「そこのお姉さん。」
「え?」
「一緒にお茶でも飲まない?」
彼女はくすっと笑って「いいよ」と答えた。
職員室にいたのは美笛だけだった。
今日は土曜日。
どうやら、かみせん組の子供達の追い出しは終わったようだ。
「岡田は?」
健は持ってきた二つのお茶の一つを美笛の前に置く。
「お呼び出し。」
「・・・そう。」
気の毒に。
「食べる?」
そう言って美笛はお弁当のおかずを健の前に差し出した。
「なにこれ?」
「ハンバーグ。」
指を指された物に目をやると、健の思っている色とは違っている。
「・・・焦がしたろ?」
「食べるの?食べないの?」
「食べる。」
声と同時に口に含んだ。
「おいしい?」
「・・・焦げてる。」
彼女があんまりにも自身満々にいうから味はうまいのかと思うと、そうでもなかった。
「そんなにわかんないでしょ?」
「俺って毒味?」
「違うよ。味見。」
「・・・一緒じゃねーか。」
けど、そこまで否定しないところを見ると一応食べれる味ではあったらしい。
「ははは。」
「はははじゃねーっつーの。」
「お茶ありがとね。」
「ああ。」
健が席に着く。
丁度美笛の前の席なのだ。
「あ、そっちのファイル取って。」
「ん。」
お箸を加えたままファイルを取る。
「箸くらい置けよ。」
「ごめんよ。はい。」
「ありがと。」
受け取った彼はその書類に目を通す。
「お弁当持ってきてないの?」
普通土曜日の追い出しの後はみんなご飯を食べる。
健が准一に気の毒だと思ったのも、いつも楽しみにしているこの時間を邪魔されたからだ。
「あ、うん。ちょっと寝坊しちゃってさ。」
「めずらしいね。」
「そうかな?」
「うん。」
手を動かす美笛とは反対に、健の目は書類へとは戻らなかった。
「・・・ねぇ。」
「なに?」
「なんかあった?」
「なんで?」
「目・・一重になってる。」
見ていた理由は簡単だ。
「・・元々一重だよ。」
「うそつけ。」
美笛は女の子なら誰でもあこがれるようなくっきりとした二重だった。
本人もそこだけが自慢だと言っている。
彼女の目が一重になる日は、必ず何かあった次の日。
要するに泣いた翌日だった。
「なんかさー・・マリッジブルーってやつ?」
「なに?美笛結婚すんの?」
「するよ。」
「ええ?」
美笛は机の上に飾ってある花瓶を手にする。
「このチューリップと。」
まだ咲きそうにない蕾にキスをする。
「あ・・っそ。」
「なんかさ、夜になったらわけわかんないくらい涙出るんだ。」
「なんで?」
「わかんない。」
「思い当たることってないの?」
「ありすぎてどれかわかんない。」
「大変だね、女の子って。」
「いいよね、健は。なんか、毎日がハッピーって感じで。」
「そうでもないよ。」
「健ってさ。」
「なに?」
「好きな人とかいないの?」
「えっ?」
突然の言葉にただ驚くだけの健。
「なんか・・健って謎だよなーって思って。」
「俺って謎なわけ?」
「うん。なんか謎。」
「俺からしたら美笛の方が謎だよ。」
「そんなことないよ。人生さらけ出して生きてるって感じ?私って。」
「なーに言ってんだか。」
「いる?」
健は少し考えた。
そして、短い沈黙の後、
「・・・たぶんね。」
と答える。
「そっか。」
「俺、美笛のこと好きだよ。」
「・・・えー?」
「萌ちゃんも好き。剛も、岡田も、快彦さんも。みーんな好き。」
そんな彼に彼女はくすくすと笑った。
「何笑ってんだよ。」
「そういうところがハッピーって言うの。」
「そうだね。みんなに比べたらハッピーかもね。」
「うらやましいよ。」
「そうかな?」
「そうだよ。」
「うーん・・・。」
「ごちそうさま。」
「あ、ねぇまだみんな追い出し終わんないのかな?」
「さー、どうかなぁ?」
お弁当をかばんにしまう窓辺に近づいていく。
「ねぇ健。」
「なに?」
「こっち見てみて。」
窓辺に呼び寄せる。
「チューリップ。もうすぐ咲くかな。」
「そうだねー。あとちょっとだね。」
「春だね。」
「ほんとだ。」
「なんだか全部があっというま。」
「早く咲かないかな。」
うれしそうに見る健を見て、美笛もそれにつられた。
「そうだね。」
知っていた。
当番制って決めたはずの水やり当番。
だけど、朝に弱い剛や准一に任せるのは不安で不安でたまらないこと。
自分も朝が弱いのは自覚していた。
それでもかってでた。
誰よりも彼はチューリップが好きだった。
誰よりも喜んだのは剛と准一。
大丈夫?と早朝のことに心配したのは萌。
「健チューリップ好きだもんね。きれいなチューリップ咲かせてやってよー。」
一番ほしい答えをくれたのは美笛だった。
「わかってるよ。美笛も好き?」
「好きっ。だってきれいだもん。」
「そっか。」
「でも、無理しないでね。手伝うから。」
「大丈夫だよ。」
宣言通り、しっかりと彼は毎日水をやっていた。
「ねぇ美笛。」
「なに?」
「初恋って実らないんだって。」
「突然なに言い出すんだか。」
「ホントに実らないのかなぁ?」
「んー、人それぞれじゃないかな。」
「そっか。」
「腹へったぁー。」
ドアからは准一が帰ってくる声がした。
「何の呼び出し?」
「別に。たいしたことやあれへん。」
「ならいいけど。」
「さてと。メシやメシ。もう腹減って死にそうや。」
なんて言いながらせっせと自分のかばんから弁当箱を取り出した。
「准一はいっつもそれなんだから。」
「おいしいもん食うんは誰でもうれしいやろっ。」
「そうだけどね。」
健はもう1度チューリップに目をやった。
「キレイな花、咲くといいな。」
そっとつぶやいた。
「あーあ。」
1つ伸びをして寝っころがってみる。
片手には美笛の残したメモ。
朝は顔を合わすことはなかった。
昨日の泣いてる彼女の姿が頭を支配する。
こんなことは今日が初めてじゃなかった。
今までにも何度もあった。
そして、翌日はいつも俺が悩んでいる。
どうして入ってしまったのか?
