・・・そういう事だから。・・・良いわね?他の人に言っちゃ駄目よ?


 蘭お姉さんにも〜?


 ・・・そうね


 先生にもですか?


 モチロンよ。


 親にも言っちゃあダメなのかよ?


 そうよ。・・・あら、重かったかしら?彼はあなたたちを信頼して、この真実をあなたたちに打ち明ける事にしたのに・・・


 わ、わかったよ!!絶対秘密にする!!


 ぼ、僕もです!


 お、おおお俺もだぞ!!!


 ええ・・・お願いね。












Can you find to blindfold a secret?






    ―3―


 のんびりと小さな旅行鞄一つに着替えを詰め込む。お金と、パスポートと、ビザと、飛行機のチケットも押し込んで準備完了。日はまだ高い。早い時間に用意していたにも関わらず、新一は予定より少し早い時間に出ようという気はさらさらないらしい。

 もうすぐ昼だ。壁に掛かった時計がそれを明確に教えている。あと少ししたら、あの元気が有り余っている恋人が、元気よく一階から叫ぶのだ。


「新一〜〜〜!お昼だよ〜〜〜〜!!」


と。

 あまりに予想通りの展開に、込み上げる笑いを肩の震えで何とかやり過ごしながら、彼は自室を出た。

 今の季節は、初夏というのに相応しく、どっしりと重い雲が空を覆ってはっきりしない天気の時もあれば、空気がカラッと乾燥して空は晴れ渡り、しかし紫外線が強烈な自己主張するような時もある。不安定で先が見えない。人の心のようだと思う。

 今日の天気は前者らしい。重厚な雲が、そこに在るはずの青を覆って、執念深く居座り続けている。余りの湿気に、自分が汚染されている錯覚に陥ってはすぐに戻る、ということを繰り返した。

 それでも、室内はクーラーが良く効いていて肌寒いくらいだったが。

 キッチンに行くと、既に快斗は食事をテーブルに並べ終えていて、遅れてきた彼をニコニコ手招いている。テーブルの上には、大皿に盛られたサンドウィッチと、暖かい湯気を立てるコーヒーが整然と並んでいる。


「今日はちょっと肌寒かったから、ホットサンドとホットコーヒーにしてみました!パンが冷めない内に食べよ♪」


と快斗は彼に席を勧めると、頬張り易い大きさに切られたそれを一切れ掴んで、カシッと弾力のあるパンに歯を立てた。

 新一も席に着き、一切れ取って齧り付く。サクッと軽い音がして、ハムとチーズと、トマトの味が口の中に絶妙な味になって広がった。ハッキリ言って物凄く美味しい。油っぽさがないところが良かった。何度も咀嚼して飲み込み、珍しく二切れまでをペロリと食べた。

 ある程度サンドウィッチを片付けると、適度な湯加減で煎れられたコーヒーの香りを楽しみながら、新一は言わなければいけない事を告げるタイミングを計っていた。

 そして、なるべく何気ない風を装って、話が途切れた隙を突いて、言った。


「なあ、快斗」

「何〜?」


こちらを見てニコニコしている快斗に、一瞬詰って、言う。




「俺、今日から一ヶ月くらいアメリカ行くわ」




 思考停止。

 突然過ぎて、何を言われたのかわからなかった。いつもの休日と同じような昼。言葉ではほとんど言ってくれないけれど、本当に美味しそうに自分が作った料理を食べてくれる新一を見て、幸せに目一杯浸っていた快斗は・・・一気に谷底に突き落された。


「な、何で?」

「父さんと母さんにしつこく呼び出しくらってたんだ」


 アッサリと新一は理由を言った。彼が彼の両親に、しつこく会いにくるように言われていたのは本当だったから、すんなりとそれを受け入れる。

 そして、ダメ元で言ってみた。


「・・・・・・俺も行って良い?」

「ダメだ」


ほら、やっぱり駄目だった。理由も分かっている。


「向こうに行ってる間に、ビッグジュエルが来たらどうすんだよ?」

「うん。わかってる」


だから、言ってみただけ。


 新一は、自分に負担を掛ける事を、酷く嫌がる。

 もっと寄り掛かってくれても良いのに、時折、こちらが見ていても痛くなるくらい傷を負っているにも関わらず、それでも必死で自分の足で立とうとする。そんな姿を見る度に、キリキリと心が痛くなるのを感じた。


「・・・アメリカ行って、何するの?」

「ん〜〜〜とりあえず、あの人達に付き合って、向こうの警察とかも見てきて、射的場行って・・・」

「楽しそうだね」


 本当に楽しそうに今後の予定を語ってくれる新一に、少し拗ねながら言うと、


「別に。一番の目的は、多分体の検診だし」


・・・辛いはずのことを、サラリと言われた。

 そういえば、新一は元の姿に戻ってから、一度も両親に会ってないのだ。もう一年も経つのに、たった一度、「戻ったから」と電話で一言言ったところしか、少なくとも快斗は見ていない。

