メリークリスマス。
街はきれいにライトが照らされている。
たくさんの歩く人はたいてい家族か恋人のどちらかだった。
「あ・・・ケーキ予約してたの忘れた。」
この2人はそのどちらでもない不思議な関係だった。
「あ・・・。」
気がついたのが家の玄関を入った後だったため、目的のケーキ屋まではかなり遠い。
「どっちが行くんだよ。」
「2人で行けばいいじゃーん。」
「だーめ。んなことしてたらもう時間過ぎちゃうだろ?」
「そっか・・・。」
料理の腕前は2人ともどっこいどっこいだったため、どちらが行ってもあまり変わりはない。
「じゃんけんほい。」
・・・。
「行ってらっしゃい。」
「はい。」
負けたのは女の方だった。
「行ってきまーす。」
「美笛っ。」
男が名前を呼ぶので振りかえるとなにやら物が飛んできた。
「財布。ずっと俺が持ってたろ?」
「あー、忘れるとこだった。」
「まったく。気をつけて行ってこいよ。」
「はーい。あ、快彦。」
「なに?」
「先にご飯食べちゃだめだかんね。」
男はバレたかというそぶりを見せてドアノブに手をかける。
「行ってきます。」
「美笛っ。」
「今度はなに?」
女は面倒くさそうに振り返る。
「鍵・・・。」
「あー・・・持ってたのって。」
2人の人差し指が自分に向く。
「ごめんねー。」
そう言いながら投げてやる。
「今度こそ行ってきます。」
「おう。」
「ありがとうございましたー。」
「准くんイブなのにバイト?」
そう言うとケーキ屋の定員の男が苦笑いしながら言って来る。
「だって一緒に過ごす彼女もおらんしさー、1人で東京出てきたから家族も一緒にゆうてもなー。」
「あら、1人はお互い様ですか。」
「なんでやねん、快彦さんおるやん。」
「関係ないでしょーそれは。だって一緒に住んでるんだしさぁ。まぁイベント好きだからねー2人とも。」
「んなことゆうて、男女2人なんもないわけないやろー。」
「んー、ないね。」
「きっぱり言うなぁ。まぁどうでもええけどー。1人身の僕には関係のないこっちゃ。」
「じゃぁまた新年にね。」
「おう。じゃな。あー、おまけもらってったってーな。」
「なにそれ?」
「予約した人にはあったかいコーヒー2つおつけしますわ。」
「あはは。もうないの?」
後ろの看板を見ると予約した人には福袋らしいものがプレゼントされることになっていた。
「そうやねん。ごめんなー。ちょっと計算間違えたみたいでさー。」
「ってことは私が最後の客?」
「予約の分はな。」
「ふーん。よかったね、最後が私で。」
「なんで?」
「こわーいおばさんだったら、准くん即クビだから。」
いやみのように言ってみる。
店員は、はははと笑うしかなかった。
「ま、ありがたくいただいておきます。じゃね。」
「メリークリスマスっ。」
「メリークリスマスっ。」
そんな合図で自動ドアを開けた。
「あ、美笛っ。」
店員から慌てた声が聞こえる。
「なに?」
振り返るとぬいぐるみが1つ飛んできた。
「誕生日おめでと。」
「こら、仕事中だぞ。」
彼女の言葉とは裏腹な笑顔は、定員をそれなりに満足させたようだった。
「それ、僕と健くんからな。」
「ありがと。」
ドアを出ると風が冷たかった。
「さっぶー。」
この言葉の意味はいろいろこめられている。
12月24日、季節は冬。
寒いことは寒いが、周りを見ると彼女にはいたいくらいの恋人達の数。
「せつねーなー。」
さっきまでは快彦と一緒だから別になんとも思わなかった。
楽しそうに話ながらの買い物は、周りから見れば十分な恋人同士だったからだ。
街のイルミネーションはさっき見たはずなのに、1人で見るとまた違って見えてくる。
袋の中のコーヒーを1つ取って頬にあててみる。
あったかい。
なんだか身にしみるよ。ほんとに。
「ただいまー。」
「遅いよ。」
「ごめんごめん。」
「北海道雪だって。」
「そりゃそうでしょ。」
快彦がテレビを見ながらテーブルの上にチキンやらサラダを並べている。
「昌行さんが嘆いてたよ。」
「あれ、北海道行ってたの?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「んー、記憶にないねー。」
「まぁいいじゃん。」
「年賀状出しちゃったよ?」
「なんでお前が出すの?」
「だって好きだもん、昌行さん。」
「美笛はああいう人がタイプか?」
「別にそうじゃないけど、かっこいいでしょ?だって。」
「そりゃぁかっこいいさ。」
「だから好きなの。」
「じゃ俺は?」
おちゃらけて聞いてくる快彦に美笛は、
「・・・どんな答えがほしいの?」
・・・。
「別に。」
やられたって顔をしてレンジに行く。
「ケーキねぇ、今年はチョコレートなの。」
「おおっ、豪華じゃん。」
「2人ともがんばったもんねー。お仕事。」
「そうねー、長かったわねー。」
ぶっ。
「やーい笑った笑った。」
「何キャラよそれぇっ。」
「えー、美笛のものまね。」
