ねえ、ずっと一緒にいてくれる?
・・・・・・そうだな〜気が向いたら、な。
え〜ナニソレ一緒にいたくないの〜?
そういう訳じゃねえよ。
じゃあいいよね、側にいてね?
う〜〜ん、どうしようかな・・・・・・
・・・ねえ、ずっと一緒にいよう?
・・・・・・・・・うん、そうだな。
Can you
find to blindfold a secret?
―4―
黒羽快斗が素顔のままで工藤新一と初対面して、暫く経った頃だった。新一が快斗という存在を受け入れて、でもまだ一緒に住む前の微妙な時期。
外は春の日和で暑くもなく寒くもなく、のんびりするのに丁度いい気温で、こんな晴れの日に家の中で閉じこもっているのもつまらないと言って、ある日、快斗は以前読んだ事のある推理小説を読み返している新一を、散歩に連れ出した。
「ん〜〜〜いい天気だねぇ〜♪」
涼しい風が体の脇を通って、或いはぶつかって、心地よい余韻を残し去って行く。ポケットに手を突っ込んだままの新一は、傾きかけている日を見、まだまだ明るい空を眺めて、
「そうだな」
と軽く同意し、じっと読書ばかりしていて硬くなった体を、新一はう〜〜んと大きく伸びをして解した。
「・・・偶には、こんな日もいいかもな」
「だよねぇ〜〜〜♪」
のんびりした時間。本当に久しぶりな気がした。・・・・・・この頃は、矢鱈と忙しくて―半分は快斗の所為だったりするのだけど―こんなに静かな時間は殆どなかったのだ。
・・・組織は壊滅させた。完璧に。しかし、それはあくまでも新一の方の話しであって、快斗の探し物はまだまだ見つかってはいない。組織は壊滅させても、探し物を止めようとは思っていなかった。元凶を潰さなければ、意味はないのだから
忙しいことの半分というのは、その頃何故かビッグジュエルが並ぶ宝石展の類が多く、自然と快斗のキッドとしての仕事の数が増え、そして当り前のようにその内の何件かは一課の要請によって新一が駆り出されたのだ。新一との対峙は楽しいが・・・全く、遠慮のえの字ない。
大学受験もないし学校がないぶん、探偵業も開いているのから呼び出し易いのかもしれないが。こっちの日常の事も考えて欲しいというものだ。
パンドラは、まだ見つからない。泣いても仕方ないし、喚いても降ってくる訳じゃない。だから、辛くなった時でも泣いたりはしない。月は空のものだが、その中の赤い滴までは渡さない。
つい最近まで柔らかなピンクに色づいていた桜はもう葉桜になっていて、先日降った雨に緑の匂いを濃くして、取り巻く空気にさり気なく混ざって包んでくれた。
雲が薄くかかった日差しは優しくて、一緒に隣を歩いている新一の本当の心に似ている気がした。
真実を見据える真っ直ぐな目、そこから目を逸らさないでいる強い心。実は死を迎え、或いは殺された人々に、そしてその犯人にさえも心を痛めてしまう弱さと優しさ。
彼の心は日差しそのもの。・・・本当は、そうして例えてしまうのも勿体無いくらい綺麗な人なのだけど。
ブランコが揺れている。中途半端な時間のせいか、いつもは元気に遊びまわっているお子様達がいなかった。
いつもより静かな公園。落ち着くことはいいものの、やっぱりどこか寂しい。
公園を眺めて、体中で吹く風や、ささやかな解放感を満喫しつつ、のんびりと駅の近くまで歩いて帰路に立った。その途中。
「あ」
と何かに気づいたように、新一が突然立ち止まり、じっと一点を見据えた。
その先に有るのは、色とりどりの花を生けてある花屋で。
「どれ見てるの?」
珍しいと思いながら聞いてみた。
「アレ」
新一の細い腕がすっと動いて、華奢な指が差したのは、椿にも薔薇にも似た、でもどこか儚い赤い花だった。何と言うのかは知らないが、純粋に綺麗だな、とだけ感じたのを覚えている。
「あれが欲しいの?」
「いや、欲しいんじゃない。ただ――珍しいな、と思って」
ひょいっと肩を竦めて新一は言った。静かに視線をその花から逸らして、先に歩き出した。
「珍しい花なの?」
「まあ、あんまり見ない花だな」
言って、クスリと何故か自嘲するように笑う。愉しいのか、それとも可笑しいのか、快斗には判断がつかなかった。
「ねえ、なんて花?」
そう訊ねると、新一は「・・・・・キンポウゲ科の花で、名前は――」と答えた。・・・あの時、彼が答えたのは、一体何と言う名だったろうか。
「なあ、快斗―――」
人通りのない高級住宅街の一角の路地に入った時、新一が微笑んで何かを言った。
丁度その隣を宅急便のトラックが通ったので、快斗には、聞えなかった。
「何、新一?」
前を見ていた快斗は新一に聞き返す。しかし、彼は「なんでもない」と言って微笑んだ。朱に映った面に、半分条件反射に体が動いて、快斗は新一にキスして、さっと顔を赤らめた新一の蹴りを躱して、彼の細い肩を抱く。
彼は僅かに抗ったが、強く引き寄せると、大人しくなって快斗の肩に頬を擦り付けてきた。その可愛すぎる行動に思わず抱きしめてしまい、一瞬と経たずに鋭い蹴りが飛んできて、げしっと背中に受けた。
そんな風にじゃれつつ帰路を歩き、しばらくもしない内に、工藤邸が見えてきて、二人はのんびりした気分の余韻に浸りつつ、中に入った。
「ただいま、快斗」
普段は余り見せてくれない柔らかな笑みで言う新一に、快斗は嬉しくなって彼の額に軽く口付けて言った。
「おかえり、新一」
口付けを受けた新一は満足そうに笑って、靴を脱いで上がり、リビングへ歩んでいく。
それを見送った快斗は、散歩後のコーヒーでも出そうと、キッチンへ入った。
朝一番に豆を挽くところから始めたコーヒーを暖めて、新一専用の底の深いマグカップに、コポコポと静かな音を立てて注いでいく。因みに、もちろん超濃厚な液体だ。
それに、ほんの少しの砂糖を入れて掻き混ぜ、もう一つ、自分のカップにもミルクと砂糖を目一杯入れたコーヒーを入れて、それらの出来に微笑みを浮かべてキッチンを立った。
ガラスを填められたドアを開け、ソファに転がって既に本を読み始めている新一の側に置いて、声を掛けた。
「新一、コーヒーここ置くね」
「―サンキュ」
という言葉と一緒に返ってくる笑顔を見る為に。
君といるだけで、こんなにも幸せになれる自分がいる。
もう君がいない生活なんて考えたくない。
君がいないところでの生活には意味がない。
この気持ちは多分、これからもずっと変わらない。
NEXT
BACK
Can Top