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クリスマス短編 〜聖夜〜

 

 

 人を好きになったこと、ありますか?

 心から、誰かを信じたことありますか?

 涙が溢れるほどの幸せ、感じたことありますか?

 私はあります。

 だって、心から好きだといえる人がいるから。

 その人がいれば。

 私はいつだって、笑顔でいられる。

 

  1 街の景色と私の想い [七宮 雛]

 

「はい、雛ちゃん。お疲れ」

 その言葉がかけられると同時に、今日の仕事は終わりを告げる。私も仕事でお世話になった人々に、笑顔で「お疲れ様です」と返す。

 ここは、都内のレコーディングスタジオ。今日の仕事は、私の初めてのシングル曲の収録だった。

 今まであまり実感は沸かなかったけど、私は一応プロのアイドル歌手ということになるらしい。デビューして間も無いけど、こうやってレコーディングをしたり、テレビなどに出たりすると、段々とそれを意識せざるえなくなる。

 歌うことでお給料を頂いている以上は、お仕事は頑張らないといけない。けれど私は私。プロの意識はある程度持つようにはしているが、それでも自分の自然体はできるだけ崩したくないとは思っている。

 私は、自然のままに振る舞って歌えばいい。

 これは私の大好きな人の言葉。それに私も、その方が心をこめて歌うことができる・・・・・・。

 もともとは歌うことが好きなだけで、この業界に入るだなんて思ってもいなかった。

 でも、こうやって歌手になったからには、私を支えてくれる人たちのためにも努力はしようと思う。

 私はスタジオの皆に挨拶をすませて廊下へ出た。するとマネージャーの育野さんが寄って来る。

「雛〜。今日はお疲れ〜。なかなか良かったわよ」

 そう言って湯気のたつコーヒーを差し出してくれる育野さん。彼女は私の良き理解者であり、お姉さん的な存在。

「ありがとうございます」

 コーヒーを受け取った私は軽く会釈して、近くにある椅子に腰を掛けた。そして、温かいコーヒーを一口飲む。

「・・・・・・苦いです」

「そりゃあ、まだ砂糖入れてないもの」

 そう言いながら育野さんは、スティック砂糖を私の目の前でちらつかせる。その顔は面白そうに笑っていた。

「私が苦いのダメだって知っているくせに、意地悪ですよ」

「あたしが砂糖を勧める前に雛が飲んじゃったんじゃない。だから、あたしは悪くないわよ」

 育野さんは良き理解者ではあるけど、時折このように私をからかう。

 私は、ぷぅっと頬を膨らませた。

「あはははは。そんな顔しないの。それより、雛の大好きなシュークリーム買ってあるわよ」

「わ。本当ですか」

 一転して笑顔になる。

「雛って、本当子供みたいにコロコロ表情が変わるわね」

 シュークリームを手渡しながら、育野さんが苦笑した。

「変でしょうか? やっぱり子供っぽく見えますか?」

 そう訊ねながらも、シュークリームを一口食べた瞬間、その美味しさに思わず頬が緩む。

「年齢の割に子供っぽいのは事実かしら。でも、いいんじゃない。それが雛の魅力だと思うし」

「何だか複雑な言われようですね。もっと素直に誉めてくれても」

「十分、素直な誉め方だと思うわよ。事実をちゃんと捉えた上で言ってる訳だし、ヘンなお世辞よりはいいでしょ」

「それもそうですね」

 自分が子供っぽいのは、何となく理解している。私も最近二十歳になったばかりだけど、この業界には私よりも若いのに、ものすごく大人びた魅力の子が沢山いる。そういう子たちと比べると、今まで気付かなかった自分の子供っぽさがはっきりと見えてくる。

「でも、子供っぽいのって、この業界でやっていくのに厳しくないですか?」

 これは私の素朴な疑問。アイドルになって間もないだけに、この手の不安はたまによぎる。

「雛なら大丈夫よ。子供っぽいって言っても、それは性格面での話だし、大人としてのちゃんとした責任は持ってると思うしね。仕事の時間には遅刻しなかったり、人との挨拶はちゃんとできたりするし」