「私そんなんじゃないよーもう。」
「あはははっ。。」
「それは?」
「あこれ?」
袋に入っていたのはケーキとコーヒー。そして真っ赤な犬のぬいぐるみだった。
「准くんと健くんからのプレゼント。」
「へー。」
「いいでしょ。」
「ほい。」
そう言って快彦はポケットから四角のケースを出してきた。
「なにこれ?」
「これは俺から。」
「くれるの?」
「はっぴーばーすでー。」
「ありがと。」
二人が笑い合う空間が、なんだか好きだった。
「今年の正月どうすんの?」
「快彦は?」
「俺か?別になんもねーしなー。カウントダウンやってるテレビでも見ながらすごすさ。そっちは?」
「んー・・・。」
考えてみたものの、特に友達と予定が入ってるわけでもなければ、家に帰るわけでもなかった。
「カウントダウンやってるテレビでも見ながら・・・」
「同じじゃねーか。」
「あはは。ばれた?」
「じゃぁ初詣行くか?」
「そうだね。」
「今年もおみくじひいて・・・」
「去年ってば2人とも凶だったんだよねー。おかげでケンカは絶えないしさぁ。」
「大吉とったって変わんねぇだろ。」
「そーぉ?」
「じゃぁ来年は仲良くってことで。」
「今でも十分仲いいじゃん。」
「ケンカのない仲良しで。」
「じゃぁそれで。」
「帰りにさ、お前の仕事場よってかねぇか?」
「・・・なんで?」
「なんか、見てみたくなったから。」
「そう。いいけど、鍵ないよ。」
「そんなの、不法浸入してやればいい。」
「そんなことしたら私の首飛ぶでしょ?」
「ばれなきゃいいさ。」
「フェンスの下って今壊れてるかも。」
「・・しっかり協力してどうすんだお前は。」
「あはは、じゃ決定。」
「おし、準備完了。あとはケーキ。」
「それと・・・彼氏・・ね。」
「俺も彼女ほしーなー。」
「快彦はさ、もっと真面目になりなよ。」
「俺はいたって真面目だよ。」
「そうじゃなくて、もっと真剣な恋しなよ。」
夜、ドアの前に植木蜂を置く。
それが男と女のつれ込む合図だった。
その日はそれぞれの友人の家に行くか野宿にも近かった。
そういうことは大体朝にははっきりしているのだが、たまに予想外の展開も考えられたため、2人で作った合図だった。
美笛はつれ込むことはなかったが、快彦の方はしょっちゅうだった。
「今日デートに行く。」
その日には必ず置いてあったため、すでに朝から帰れないことの予測はついていた。
「真剣な恋だよ。」
「まぁどうでもいいけどね。」
「お前も今日デートだくらい言ってみろよ。」
「何回か言ったでしょ?」
「言ったけど相手は同僚の奴とかだろ?」
「なに?同僚の奴とは恋しちゃいけないわけ?」
「いいけど、恋なんてもんじゃねーだろ?ただの友達じゃねーか。そういうのデートって言わねぇよ。」
美笛の場合、ドアの前に置かれた植木蜂はただの意地だった。
中にいたのはただの同僚。
男女の関係なんてこれっぽっちもない。
ただ・・・悔しかった。
それだけのこと。
「ほっといてよ。私はねぇ、快彦と違って、もっと運命的なもんを待ってるんですぅー。」
「そんなことばっか言ってたらそのうち売れ残るぞ。」
「いいもん別に。結婚が女の幸せとは思わないから。」
「あーそうですか。」
お互いがにらみ合った後、どこからか笑いが漏れた。
「だから、こういうの来年はやめよーな。」
「たぶん無理でしょー。」
「心がけ心がけ。」`
「あんたが真面目になればいいんでしょー?」
「だから、怒鳴るのやめねーか?」
「・・はいはい。」
出会ったのは2年前だった。
ただの偶然だった。
最初は当然知らないもの同士、隣のアパートに住むただの住人。
ベランダがつながっていたため、コミュニケーションはすぐにとることができる。
そこで近所づきあいというものが始まる。
その程度だった。
いくつかの月が過ぎた日のことだった。
美笛は一度泥棒に入られたことがあった。
それからだった、この共同生活が始まったのは。
お互い金もない。
1つの部屋にしてしまえば家賃は半額になる。
荷物もさほど多い方ではなかったので、あまるくらいの部屋は十分な人数を満たした。
恋愛感情は一切ない同居。
この世の中にはめずらしいことだった。
「あけまして、おめでとーございます。」
カウントダウンのテレビを見ながら0時の針と共に告げる。
「今年の抱負は彼氏を作ること。」
「俺は・・・仕事が首にならないように・・・。」
「サラリーマンは大変だねー。」
「ほんと大変だよもう。リストラリストラでさぁ。景気もよくなんねーし。」
「我慢我慢。」
「そうだね。」
ピーンポーン。
・・・。
「こんな時間になんの用だよ・・ったく。」
イラついていた快彦に対して美笛は楽しそうだった。
こんな時間に訪れる来客は少ない。
でも、心当たりがないわけではなかったからだ。
「誰?」
そう言ってドアを開けると、快彦はすぐにため息をつく。
「あけまして、おめでとーっ。」
なんて、かわいらしいような3つの声とクラッカーが鳴っていたり。