後悔だけが先走る。
けど、彼女はケロっとした顔で俺に顔を合わす。
元々立ち直りは早いやつだった。
いや、そう思っている。
もちろん、その裏でどんなに苦労しているのか?
そのことは知らない。
「なにやってんだろ、俺。」
ベランダで眠るのが心地いいと感じたのはいつからだろう?
空がキレイだ。
キレイって言葉事体が陳腐なものになるくらい。
忙しい美笛に変わって、快彦の今日は休みだった。
だからといって特になにをするわけでもなかった。
「はぁー。」
春だな。
春・・・か。
ピーンポーン。
不意にそんな音が聞こえた。
「はいはいっと。」
そう言いながら立ちあがると、
「どちらさまですかー?」
なんて、ボーっとした顔でドアを開けた。
「はいよ?」
・・・そして、言葉を失った。
「こんにちわ。」
そこには、彼の弟の名乗る少年がいた。
「おつかれさま。」
疲れた顔で帰ってきた剛に美笛はお茶を出してやる。
「おつかれ。」
「ねー剛。」
「なに?」
剛がお茶をすすりながら窓辺に歩く美笛を目で追う。
「見た?」
美笛の指さす先には先ほどの咲きそうなチューリップ。
「え?」
お茶を持ちながら近寄る。
「春だね。」
「そうだな。」
気分は花見のようにお茶をすする。
「花粉症の季節だ。」
「お前なー。」
「今年も剛と健は大変なのかなー?」
「なんか岡田もちょっときてるらしいぞ?」
「うそー、マジで?」
「現代病だからなー、美笛は?」
「うーん、そこそこかな。涙は出るんだよねー。」
その言葉は、墓穴を掘っていることに気づいたのは、言った後だった。
「・・・今日は・・なんで?」
「・・・2人目だよ。」
できれば、隠したかった腫れた目。
「快彦さんから?」
「健から。」
ふぅーとため息をつく彼女を見ていると、なんだか妙にいたたまれない気持ちになる。
「どうしちゃったのさ。最近なんか疲れてるぜ?」
そういうと彼女は、へへっと笑った。
「どうしちゃったかなー。」
と。
「仕事?友達関係?・・恋?」
「恋・・・かな。」
「恋ねー。」
コップに残ったお茶を中で渦をまくようにまわしてみる。
「剛は好きな人っているの?」
「俺?」
「うん、なんか・・ずっと一緒にいるけど、特にそういう話って聞いたことないなーって思って。」
「・・・俺は。」
「ん?」
剛は美笛と目を合さなかった。
「別に・・今は・・・。」
「そっか。」
「お前は?」
「え、私?」
自分のことは言えないにしろ、美笛のことを聞くのもそれはそれで勇気のいることだった。
「誰だろー。・・・誰だろうね。」
「なんだよ、それ。」
「よくわかんないんだ。誰が好きとか。」
「へー。」
流そうとしたものの、内心どこかでホッとしてる自分がいた。
「みんな好きだからさ。一緒にいる時間が、好きだからさ。」
「そっか。」
「それじゃダメなのかな?」
「え?」
「男と女って関係だから、ずっとそういうわけにはいかないのかな?」
彼女は彼の目をしっかりと見た。
どういう答えがほしいのか、彼にはわからない。
「・・・難しいな。」
必死に考えた言葉だった。
「うん。」
開けた窓から、暖かい春の風が。
「お茶飲むか?」
「はい。」
上がった部屋は少年が以前見た部屋と変わらなかった。
ただ違うのは・・快彦がいたことだ。
「はいってやめろよ。」
快彦は冷蔵庫のボトルを出しながら笑う。
「あ・・はい。」
戸惑って言う彼にまた笑ってしまう。
「どしたんだ?初めてだろ?ここ来んの。」
「・・うん。」
あの人は、約束を守ってくれたんだ。
少し胸をなでおろす。
