「ただいま。」
おかりなんて言葉は期待していない。
誰も居ないから帰ってきたようなもの。
「剛くんとこ・・・行ってきます。」
帰って来ない返事。
「愛想つかされちゃったかな。」
「そりゃそうだろ。」
「うちの親さぁ、もうダメなのかな?」
「知らねぇよ。」
「冷たい。」
「いつもと変わんねぇよ。」
「そっか。」
「昨日はありがとうございました。」
「どういたしまして。」
「不思議な人だね、長野さんって。」
「・・・ああ。」
「間があった。」
「だからなに?」
「・・・別に。」
・・・。
「今日は・・・あんまりしゃべらねんだな。」
「・・・うん。」
「なんかあった?って。」
「・・・誰が?」
「剛が。」
ふふっ。
「やっと笑った。」
「そんなことないよ。」
「あっそ。」
「そんなこと・・・あるわけないじゃん。」
・・・。
「泣くな。」
「・・うん。」
この時、どうして涙が出たのかは今でもよくわからない。
親のことが限界になって泣いたのか?
ただ寂しくて泣いたのか?
・・・未だ目覚めぬ彼に対してなのか?
よく・・・わからない。
「俺・・無理だわ。アイツに話すの。」
「らしくないね。」
「別に剛の彼女とか、全くそんなんじゃねぇのにな。」
「ああまで来てくれるのはかよこちゃんくらいだよ。」
「わかってるよ。」
「・・・わかってるんだけど・・って?」
「・・・。」
「難しいね。兄としては。」
「・・・そうだな。」
「僕には・・・協力させてくれないの?」
「関係ねぇよ。お前は。」
「僕だって・・・関係なくはないじゃないか。」
「関係ねんだよっ。これは俺の問題だ。ほっといてくれ。」
「そういうわりにはいつも相談しにくるんだね。」
「・・・。」
「数ヶ月とはいえ・・僕だって兄弟だったんだから。助けさせてよ。」
昌行と剛の母親の再婚相手には息子がいた。
それが彼、長野だった。
母親側にいた剛にとって、2人目の兄貴。
だけど・・それはどこか昌行の面影を追っている気がした。
知ってたんだけど、ハタから見れば仲のいい兄弟にも見える。
両親を失った時の決断の提案。
昌行と剛を一緒に住ませること。
それは長野の提案でもあった。
数ヶ月とはいえ、剛と一緒にいた時に、彼はちゃんと気がついていたから。
昌行の代わりなのかもしれないってこと。
だからこそ・・言ったことだった。
「移植手術って・・・なに?」
昌行の決断はまだだった。
ホントはコイツに聞いても必要ないかもしれない。
いや、コイツの意見なんてわかってた。
聞かなくたって、こっち側で勝手に進めてしまえばよかった。
だけど、そういうわけにはいかない。
剛がどう思っていたかは知らないが、彼を大切に思う気持ちは一緒だから。
「じゃぁ・・・死んじゃうの?」
「・・・ああ。」
「一緒に待ってるって言ってくれたじゃない。」
「金がねんだよ。」
「私も働く。」
「無茶言うな。」
「やだ。」
「・・・言うと思ったよ。」
「なんで?なんでこうなっちゃうの?」
「どうしようもねんだよ。これ以上待っても無理だ。」
「お医者さんは可能性あるって言ったよ?」
「そうだけど。」
早く目覚めろよ剛。
わかってくれ。
俺もそうだけど、コイツのため思ってでもあるんだ。
大事な高校生活、故意じゃないけどお前は奪ってんだ。
大事な時期なんだよ。
女なんだから、おしゃれだってしたいだろうし、恋だって、お前だけじゃねんだ。友達と仲良くすることだってあるんだ。
このままじゃ、お前一色の生活になっちまう。
それで・・お前はコイツの将来ちゃんと見てやれんのか?
面倒みてやれんのか?