「コナン」であった頃の新一と、自分が追っている組織とは違うそれを、もう一人、隣に住む女科学者と共に潰して、彼だけ元の姿に戻って、一ヶ月と少し。自分がこの家に住み付いて、一ヶ月調度になる。


『よぉ、工藤新一クン』


と元の姿で、彼の家の門の前に立ち、事も無げに笑って言えたその時の自分の度胸に、自分でも賞賛を送りたくなる。

 しかし、ただでさえ心臓がバクバク鳴って落ち着かないのに、新一は爆弾を落した。


『よぉ、黒羽快斗。・・・怪盗キッド、の方が良かったか?』


と。彼は表面上では気軽な笑みを向けながら、真実を正確に見据える鋭い目でこちらを見据えながら言った。それが、四週間前。

 その後すぐに和解して、ずっと狙っていた同居――同棲、と言いたい所だったが、言うと蹴られるので――の権利を勝ち取ったのが、やっと二十日前。

 嗚呼、やっと新一とラブラブな生活が送れる〜〜★と喜んでいた矢先に、これだ。

 心の半分以上を崖っ縁に立たせながら、その分をどこかに飛ばしていると、不意に新一が、


「あ、もう行かなきゃ」


とのたまった。はっと前を見て、席を立とうとする新一の腕を掴んだ。新一の分だと取っておいたサンドウィッチは、キレイになくなっている。


「い、今から行くの!!?」

「そう。んじゃあ留守は頼むな」


 ニッコリ笑って言う。それでも手を中々離せない自分に、新一は呆れたような目で一瞬自分を見、テーブルのこちら側に来て、その形の良い唇で見上げる自分になっている唇に、掠めるようにキスを落した。


「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!??」


 一瞬だけ唇を掠めた温もりに思い切り動揺して、穴が空くくらい新一を見詰める。しかし、新一はゆったりと微笑んだだけで、「行ってきます!」と上機嫌に去って行った。









 玄関から出ると、予約しておいたタクシーが既に止まっていて、「お待たせしました」と運転手に声を掛けて、車内に身を滑り込ませる。運転手は「いいえ!大丈夫です!!」と言ってから、ドアを閉めてゆっくりと車を出した。


「・・・・・・私まで行くってわかったら、彼、どうするかしらね?」


 先に乗り込んでいた、今回の旅の同行者である志保が、いかにも楽しそうに言った。急いだ様子で屋敷から出てきた新一を見て、例によって引き止められたのを、ワザとギリギリの時間で躱した経緯を察したようだった。

 短くはない付き合いだといえ、何も言わなくとも、しっかり見抜いてくれる彼女に、底知れない気楽さと仄かな気恥ずかしさが湧いた。


「・・・・・・・・・・・・まあ、大丈夫だろ」


 長い沈黙の後、嘆息に混ぜて答える。もし志保も一緒に行くなんて言ってしまえば、


『え〜〜志保ちゃんは良くて俺はダメなの〜〜?ねえ新一俺と旅行はイヤ〜〜〜?』


などと吐かしかねない。そんな場合も、自分はきっとキッドの仕事を理由に置いていくのだろうが、あまり駄々を捏ねられてはこっちのささやかな良心も痛むというモノだ。


「あら、あなたに良心なんてあったかしら?」

「・・・お前も大概嫌な性格してるよな」


 有るに決まってんじゃねぇか、という新一の微笑みはどこか儚く。志保はそうね、と頷いて、膝の上に置いている自分の医療器具が入った愛用の革の鞄をそっと撫でて、視線を窓の外に移した。


「お二人とも、揃って旅行ですか?」


 タイミングを見計らって、運転手が気安く声を掛けてくる。ボンヤリと外を眺めていた新一が「そうなんですよ」と4,5匹大きな猫を被った笑顔を向けて答えた。

 どうもそれが嬉しかったらしく、半分は営業、半分は好奇心で、運転手は運良く自分のタクシーに乗る事になった美男美女に、当たり障りのない質問や世間話を持ちかけながら、車を進めた。









「はい、お疲れ様でした」

「有り難う御座いました」


 平日の所為か、乗ってから1時間半もしない内にタクシーは空港に着いて、新一が料金を払って二人はタクシーを降りた。


「また、ご利用ください」


 にこにこと、営業用にはとても見えない笑顔で運転手は新一に言って、またタクシーを滑るように出して遠ざかっていった。殆ど揺れない丁寧な運転だったので、快適な時間だったといえる。


「よし、行くか」

「そういえば、あの人達に連絡した?」

「・・・・・・・・・まあ、大丈夫だろ。妙に勘いいし」

「・・・・・・そうね」


 余計な物を何も持っていない、長期旅行にしては少ない荷物を持って、二人は予定通りの飛行機に乗って、アメリカへ渡った。





 譲れない物がある。


 それは掛け替えのない全て。そして、小さな過去。


 貪欲かもしれない。でも、どうしても。


 これだけは譲れないんだ。



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