「親父から・・聞いてない?」
弟が聞き出すと快彦は目の前にお茶の入ったコップを置いてやる。
「ほい。」
「あ、ありがとうございます。」
そう言うとはぁーとひとつため息をついた。
「お前さー、いい加減他人行儀なのやめない?俺達一応兄弟なわけだしさ。」
「・・でも。」
「戸籍上は兄弟だろ?・・俺のことキライ?兄として認めらんねーか?」
少年は思いっきり首を横にふる。
「じゃぁいいじゃん。で、なんだっけ?」
「来月さ、兄ちゃん見合いするんだって。」
「へー、一清兄ちゃん結婚すんの?仕事一筋だったからなー、そっかそっか。」
普通の会話だと思っていたことが、予期せぬことを弟は告げた。
「違うよ。」
「え?」
「快彦兄ちゃんだよ。」
快彦は今何を言われたが理解できなかった。
「・・・おれ?」
「やっぱ・・言ってなかったんだ。」
冷静に言う弟とは違って快彦はパニックに陥っていた。
「な・・なんで・・?」
「親父、一清兄ちゃんには継がせる気ないみたい。」
「なんだよそれ。だって、普通長男が継ぐもんだろ?」
快彦の兄弟は彼を含め3人いた。
長男はバリバリ仕事のできる人物、一清。
次男は遊んでばかりの快彦。
そして、三男は父親の違った俊介だった。
「なんで・・そんな・・・」
三男は自分の立場に常に引け目を感じていた。
勉強だって人一倍やった。
一応末っ子というだけあって、世渡りはうまかった。
長男は前項を持ち、次男は後項を持っていた。
両方を少しずつ兼ねたのが三男だった。
しかし、弟として自然に暮していた兄達とは違い、父は息子として認めたことはなかった。
「見合いってさ、あの堅苦しいやつだろ?」
「なんか違うみたい。」
「違う?」
「ダンパだって。」
「はぁ?何考えてんだ、あの親父。」
「どうせそう簡単には帰ってこないだろうって。ほら、兄ちゃんダンスパーティーとか好きでしょ?」
「・・・キライじゃないけど。世界が違うだろ、来客の。」
「その中から兄ちゃんが気に入った人を選べばいいってさ。」
「へー、えらく大きくでたな。親父。」
「それだけ、兄ちゃんに賭けてんだよ。」
寂しそうにつぶやく弟を見ると、なんだか切なくなってきた。
「なぁ俊介。」
「なに?」
「お前やれよ。」
「え?」
「ずっと後継ぎたいって言ってたよな?」
それが、自分を認めてくれる唯一の方法だと彼は考えていたから。
「・・けど・・」
「あ・・いや・・ごめん。」
快彦は言った後に後悔していた。
弟の気持ちは、自分にはわからなかった。
まして、ずっと苦しんできていたのに、それを掘り返すことをしてしまっていることに気づいたのだ。
「俺なんかより、ずっと向いてるよ。」
口が勝手に動いてしまうのは性格だから。
それでも、ウソのない言葉はしっかりと弟には通じた。
「・・ありがとう。」
そんな兄貴から誉められることを、弟は誇りにも感じていた。
なんの目標も持たずに生きてきた快彦と違い、俊介は大きな目標を持って生きてきた。
それが、親父の後継ぎだった。
「・・親父に会いに行く。」
「ただいまー。」
部屋に入ると静かだった。
「よしひこー?居ないの?」
最近彼の顔を見ていない。
台所のテーブルにはメモがあった。
『出かける メシはいらないから 快彦 』
・・・響子さんのとこかな。
結婚でもすんのかな?あの2人。
最近妙に親密なんじゃないの?
ガコンっ。
思わず足元にあったごみ箱を蹴飛ばした。
入ってないと思っていたごみが散らばり、それらを拾ってる自分の姿が妙に情けなかった。
イライラする。
あれ・・私妬いてる?