バタン。
「おいっ、閉めるなよーっ。」
「うるせぇっ、帰れ帰れっ。」
「やっぱり?」
美笛が笑いながらドアを塞ぐ快彦に声をかける。
「他に誰がいるんだよ。」
「ふーん。どうぞ。」
そう言って美笛は先ほどまで見ていたテレビの続きを見に行く。
どうやら続きが気になるらしい。
「おいっ。」
もちろん、1人の力は3人の力にかなうわけもなく。
「あけおめー快彦さん。」
「あれ、美笛は?」
はぁー・・・。
うなだれる快彦をよそに2人はずかずかと部屋にあがっていく。
「おっす、あけおめ。」
そう言って入ってきた1人の青年はコンビニの袋をさげていた。
「何それ?」
「なにって、決まってんじゃん、新年会。」
「そうそう、3人じゃつまんないでしょ?」
青年の後ろからひょっこり顔を出したのはもう1人の青年。
「なにやってるんです?快彦さん。入らないんっすか?」
がっくりしてる快彦を見てなんだかわけのわからない青年は少し遅れて入ってきた。
「ってことで、新年会。」
「あのなーお前ら・・・。」
「なんっすか?」
「ここをなんだと思ってんだっ?」
「たまり場。」
3人声をそろえてきっぱり言われちゃどうしようもない。
「帰れ、今日はもうとっとと寝るんだ。」
「うわっ、快彦さんひどっ。」
「そーだそーだ。21世紀ですよ?めでたいじゃないですか。」
「だからなんだーっ。俺にはそんなこと関係ねんだっ。」
ギャーギャー。
「ねぇ准くん、準備しよっか。」
「ええのん?」
「大丈夫大丈夫。なんだかんだ言って快彦はあの2人には弱いからね。」
「帰れ帰れっ。」
「やーだよー。」
「・・・ほんまかいな。」
「準備は、したもん勝ち。何買ってきたの?」
「んとなー。」
「だいたいお前らな、ここに来すぎなんだよ。週に何回来てるんだ。毎日のように押しかけてるじゃねぇかっ。」
「いいじゃないですか、幼稚園から近いんですよ、ここ。」
「そうなんですよねー。快彦さんも知ってるでしょ?」
「知ってるけどよー。」
「快彦騒いでないで手伝いなさいよ。あんたの好きな酒までちゃんと用意されてんだからさぁ。」
・・・。
「・・わぁったよ。」
「おっしゃ。」
「さっすが美笛。」
「酒が入場料みてぇなもんだからな。安いもんだ。」
「お前酒があれば入れると思ってんのか?」
「だってそうじゃん。」
事実なだけに返しようがない。
「さてと、準備準備。」
「健くーん、おつまみどこ入れたっけ?」
「んとねー。」
「あー、剛つまみ食いしちゃだめでしょ?」
「いいじゃねぇか。」
当の快彦はというと、もうどうにでもしてくれ状態のヤケ酒だった。
「もうすぐ東京も雪降んのかなぁ?」
「なんで?いいじゃん、キレイだしさぁー。」
嫌そうにぼやく剛に対して、健が反論する。
「キレイだけど寒い。」
「剛は寒がりだからなー。」
「極度のね。」
「雪は鑑賞用でいいんだよ。実用性には及ばん。」
「はいはい。」
ぴりりりり・・・ぴりりりり・・・
電話の主は美笛だった。
「ごめん。」
席をはずす美笛に3人は相手は誰かと興味津々だった。
「兄貴だろ?」
その期待を一発で砕くような一言だった。
「なんでわかんの?」
「着信音。」
「へー。」
「じゃぁもし彼氏があの音にしてても、快彦さんは気がつかないわけだ。」
健の一言にちょっとためらいながら電話している美笛を見てみる。
なんだか照れたように返事をしていた。
「やっぱそうなんじゃないのぉ?」
健がちゃかす。
すると受話器をはずした美笛が快彦に声をかけていた。
「昌行さん。」
げっ・・・。
慌てて受話器を奪い取る快彦に回りは大笑いだった。
昌行は快彦の上司的存在だった。
「なんかめんどくせーな、会社ってやつは。」
ぼやいたのは剛だった。
「どこも一緒でしょ。」
「そうそう、俺らんとこが変なんだよ。」
4人は同じ幼稚園の保父保母として働いている。
「まーな。」
「失礼しますっ。」
「快彦さんなんか情けねーな。」
「うるせぇよ。」
そんな快彦に、美笛は冷静に言い放つ。
「携帯。」
相手が緊張する相手だったため、ずっと握ったままだった。
「あ、わりぃわりぃ。」
そんな姿に少し笑ってしまう。
「昌行さんって快彦さんの上司だろ?なんで着信音が兄貴の音にしてんだ?」
「あれ?聞いてない?兄ちゃんからの電話で、横に昌行さんがいたから変わってもらったんだよ?」
「・・あそう。」
「いーくら昌行さんでも、こんな子供相手にしないでしょう。」
「そりゃそうだ。」
「ちょっと、否定してくれたっていいでしょ?」
「そういわれても・・・」
「なぁ。」
「おい。」
結局の新年会と呼ばれたただのバカ騒ぎは朝まで続き、静かになった時、既に時計の短針は5を指していた。
「みんな酒弱いなー。」
「あんたが強すぎるの。」
「それはお互い様。」
「私そんなに飲んでないもん。」
「ごめん、水もらえる?」
ボーっとした姿で洗い物をしていた2人の背後から現れたのは剛だった。
