで誰が行くんだい」

「・・・・・・俺は、行くなんて言ってねえからな」


ボソリ、とそう言って、新一はスーツを持ったまま試着室の方へと消えた。それを嬉しそうな、暖かみの満ちた目で見送る父と母。


「さて、今度は何を着せようか?」


 釘を刺されておきながら、尚もこう言ってしまえるところが、この父親のいいところであり、新一にとって迷惑なところでもあった。勿論、そう言われなくても、既に服を選び出すことに目を輝かせている母を止める事などこの場の誰にも出来ないのだが。










「―っだぁあ!疲れた―――!!」


 そう叫んだ新一は、家に帰り着くなりソファに倒れ込んだ。その両脇にある、左側の茶色の革張りのチェアーソファに座っていた志保が、家の主である優作から借りた本から目も上げずに「お帰りなさい」と言った。


「ひどいわぁ〜新ちゃん。何も置いていかなくたって・・・」

「親をあんなデパートに置いていってはだめだろう、新一」


 彼の後から続いて部屋に入って来た工藤夫妻が、にこにこ笑いながら、だらしないが妙に絵になる格好でソファに寝転がっている息子に声を掛け、志保には「ただいま」と笑いかけて、新一が寝そべっているソファの向かい側に腰掛けた。

 そして、即座に立ち上がった有希子が、部屋に入って来た途端新一が投げ出した紙袋を手に取ると、中身を出しながら、如何にも上機嫌といった風で綺麗に片付いたテーブルに広げていく。

 なんと無しにそれを見ていた志保は、取り出されたそれらの品々を見て・・・つい、本のページを開いたまま、固まった。

「・・・・・・一つ聞いていいですか?」

 年上ということで、一応敬語を使って話す志保に、「なんだい?」とにこやかな笑みを浮かべたまま、優作が聞く。その間にも、目の前に広げられていく服、服服・・・新一などは、見るのも嫌なのか、テーブルに背を向けて寝転がったまま動かないでいる。


「・・・・・・それ、誰が着るんです?」


 男物。そう、男物もあるのだ。しかし、それは全体の中の一部であり・・・広げられた服の大半は、女物の、ドレスだとかドレスだとかドレスだとかスーツだとか果てはストッキングやレースの手袋まである。

 一抹の不安と、ちょっとした好奇心と、楽しそうな予感が入り交じった、目を夫妻に向ける。・・・だって、本当に楽しそうなのだ。


「もっちろん、新ちゃんと志保ちゃんに決まってるじゃない!!」

「俺は着ねぇって言ってるだろ!!」


 ソファの背の方を向いていた新一が、突然こちらを向いて怒鳴った。顔が真っ赤だ。余程恥ずかしいのだろう。

 ・・・見てみたい気がする・・・


 見たいという欲求が更に増幅したが、それでも志保は、自分で動かない事に決めた。そして、自分の右側のソファに楽しそうに服を選び出す夫妻を横目で見、再び読書に没頭した。

 ポツン、と浮かんだ言葉。しかし、何とかそれを消して、しげしげと新一に選ばれたベージュのスーツや濃紺のスーツ、澄んだ空のような色のドレスや、赤いスラリとしたチャイナドレスを見やった。

 ――三日間の検査を思い出す。今のこんな時間とは違い、あの時はかなり緊張していた。
 ・・・自分でした検査の結果が、少しでも良いものであるようにと願いながら、彼の身体状況をチェックして、分析した。


 ―検査結果を自分で出した時は、本気でその場に座り込みそうになった。・・・それほど、ほっとしたのだ。


 確かに、身体機能は低下していた。筋肉も体力も、かなり落ちていた。しかし、「今のところは大丈夫」という、曖昧だがそれでもまだ安心できる結果が出たのだから。この二人が彼と楽しみたいという願いも、聞きいれた。

 ・・・だからこそ、今こうして落ち着いてのんびりできるのだが。

 そんなささやかな時間に、志保は密かに幸せを覚えずにはいられなかった。




 ソファに寝転がって、新一は天井をぼんやりと見詰めた。筋力が明らかに落ちていて、上手く動かないか体だが、久しぶりに長い散歩をした体には、意外と心地よい疲労感があり、散々両親に振り回されもしたが、結果としては体調は悪くなく、どちらかというと気分が良いくらいだったのだ。

「こんな処で寝ちゃだめよ」と志保に言われもしたが、新一は緩やかな眠りに落ちた。











 ―薄暗い・・・薄暗い路地を、彼は歩いていた。暗く淀んだ空気の中で、彼の周りだけが異質であり、異質であると自覚しながらも、彼はゆっくりとした歩調を速める事はなく、路地の最奥へと向かう。

 三日前の約束の時間。彼はしっかりと忘れずにいたから、ここに居るのだ。年齢を全く掴ませない表情と雰囲気。・・・重い布を捲ったその裏側には、そんな印象を自分に与えた彼女が、今は三日前と同じく、しかし少しだけ痩せた顔で、ゆったりと椅子に腰掛けてこちらを見ていた。