はっ、んなアホな。
ばかばかし。
そう思いつつテレビをつけた。
恋なんて・・してないさ。
・・・。
テレビに映る画面は、美笛がいつも笑っている番組。
それでも今日は笑えない。
ぴっ。
電源のスィッチと共に、目の前にあった携帯を取り出す。
誰にしよう。
ぴっ。
「もしもし。」
「どういうことだよ。」
快彦が家に帰ってくることは井ノ原家として一大事なことだった。
それだけに、お手伝いやら迎えの人の慌てる姿があった。
それが、快彦には堅苦しい。
自分のいない間に、また少し大きくなっている家が憎らしかった。
「来週の日曜日。ちゃんと空けておけよ。」
「ふざけるなっ。」
力の限り叩いた机は大きな音を立て、社長室を響かせた。
興奮気味な快彦に対して、父親はあくまで冷静に答えた。
「お前ももういい年だろ。そろそろ帰ってきて、しっかり勉強し直して俺の跡を継げばいいじゃないか。」
快彦は一歩下がった所にいる俊介に一瞬目をやった。
「今度のパーティーにはいいお嬢さん達がたくさんいらっしゃる。その中から・・・」
「俺は行かねー。」
「快彦。」
「行かねーったら行かねー。絶対だ。」
そんな快彦に父親は静かに言い放った。
「これは命令だ。」
と。
「・・・好きな人がいるんだ。」
「・・・誰だ?」
「誰だっていいだろ。」
ずっと話さなかった快彦の視線が初めてはずれた。
「響子さんか?だったら別にかまわんぞ。」
「違うよ。響子は関係ない。」
実は響子は会社の取り引き先の娘だった。
彼女が仕事の都合でここに訪れたときに快彦に出会ったのだ。
「どんな人だ?」
普通の親なら人柄を聞いてるのだろうが、俺の親はそうじゃない。
家柄だ。
「どうなんだ?」
・・あれ・・
俺・・美笛の家柄なんて知らねーぞ。
けど、ここで知らないなんて言ったら負けだろ。
・・参ったな。
「誰だっていいだろ。」
もう1度念を押すように告げた。
普段ボキャブラリーの多い彼も、追い詰められ焦るといってることが自分でもわからない。
「付き合ってるのか?」
「・・いや。」
そう言うとふぅーと1つため息をつく。
ちくしょー、わざとらしいな。
「一清兄ちゃんは?普通長男が継ぐもんだろ?」
どうしてもこの場を避けたかった。
「アイツには任せられん。」
「なんでだよ?」
「すべてが無茶なんだ。あんな勢いと運だけで生きてるやつに、この会社は任せられん。」
「なんで?兄ちゃんの仕事ぶり、アンタも知ってんだろ?めちゃめちゃすげーじゃねーか。」
親父は少し黙っていた。
考えているところを見ると、一応は認めてはいるらしい。
「・・・方向性が違うんだよ。」
「方向性?」
「そうだ。」
この先は言うべきか止めるべきか、快彦は悩んだ。
だけど、悩んでも答えは出ない。
これは、兄としての余計なお世話かもしれない。
「・・・じゃぁ・・俊介じゃダメなのかよ?」
後ろで聞いていた俊介は唇を噛み締めた。
「・・・。」
「俺なんかより、全然向いてるじゃねーか。」
必死だった。
俺も・・・弟も。
「・・来週の日曜日17時、迎えをよこす。準備しておけ。」
伝わらない。
そんな悔しさは今に始まったことじゃない。
「親父っ!」
「わかったな。」
・・・。
「わかったらとっとと出て行け。」
バタン。
重いドアの閉まる音が嫌いだった。
「・・泣くな。」
快彦は俊介の顔が見えないように自分の胸に引き寄せた。
「・・・泣いてないよ。」
「泣き顔なんて、人前で見せるもんじゃねーぞ。ましてや、あの親父に見られたら、お前最後だぞ?」
「・・うん。」
「お前のせいじゃないよ。アイツだって、いつかわかってくれるさ。」
正直、弟が会社の跡を継いでくれたらどれだけ楽だろうと考えた。
だけど、今の仕事から抜け出せると考えると、それはそれでアリなんじゃないかとも考える。
それでも、弟のことを考えると胸が痛かった。
子供の頃からずっと言えずにいた弟の気持ち。
自分は誰からも好かれてなんかいないんじゃないかと不安になっていた気持ち。
自分だけが違うということが、どれだけ辛いかは今でもわからない。
それでも支えになってやりたかった。
血は違っても、兄弟だから。
せめて、俺だけでも認めてやれるように。
できる限り協力したい。
その気持ち一心で、俺の選択肢は1つ消えた。
しかし、果たしてそれがいいことなのか?
決断はできずにいた。
「いらっしゃい。」
電話を切った後、即座に相手の家へと向かった。。
「こんばんわ。」
そんなかわいらしい声が聞こえる。
相手は萌だった。
「久しぶりだよね、美笛うち来んの。」
「そうだよねー。」
「今日はどしたの?」
「ん?」
一人でいたくなかった。
それだけだった。
「ちょっと・・ね。」
「あー、また寂しい病?」
「ははは。」
「一緒一緒、丁度誰かに電話しよっかなーって思ってたの。」
「偶然だねー。」
「じゃぁ。」
「今夜は。」
「飲みますかっ。」
女2人の夜は21時から始まる。
「ビールある?」
入ってきた美笛の右手には買い物袋。
「あるよ。」
そう言いながら、袋からはなにやらいろんなものが現れ出した。
「あとおつまみとー。」
「お、いいねいいねー。」
「今日眠れそうにないじゃん。」
「明日って出勤でしょ?」
「あらー・・・まぁ男性陣にがんばってもらうってことでー。」
「そうそう、たまにはいいよねー。」
「そうだよねー。」
「今夜は飲むぞっっ。」
「ただいま。」
返事は返ってこなかった。
寝ちゃったかな?
しかし明かりがない。
「美笛?」
彼女の部屋のドアをそっと開けて見る。
裳抜けの殻とはこのことだ。
人1人いない。
「なんだ・・出かけたのか。」
普段気にならない彼女の突拍子な行動が気になった。
一体どこに?