「そういうのだけで、大人っていえるんですか」

「これは馬鹿にしちゃ駄目よ。こういう当たり前のことができてこそ、大人の責任の第一歩なんだから。まあ、雛はいい子だから、そういう常識は当たり前のごとく備わっているみたいだけど」

「・・・・・・いい子って言われるのは、少しくすぐったいですね」

「いいじゃない。事実感じたことを言ってるまでだし。ほ〜ら、いい子、いい子」

 そう言いながら、育野さんは私の頭を撫でてくる。

「恥ずかしいですよ〜。まるっきり、子供扱いだし」

 照れくさいけど、嫌じゃなかった。こうしていると私たちは、まるで仲の良い姉妹にも見えるかも。

「雛は純真で素直なままが一番いいのよ。好きなものをハッキリ好きと言っていられる純真さが、きっとあなたの価値だもの。だから、それを守るためだったら、あたしは何だって協力するつもりよ」

「ありがとうございます。育野さん」

「これからも頑張っていこうね。お仕事も忙しくなるけど、皆があなたを支えてくれるから」

「はい」

 私は頷いてから、あることを思い出した。今日は育野さんに、お願いがあったんだ。

「そういえば育野さん。少しお願いがあるんですけど、相談にのってもらえますか?」

「どうしたの? 改まっちゃって」

「ええ・・・・・・実は、来月の24日。つまり、クリスマス・イブなんですけど、お休みを頂けないでしょうか?」

「そうねえ。予定はいろいろとあるけど、まだ完全に決定してる訳じゃないしね。でも、何かある訳? ひょっとして、いつも言っている彼氏にでも会うの? たしか・・・・・・兎くんとかいう名前だったっけ」

「兎くんじゃないですよ。確かに兎って字はつきますけど、正確には牧兎くんです」

 そう、私の彼氏は牧兎くん。幼い頃からずっと一緒だった、私の大切な人・・・・・・。

「ああ。まきうさぎくんね」

「いくらなんでも、わざとらしすぎます。ま・き・と・く・ん、です」

 一言一言強調するように、ゆっくりと彼の名を紡ぐ。

「うふふ。わかってるわよ。牧兎くんでしょ。愛称はウサピョンとかいう」

「・・・・・・育野さん。今度その冗談言ったら、私でも怒りますよ」

「あっ、ウソ、ウソ。もう言わないから」

「本当ですよ」

「はいはい。わかったわよ。・・・・・・でも、雛って、牧兎くんの事になると冗談も通じないわね」

「冗談でも大好きな人の事は、ヘンに言われたくないですもの」

「相変わらず、はっきり好きって言うわねぇ。恥ずかしくない」

 育野さんの言葉に、私はちょこんと小首をかしげた。

「大好きな人を、大好きっていうのは恥ずかしいことなんですか?」

「ううん、恥ずかしいというか、何と言うか。・・・・・・でも、一つだけ言えることはあるわね。その牧兎くんは、雛にそこまで想われるくらいだし、幸せだろうね」

「どうでしょう。牧兎くんって、あんまりそういう話はしてくれませんから」

 牧兎くんとは小学校の頃からの付き合いだけど、好きとか幸せとか言われたことはない。ずっと私が、彼の後ろを追いかけているだけ。

 もともと牧兎くんも私も神戸の生まれだけど、彼が東京の大学を受けたのをきっかけに一緒に受験し、そのまま二人して合格。その後は牧兎くんに付いて、こっちの方に上京して来たようなものだ。

「・・・・・・でも、多分、牧兎くんも私のことを好きでいてくれていると思いますよ。今までだってずっと一緒にいて、拒まれたことありませんし。それに今年のクリスマスは二人で一緒に過ごそうねって、去年から約束してるんですよ」

