天国のカケラ。
− side B −

初めてアイツに会ったのは、2年前だった。
捨てられたネコのように俺にすがりついたアイツは、
いつの間にか俺の手から消えていった。
あっけない終わり方だった。
彼女に出会って、切ない目をしたアイツを思い出す。
俺はゲイなんかじゃないけれど、
友達として、親友として、それ以上に大事だった。
健。
もう一度アイツに会えるなら、
俺は空だって飛んでみせる。
そんなことを、綺麗な夕日を見ながら思い、不覚にも涙が出た。

 

「災難でしたね、今日。」
「ホント。俺まだレポート残ってんのに。」
閉店作業が終わった帰り道。
機械にトラブルが起きたらしく、俺は閉店1時間前には上がれるはずだったんだけど、
結局閉店時間までかかってしまった。
「申し訳ないです。」
必死で頭を下げる彼女。
「いやいや、ちゃんのせいじゃないよ。プリンタの機嫌が悪かったんだろ?」
「まぁそうなんですけど。」
感情が豊かな彼女は、顔に気持ちがどんどん浮き出て来る。
今日の彼女は少し上の空。
剛のこと考えてたんだろうなって思うけど、
これといって相談も愚痴もなかった。
いつも笑ってる分、悩みもため込んでしまうタイプだと思う。
無理強いして言わせるわけにもいかねぇし、
ちょっと複雑。
「今日はちょっと、ボーっとしてました。次はちゃんとしますから。」
泣きそうな顔してる。
沈んで沈んで。もちょっと見ててもいいかなぁ?
とか思ったりもするんだけど、
かわいそうだからやめとく。
「いいよ、マジで。1時間給料もらえたしラッキー。今金ないんだ。」
ホントのことですし。
「ホントにホントに次からは気をつけますから。」
「あーもーわかったから泣きそうな顔しないでくんない?なんか俺が悪者みてぇじゃん。」
「え!いえ、あの、決してそんなわけでは。」
かわいいなぁって思う。
あたふたしてる姿とか。
必死に見えるとことか。
かわいいなぁって思う。
でも、俺の考えるかわいいは、腐ってる。
もう、会えるはずのないアイツの影ばかり。
最近忘れかけていたのに。
ちゃんは健と少し似てる。
だからこそ、未だ俺の頭を支配する彼が、
忘れられなくて、どうしようもない。
「井ノ原くん?」
不思議そうに覗きこんできた彼女にはっとする。
「あ、ごめん。俺も考え事。」
「・・・剛くんのこと、考えてました?」
え?
あ、そっか。
コイツらケンカしたのか。
なんだか知らんが今揉めてんだっけ。
「ホントにすみません。」
人間って、下向きに考えるとひたすら下だよなぁ。
しかも謝られた手前全く考えてないとか言い出せないし。
困ったなぁ。うん。
「違うことだよ。俺、人のこと心配するほど暇じゃねーもん。」
少し考えてそう言った。
会って話をしろ。
早く仲直りしろ。
言うことは簡単だし、そう思うんだけど、
今の2人は珍しく深刻。軽はずみなことは言えない。
そんな予感がしたから言ってみた。
よかった、と、声にはならない、安心したような笑顔をしたもんだから、
脈が早くなったのがわかった。
「ん。ちゃんと笑っとけよ。今は笑うことが病気を治す薬らしいからな。」
「そうなんですか?」
「そうだよ。だから俺、病気知らず。」
「ああ、なるほど。」
正直で素直な彼女。
「元気だせよ。」
って頭を撫でると、笑顔にかわる。
「じゃ、また。気をつけてな。」
「はいっ。お疲れ様でしたっ。」
彼女の後ろ姿を少し眺めて、足の方向を変えた。
そして、心臓のありそうなところをぐっと掴んで、
ぎゅっと目を閉じる。
何も考えない。
高鳴った気持ちを落ち着かせる。
そして、もう一度言い聞かせる。
俺が感じるかわいいは、腐ってる。