だけど、それを知る権利は自分にはない。
それよりも、解決しなければならない問題があった。
来週の日曜日。
参ったな。
俺・・まだ結婚なんてする気ねーよ。
それに・・・
知らねーヤツなんかと結婚して、何が楽しいんだ。
けど、気づいたことに俺は美笛のことを何一つ知らない。
そして彼女もまた、俺のことを何一つ知らない。
俺があの大企業とされてる井ノ原財閥の息子だと知れば、どんな反応をするだろうか?
どんな目で、俺を見る?
お前はどっち側の人間?
他のヤツと同じ、違う目で俺を見るのか?
それとも・・・
「へー、准くんに誘われたんだ。」
「うん。」
ビールの酔いが心地よく回る時、話題になるのは恋愛の話。
「行くの?」
「別に断る理由もないし。」
「行くんだ。」
「うん、見たかったもん、あの映画。」
「あれ、結構普通じゃないの?」
「どういうこと?」
「准くんはデートの誘いのつもりなんじゃないの?」
「そーかなー。」
なんて、照れて笑う彼女を見ていると、准くんの気持ちがわかるような気がする。
女の私から見て、萌はかわいいという言葉がよく似合う。
「准くんってさー、いい人だよね。」
「いい人は恋愛対象に入んないわけ?」
萌の口から漏れた言葉は、しっかりと美笛は拾っていた。
「んー、入るけど。でも・・いい友達なんだよね。」
「准くん彼氏だったら幸せになれそー。」
「それはわかるっ。優しいもんね、彼。」
「うん。そうだよね。」
「いい人・・・か。」
「でもさ。」
萌がビールを喉に通す音が響いた。
「私は、剛くんのこと、好きだから。」
「・・うん。」
まっすぐな目で見てくる萌を、直視することのできない自分がいた。
「うらやましいな、美笛が。」
「えー?」
「だってさ、剛くん、たぶん美笛のこと好きだと思うんだよねー。」
「えーっ、うそでしょーっ。」
叫んでしまった言葉と同時に飲んでいたビールが喉につまった。
「ちょっと大丈夫?」
「ウソでしょー?びっくりさせないでよもぉ。」
「えー、気づいてないの?」
驚きを隠せない美笛に対して、萌は冷静だった。
「だって、好きな人いる?って聞いたら今はいないって言ったよ?」
「甘い甘い。そんなのウソに決まってんじゃん。まして目の前に好きな相手がいるんだからさー。」
「・・・それってマジ?」
「だてに本気で彼好きになってないわよ。」
その目にウソはない。
・・・美笛は困った。
「・・・聞かなかったことにしていいかな。」
「当たり前よ。ウソだったらバカみたいでしょ?ホントでも困るわよー。」
淡々と答える萌に、真剣にとらえていいやら、聞き流していいやら、複雑な気持ちである。
「そ・・そうだね。」
「負けないからね。」
酔っているはずの萌の目は、しっかりと美笛を捕らえている。
「え?」
「負けないから。」
そして、もう1度強く言った。
「萌の目、なんか剛みたい。」
不意にそんな言葉が漏れる。
「なにそれ?」
「ううん、なんか・・そう思っただけ。」
強い・・強い目を持ってるね。
「美笛は?」
「えー?」
「相変わらずそういう話聞かないんだけど。あ、噂の快彦さん?」
「噂ってなんの噂よー。」
「えー、一緒に住んでんでしょ?」
「住んでるけど。別に好きじゃないわよ。」
言い終わると同時に持っていたビールを一気に飲み干す。
「へー、今日の原因ってそれか。」
「ちょっと、そんなんじゃないって言ってるでしょ?」
「・・・。」
「なによ。」
「美笛気づいてないっしょ?」
「何に?」
「私が剛くん好きって言った時は結構普通だったのに、快彦さんの話になると眉間にちょーしわ入ってんの。」
「・・・マジっすか?」
「マジっす。」
「でも剛の件はさー、あんた前からずっと言ってたじゃん。きっと慣れちゃったんだよ。」
「あー、それもあるかも。」
「・・・誰が好きなんだろ、私。」
何も入っていない缶を手の中でくるくる回してみる。
「ねー誰だと思う?」
「知らないわよ、そんなの。」
「だーれなんだろ?」
「快彦さんにしとけば?あ、健くんでもいいよ。もちろん准くんでも。」
「もー、選択肢に剛は絶対入れないんだから。」
「だって美笛ライバルだったら勝てないもん。」
「そんなことないよー。」
「ま、そん時はそん時だけどさ。女の友情は男がすべてじゃないさ。」
「そうだそうだー。」
「でも好きにならないでね。なるべくでいいから。」
なんて、付け足して言ってくる萌に思わず笑ってしまう。
「あ、いや、別に遊びに行くなとかそんなこと言わないし、仲いいのは知ってるし、そういうんじゃないからね。」
「わかってるわかってる。それ以上になるなって言いたいんでしょ。」
「あ・・・いや・・はは。」
「当分はなんないよ。・・・たぶんね。」
なんてニヤっと笑ってやる。
「ちょっとぉもぉーっ。」
ホントに好きなんだな。剛のこと。
「でもさ。」
「ん?」
「もし・・付き合うことになったら・・ちゃんと言ってほしいんだ。」
・・急に真剣な顔するんだから。
「えー?」
「隠されるの、やだから。」
そんな萌にくすっと1つ笑う。
「わかってるよ。」
女の本当の友情は、強い。
「初デートに映画ねー。」
剛は目の前にあったコーラの缶を飲み干した。
「デートちゃうってっ。そんなんちゃうっ、ただ映画見に行くだけやっ。」
ここは剛の家。
結局勢いだけで誘ってしまった映画。
一体どうしていいのか?