「やあ、来たね」


と楽しそうに笑う。彼は黙って頷き、部屋の中に入って、示された椅子に腰掛けた。


「・・・誰も、使わなかったな」


 ふう、と息をつき、じっと正面に座っている彼女を見詰めた。

 占い師の場合、予告した過去を示す時、誰か自分が雇った人間を使って占いの対象を見張らせ、それで金を取るという詐欺師もいる。それをここ三日間、彼は警戒していたのだが、そんな気配は全く感じられなかった。

疑っていた、という事を正直に話すシキに、レイと名乗った彼女は相変わらず楽しそうに笑って言った。


「おや、アタシにはアンタのこの三日の行動なんて・・・」

「解っていた、か?」


 先読みできた続きを言うと、彼女は「アンタが出ていったすぐ後にね」と付け足し、にっこりと微笑んだ。


「・・・・・・本当か?」


見据える彼女は、嘘をついているようには見えなかった。


「本当さ。・・・書き留めておいたよ、その時に」


と言って、彼女は椅子の肘掛けの引き出しから紙を取り出し、彼に渡した。小さく折られた紙を彼は受け取り、広げて流麗な英語で綴られた細かい文字をじっくり観察する。インクはしっかり乾いていて、変色の状態から、それがついさっき書いたものではない事が解った。


「・・・確かに三日は経ってるな」

「どうだい?信用したかい?」

「・・・した。事件の事を知ってるなら、未然に防ぐ方法はないのか?」


ささやかな疑問を口にしてみるが、レイはすぐさま首を振った。


「無理だね。防いだとしても、災厄は必ずやってくる。死から逃れる術はないよ」


その答えに、解っていたものの、彼は溜め息を吐いて、


「そっか・・・どんなことをしても、人は死ぬんだな」


と言って感情の揺れた目を閉じ、もう一度開いた時には、確かな輝きが戻っていた。


「人は遅かれ早かれいずれは死ぬのさ。寿命で死ぬのか殺されて死ぬのか、病気で死ぬのか事故で死ぬのか・・・その要因が違うだけ」

「わーってるよ。・・・で?何か占ってくれねえの?」


肩を竦め、ニヤリと笑っていう。先程垣間見せた、残念そうで辛そうな表情はまるでなく、強気で楽し気な表情だ。


「そうだね。・・・アンタの未来と、恋人の有無ってのはどうだい?占い屋らしくていいだろう?」


 ニヤリ、と楽しそうに笑う彼女の顔は、正に女の顔だ。しかし、あからさまな色気を発するわけではなく、どこか華のある艶が目の奥で楽し気に揺れている。


「・・・恋人は・・・興味ないけど。そうだな、頼む」


「恋人」という存在には興味は全くなかった。女性に興味がないわけではない。ただ、人間に深入りしたくないというのが本音なのだ。

 そんな彼の本音など、初めから分かっているという体で、彼女は軽く笑って、深い紫のレースの手袋をした手を差し出した。


「はい、手」

「?こうか?」


 そっと、冷たい手に自分の手を乗せる。その手を彼女はもう片方の手と包み込むようにして、静かに目を閉じた。

 沈黙する彼女を、彼はじっと見詰めた。薄暗くて良くは分からないが、彼女はかなり整った顔立ちをしていた。肢体はかなり細く、華奢と言うのを通り越している。ローブの下の痩せた頬は白く、縁取る髪は薄い金だ。感情を表に出し、よく笑う表情は今は心持ち硬く、真剣で・・・辛そうだった。




 静かな時が過ぎ、彼女は徐に口を開いた。


「アンタ、嫌な事に巻き込まれるね」

「・・・・・・」

「ああ、でも・・・仲間ができる。小さな仲間達・・・小さいようでアンタに大きな力を与える協力者・・・恋人。おや、男だね」


 彼女は少し驚いたように声色を高めた。落ち着いたアルトから、高いメゾ・ソプラノへの急激な変化に、この人の音階はどれくらいあるのか確かめたくなったが、今はそんな事をしている場合ではない。かなり奇妙なことを聞いたような気がしたのだ。


「・・・男?ゲイになるのか?」


 別に同性愛に偏見はないが、まさか自分にも当て嵌まるとは信じられない、というよりも信じたくないといった類の憮然とした顔をする彼に、彼女は笑って言った。顔色は、心なしか青い。


「悪いもんじゃない。好き合っていればね」


 流石は男性同士の結婚が認められているこの大国に住んでいるだけあるのか、はたまたそういう恋愛について寛容なのか、彼女の態度はあくまでも楽しそうで、この時ばかりは面白がっていた。それほど彼は嫌そうな顔をしていたのだ。


「そういうもんか?」


 どんなに認めたくなくても、彼は「そんな事は嘘だ」と否定することはしなかった。彼女の占いがどれほど正確なのかを身を以って確認したばかりなのだ。


「そういうもんさ」


 事も無げに彼女は言った。そして、スゥ・・・と目を細め、じっと彼の背後を凝視したかと思えば、ぎゅっと彼の手を強く握った。彼女は表面上冷静なままに言った。


「アタシとしては、避けたいねぇ・・・これは」

「・・・何があるんだ?」


 一向に言おうとしない彼女に、彼は焦れて先を促す。彼女は―レイは、ふぅ・・・と溜め息を吐いて、彼の目を正面から見据えて告げた。









「アンタ、死ぬよ」






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