「私、牧兎くんには側にいて欲しいよ。ずっと側にいて欲しいよ!」
「・・・・・・雛」
「だって、私・・・・・・牧兎くんがいないと、本当にただの弱い子だから」
いつの間にか私は泣いていた。
泣くつもりなんてなかったのに、涙はとめどなく溢れてくる。
でも、それは私の素直な感情。彼がいないと、本当に弱い子だという証。
もちろんこれは私の身勝手な意見でわがままだ。
「泣くなよ。雛」
「・・・・・・・・・・・・だって」
涙を止めようと頑張ろうとはするが、どうにも無理だった。
牧兎くんもしばらく黙り、お互いに沈黙の時間だけが続いた。それはとても重苦しく、私の胸をしめつける。結局、いてもたってもいられなくなった私は、自分から口を開いた。
「私から牧兎くんの側にいたいって願ったら駄目なの? だって、牧兎くんは私の大好きな人だし、ずっと側にいたいよ」
「アイドルが、そんなこと簡単に言うなよ」
「それは違うよ。今ここにいる私は、アイドルなんかじゃないもの」
私は泣き顔をあげて、牧兎くんを見つめた。
「牧兎くん、私をちゃんと見て。今ここにいる私は、牧兎くんが昔から知っている女の子、七宮 雛なんだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「ここにいる私は、アイドルの化粧もしていない、ごく普通の私なんだよ」
口に出して一言一言伝えるたびに、少しは心も落ち着いてくる。
「ごく普通の私は、大好きな牧兎くんの側にいたいんだよ。それでも駄目かな? ・・・・・・ひょっとして、他に好きな人でもいるの?」
「馬鹿言うなよ」
牧兎くんはそれだけ言うと、ポケットから箱のようなものを取り出し、それを開けた。中には精緻な細工の施されたペンダントが入っている。
牧兎くんは無言でそれを取り出すと、私の長い髪をかきあげて、ペンダントをかけてくれた。
「クリスマスプレゼントだ。大好きでもない女の子に、俺はこんなもの贈らない」
「・・・・・・あ」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。でも、その言葉の意味が浸透するにわたって、止まりかけていた涙が再び溢れ出す。
私は牧兎くんの胸の中で、わんわんと泣いた。それは嬉し涙。
言いたいはずの言葉も出てこない。目頭はただ熱く、涙は温かい。
牧兎くんは、そんな私の髪を、子供をあやすように撫でてくれる。大きくて優しくて、お父さんのように温かい手。今年も、私の大好きなサンタさんは来てくれたんだね。
「・・・・・・ありがとう。牧兎くん」
私はやっとのことで、それだけを言った。
「俺こそごめん。あんな別れ話みたいなことを言う気は、本当はなかったんだ。だが、俺も色々と複雑だった。雛に嫉妬していた部分もあるしな」
「嫉妬?」
「ああ。おまえは自分のやりたい夢を追ってそれを掴んだけど、俺はあまりうまくいかないだろ。だから、雛が俺なんかに付き合って、掴んだ夢を簡単に手放すようなことになるのが許せなかったんだ」
「・・・・・・ごめんね。牧兎くんが、そんな風に思っているなんて知らなかったから」
「謝るなよ。勝手なことを言っているのは、俺の方だからな」
牧兎くんは、ぎゅっと私を抱き寄せてくれた。
力強い抱擁に、私も自然と身を委ねる。考えてもみれば始めてかもしれない。牧兎くんに、ここまで強く抱きしめてもらったのは。でも、全然嫌じゃなかった。それ以前に、嫌なんて思ったこともない。
彼の抱擁は、私が想像していた通り優しく、私が想像していた以上に温かかった。
お互い、息が触れ合うほどに近い距離。じっと見つめ合えば、必要以上に恥ずかしくなる。
「そのプレゼントを選ぶのは苦労したんだぞ」
「そうなの?」
「素顔の雛に似合いつつも、それなりのものを贈ろうと思ったからな」
「でも、これって高いんじゃ? ひょっとしてこれを買ったから、今日は・・・・・・」
私の言葉は、途中で制された。
「そう以上は何も言わなくていい。サンタはプレゼントを与えた子が喜んでくれれば、一番嬉しいんだからな」
「そうだね。・・・・・・ありがとう私のサンタさん」
思わず笑みがこぼれる。嬉しくて、嬉しくて。
「ねえ。牧兎くん」
「なんだ」
「・・・・・・アイドルとしての私はあなたの側にいれないけど、普通の女の子としての私は、あなたの側にいてもいいよね?」
「おまえがそれでいいんだったら、俺はもう何も言わないよ。でも、せっかく掴んだ夢を捨てないようには努力しろよな」
牧兎くんの言葉に小さく頷く。
「大丈夫。せっかくなれたアイドルだもの。頑張るよ。・・・・・・あとはもう一つの夢を叶えるために、あなたの側にいさせてください」
「もう一つの夢?」
「うん。それはね」
私は、牧兎くんの唇に自分のそれを重ね合わせる。
ほんの一瞬だけの、触れるだけのキス。
そして、私からの言葉は・・・・・・。
「いつの日か、私を牧兎くんのお嫁さんにしてもらうの。それが夢」
じっと彼の目を見ての告白。
昔から繰り返している言葉だけど、今夜は更に想いを込めて言えたと思う。
牧兎くんは、この言葉をどのように受け止めてくれただろう。それが気にかかる。
でもね。
決して悪いように受け止めていないのはわかる。だって、私はまだ牧兎くんの腕の中にいる。そして、伝わってくる温もりは優しく、拒絶されている感じはしないもの・・・・・・。
やがて、牧兎くんは囁き声で言った。
「叶うといいな」
「うん」
