―いいわね?これだけが、私の出したい条件よ。


 ・・・・・・わかった。呑むよ。


 ・・・・・・もし破ったりしたら、私はアナタを殺すわ。


 心配ないさ。破る気なんかない。


 ・・・そうね。その言葉、一応信用しようかしら。


 ・・・助かるよ。












Can you find to blindfold a secret?






    ―1―



 この家の地下は、いつも静かで、それでいて少し殺伐とした空気が流れている。見上げんばかりに高い本棚には数多の医学書や薬の事典などが隙間なく置かれていて、見る者を圧倒している。

 その部屋の中、煌々と明るい蛍光灯の下で、彼女は目の前の彼の胸元に聴診器を当てている。何ヶ所かに当てて聴き終わり、さっさと白衣にそれを直して、立ち上がる。


「・・・・・・・・・はい、もういいわよ」

「サンキュ」


 シャツを脱いで、上半身裸の状態で、丸椅子に座っていた新一は、今の今まで自分の体の検査をしていた志保に短く礼を言って、シャツを着た。


「容体は変わらないみたいね。何よりだわ」

「ああ。薬はいるか?」

「ええ。これを、危なくなった時だけ飲んで。・・・なるべく摂取しない方が良いんだけど」


 ふう、と溜め息。検査の度にこの身に沸き上がる嫌な緊張感が、それと一緒に吐き出された。


「わかった」


短く答えて、差し出された瓶を受け取った。ジーンズのポケットに無造作に押し込んで、志保に「またあとで」と言って、その部屋を出た。
 タン、タン、タン、と軽快なリズムで、新一は地下室から地上への階段を上る。

 実験室になっている地下室から出た地上はまだ昼間で、少し薄暗かった地下にいた新一は、明るい廊下に目を細め、阿笠博士に検査が終わったことを伝えるべく、博士がいるであろうリビングへ向かった。

 リビングのドアを開けて、中にいる博士に声を掛け・・・


「博士――・・・・・・って、お前またいたのかよ?」


 そこにいる見慣れた姿に思わず脱力した。

 博士の正面の椅子には、博士と和気藹々と喋りながら茶を啜っている、自分と良く似ていると言われる、同居人でもあり、一応・自分の恋人の快斗がいたのだ。

 新一のささやかな疑問というか確信に、快斗は、


「もっちろん♪新一がいる所なら例え火の中水の中♪」


とケロリと言い放った。


「ふ〜ん?じゃあ、もし俺がスクーバやってる時溺れそうになったら、お前は駆けつけるんだ?」

「い、行くよ、勿論!!だって愛する新一君のためだしね!!」


そう言いながら、快斗の笑顔は傍から見ていても引き攣っていた。


「・・・で、新一、検査は終わったのじゃな?」


 わざとらしく咳払いして、阿笠は聞いた。それに答えたのは、地下室から出てきた志保だ。


「ええ、終わったわ。だから、いい加減にコーヒーのストックを消化するだけのそこの人を連れて帰ってくれる?工藤君」

「ああ、悪かったな。ほら、快斗行くぞ!!」


 冷たい声で言う志保に、新一は快斗の代わりに謝って、快斗の腕を引いて玄関に向かった。その背中に、「次は一週間後よ」と哀の声が掛けられ、わかった、と新一は片手を上げた。










「検査、大丈夫だった?」


 短い家への帰り道、快斗は心配そうな顔をして新一を覗き込んで聞いた。それに対し、新一は、


「ああ、問題ない」


と簡潔に答え、玄関の扉を開けた快斗に促され、中に入った。ポケットに突っ込んだままの手の中で、カランと瓶に入った錠剤が音を立てた。


「コーヒー、ホットにする?アイスにするー?」


 キッチンに向かった快斗が、ひょいと扉から顔を出し、新一に聞いた。常春の心地よいと云われる気温より、僅かに低い空気の中に見を委ねていた新一は、ソファに横になったまま「ホット」とだけ答えた。・・・少し、寒かったのかもしれない。

 空気の震動により、鼓膜に伝わってくる音の流れを意図的に強く汲みとって、外にある声を聞く。時折通る車の走行音、自転車の音、バイクの音、人の足音・・・そんな音とは関係ない、風の音、鳥の鳴き声、葉と葉の擦れる音。色々な音を聞き分ける。

 その中に、ポタポタと水が落ちる音があった。・・・雨だろうか。さっきまでは降っていなかったのに。

 サアア、と樹々が揺れたのがわかった。潤いを齎す滴に感動しているかのように。

 また、耳を澄ました。こつん、とどこかの石が転がった。花が少しの花弁を散らす。・・・・・・コポコポコポ・・・と小さな泡の音がした。少し経って、安堵できる気配が近づいてくるのがわかった。

 そこで、やっと新一は目を開いた。丁度、快斗がこの部屋に入ってくるのと同時に。


「新一〜〜コーヒー入ったよ〜」


 快斗はニッコリ笑って、大きな手一つに収まった、それぞれ色の違うカップを一つずつ持った片方を持ち替え、はい、と新一に差し出した。新一は身を起こし、それを受け取る。


「サンキュ」


礼を言い、カップを両手で包み込むようにして、少しだけ甘みを含んだコーヒーを啜った。―自然と浮かぶのは、微笑み。


「美味い・・・」


と囁くようにいって、彼はもう一度それを啜った・・・冷えていたものが、胸の奥から暖まっていく。


「よかった・・・」


と、快斗もそんな様子の新一を見て、ニコニコーと笑顔になった。




 週に一度か、10日に1度の検診。その後、のんびりと過ごせる午後。

 その時間を、二人は何よりも大切にしていた。今の自分を心奥から実感できる時だから


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