「大丈夫?」
「うん。」
「お前もまだまだだな。」
「快彦さんが強すぎなんです。」
「るせーよ。」
「美笛、ちょっといい?」
「ん?」
「借りますよ。」
そんな言葉を子供のように快彦に言った。
「どうぞご自由に。」
ベランダの風は冷たくて、やっぱりまだ冬だということを実感させる。
「あのさ・・・」
「何?」
「新年明けてからで悪いんだけど、クリスマスのプレゼント。」
なんて包みを渡す剛にちょっと吹いてしまう。
「剛はまめだねー。」
「うるせーな。」
「クリスマスのプレゼントね。」
知り合ったのは高校時代だった。
無口な剛とおしゃべりな美笛。
接点なんてなかった。
ただ、偶然にしても、彼女は彼に一度だけ涙を見せたことがあった。
1つ1つの失敗が重なって嫌気がさして教室で泣いていた時、通りかかったのが剛だった。
「私ね、保母さんになりたいんだ。」
夢を最初に告げたのも彼だった。
「子供好きだからね。森田くんは?」
「俺も・・・やってみてーな。保母さん。」
そう言うと彼女はすごく笑っていた。
「変かよ?」
「だって男の人は保父っていうんだよ?」
「ほ・・ほふ?」
「そーお。保母さんが女で、保父さんが男。」
将来の夢なんてあまり考えたことなんてなかった。
ただ、いつのまにか好きになっていた。
だから、同じ夢を選んだ。
それだけだった。
「じゃぁ、俺・・・保父さんになるよ。」
「誕生日、おめでと。」
「あけましておめでと。」
「お前なー。」
「開けていい?」
「いいよ。」
そっけなく言う彼に対して、彼女はうれしそうだった。
照れ隠しで、外の景色を見ようとベランダの手すりに手をかけていた彼。
耳まで赤くなっていたことに、気がつかないのは本人ばかり。
「あはは、結婚指輪?」
「何言ってんだお前。」
「普通友達に指輪なんて送らないよー。」
「あんまり言うとマジにするぞ。」
「ウソだよー。」
「なんか・・・似合うかなって思ったからさ。」
「剛らしいね。」
シンプルな銀の指輪。
「ありがとね。」
「どういたしまして。」
「どこつけよっかなー。」
「左手の薬指とか?」
「ばーか。」
そう言いながら左手の中指にはめてみる。
「なんでそこ?」
「右にあると不便でしょ?だから。」
「ふーん。」
朝のかすかな光が指輪に映る。
まぶしくて。
うれしくて。
「なにニヤニヤしてんだよ。」
「かわいいから。」
「気に入った?」
「・・・うん。」
「なんだよその間は。」
「べっつに。」
そう言うと彼女は彼をじっと見つめる。
「何?キスでもしてくれんの?」
「なーに言ってんだか。」
そう言って彼女は彼の背中に手を回す。
「ほっそー。ちゃんと食べてんの?」
「食ってるよ。」
「あんまり細いと女に嫌われるよ?」
「しゃーねーだろ?体質なんだから。」
「正直言ってさ、快彦さんが美笛のこと好きならあきらめれるわけよ。」
3人が帰ったのは1日の午後だった。
「もちろん、美笛が快彦さん好きだったらの話だけど。」
「剛くんは相変わらずやな。」
「なんだよそれ。」
「んー?別に。」
「なんだよ岡田っっ。」
「こーんな一途な人はめずらしいってこと。」
つっかかっていく剛に健が制した。
「別にそんなんじゃねーよ。」
「でもさー、岡田に言われたくないよねー。」
「なっ、なんでやねん健くんっ。」
「早くしないと取っちゃうよー。」
「ちょっと待ってや健くんっ。」
「俺だって好きだもん。萌ちゃん。」
その目がどこかマジに見えてすごい嫌やった。
「ホンマに?」
そう言うとくすって笑って健くんが笑っとる。
「冗談だよ。」
「もぉ、勘弁したってやー。」
そんな岡田が、ちょっと素直でうらやましかった。
「なぁ?」
「ん?」
起きたのが昼だったため、あれだけ飲んだり食べたりしていても、やはり空腹にはなっている。
「剛となにしゃべってた?」
快彦が野菜を切りながら麺をゆでている美笛に声をかける。
「別に。誕生日プレゼントもらっただけ。」
「ふーん。」
「妬ける?」
「まさか。」
「そう。」
「響子さんは?」
「はっ?」
「・・・なんでもない。」
そう言って持っていたなべを快彦に近づける。
野菜を入れる合図らしい。
「気になるか?」
手を動かしながらいたずらっぽく聞いてみる。
「私は・・・」
言葉をさえぎったのは快彦の電話だった。
「ごめん、これ頼むわ。」
「ん。」
携帯を見た後の一瞬の驚いた顔を美笛は逃さなかった。
「もしもし?」
響子さんからだった。
「あけましておめでとーっ。」
幼稚園では、子供達のそんな声が響いている。
「これはねー、先生達からみんなへのお年玉ー。」
そう言ってチョコレートを渡している。
この幼稚園のクラスは年少・年長がそれぞれ2クラスずつある。
年長のクラス、かみせん組に美笛と准一、とにせん組に剛と健と萌。
「あーもー、ケンカしたぁあかんってぇ。」
先生のしかる声が聞こえたのはかみせん組だった。
「美笛せんせー、僕3つもらっていーい?」