 

「井ノ原くんどうしよう。俺嫌われちゃったのかなぁ。」
なんの前ぶれもなく一気に開いた部屋のドア。
開けた本人は泣きそうな顔して訴えてきた。
「あ?知らねぇよんなの。」
邪険に扱うと、ますます泣きそうな顔して訴えてくる。
「だって返事も来ないんだよぉっ?なんかあったのかなぁ。あーねー井ノ原くんどうしよう。」
「どうせ仕事が忙しいとかなんだろ?お前この前もそんなこと言ってなかったか?」
「だぁってさぁ。」
不貞腐れたように俯く彼。
そんな彼が発した小さな声を、俺は聞き逃さなかった。
「心配なんだよ。」
と。
健が愛してやまないレイラさんは、年上美人。
大学生の健と、社会人のレイラさん。
結局、時間が空くのはいつも健の方で、
会いたいと騒ぐのも、いつも健だと思う。
初めて健が俺の前に姿を表した時、
レイラさん家から追い出されたって聞いた。
それ以上、彼女のことは知らない。
ただ言えることは、犬みたいな健が、
彼女の元で犬のような存在で、
最終的には捨てられたんだ、俺は勝手にそう解釈してる。
「俺やっぱり行っちゃおうかな。」
ストレートな健の愛は、忠誠心を誓った犬のよう。
「あーハイハイ。俺そろそろ行くから、鍵頼むぞ?」
「えー!どこ行くの?」
「大学だよ。俺、もうすぐ卒業だし、その準備。」
「・・・井ノ原くん愛がないよー。」
「何がだよ、お前も昼間はいねぇくせに。」
「じゃあちゃんと夜は遊んでよ?」
遊ぶって・・お前いくつだよ。
「ハイハイ。」
突き放して言ったのに、健には、勢いを増して振った犬の尻尾が見えるようだった。
「気をつけてね。行ってらっしゃい☆」
男にかわいいなんて言葉は、やっぱり間違ってるだろうか。
否、それ以外に的確に表せる言葉がない。
「おう。お前もな。」
少し笑ってやると、笑顔がもっと笑顔になる。
何かをしてあげたくなるような笑顔。
何もしていないのに、良いことをした気分にさせてくれる笑顔。
俺が愛してやまない同居人。

 