今はその言葉だけで充分だった。だから私は、幸せに笑うことができる。
それに、牧兎くんは照れ屋さんだから、ぶっきらぼうな言いまわししかできないのも知っているしね。
「・・・・・・それと。このペンダント、大事にするね」
「質屋に売りとばしたりするなよ」
「そんなことしないよ〜。あっ、それより、私からもプレゼントがあるんだよ」
そう言うと私は、持参してきた紙袋の中からちょっとした箱を取り出して、彼に手渡す。
「何なんだ、これ?」
「中は開けてみてのお楽しみ。早速、見て欲しいな」
牧兎くんは頷くと、クリスマス向けの包装紙を丁寧にはがしてゆく。そして、中から出てきたのは・・・・・・。
「これって、クリスマスツリーじゃないか」
そう。クリスマスツリーだ。とはいっても、一番小さなものだけど。
「本当はね、マフラーや手袋でもと思っていたんだけど、そういうものって別の機会にでも贈れるでしょう。だから、クリスマスらしいものをって考えたら、これになっちゃったの」
「雛らしい発想だな」
「駄目かな? だって、今年は二人で過ごす初めてのクリスマスだし、思い出に残るようなものを贈りたかったの」
「俺はいいと思うよ。良い思い出が残るクリスマスプレゼントなんて、かなり素敵なものだろうしな」
・・・・・・よかった。牧兎くんがそう言ってくれて、私も一安心。
「そのツリーね。小さいけれど、電池が入っていてライトとかが光るんだよ」
「それじゃあ、ここで光らせてみるか」
「うん」
こうして私たちは、ベンチの上にツリーを置いて、ライトを光らせてみる。
「わ。とても綺麗だよ」
思わず、私の方がはしゃいでしまう。
ほんと小さなクリスマスツリーだけど、淡く瞬くライトは、心の中に温かい何かを溶け込ませる。
「やはり、ツリーがあるとクリスマスらしく感じるよな」
牧兎くんもツリーを見つめながら、そんな感想をもらした。その穏やかな顔を見ていると、ひょっとして私と同じような気持ちでいるのかもしれない。
「・・・・・・そうだね」
私も小さく頷いた。
先程泣いていた時と比べて、とても穏やかで心地の良い時間。きっとそれは、今がとても幸せだから。
大好きな人と共に、同じ幸せを感じること。それは、二人で築く幸せ・・・・・・。
そんな時。
「・・・・・・・・・・・・あ」
白い何かが、私の頬をかすめた。
「雪?」
顔をあげて、それを確認する。舞い落ちる、小さく冷たい白い精たち。
「珍しいな。こんな都会で雪だなんて。でも、どおりで今日は寒い訳だ」
「うん。・・・・・・この雪、積もるかな?」
「さすがに積もるまでは無理だろう。第一、それくらい降られたら俺たちも困る。それにな。雪なんてものは、これくらいでちらついているほうが綺麗だと思う」
「あはは。確かにそれもいえるね」
思いもかけないホワイトクリスマス。それだけで、良い思い出は増えたのかもしれない。
「それよりもこれからどうする。サンドイッチは地面に落としたままだぞ」
「・・・・・・うぅ。ごめんなさい」
「まあ、俺にも責任あるしな。とりあえずは贅沢しない限りで、温かいものでも食べにいくか?」
「・・・・・・そうだね」
私は、牧兎くんの手を握り少し考えた。けれど、最後には。
「うん。そうするしかないね」
笑顔で頷いたのだった。
人を好きになったこと、ありますか?
心から、誰かを信じたことありますか?
涙が溢れるほどの幸せ、感じたことはありますか?
私はあります。
だって、心から好きだといえる人がいるから。
その人は、これから先にも。
ずっと側にいてくれて。
素顔の私を支えてくれる。
「ねえ、牧兎くん。何が食べたいかな?」
「俺は温かい蕎麦がいい。雛は何か別のものがいいか?」
他愛もない会話。
「私はシュークリームがいいな」
「却下。いくらおまえの好きなものでも、それでは温かくならないだろ」
「冗談だよ」
笑い声。
本当に楽しい笑い声。
嘘じゃない。
その人がいれば。
私はいつだって、笑顔でいられる。
私は、そんな幸せの中にいる・・・・・・。
あとがき
お待たせしました。クリスマス小説「聖夜」をお届けします。
とりあえず自分の書きたいものを、本能の赴くままに書いてみたつもりですが、どんなものでしょう?。
一番はじめの冒頭と最後のシーンを書きたかったというのはあります。内容としては結構ストレートにベタベタな感じもしますが、それは狙って書いてます(笑) 自分で書いてて恥ずかしくなる時もありましたが、それはそれ。
こういうベタベタなものって最初は恥ずかしくても、どんどんとその想いを書ききっていくことで、不思議と説得力って増してくるような気もします。もっとも、私の書いた話でどこまでの説得力があるのかは、また別問題ですが(爆)
とりあえず今回の話の七宮 雛は幸せ者ですね。大好きな恋人がいて、良き理解者であるマネージャーもいて・・・・・・。
だから、素直に自分を表現できる。
ヘンな話、これは著者である私にも置き換えることができます。ものを書くことが大好きで、それを見てくれる理解ある読者の方もいて・・・・・・。そんな皆がいてくれるからこそ、どんどんと素直な表現をしていけるのかも。
いつだって皆へ感謝。そんな好きな人たちに対する想いを、この小説には込めてみました。
とりあえずは、何か皆様の心に残るようなであれば幸いです。
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