「だーめ、2つって決めたでしょ?」
「はーい。」
「こらりょうじ、アカンやろ?ゆめちゃんの取ったら。」
「いいだろ?」
「あかんっ。2つ。決めたやろ?」
「仕方ねーなーもう。ほらゆめこ。」
「もー。」
そんな姿を見ていた准一が美笛に声をかける。
「なぁなぁ美笛。」
「ん?」
「りょうじってゆめこのこと好きなんかなぁ?」
「えー?」
2人を見ていると、明らかにりょうじが泣かしているようにしか見えない。
「そーかなぁ?」
「ほら、好きな子ほどいじめたなるやろ?あれやであれ。」
「・・・そーかなぁ?」
「そうやってっ。」
「ふーん。」
「ねぇ萌ちゃん。」
「何?」
「あまっちゃったね。」
「園長から俺らへのお年玉ってか?」
「そんなわけないだろ?剛。」
「もしかして隣足りないとか?」
「あれー?おっかしぃなぁ。ちゃんと人数分数えたんだけどなぁ。」
「だとしたらやばいよなー。」
「じゃぁさ、聞いてきてよ。はい。チョコレート。」
「はーい。」
「ねぇ健せんせー?」
「ん?どうしたの?」
「ちょことけちゃったぁ。」
「あー、みーちゃん、口元にちょこついちゃってるよー。ちょっとまってね、ぬれたティッシュ取って来るからね。」
「ありがとー。」
「つかれたー。」
「ごー?大丈夫?」
「蹴られた。」
「あはは。最近の子は限度知らないからねー。」
「なぁ健くん剛くん・・・」
准一が2人に合図を送る。
「なぁ美笛あのさぁー。今日お前ん家行っていいか?」
「どしたの急に。」
いいからいいって言えよ。
そんな目で見てくるもんだから・・・
「別にいいけど。」
そう言ってしまう。
「おっしゃっ。」
「じゃぁ岡田、萌ちゃんまた明日ね。」
「おお、また明日。」
「また明日ねー。あ、美笛、あのCDちゃんと持ってきてね。」
「はいはい。」
「CDってなに?」
「えー?この前一緒にCD買いに行って、そのときにすごいはまっちゃったの2人とも。」
「ふーん。」
「でもお金なくってさぁ、美笛が買ってそれ回してもらおうと思って。」
「そっか。」
「そだ、美笛に言ったらきっと准くんも貸してくれると思うよ。ほんとねーすっごいかっこいいのー。」
そうやって話す君の顔がなんかまぶしくみえる。
どんな目で僕が写ってる?
「あのさ萌ちゃん。」
「なに?」
「今度、一緒に映画見にいかへん?」
「えっ?」
あ、やっばー。
突拍子にゆうてもうたもんな。
困るよな。
「あ、いやそのな、この前ただ券もらってんやん。ほ・・ほら、前みんなで見たいなぁって話してたやつ・・やねんけど・・・。」
そんな焦る僕に対して彼女はなんのためらいもなくこう言った。
「いいよ。」
「・・・。」
「入んねーの?」
目の前には1つの植木蜂。
美笛は不意にポケットを探り出す。
「鍵・・・ない。」
「なにおぅ?」
こういうとき、とっさのいいわけはたくさんある。
「落としたの?」
「ううん、たぶん幼稚園。忘れてきちゃった。」
「んだよ、そういうのは先に言えよな。」
「ごめんね、気がつかなかったよ。」
「快彦さんは?」
「まだ仕事じゃないかな。」
「じゃどうすんだよ?」
「ねぇ、剛か健の家行かない?」
「んだよそれ。」
「だってどうしようもないんだもん。」
「僕別にいいけど。」
「じゃぁ健のうちに決まりね。」
「あ、じゃぁメシ一緒に食ってく?」
「いいの?」
「いいよいいよ、全然来て。一人じゃつまんないもん。」
「俺もいいけど、快彦さんの分は?」
「え?」
「いや、夕飯ってまとめて美笛が作ってるんだろ?」
「あー・・・。」
迷ったフリをしたものの、結論はもうすでに出ていた。
「あとでメールしとく。」
「そう?」
「じゃぁ3人で騒ぎますか。」
植木蜂に咲こうとしている蕾が・・・切なくて。
ポケットの中の鍵を目一杯握り締めた。
「なんか飲む?」
健の家は美笛の家から15分、幼稚園から30分。
剛の家は逆方向に同じくらいの時間を用する。
どちらも一人暮しだった。
「紅茶もらっていい?」
「じゃぁアールグレイでいい?」
「ありがと。」
あまりものの少ない健の部屋で、紅茶を入れる音が響いていた。
「あー・・・。」
「何?」
美笛が興味深そうにぼやいた先には1つの写真。
「あ。それね。」
それは、去年ここに来たときにみんなで撮った写真だった。
「岡田うまくいったかなぁ?」
「やっぱそれ?今日のアレは。」
「じゃなきゃ言わないって。」
写真にはしっかり准一と萌を二人微妙にくっつけている。
「うまくいくといいねー。」
「准くん、萌のこと好きなの?」
「言ってよかったの?」
「いいんじゃねーの。バレバレだよ、アイツの態度。」
「・・・気づかないのは本人ばかし。ってか?」
「当たり。」
知ってるだけにコメントできないこともある。
「ふーん。」
なんと言ったらいいかわからずに美笛は曖昧な返事をした。
「楽しかったね。」
スタンドを使って撮ったこの写真に、しっかりと3人も写っている。
