恋のメロディ

第5話

−泣き虫−

「ただいま。」

おかりなんて言葉は期待していない。

誰も居ないから帰ってきたようなもの。

「剛くんとこ・・・行ってきます。」

帰って来ない返事。

 

 

「愛想つかされちゃったかな。」

「そりゃそうだろ。」

「うちの親さぁ、もうダメなのかな?」

「知らねぇよ。」

「冷たい。」

「いつもと変わんねぇよ。」

「そっか。」

「昨日はありがとうございました。」

「どういたしまして。」

「不思議な人だね、長野さんって。」

「・・・ああ。」

「間があった。」

「だからなに?」

「・・・別に。」

・・・。

「今日は・・・あんまりしゃべらねんだな。」

「・・・うん。」

「なんかあった?って。」

「・・・誰が?」

「剛が。」

ふふっ。

「やっと笑った。」

「そんなことないよ。」

「あっそ。」

「そんなこと・・・あるわけないじゃん。」

・・・。

「泣くな。」

「・・うん。」

この時、どうして涙が出たのかは今でもよくわからない。

親のことが限界になって泣いたのか?

ただ寂しくて泣いたのか?

・・・未だ目覚めぬ彼に対してなのか?

よく・・・わからない。

 



「俺・・無理だわ。アイツに話すの。」

「らしくないね。」

「別に剛の彼女とか、全くそんなんじゃねぇのにな。」

「ああまで来てくれるのはかよこちゃんくらいだよ。」

「わかってるよ。」

「・・・わかってるんだけど・・って?」

「・・・。」

「難しいね。兄としては。」

「・・・そうだな。」

「僕には・・・協力させてくれないの?」

「関係ねぇよ。お前は。」

「僕だって・・・関係なくはないじゃないか。」

「関係ねんだよっ。これは俺の問題だ。ほっといてくれ。」

「そういうわりにはいつも相談しにくるんだね。」

「・・・。」

「数ヶ月とはいえ・・僕だって兄弟だったんだから。助けさせてよ。」

 

 

昌行と剛の母親の再婚相手には息子がいた。

それが彼、長野だった。

母親側にいた剛にとって、2人目の兄貴。

だけど・・それはどこか昌行の面影を追っている気がした。

知ってたんだけど、ハタから見れば仲のいい兄弟にも見える。

両親を失った時の決断の提案。

昌行と剛を一緒に住ませること。

それは長野の提案でもあった。

数ヶ月とはいえ、剛と一緒にいた時に、彼はちゃんと気がついていたから。

昌行の代わりなのかもしれないってこと。

だからこそ・・言ったことだった。

 

 

「移植手術って・・・なに?」

昌行の決断はまだだった。

ホントはコイツに聞いても必要ないかもしれない。

いや、コイツの意見なんてわかってた。

聞かなくたって、こっち側で勝手に進めてしまえばよかった。

だけど、そういうわけにはいかない。

剛がどう思っていたかは知らないが、彼を大切に思う気持ちは一緒だから。

「じゃぁ・・・死んじゃうの?」

「・・・ああ。」

「一緒に待ってるって言ってくれたじゃない。」

「金がねんだよ。」

「私も働く。」

「無茶言うな。」

「やだ。」

「・・・言うと思ったよ。」

「なんで?なんでこうなっちゃうの?」

「どうしようもねんだよ。これ以上待っても無理だ。」

「お医者さんは可能性あるって言ったよ?」

「そうだけど。」

早く目覚めろよ剛。

わかってくれ。

俺もそうだけど、コイツのため思ってでもあるんだ。

大事な高校生活、故意じゃないけどお前は奪ってんだ。

大事な時期なんだよ。

女なんだから、おしゃれだってしたいだろうし、恋だって、お前だけじゃねんだ。友達と仲良くすることだってあるんだ。

このままじゃ、お前一色の生活になっちまう。

それで・・お前はコイツの将来ちゃんと見てやれんのか?

面倒みてやれんのか?

