なあ、愛とか恋とか・・・感情って、期限がついてると思うか?

 ・・・なにさ、それ。

 別になんでもねえよ。ただ、知りたくて。

 ・・・俺は、ないと思ってるよ。

 何で?

 だって、俺が新一へのこのふか〜い真心が消えるわけないじゃん。

 ・・・・・・消えたら、哀しいんだろうしな。

 にしたって、新ちゃんがそんな子と聞くなんて、意外とロマンチスト〜?

 ・・・・・バーロ。












Can you find to blindfold a secret?






    ―2―



 警察に呼び出され、事件を解決した帰り道。快斗は事件が終ったという新一からの連絡を受けて、現場に傘を差して彼を迎えに行った。車を使わなかったのは、現場がすぐ近くだったせいもあるが、理由の大半は、


「今日車は要らないから」


という一言のせい。


「新一!!」


 警官達が撤退の片付けを行っている近く、目暮警部と話している新一に声を掛ける。すると、彼はすぐにこちらに気づいて、目暮警部に一度頭を下げた後、こちらに歩いてきた。

 屋根のある所からも出てしまい、濡れるのも構わずにこちらに向かってくる彼に、快斗は慌てて駆け出し、新一を自分の傘に入れた。


「屋根のあるとこから出なくていいのに。折角傘持って来たのに、濡れちゃ意味ないでしょ」

「でも、お前は来てくれるだろ?俺のところに」


 悪びれもなく言う新一に、快斗はわざわざ胸を反らせ、誇ったように言った。


「当り前でしょ。愛しの新一君が珍しく呼び出してくれたんだし」

「言ってろ。・・・帰るか」


 快斗が持ってきていた、新一用の青の折り畳み傘を彼は差し、その中に入って言った。


「うん♪」


 帰る、という単語に、いつもながらささやかな幸せを感じながら、快斗は力一杯頷いて、先を行く新一を追いかけた。

 ぱしゃん、と水が跳ねる。それは、歩くそこここから聞えてくる。こんな静かな雨の日に、雨が降っているとわからせる音の一つ。

 しとしと降る雨が、大気の重みを増して、体全体に掛かってくるようだった。雨は余り好きじゃない。でも、自分の隣を歩く恋人は、どこか楽しそうに、雨の降る道を歩いている。

 そういう彼を見つめながら歩けるなら、雨も悪くないなと思える。


「新一って、雨好き?」

「―――・・・悪くないんじゃないか?快斗は嫌いか?雨」

「嫌いじゃないよ。ただね〜〜〜」


言いながら、快斗は新一の傘を取り上げて素早く畳み、新一を自分の傘の中に引き寄せた。


「傘で、新一の顔が良く見えなくてねぇ〜」

「こら。濡れるぞ!」


 怒ったように顔を赤くする新一に、快斗は


「こうしてひっついてれば大丈夫だって♪」


と笑って彼の肩を抱き寄せた。ぐっと二人の距離が縮まって、新一の肩が快斗の胸に当たる。新一は、はあっと溜め息を吐いて、


「恥ずかしい・・・」


と小さく言った。新一の傘は折り畳みだったので、既に快斗の鞄の中に収まっている。だから、傍からは傘が一本しかないように見えるから、同じ傘に入る、というのは余り抵抗はないが・・・肩を抱き寄せる、というこの状況は、新一には些か不自然に思えた。


「まぁまぁ、たまにはいいじゃない」


 もう一度、深い溜め息をつく彼に、快斗はニッコリと渡った。結局は傘から出ないでくれる彼が、とてつもなく愛しかった。








「・・・・・・なぁ、ちょっと思い付きなんだけどさ」


 それから、雨に濡れた、見慣れているが少しいつもと違う景色を眺めながら歩いていると、公園の近くに来た所で、新一がぽつりといった。


「ん、なに?」


 聞き返すと、彼は何とも言えない微笑みを快斗に向けた。思わずその笑みに見蕩れていると、新一は更に笑みを深めて言った。


「俺、こっから濡れて帰るわ。お前、先帰っといてくれよ」


 そして、快斗が持つ傘から一歩出る。当然、その手を快斗は掴んだ。まだ暖かいとは言えないような気温なのだ。濡れては新一が風邪をひいてしまう。


「風邪引くよ」


 一番わかりやすい言い訳。俺と一緒にいたくないの?とか、そんなに相合傘嫌だった?とか考えたけど、口には出さない。まずは、新一を引き止めたかった。


「・・・大丈夫だよ。すぐ帰るから」


 振り返った新一は微笑んで、ふわり、と軽い羽のようなキスを快斗に贈り、背を向けて歩き出した。ぼわっと顔に熱が上るのを感じた。新一からのキスほど、珍しいモノはないのだ。