美笛を囲んで、2人は笑ってる。
「そうだな。」
「うん。」
「また・・・集まろうか。」
「今度は剛ん家な。」
「なっ・・俺ん家来てもなんもねーぞ?」
「なんもなくっても、みんないたら楽しいよ。」
「そうだよっ。」
「そのうち・・・な。」
「剛はさ・・・」
美笛がちょっと真剣になって言い出す。
「なに?」
「・・やっぱいい。」
「なんだよ?気になるじゃねーか。」
「なんでもないんだ。」
「ねぇ美笛。」
「ん?」
「今日さ、泊まってかない?」
「えっ?」
「健、お前何言ってんだよ?」
「じゃぁ剛も一緒にさ。」
「どうしたの?」
「いや、久しぶりだから。」
こういう空間がさ。
「いいよ。」
美笛にとっては、それがありがたい。
「まぁ・・・別に。」
どちらでもよかったが、この場ではこういうしかないような。
「じゃぁ、鍋でもしよっか。」
「おっしゃ買い出しっ。」
「ごめん。」
快彦の低音の声がやたらと部屋に響いた。
「どうして謝るの?」
それはどこか、涙声のような。
「・・・ごめん。」
「・・・。」
「もうさ、会うのとかも・・やめない?」
「どうして?」
「俺、好きなヤツいるんだ。」
「・・・うん。」
「・・俺・・言ったっけ?」
「ううん。」
「あれ・・知ってたの?」
「美笛さんでしょ?」
「・・・知ってるんだ。」
「・・・知ってるよ。」
沈黙は重い。
「響子さぁ、俺のどこがいいわけ?」
そういう彼に女は首をかしげる。
「浮気とかすげーするし、女遊びはよくするし、これといってやさしくもなければ、目細いし。」
「だって、それは美笛さんのせいでしょ?」
「えっ?」
「振り向いてほしいから事件起こすんでしょ?」
「・・・それは・・・」
「あのねー。年上の私にばれてないとでも思ってたの?」
・・・。
「そんな快彦だから好きなのよ。」
正直困った。
今は別れ話の真っ最中だと思っていたのだった。
最初に「別れよう。」と言うと「どうして?」と聞く。
「ごめん。」と言えばこのざまだ。
「俺が好きじゃなくてもか?」
「ええ。」
「・・・変なヤツ。」
「女はそんなもんよ。」
「あんただけだ、そう思ってるのは。」
「運命の人だと思ったから。快彦が。」
「・・・俺は、美笛が運命の人だと思ったから。」
「じゃぁ、どっちが正しいか、勝負だね。」
「なんなんだよお前。」
にっこりと不敵な笑みをこぼすと、彼女は部屋を後にした。
出会うのが、少し早かった。
・・・美笛と会うのが、少し遅かった。
それだけだったのに。
彼の近くに置いてあった帽子を思いっきり正面の壁に投げつける。
こん。
そんな軽い音を立てて落ちていった。
もっと器用な生き方ができれば。
俺が不器用じゃなかったらこんなことにはならなかったのに。
自分が悔しかった。
そして・・・
恋愛関係一切なしのルールを破ってしまった自分に腹が立った。
「楽しそうだな、健。」
「うん。」
飲み物を買い忘れたことに気づき、健がもう1度買い出しに出かけていた。
健の部屋には剛と美笛が夕飯の準備をしている。
「こんなに喜んでくれるんだったら、毎日でも通っちゃおうかなー♪」
「んなことしたら、快彦さんに悪いだろ?」
「なんでよ、別にいいじゃん。」
「あっそ。」
「あんな女好きなヤツ。ほっといたっていいよ。」
彼女の顔にせつなさが残った。
「また?」
「・・・また。」
「もしかしてさ・・・」
「その話はもうおしまい。」
「・・・響子さんってきれいだよなー。」
終わりって言ったでしょ?とどうして言えないものか。
「・・・だいぶ上でしょ?」
「いや、年上でもすげーキレイじゃねーか。快彦さんより2コ上とは思えないぜ?」
「そうだけど。剛はあーいう人がタイプか。」
「別に。目の前にいても、緊張してなんも話せねーよ。」
「あっそ。」
そう言って野菜を運ぶ美笛。
やさしい目で追ったのは剛。
「これってさぁ、ここに置いといていいよね?」
「美笛。」
「なに?」
じっと見つめる剛。
「な・・・に?」
剛の目はたまに、人の視線をはずさせない。
「俺・・・」
そう言って剛の顔が近づいているのがわかった。
だけど、離れない。
視線が・・・
「ただいまっっ。」
「お、おかえりーっ。」
その言葉に反応し、やっと視線がはずれた。
邪魔されたような、ホッとしたような、そんな表情をしたのは剛だった。
「コーラ買ってきたよ。あとオレンジとー炭酸のとー。」
「健そんなに買ってきてどうすんのよ、3人じゃ飲めないよ。」
「あ、そっか。」
へへって笑う顔が妙にツボである。
「よかったな、快彦さん今いなくて。」
どこか不機嫌な剛の言葉。
気づいてたけど、あえて流そうとしたのは美笛。
「そうだね。」
そして。
何も気づいてないのは本人ばかり。
「えー?なんで?」
そしたらにんまり笑って言ってやる。
「教えない。」
って。
「あ、剛、さっき言おうとしたのってなに?」
「・・なんでもねー。」
「そう。」
どきどきするのはどうしてだろう?
