第三夜    弱り目にたたり目

 「貧すりゃ鈍する、藁打ちゃ手ぇ打つ、たまに便所いったら、先に人が入ってるちゅうねん。」
これは落語なんかでよく使われるフレーズで、下がり目になったらとことんあかんというような事をよくあらわしていて好きなフレーズである。

 まだ20代前半のころである。三月ほど付き合っている彼女と、今夜こそはと軍資金を調達し、フランス料理屋に予約の電話もいれ、シャワーのお湯も20tほど浴び、オーデコロンも30tほどふりまき、万全の体勢で出かけたときのことである。
 家を出て駅に行く途中、歩いていたら鳩にフンを落とされ、無残にも紺色のズボンには白いシミが・・・いま思い出しても歩いている最中に鳩にフンを落とされたなどというのは、このときただ1回きりである。
着替える時間もなく、ハンカチでなんとか拭っただけで、待ち合わせの場所へ。
 思えば、ゴング開始と同時に先制パンチを受けた身に、彼女のいつもと違う挙動に気づくハズもなく、いそいそとフランス料理屋へむかったのだった。
 料理とワインを注文し、メインの皿が運ばれてきたところから真のバリートゥードゥが始まろうとは。

「昨日な、前に付き合ってた人から電話あってん。」  「?・・・ゴクゴク(ワイン)」
「・・・・」  「ガブガブ(ワイン)」
「・・・・」  「な、なんて?」
「別にまたどうってことやないねんけど・・・」  「・・・(ウゥ 間接が・・)」
「でも、忘れられへんねん・・」  「・・・(タップ、レフェリー タ、タップや)」
「今日で・・・」  「・・・(グァ、タ、タオル入れてくれぇ〜)」
「最後にしたいねん」  「ピーーーーーーーーーーー」

 彼女をタクシーに乗せ運転手にタクシー代を渡した後、手元には小銭しか残っていなかった。煙草を買おうとポケットから小銭をつかみ出した瞬間、ドンッ! チャリリーーン酔っ払いにぶつかられ、小銭は溝へ。溝にはグレーチングといって格子になった鉄のフタがかぶせてある。しかも、盗られないようにグレーチングどうしをボルトでつないであるのだ。

 「貧すりゃ鈍する・・・」小さくつぶやかずにはおれなかった。

 さて、ツイてないとか、こら下がり目やなぁなどと、普通に生活していても言うのだが、特に賭け事をやっているときには、それがハッキリ現れるのではないだろうか。
 いったいツキとはどういうものなのだろうか。少しでもその正体に近づき、味方につけることができれば、より多くの勝ちを手にすることができると思うのだが・・・

 少なくとも賭け事をやっている人間でツキと言うものを否定する人はいないのではないだろうか。
そこでいちばんわかりやすい例としては、ツキが動いている状態や、自分から出ていったり戻ってきたりするのを一番実感できるのは麻雀ではないかと思う。誰が言ったか忘れたが、「麻雀とはお金のやり取りに見えて実は4人のツキの取合である」と聞いたことがある。
 4人のツキの総量は決まっていて100なら100でそれを取り合うというイメージだ。わたしはちょっと違うイメージを持っているが、麻雀という閉じられた世界ではわかりやすいイメージだと思う。これはカブ・ポーカー等お互いでやり取りする博打には、ほとんどにあてはまるのではないだろうか。
 よく麻雀で一人抜けしているときなどに、隣り合わせの二人の手を見ていると、ツイている者とそうでない者の差がハッキリ見えたりする。そういう目で四人を見ていると、少しのミスでツキ逃したり、うまくリカバリーしてツキを戻したりしているのがわかる。

 では実際ツキは何によって動いていったり、自分から離れていくのだろう。
よく、振り込んでから山を開けて「あっ〜次ツモってるやん」と言いながら、ご丁寧に自分の手を見せてくれる人がいる。これなんかは愚の骨頂である。自分がいかに相手よりついてないか、しかも一手違いなどという最悪の状態をわざわざ説明してくれているのである。次局でそいつがいくら早いリーチであろうと真っ向勝負は言うまでもない。こちらがツキを逃がすようなボンミスをしない限り、10回のうち9回は勝てるであろう。

 この場合、負けている本人にはツキを余計に逃がしているイメージはない。相手が自分のほうが有利になっていると認識しているだけである。ここらに何かヒントがありそうなのだが、アホなことばっかり書いていたので時間がなくなってしまった。次回からちょっとアホ抜きでいってみたい。

 さて、競馬ではツキはどういうふうに出てくるのだろうか。

第四夜につづく