わからないまま時は過ぎ、答えは出るはずもなく、職場の、プライベートの親友を訪ねた。
「いいじゃん、岡田はデートの誘いのつもりなんでしょ?」
そして、その尋ねてきた姿が妙に笑えたので、笑いのおすそ分けとでも言いたいのか、家の主はもう一人の親友も招いた。
「いや、そういうわけでもないねんけどな。」
「強気で行けよ、強気で。」
「俺の彼女なんだぞ、くらいの勢いでさー。」
明らかに楽しんでるようにしか見えない2人に准一はため息をついた。
「そんな簡単に行くって思えるんやったら相談なんかせーへんって。」
「まーなー。」
うーん。
どうやら彼らの中では今3人3様の妙な准一と萌のデートの図が描かれているらしい。
「なぁ。」
その沈黙を破ったのは准一だった。
「剛くんと健くんはデートしたことあるん?」
・・・。
「プライバシー侵害はんたーいっ。」
先に答えたのは健。
「はんたーいっ。」
それに乗ったのは剛。
「なんや、したことあれへんねんや。奥手やな、2人とも。」
「そんなわけねーだろっ?なめんなよっ。」
剛が反抗する。
「じゃぁあるんや。」
「おまえはあんのかよっっ!!」
「・・・言わへん。」
・・・。
「け・・けんくんは?」
「2人が言ったら言う。」
・・・。
ため息がでてしまう。
真相は謎だが、お互いの様子を見合っていることは確かであって。
実際どうなのかは本人にしかわからない。
「話戻そうか。」
健の一言に2人は賛成だった。
「で、どうするって?」
「どないしよ。」
「・・・。」
「知るかよ。」
基本的に彼らはまだ恋愛の初心者だった。
「快彦さんとか詳しそー。」
「・・・ほんまやな。」
けど、快彦さんとこに行く=美笛に会うということ。
「呼び出すのも変だしなぁ。」
「うーん。」
男の悩みは尽きない。
トントントン。
部屋に不規則な包丁の音が響く。
お互い慣れ親しんだ空間。
その空間が崩れるのは辛かった。
「美笛。」
「なに?」
包丁の主は美笛だった。
そして、当の快彦は鍋の番をしている。
「昨日おまえ酒飲んだろ。」
「・・・うそー、においする?」
「いや、なんか・・そんな気がしたから。」
「二日酔いに近いかも。朝からずっとこんな感じ。」
「子供達から見たらいい迷惑だよ。」
「大丈夫、ちゃんといい先生やってるから。これでも父兄のみなさんにはいい先生で通ってんのよ?」
なんだか必死に話す様子に思わず笑ってしまう。
「はいはい。」
そんな相づちで会話は終わった。
「できた。」
切り終わった野菜を鍋に移す。
そして。
「よくわかったね。」
かすかに聞こえた言葉。
「・・・なにが?」
「お酒飲んだってこと。」
「あー・・・」
なんとなくわかっていた。
酒を飲んだ後はボーっとしていてフラフラしていること。
いつもはいっぱい話す会話がなかなか続かないこと。
他にもいろいろあるが、見ればわかる。
見ただけで・・じゃないけど、なんとなく過ごしてたらわかってきた。
そんな関係を、今更どうやって崩すことができるのだろうか?