「ただいま。」
・・・。
いないんだ。
翌日、家に帰ってきたものの、部屋の中に人の気配はなかった。
「なんだ。」
思わず出た言葉に疑問を持つ。
・・・昨日はどうだったのか?
聞く気なんてなかった。
はずなのに。
「・・・。」
そして、もう1つの疑問点。
「きったなー。」
誰が見てもそう答えるであろう言葉だった。
なんで?
いつもはそこそこきれいではある快彦の部屋は、おおいに散らかっていた。
修羅場?
・・・ふーん。
どうでもいいや。
そう思ってるのに、なぜかイライラしてる自分がいった。
ピーンポーン。
「はい。」
こんな時間の来客なんてめずらしい。
快彦が仕事に行ったのだとすれば、帰ってくるにはまだ早い。
むしろ、自分の家にインターホンを鳴らすのはおかしい。
同僚にしても、先ほどまで会っていたのに。
忘れ物などないはずだった。
「誰ですか?」
新聞の勧誘か何かと思い、興味のないようにドアを開けた。
「・・・。」
「え?」
無言の美笛に対して、少年は驚いていた。
本当のところ、驚くのは少年ではなく美笛のはずだったが、何も考えていない彼女に驚きはなかった。
「あれ・・あれ??」
「なんでしょう?」
目の前に現れたのは一人の少年だった。
背の低い自分より微妙に高い。
一通り上から下まで見てみると、推定・・・高校生?
「おかしいなぁ・・確かここで合ってるはずじゃ・・・」
彼は自分の持っているメモらしき紙と表札、そして彼女の顔を見比べていた。
「なんですか?」
よくわかってない彼女はだんだん口調に棘が出てくる。
しかし、そんなことも気にする事もなく少年は聞き出す。
「あの、誰ですか?」
・・・はっ?
「あんたこそ誰よ。」
苛立ちがピークに達したため、まさに逆ギレ。
こういうことを俗に「やつあたり」という。
しかし、妥当であるとすれば、そうかもしれないコメントだった。
住人が聞く言葉のはずが見知らぬ相手に誰?と聞かれたのだから。
「え・・だって・・あ、兄ちゃんの彼女?」
「・・はい?」
「だって一人暮しって言ってたはずなのに・・あれ、どうしよう・・」
よくよく顔を見てみればどこかでみたような顔だった。
・・・目が。
「げっ、兄ちゃんウソついたのか?え、どうしよう、やばいよだったら・・・」
「あのさー。」
「なんですか?」
「あなたのお兄さんの名前ってもしかして・・」
「快彦。」
声がそろってしまっただけにどうしようもない。
しかし、その息があったことに対して、美笛のイライラが消えた。
なんだか楽しくなってきたのだ。
「えー、快彦の弟?」
「あれ、知ってるんですか?」
「だって一緒に住んでるもん。」
「あ、やっぱり彼女さんだ。なんだよかったー。じゃぁ問題ないじゃん・・ってなくねーよ。えーっ、そんな話聞いたことな・・」
「あのねー。私が快彦の彼女?あるわけないでしょー?」
「でも一緒に住んでるんでしょ?」
「住んでるだけよ。家賃が半分。理由はそれだけ。」
「ほんとですか?」
「ほんとですー。」
「それも困るんですけど。」
「困るって言われたってねー。」
ぴりり・・ぴりり・・ぴりり・・・
「やっべー電話。ごめん、上がってくれる?」
「え、でも。」
「快彦に用事なんでしょ?まだ帰ってないの。時間あるならさっさと入りな。」
そう言い残して電話に出た。
一方どうしていいかわからない少年は、とりあえず恐る恐る中に入っていった。
「もしもし。」
その声が聞こえる頃、丁度少年がドアを閉じたときだった。
「あ、剛?どしたの?」
部屋を1周見渡すと、最後に視線は美笛に戻ってくる。
「えー、うそマジで?」
電話中の彼女に話しかけれるわけでもなく。
「じゃぁ今から持っていくから。はいはい。」
ぴっ。
「あの・・・」
「あのさ、悪いんだけど、留守番しててもらっていい?なんなら鍵かけていくけど。」
「どこか行くんですか?」
「うん、ちょっとね。あ、でも届けるもん届けたらすぐ戻る。」
「・・え・・あの・・」
「快彦の弟でしょ?問題ないわよ。」
「いや・・あの・・」
コートと書類を片手に美笛がにっこり笑う。
「じゃぁ鍵かけていくから。誰か来ても出なくていいからね。あ、快彦はもうすぐ帰ってくると思うから。」
嵐のように去って行った彼女には、何も伝えることはできなかった。
「困ったなぁ。」
その声が見知らぬ家で変に響いていた。
「はいどうぞ。」
「わりぃな。」