「あれ? 今までのクリスマスは一緒じゃなかったの」

「はい。神戸にいた頃は、ずっと自宅でのクリスマスでしたから。そして、去年こっちに出てきた時のクリスマスは、大学のお友達も一緒だったもので」

「そっかあ。じゃあ、今年こそは彼氏と二人だけのクリスマスにしようって約束してたんだ」

「はい」

 私は嬉しげに頷いてしまう。

「で、どうでしょうか。お休みの方は頂けるのでしょうか?」

「そうねぇ。そういう事情なら、何とかスケジュールを調整してあげるけど、変わりの日とかは忙しくなるわよ」

「それでも構いません。ありがとうございます、育野さん」

「うんうん。まあ、たっぷり幸せにしてもらいなさいな」

「はい。そうします。そして、私も牧兎くんの幸せになってあげたいです」

「雛のファンが聞いたら、卒倒ものの台詞よね」

 育野さんはそう言いながらも、いつも私と牧兎くんの仲を応援してくれる。

 確かに私を支えてくれるファンも大事だけど、アイドルとしての七宮 雛が存在しているのも、牧兎くんの応援があったからだ。私がこの業界にスカウトされた時だって、迷う私の背中を押してくれたのは牧兎くんだ。他にもたくさんの元気や勇気を、彼からはもらっている。弱いことを言えば、私は牧兎くんがいないと生きていけないのかもしれない。でも、それは言い方をかえれば、彼がいればどれだけでも強くなれるということ・・・・・・。

「さてと、今日の予定は終わったわけだし、もうここで解散しましょうか」

 育野さんは立ち上がって大きく伸びをした。そして、おもむろに腕時計を確認する。

「あたしも今から行くには、丁度いい頃だわ」

「誰かと待ち合わせでもしているんですか?」

 私が訊ねると、育野さんは軽く片目をつぶってみせた。

「男の人と待ち合わせなの」

「え! そうなんですか? 育野さんって彼氏いないって言ってませんでしたか」

「あはは。雛の彼氏のように立派なやつじゃないわよ。・・・・・・食べるだけが取り柄の弟だしね」

「弟さんでしたか」

 少し残念のような、そうでないような。

「でも、雛の彼氏のように、かけがえのない存在ではあるけどね。あたしの唯一の家族だし」

 そういえば育野さんの両親は、事故で他界したと聞いたことがある。彼女は女手ひとつで、弟さんを養っているという。

「弟さんと良い時間が過ごせるといいですね」

「そうね。とりあえずは、何か美味しいものでも食べてくるわ。それじゃあ、悪いけど今日はお先ね。今回のレコーディングの反省や感想は明日の事務所でやるから」

 育野さんはそれだけ言うと、コートを羽織ってこの場を立ち去った。

「はい。それじゃあ、また明日。お疲れ様でした」

 私も一声かけてから、残りのシュークリームをゆっくりと味わった。

 

§

 

 レコーディングスタジオから出ると、外はもう真っ暗だった。

 時間はまだ夕方の5時過ぎだけど、11月の後半ともなると陽の落ちは早い。おまけに少し肌寒かったり。

 でも、こんな季節は決して嫌いじゃなかった。街は徐々にクリスマスムードに包まれ、飾り付けられたイルミネーションは華やかに夜を彩る。煌く明かりを眺めているだけで、思わず嬉しくなり、寒さだって忘れてしまいそう。

 この季節、その時間なりの幸せ。それはきっとかけがえのないもの。見える景色は毎日同じように思えても、細かく見ていると、ほんのささいな違いはいくつだってある。

 私はケーキ屋の横を通りすぎた。このケーキ屋だって、今はお客様が少ないけれど、クリスマス・イブには沢山のお客様で賑わうことだろう。ケーキを買うことだけを捉えれば、それはありふれた単純な物事でしかない。でも、その先にあるものを想像すると何故か幸せを感じれたりする。ケーキは誰と食べるのだろう? 家族の皆? それとも恋人? そこにはどんな幸せがあって、どんな思い出が残るのだろう。・・・・・・想像すれば、キリがないほど楽しい。そして、そんなささやかな幸せを求める人たちがいることが、嬉しかったり。

 お友達に言わせると、そんなことを想像する私は、かなり変わった子という事だが、私はそれでもいいと思う。

 だって、それで幸せな気持ちになれるのなら、決して悪いことじゃないもの。そして、それを皆に伝えることだって悪くはない。

 楽しいこと、幸せなこと。それは素直に感じて、表現できる人がすればいい。音楽や映画に感動することだって、そういうものかもしれない。自分には想像もつかないことだからこそ、その良さに触れた時、心を打たれる事だってあるのだから。