「美笛。」
「なに?」
「真剣な・・・話があるんだ。」
「真剣な・・話?」
「・・・ああ。」
「あぶな・・・っ。」
カチっ。
吹き零れそうになった鍋のお湯。
火を消す音が、俺の心を焦らせる。
「起きてる?」
「・・・ん?」
幼稚園での彼女はいつになく遠い。
魂が抜けている。
腑抜け状態だった。
「うー・・ん。たぶん。」
「なにがあったわけ?おまえホント最近変だぜ?」
「ねー剛くーん。」
・・・。
彼女が自分のことを「剛くん」と呼ぶとき。
それはいつもいやな予感をさせるものの象徴である。
「・・・んだよ。」
「彼女っていたことある?」
「・・はっ?」
それは彼の予想外の言葉だった。
「熱とかあんのか?」
剛は自分の手を美笛の頬に当てる。
「・・・普通。」
「ないよ。」
「じゃぁなに。」
「彼女ってさ、なに?」
「・・・何って言われても・・・なぁ。」
「なんかねー、快彦にダンパ誘われたのー。」
「・・・ダンパ?」
「そ。なんかね、友達主催でやるらしいんだけど、結構豪華なんだって。」
「へー。」
相づちに動揺は隠せなかった。
だけど、美笛がそれに気づくことはなかった。
本人はいっぱいいっぱいだ。
「いつ?」
「今週の日曜日。」
それは、あと5日後の出来事。
「そんな大事なことイキナリ言うなっつーの。」
それだけ、彼はずっと悩んでいたことを、彼女は知らなかった。
「仕事入ってるぞ。この日は・・・」
「わかってます。幼稚園来なきゃ・・でしょ。」
「わかってんじゃん。」
「遅れて来てもいいからってさ。」
「どういうこと?」
「夜は長いってことさ。」
要するに夕方終わる仕事。
それから行っても全然間に合うといったところだろう。
「私踊れないんですけど。」
淡々の話す彼女が妙に鼻につく。
「知らねーよ。」
「彼女のフリしてくれってさ。」
「・・・え・・・?」
どこかで俺は快彦さんをずるいと思った。
わかってたはずなのに。
「行く・・の?」
「うー・・・。」
「響子さん・・・は?」
「誘ったけど来れないんだって。来ても相手がいるかもって言ってた。」
「へー・・・。」
「行くべき?やめるべき?」
「知るか。」
内心どこかで行ってほしくないと言えない自分がいた。
「行けば。」
「・・・そっか。」
気持ちと心は正反対だ。
「快彦さんの本当の彼女になる気はないの?」
「・・誰がよ?」
「おまえに決まってんだろ?」
「・・・別に。」
「それって告白の間違いじゃねーのか?」
「えー、違うでしょ。」
「そ。」
「そんなこと・・ないよ。」
だって、快彦は響子さんのこと好きだもん。
「あ、あのさ。」
「ん?」
「あ・・の・・うち来ねー?」
快彦さんといる時間が長いことが、悔しかった。
ガキみてーな嫉妬。
今更になって。
バカじゃねーの、おれ。
でも。
一緒にいたい。
それだけだった。
「・・・いつ?」
「今日。」
「・・なんで?」
「いや・・別にいいけど。」
くすっ。
「何笑ってんだよ。」
「べっつにー。」
「何々?何の話?」
後ろから興味深そうに来たのは健。
「どんちゃんさわぎやろーよ。」
「えー?俺もいれてよ。」
結果的にはいつもの5人が剛の家に集まることになっていた。
美笛の心の中は、帰りたくない一心だった。
真剣な表情の快彦は、たまに怖くなるから。
「ねー兄ちゃん。」
「なんだ?」
「・・・いや・・別にいい。」
雑誌をパラパラとめくる快彦と、台所に立つ俊介。
今日は快彦の家に客がいた。
俊介だ。
「ねー兄ちゃん。」
「なに?」
「マヨネーズどこ?」
「あー・・冷蔵庫ん中の下のポケットの奥から2番目。」
・・・。
「えっと・・冷蔵庫の・・・」
ゆっくり頭を動かしながら快彦の言葉をリピートする。
「2番目・・・あ、あった。」
だけど。
「兄ちゃん、これ足んない。」
「え?」
言葉だけの返事。
相変わらず手と目は雑誌を捕らえていた。
「美笛ーっ、新しいのどこだっけ?」
不意に出てしまったその言葉。
返ってこない返事に、快彦は焦った。
そして、そんな様子に思わず弟は笑ってしまった。
「んだよ。」
「えー?」
くすくす笑う彼に兄は不機嫌だった。
先ほどまでの視線は弟へと注がれる。
「好きな人なんだ、あの人が。」
「・・・別に。」
「そっかそっか。」
「おまえ・・楽しそうだな、このやろぉっ。」
そう言いながらヘッドロックをかます。
きゃっきゃと笑い転げる弟に、兄は楽しそうだった。
もう何年ぶりかわからない、こんな光景。
まさか、今になってまた見れるとは思ってもみなかった。
「わりーな、こんなことまでさせちまって。」
「いいよ別に。いつもやってることだもん。」
剛の家に着くと美笛はキッチンに、剛はそれの手伝いを。
准一と萌と健は買い出しだ。
本当は萌と剛が残るはずだったのだが、剛と健に流されるまま出ていった。
そんな様子に美笛は苦笑いするしかなかった。
「ねぇ。」
「んー?」
「・・今日って何鍋?」
手の中に収まる鍋を持って思った。
「知らなーい。」
一方の美笛はお皿やお箸を並べている。
「・・・ねぇ。」
「なーに?」
・・・。
「おまえ何鍋が好き?」
「何言ってんの?」
「・・別に。」
「やみ鍋。」
「うっそっ。マジ?」
「うっそ。」
「・・んだよ。」
せっせと働く彼女を目で追ってみる。
・・・疲れる。
「ねぇ。」
「もーなによぉっ。」
さすがに3回目には気づいたらしい。