「まーったく、ちゃんと覚えててよね、提出日くらい。」
「悪かったよ。」
書類というのは彼女の担当のクラスの健康診断票。
任されたのが剛だったため、最終的にまとめて提出するのは彼の仕事。
提出日は来週だと思っていたのに、実は明日だったことに気がついたのだ。
「まだ全部終わってないんだ。ごめんね。」
「いいよ、俺のせいだし。悪かったな。」
「いいえー。ほんとは手伝ってあげたいんだけど、ちょっとヤボ用なんだ。」
「なんかあったのか?」
「なんかねー、快彦の弟が来てんの。」
「弟?そんな話聞いたことねーよ。」
「私も聞いたことないんだけど、なんかすごい似てるんだよねー、細い目。」
「へー。」
「見に来る?」
「余裕なし。」
「そ・・っか。」
「ま、がんばりますわ。」
「うん。じゃぁ、戻るね。一人残して来ちゃったの。」
「そっか。じゃぁな。」
「ばいばい。」
「あ、美笛っ。」
「え?」
「この前・・悪かったな。」
言いづらそうにする剛にたいして、そんなことはもう頭にないような表情で返した。
「え?」
「あの、健ん家の・・」
「あ・・・」
「ごめん。」
「気にしてないから。」
そう言いながらも、改めて言われると動揺は隠せなかった。
「今度さ、買い物つきあってよ。」
彼にとって、ぎこちないのは嫌だった。
なんとか元にもどせないものかと考えたあげくの結果。
けど、正直な話美笛にはそんなことはもう頭にない。
「・・・なんで?」
「妹のさ、誕生日、もうすぐなんだ。なんか・・選んでくれない?」
必死のいい訳だ。
「いいよ。じゃぁ来週にでも。」
「おう。」
ほっと肩を落とす彼に、彼女は気がつかず去っていった。
「ただいま。」
「あ、お帰りなさいっ。」
「あれー?快彦まだ帰ってないの?しょーがないなーもう。」
「あの・・」
「ん?」
「僕そろそろ・・・」
「あ、ごめんっ、時間なかった?あちゃぁ、留守番させちゃったよー。ごめんねー。」
「いやいいんですっ。また・・また来ますけど・・いいですか?」
「いいよ、いつでもおいでよ。今度は事前に言ってよね。そしたらちゃんと会えるだろうし。」
すると意外な返答が返ってきた。
「・・言わないでもらえますか?僕がここに来たこと。」
「え?」
「兄ちゃんに嫌われてるんですよね、僕。」
「・・・。」
基本的に快彦は子供好きだった。
このくらいの年の子を嫌うわけがない。
返答に困った。
「だから。」
「用件とか・・・伝えなくていいの?」
「はい、いいです。」
ためらいながら言う言葉ならまだしも、こうきっぱり言われちゃどうしようもない。
「そう。」
「あの、失礼しますっ。」
「あ・・ねぇ・・・」
少年は振り返らなかった。
・・どうして?
「ただいま。」
・・・。
「おーい。美笛?」
「あ、おかえり。」
「どしたの?ボーっとしちゃってよー。」
「ん、なんでもない。あ、ご飯作っといたから。」
「おお。さんきゅ。」
「じゃぁ私、寝るね。」
「え、もう?」
時計の指した時間は9時だった。
「明日早いんだ。」
彼と目を合すことなく部屋に入っていった。
「なんだよ。」
きっと・・話してしまうから。
今はだめ。
今度彼が来たときまで待てばいい。
大丈夫。
我慢できる。
「美笛。」
快彦の呼ぶ声が聞こえた。
「入っていい?」
「・・・ダメ。」
「・・・そう。」
「何?」
返事だけを返してみる。
「今度の日曜日、空いてない?」
美笛の頭の中は妙だった。
駆け巡るのは快彦の弟と名乗る少年?
剛との約束?
・・・響子さん?
「・・・空いてない。」
声が泣きそうになっていたことに、気がつかないのは美笛だけだった。
「泣いてんのか?」
口が滑った。
言うんじゃなかったと気づいた頃にはもう遅い。
だけど、踏み込んでしまった。
「泣いてないよ。」
その言葉は強かった。
不安になった。
こういうときの次の日、彼女はいつも・・・
「美笛っ。」
開かれたドアの向こうには、ボロボロの美笛がいた。
踏み込んだ俺に、彼女は何も言わなかった。
ただ、何も言わずに泣きつづけていた。
「ダメって・・・言ったのに。」
「・・ごめん。」
当然、彼がどうして謝るのかわからない。
ごめん。
その一言で、涙の流れる強さを増した。
緊張の糸が溶けたのか?
相変わらず自分のことはわからない。
にじんだ目で快彦が困った顔を見せていた。
泣いちゃいけない。
早く元に戻らなきゃいけない。
それでも。
涙が・・・止まらない。
つづく