数ヶ月前、雨の日の夜。
あの日は大学の卒業論文の提出日で、教授に文章にさえなってないとかで、
滅多切りにされた日だ。
あんなに言わなくてもいいのに。
本気で落ち込んでた日だった。
こんな日は飲んで忘れるに限るんだけど、
誰もつかまらなかった。
うまいもんでも食べたいなとか、そんなことを考えたところで、
冷蔵庫にはろくなもんねぇし、作るのはどうせ俺。
ああ、彼女ほしいなぁ。
こんな日ばかりは切実に思う。
せめて家に誰かいてくれたらな。
だからといって、あの家には帰りたくない。
優しいだけの、両親がいる家には帰りたくない。
甘えてしまう自分が目に見えているから。
そして、期待に応えないといけないと、虚勢を張ってしまうから。
心に何かを感じるのはいつも雨の日。
うれしい日も雨。
悲しい日も雨。
俺って昔から雨男。
晴れ男っぽいって言われるけど、
むしろ、たまに体調崩したら天気は絶対に晴れる。
太陽はもはや俺の敵だ。
そんなことを考えながら、いつもの帰り道である公園を歩いた。
雨の日って、視界は地面ばっかりで、傘以外あんまり見えない。
だから、お前を見つけたのは、本当に偶然。
奇跡にも近かった。
なぜか足が止まった場所は、健が横たわっていたベンチの前だった。
その日は比較的寒い日で、アイツもそれなりにパーカーとかコートっぽいものも着ていたんだけど、
雨でどっと重くなってて、寒いとかそういうレベルではなかったと思う。
声をかけたのはただの好奇心。
それと、俺が寒かったから。
傘をさした俺が寒いのに、お前が寒くないわけがない。
感情移入して考えると、急に震えるほど寒くなった。
これで怖いお兄さんだったらどうしようとか、うっかり恐る恐る近づくと、
両手で自分を必死に守る男の姿。
自分の荷物らしいカバンはベンチの下に隠している。
あの時何を考えていたか、今となってはよく覚えてないけれど、
ぐっと目を閉じ、それでも、幸せそうな彼が不思議で仕方なかった。
その姿がなんだか、とても愛しく見えて、声をかけたんだ。
今思えば、あの時から彼は、屈託のない笑顔で笑っていた。
持っていた傘を少しずらし、頭の部分だけだけど、雨から守ってやる。
少しの間まだ動かなかったけど、
徐々に変化に気づいたのか、ゆっくりと目を開けた。
思った以上に大きかった目。
その目は、小学生の時に公園で見かけた犬のような。
頼るもののない、切ない目のような。
ずいぶん長い間見詰め合っていたような気がした。
何か言わなきゃいけないって気づいた時には、
「おめぇ何やってんだよ!風邪引くだろ?」
怒鳴っていた。
彼はただ、ぽかんと口を空けたけれど、動くのも嫌そうにゆっくりと体勢を変え、座ってみた。
だけど、ズボンのところが気持ち悪かったらしく、仕方なく俺の前に立った。
その姿は俺が考えた以上にずぶ濡れで、いつからここにいたんだろと、
頭の中であれこれ計算していた。
「家・・・ないんですよ。」
たった一言、そう言った。
かわいい顔して、実はとんでもないやつだったらどうしようとか、
明日から呪われちゃったらどうしようとか、
頭の中で最悪の事態ばっかりがよぎって、
関わるといいことが絶対起きないような予感がした。
それでも、その目が犬みたいで。
ほっとけなかったんだ。
このご時世に、俺って危険と隣り合わせに生きてるような気がしてならなかった。
「名前は?」
「・・・なんで?」
「絶対殺人とかしねぇよな?」
最初の確認はこれ。
「は?」
「俺殺さねぇよな?あと、盗みとか考えねぇよな?」
「アンタ、何言ってんの?」
「来いよ、うち。犯罪起こさないなら泊めてやる。」
我ながらすごい交渉の仕方だと思った。
寂しかったんだ。俺は。
そんな目が、少し俺と似てると思ったんだ。
少しの間考えたあと、彼が急にしゃがんだもんだから、「刺される」と咄嗟に身をひいた。
そんな俺を気にもせず、ベンチの下の彼のかばんをひっぱりだして、俺に告げた。
「なんもしない。」
「うぇ?」
俺としてはカバンから絶対なんか出てくると思ったから、関わったことを本気で後悔してたところだった。
「証明できるもんはなにもないけど、なにもしない。誓う。」
彼のカバンをつかむ力が強くなったのがわかった。
雨のせいか、顔には無数の雫が見えた。
それが本物なのか、俺にはよくわからなかったが、泣いているように見えた。
寂しかったんだ。
俺もアイツも。
彼から思いっきりカバンをぶんどると、
「何すんだよ!」
と、急に警戒心を出した。
大丈夫。
コイツになら、俺は勝てる。
そんなことを確信した上で、
「俺ん家こいよ。」
彼に関わることを決めた。
少なくとも、これから帰ってこいつの話を聞きながらあれこれしてたら、論文のことなんて、今は忘れられる。
そう考えられた。
軽い気持ちだった。
「ほんとに?」
少しはずんだ声が聞こえる。
「でもこれ、家まで人質な。ナイフとか入ってたら落ち込むから。」
って笑ってやる。
「大丈夫。危険なものはなんにもない。薬だってない。」
「名前は?」
「健っ。」
にっこりと笑った顔が、妙にかわいかった。
「お前は俺を信用すんの?」
疑われてもやだなーとか思いながらも、一応聞いてみた。
「ここよりマシだと思う。俺、なんかさせられんの?」
なんかさせられるねー。
そういう考えは思いつかなかったなぁ。
んー、と考えてたら、
「身売り以外ならする。」
きっぱり言い切った。
「・・お前いくつだよ。」
身売りって・・・俺どんな風に見られてんだよ。
「19。」
わー・・・未成年かよ。
まぁでも、そんな感じか。
「これと言ってなんも考えてねーから。とりあえず、早く帰らね?寒くて仕方ね。」
「うん。」
今まで生きてきて、いろんなものを拾って帰った俺だけど、
こんな未知の人間を連れて帰ったのは、生まれて初めてだった。