「早く帰ってきてよ!!」


 濡れながら公園の中に入る新一に叫ぶと、新一は振り向かずに手だけを振って返してくれた。しとしとと、冷たい雨が降る。その中を新一は一人で公園の中に姿を消した。

 快斗は、ぎりぎりまで見送ると、くるりと公園に背を向けて、工藤邸へ、少し早足で向かった。新一が早く帰ってくると信じて、風呂の準備をしなければならない。

 ふと、足を止めて、公園が在る方を振り返る。


「・・・・・・雨に濡れた新一も、色っぽくていいよなぁ〜v」


 などと不埒なことを呟いて、またさっきの新一が体現した「水も滴る美人さん」を思い出し、ニヤリと笑ってから、快斗は再び家路についた。










 一時間後。

 帰ってきた新一は、体の芯まで冷え切ってきて、快斗は即行で彼を風呂場に押し込んだ。

 小雨だったとはいえ、まだまだ冷たい雨の中、一時間も公園をふらついていたらしく、公園の中をどうすれば飽きもせずに、一時間もうろついていられるのかと半分怒り、半分呆れた。

 それでも、新一が風呂から上がってきた時、暖かいコーヒーでも飲んでもらおうと、湯を沸かし始める快斗だった。




 パシャン、と水音が響いた。蒸気が風呂場の中に蔓延して、僅かに視界を曇らせる。


「・・・・・・暖か・・・・・・」


 ポツリと洩らして、新一は湯船に体を浸けたまま、ゆっくり伸びをした。体を浸らせる湯の温かさが、四肢の先端まで小さな痺れを生みながら染み渡っていく。

 ――地面を細く叩く雨を見ている内に、唐突に、自分もそこに混ざりたくなった。一時間、何をしていたのかというと、ただ、じっくりと降りしきる雨を見詰め、躰中を侵食する「雨」という感覚に浸っていた。

 公園内を人が通らなくて、本当に良かったと思う。下手をすれば、不審者と見られて通報されていただろうし。

 こんな雨の中、傘も差さずにふらふらしているなんて、普通なら考えない事だ。でも、一度はしたいと思っていた事だった。子供みたいな自分に苦笑して、どうせならコナンの頃にやっとけば良かったなと今更ながらに後悔する。


「今の内に・・・・・・」


小さく呟く。なるべく殺したはずの声は、不思議とよく反響して、湯煙とともに溶けて消えた。




 バタン、と風呂場のドアが閉まる音がする。新一が風呂から上がったのだ。快斗クンご自慢の、「美味しいコーヒーの煎れ方」というやつで、ほんのりと甘みも薫る褐色の液体をカップに注ぎ、丁度タイミングよくダイニングに入って来た新一にそれを手渡した。


「はい、熱いから気をつけてね?」

「サンキュ」


 受け取った新一は、ずずっとまだ湯気が出ているコーヒーを啜り、美味そうに微笑んで、快斗に微笑みかける。


「美味いな」

「俺の愛情をタ〜ップリ!ブレンドしてあるからね♪」


 当然でしょ、と嬉しくなって、快斗は胸を張って威張った。カップを持ってリビングに移動し。ふと気がついた風を装って、今まで気になってた事を聞く。


「新一、雨の中一時間も何やってたの?」

「内緒」


 ソファに深く腰掛けて、いくら熱くてもあまり気にせずに、コーヒーを啜る新一はアッサリと返した。しかし、そんな事を言われては余計聞きたくなるのが人の性というのもだ。


「え〜〜なんで〜〜?俺に言えないようなコト〜?」

「そうでもないけどな」

「じゃあ教えて?」


 ニッコリ笑ってみる。これで教えてくれなかったら実力行使だ。風呂上がりで色っぽい―モチロン普段も、だが―新一を見ていたら、体の奥が痺れて止まない。


「・・・・・・ボーッと、公園見てたんだ」


 そんな快斗のアブナイ気配を感じたんだろう。新一は嘆息し、観念して答えた。やはり自分の予測は当たっていたと、今度は快斗が嘆息する。


「どうしたら一時間も公園見続けていられるワケ?」

「別に。花が満開なのに、雨で落ちちまって地面に張り付いた花弁とか、雨に濡れた緑の葉とかを、ただなんとなく、見ていたくなった」

「・・・・・・・・・人に見られなかった?」


 不審者に見られるから、というのもあったが、雨の中佇む色香垂れ流しの新一を、他人に見られたくなかったというのが本音。

 新一がキョトンとこちらを見て、次に苦笑して、「人は通らなかったよ」と言って、また一口コーヒーを啜った。どうやら前者の方と取られたらしい。

・・・・・・まあいいか。

 他人に、この麗しき名探偵の姿を見られなかっただけでも良しとする。見た所、風邪も引いてないようだし、空白の一時間、この恋人が何をやっていたのか―というより、何もやっていなかったのだろうが―がわかってスッキリしたから、快斗は今の静かで暖かなこの空気を満喫する事にした。




 君がいるだけで、この広すぎる屋敷が暖かくなる。


 君が側にいると、この上なく安心できる。


 君といる時間。確実に返ってくる答えに安堵する。


 君が、自分の元へ、この屋敷へ帰ってくる事実に、


 この上ない幸せを感じているんだ。




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