 私もアイドルだけど、できれば仕事という概念ではなく、素直な表現者であれれば良いなと思う。

 歌うことが好きだからこそ、私はこの気持ちを形として表現するだけ。牧兎くんを想う気持ちだって、それと同じこと。

 ・・・・・・そういえば、牧兎くんに電話しなきゃ。クリスマス・イブは約束通りに二人で過ごす。こんな嬉しい報告は、早く伝えてあげるに限る。

 私は携帯をとりだすと、早速牧兎くんに電話をかけた。

 そして、しばらくもすると。

『はい、もしもし』

 牧兎くんが電話に出てくれた。でも、何だか眠そうな声。

「こんばんは、牧兎くん」

『ん・・・・・・。ああ、何だ、雛か。どうしたんだ。こんな夕方になんて珍しいな』

「うん。今日は牧兎くんに嬉しい報告があって電話したんだよ。時間いい?」

『あんまり良くない。今まで寝てたからな』

 あくびまじりの声で言われる。

「寝てたって、どこか具合でも悪いの?」

『そういうわけじゃない。大学の講義から帰ったら、夜のバイト時間まで寝てるんだよ』

「ごめんね。起こしちゃって。でも、病気じゃないなら良かったよ」

『ま、おまえが心配することじゃないさ。それより用件は何なんだ。手短に言えよな』

「ええと、今度のクリスマス・イブなんだけどね。約束通り時間がとれたよ」

 言ってから、しばらく電話の向こうで沈黙される。そして。

『・・・・・・俺、お前と何か約束してたっけ?』

「え! 牧兎くん。覚えてないの」

『全然、覚えてない』

 もう少しぐらい考えてくれてもよさそうなのに、きっぱりと言い返される。

「ひどいよ、牧兎くん。去年のクリスマスに約束したでしょう。今年のクリスマスは二人で楽しもうねって」

『そういえば、そんな約束したような気もするな。でも、去年のことだし、ふつう覚えてるか?』

「私はちゃんと覚えてるよ」

 牧兎くんてば、相変わらずマイペース。でも、付き合いは長いから、それくらいで怒る気にもなれない。それに牧兎くんには、他にいい面は沢山ある。

「それよりも牧兎くん、大丈夫? まさか別の先約があるなんてことないよね?」

『まあ、今のところはないな』

「よかった〜」

 私は思わず安堵する。

『そんなことより雛の方こそ大丈夫なのか。この季節って忙しいんじゃないのか。まさか、無理して時間をとったなんてことないだろうな?』

「無理はしてないよ。後々、迷惑にならないよう、今日のうちにスケジュール調整を頼んでおいたから」

『・・・・・・それならいいけど。でも、本当無理だけはするなよ。せっかくアイドルになれたんだから、俺なんかに付き合って、その夢を棒にふるような真似だけはするなよ』

「うん。わかってるよ。でも、牧兎くんとの約束は、どうしても守りたかったんだよ」

 彼にとってはささいな事でも、私にとっては大事なこと。だからといって、その想いを一方的に押しつけるつもりはないけど。

『わかった、わかった。クルスマス・イブは俺も空けとくよ。楽しみにしてる』

「ホントだよ。忘れちゃダメだからね」

『ああ。また詳しいことは、近い日になったら相談しよう』

「うん。それでいいよ」

「そんじゃあ、俺、もう少し寝るな」

「・・・・・・うん。おやすみ、牧兎くん」

 こうして電話は終わった。とりあえず牧兎くんとの約束もとりつけれたし、これでいいかな。

 後は来月のクリスマス・イブを楽しみにするだけ。

 ・・・・・・そうだ。まだ時間もあることだし、どこかのお店にでも寄って、牧兎くんへのプレゼントでも探そうかな。

 こういうことは時間のあるうちにしかできない。

 それに。

 大好きな人の為に、あれこれと考えてプレゼントを探すのはとても楽しいことだ。相手が喜ぶ顔を想像するだけでも、嬉しくなってくるもの。

「よし、決めた」

 私は一人張り切ると、どこか近くの百貨店でも見て回ることにした。

 華やかな街並みが、ただでさえ楽しい気分を盛り上げてくれる。きっとクリスマス・イブになったら、もっと楽しい気持ちになれるのかな・・・・・・。

 そんなことを夢見ながら、私は街を歩くのだった。

 

 

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