保証ねぇじゃん。

思わせぶりなんかさせてんじゃねぇよ。

早く目覚ませよな。

もう・・・待てねぇよ。

 

 

「来ぇへん。」

「あーあ、12時過ぎちゃった。」

「これで2週続けてやで?なんかあったんかなぁ?」

「さぁー、なんだろうねぇ。」

「店長も最近ボーっとすること多いよなぁ。なんかあったんかなぁ?」

「准一気になるでしょ?」

「・・・かなりね。」

「彼女そんなに魅力的?」

「わからん。」

「きっぱり言うわりには・・・ねぇ。」

「なんでやろーなぁ?どっか似てるとこでもあったんかなぁ?」

「すいませーんっ。」

「はい!いらっしゃいませー。」

「かすみ草ください。」

「はいはーい。」

「そういや最後はかすみ草だったね。」

「そうやっけ?」

「何回かはかすみ草だったじゃない。」

「そうやったな。」

覚えてるよ。

ちゃんと覚えてる。

 

 

「店長。元気無い。」

「そんなことないよ。」

「考え事?」

「んー、気にしなくていいよ。」

「気になりますよー。」

「そうそう、かよこちゃん。准一のこと好印象だって。」

「マジっすかぁ?」

「なんで店長がそんなこと知ってるんですか?」

「ちょっと知り合いの妹みたいなもん。」

「かよこちゃんお兄さんいるんですか?」

「実の兄じゃないけどね。」

「再婚とかの・・ですか?」

「近所の兄ちゃんってとこかな。」

「ふーん。」

「店長が元気ないんはそのせい?」

「ちょっとね。」

「元気してんのかぁ?2週間も来ぇへんのって初めてやで。」

長野は何も言わなかった。

言えなかったんだ。

 

 
「ごーくーん。」

ほっぺをつついてみても、つねってみても、やっぱり起きない。

「あさですよー。」

元々寝起きの悪い彼だから、こんな台詞はいつものこと。

「おきろよ・・・ばーかっ。」

結局起きないことはわかってて、でも・・・寂しくて・・・。

 

 

「なんかだるー。」

帰りたくなーい。

そんな一身から公園にいた。

行くとこなんてないんだから、ここにいたってしょうがないんだし。

「野宿とかやっちゃおうかなぁー。」

冷え込むのにな。今日は。

「昌行兄ちゃんとこ行こうかな・・・。」

迷惑かけれないよね。

「あれ・・・かよこちゃん?」

そこには、懐かしい声があった。

「准一さん?」

「うあー、久しぶりやなぁ、元気?」

「・・はい。」

そんな言葉とは裏腹な表情。

「なにしてんの?」

わからない。

「准一さんこそ、なにやってるんですか?」

「僕?僕仕事の帰りやねん。」

「お花屋さんの?」

「そう。最近来ぇへんねんな。」

「え?」

「日曜日の12時。空けて待ってんのに。」

「あはは。」

「あー、笑って流したなぁ?ええけど別に。」

「うれしいですよぉー。」

彼は私に何も聞かなかった。

ただ・・・普通の会話だけが繰り返されていて・・・楽しかった。

久しぶりに楽しいと思えることがあった。

「こんなに笑ったの久しぶり。」

つい言ってしまった言葉だった。

「そぉなん?もったいないなぁ、今って笑い時ちゃうのん?女子高生っ。」

「そうですかぁ?」

「そうやで。」

「そーかー。」

「・・・これから・・・どうすんの?」

「え?」

「今から。待ち合わせ?・・・にしちゃぁ、ちょっと遅くない?」

そっか、准一さんに会ってからもう1時間ちょっとたってるんだ。

「あ・・の・・・。」

「ん?」

「そ・・そう、お父さんの仕事終わる時間待ってたの。だから今から迎えに行く。」

「・・・。」

「あの・・ありがとうございました。」

「うん。」

「今度は・・・来週は行きますから、日曜日。」

そう言って走ろうとした時だった。

「うそやろ?」

そんな声が聞こえたのは。

「それ・・うそやろ?」

やっぱ私は・・・単純なのかな?

「なぁ、うち帰りたないだけちゃうんか?」

最近・・・泣いてばっかだよね。

当たってる自分が・・辛かった。

この人は・・なんでわかっちゃうんだろう?

「帰りたくない。」

その人は・・何も言わなかった。

つづく。