保証ねぇじゃん。
思わせぶりなんかさせてんじゃねぇよ。
早く目覚ませよな。
もう・・・待てねぇよ。
「来ぇへん。」
「あーあ、12時過ぎちゃった。」
「これで2週続けてやで?なんかあったんかなぁ?」
「さぁー、なんだろうねぇ。」
「店長も最近ボーっとすること多いよなぁ。なんかあったんかなぁ?」
「准一気になるでしょ?」
「・・・かなりね。」
「彼女そんなに魅力的?」
「わからん。」
「きっぱり言うわりには・・・ねぇ。」
「なんでやろーなぁ?どっか似てるとこでもあったんかなぁ?」
「すいませーんっ。」
「はい!いらっしゃいませー。」
「かすみ草ください。」
「はいはーい。」
「そういや最後はかすみ草だったね。」
「そうやっけ?」
「何回かはかすみ草だったじゃない。」
「そうやったな。」
覚えてるよ。
ちゃんと覚えてる。
「店長。元気無い。」
「そんなことないよ。」
「考え事?」
「んー、気にしなくていいよ。」
「気になりますよー。」
「そうそう、かよこちゃん。准一のこと好印象だって。」
「マジっすかぁ?」
「なんで店長がそんなこと知ってるんですか?」
「ちょっと知り合いの妹みたいなもん。」
「かよこちゃんお兄さんいるんですか?」
「実の兄じゃないけどね。」
「再婚とかの・・ですか?」
「近所の兄ちゃんってとこかな。」
「ふーん。」
「店長が元気ないんはそのせい?」
「ちょっとね。」
「元気してんのかぁ?2週間も来ぇへんのって初めてやで。」
長野は何も言わなかった。
言えなかったんだ。
「ごーくーん。」
ほっぺをつついてみても、つねってみても、やっぱり起きない。
「あさですよー。」
元々寝起きの悪い彼だから、こんな台詞はいつものこと。
「おきろよ・・・ばーかっ。」
結局起きないことはわかってて、でも・・・寂しくて・・・。
「なんかだるー。」
帰りたくなーい。
そんな一身から公園にいた。
行くとこなんてないんだから、ここにいたってしょうがないんだし。
「野宿とかやっちゃおうかなぁー。」
冷え込むのにな。今日は。
「昌行兄ちゃんとこ行こうかな・・・。」
迷惑かけれないよね。
「あれ・・・かよこちゃん?」
そこには、懐かしい声があった。
「准一さん?」
「うあー、久しぶりやなぁ、元気?」
「・・はい。」
そんな言葉とは裏腹な表情。
「なにしてんの?」
わからない。
「准一さんこそ、なにやってるんですか?」
「僕?僕仕事の帰りやねん。」
「お花屋さんの?」
「そう。最近来ぇへんねんな。」
「え?」
「日曜日の12時。空けて待ってんのに。」
「あはは。」
「あー、笑って流したなぁ?ええけど別に。」
「うれしいですよぉー。」
彼は私に何も聞かなかった。
ただ・・・普通の会話だけが繰り返されていて・・・楽しかった。
久しぶりに楽しいと思えることがあった。
「こんなに笑ったの久しぶり。」
つい言ってしまった言葉だった。
「そぉなん?もったいないなぁ、今って笑い時ちゃうのん?女子高生っ。」
「そうですかぁ?」
「そうやで。」
「そーかー。」
「・・・これから・・・どうすんの?」
「え?」
「今から。待ち合わせ?・・・にしちゃぁ、ちょっと遅くない?」
そっか、准一さんに会ってからもう1時間ちょっとたってるんだ。
「あ・・の・・・。」
「ん?」
「そ・・そう、お父さんの仕事終わる時間待ってたの。だから今から迎えに行く。」
「・・・。」
「あの・・ありがとうございました。」
「うん。」
「今度は・・・来週は行きますから、日曜日。」
そう言って走ろうとした時だった。
「うそやろ?」
そんな声が聞こえたのは。
「それ・・うそやろ?」
やっぱ私は・・・単純なのかな?
「なぁ、うち帰りたないだけちゃうんか?」
最近・・・泣いてばっかだよね。
当たってる自分が・・辛かった。
この人は・・なんでわかっちゃうんだろう?
「帰りたくない。」
その人は・・何も言わなかった。つづく。