それは、彼女が立ち止まった事を意味していた。
「言いたいことがあるならハッキリ言ってよね。」
「・・行くなよ。」
「えー?」
「・・・そんだけだよ。」
「・・何が?」
「・・・快彦・・さんの。」
「・・ああ。」
今までの空気と一転して、きまづい沈黙が流れた。
「あのっ。」
「あのさっ。」
同時に出た言葉で空気が戻った。
所詮この2人の関係はそんなもんだ。
「なに?」
「おまえから言えよ。」
「いいよ、剛から言ってよ。」
「俺はいいよ。」
「私?」
無言で彼はうなづいた。
「行くよ。私。」
「・・・行くんだ。」
「だって・・友達さんに悪いから。」
「・・・。」
「快彦だって、付き合いってもんがあるでしょ?だから合わせるだけ。」
「・・そ・・っか。」
「うん。」
「・・送ってやろうか?」
「何行ってんのよ。」
「快彦さんにも付き合いってもんがあるんだろ?お前この日仕事あんじゃん。」
「・・うん。」
「だから・・それから快彦さんに来てもらってって・・面倒なわけで。」
そんな姿に思わす笑ってしまった。
「ただの・・乗用車だけど。」
「じゃぁ・・お願いしようかな。」
「い・・いっとくけど、近くまでだからなっ。彼女のフリなんだろ。だったら・・勘違いされると面倒だし・・・。」
「わかってるわかってる。」
辛い恋だってことは・・わかってるのに。
「ボロだすなよ。」
「おう。」
そう言って手のひらをパチンと合わせた。
音と共にこの話は打ち切られ、帰ってきた3人を迎え、水炊きが始まった。
だけど・・気になって仕方ない。
腹立つくらい。
その存在は、俺の知らないところで、いつの間にかオレの心を大きく支配していた。
気づいてからじゃ、遅かった。
「美笛ー、お豆腐たんなーいっ。」
「ちょっと萌自分でやってよねーそのくらい。あ、あんた酒飲んだでしょ?もー。」
「えへへ。」
間、彼女は常に剛から目を離すことない。
それは、彼の視線に気づかないわけがないことも意味している。
こんな状態で飲まずにいられるかといった勢いだった。
「あーもー、萌ちゃんしっかりしてやぁーっ。」
「准くんも飲もーよー。まだまだいっぱいあるからさー。」
「ははは。」
彼もまた、彼女から目を離すことはなかった。
そして、萌の視線から、何かを気づき始めていた。
「手伝おうか?」
後を追って台所に現れたのは健。
「あ、ごめんねー。お豆腐もう1つあるかな?」
「うーん、結構いっぱい買ってきたんだけど、もうない?」
「ちょっと待ってくださいなっと。」
冷蔵庫の扉を開けると、先ほど見た光景ではなく、なにかしら入っている。
「あ、あった。」
「あった?」
「あと2つ。」
美笛は手のひらに2つ乗せた。
「美笛ーっ、健くーんっ、お豆腐まだぁ?」
「今行くからっ。」
「萌ちゃん悪酔い?」
「みたいだね。もう大変だよ、萌飲んだら。今日やばいよ。」
「そうなんだ。知らなかったよ。」
「健はお酒飲まないの?」
「うん、今日はなんか・・そんな気分じゃないから。」
「ふーん、そっか。」
そんな普通の会話と共に美笛は包丁を動かす。
「これが最後ってことちゃんと伝えとかなきゃヤバイよねー。」
「お豆腐好きなの?萌ちゃん。」
「そうみたい。結構なんでも食べるから知らなかったよ。」
「そっか。」
「はい完了。」
「できた?」
「おう。行こっか。」
「うん。」
お豆腐の入ったお皿を持って美笛と健は台所を後にした。
「俺持つよ。」
「いいよ、大丈夫。」
「そう?」
「じゃぁ、半分に・・・」
あれ・・・。
「なに?」
「ううん、なんでもない。」
どこかであったような。
「おっと。」
すれ違うように通った剛に、美笛はぶつかりそうになったが、かろうじてそれを回避した。
「あ、ごめん、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。」
持ったままの美笛の皿にはもう1つの手。
健が支える手もあった。
「あ、ありがとう。」
「いいえ。」
剛と健は目が合った。
お互いの眼の奥に映るものは見えない。
「・・あー・・みつめあってるー。」
「な・・・っ。」
何もわからないのは美笛ばかり。
月だけが知っていた。
私達のこの恋の行方を。
今小さな花火みたいに。
小さな火花が散った。
すべてが、ゆっくりと動き始めた。
つづく
スランプだ。それも腹正しいくらいの。。納得いかねー。まぁいい。
当初のタイトルって「上弦の月」やったのに、なんで最後のキスなんだろう?
今更ながら疑問だわ。きっと病棟の井ノ原さん効果かしら(笑)
ショートラブストーリーの。はっ、しまった。あれって「涙のキッス」だわ。
あー・・・間違っちゃった(爆)でも今更やし・・・・気になると腹立つわ(爆)
そして、最後は杏里さんの「夏の月」とちょっとかけてみました。
好きなんですよ、この曲。
・・・そういや井ノ原家の兄弟って少年隊の錦織さんとJrの風間くんをイメージなんだけど、・・似てるどうこうよりも、年齢が(爆)
んー、にっきさんにはいのっちより3つ上くらいで(爆)なんて無茶な。
でも一応2人より風間くんは年齢を遠ざけてるつもりっす。
しかし・・これでいいのかしら?
基本的にうちが思いついた話って1話で終わるのよねー。
・・連載もののはずなのに(笑)![]()
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