 

「いのっち、卒論できた?今日遊びに行かない?」
大学につくと何人かの友人は既にいて、みんな思い思いに話している。
そんな中、俺に声をかけてきたのは、幼馴染みの結奈だった。
「ねぇ、最近付き合い悪いよ。来ない?」
あれだけ落ち込んでいたはずの論文は、あの日以来あっさり教授の許可が出た。
自分でもびっくりするくらいうまく書けたんだ。
「俺のおかげ?俺のおかげ?」
って、まるで尻尾を振るように近づいてくる健に、
「なわけねーよ。俺の才能だよ、才能。」
得意げに応えてみたけど、あの日以来なんだか無性に調子がいい。
そんなことを思うと、無性に笑いたくなった。
「やぁだ、何?イキナリ思いだし笑い?怖いよ。」
「悪い。家で待ってる奴がいるんだ。」
さらっと言い切ると、何か言いたげなぎょっとした顔でこっちを見た。
「彼女・・・できたの?」
まぁ、そう思われて当然か。
今の言い方は。
「かわいい犬を飼い始めてね。」
まさか同居人が1人増えたなんて、間違っても言えない。
ましてや、まだ実家から通う彼女に伝わると、
俺の親にも知られるかもしれない。
それだけはなんとしてでも、それは避けたい。
相変わらず俺を優等生だと思ってる親には知られたくない。
「あ、犬。」
あからさまにホッとした表情を見せる彼女。
「まぁまた誘って。次は行くから。」
「前もそう言ったのにー。仕方ない。また誘う。」
「ん。」
授業が始まる前に、友達にノート返さなきゃならない。
そう思って進み出すと、結奈に呼び止められた。
「最近、よく笑うようになったね。」
と。
「変わんねーだろ。」
苦笑いをして返した。
調子がいいのは、あながちウソではないらしい。
アイツがいつもニコニコしてるから、
こっちもつられて笑ってしまう。
こっちの心まで暖かくなる。
心に余裕が出てくる。
不思議な奴だと思う。
突然現れたアイツを、受け入れた俺も全く持ってどうかしてるとは思うけど、
それでも、人の懐にすっぽり納まって、
違和感なく幸せを与えてくれる。
変わった奴だと思う。
「なんだよー朝っぱらからデートの約束か?」
ご機嫌な友人達が俺にからんでくる。
「なわけねーだろ?」
「なんだよ、あっさりしてんな。からかい甲斐ねーじゃん。」
「お前なぁ。あ、借りてたノートさんきゅ。助かったよ。」
「いいえー。じゃ、今日の昼飯な。」
「おーい、そういうの後から言うのはナシだろお前。」
「んじゃ俺も。」
「いや、おめぇ1番関係ねぇし。」
気楽な男友達。
ただ、大学の中での俺はやっぱり優等生で、
別に成績がずば抜けていいわけではないけど、
はめは絶対はずさない。
「酔ってる姿見てみたいよ。」
よく言われる言葉だけれど、
油断できるほど信用はしていない。
「で。結奈ちゃんとはどうなってんだよ?ほんとのところ。」
「えー?」
「幼馴染みなんだろ?」
「ああ、まぁ。」
結奈は俺に惚れている。
一つ一つの行動が、俺に対して愛情があるように感じる。
確証はないけれど、そんな気がする。
生まれてから毎年一緒に過ごした誕生日。
親が仲いいからずっと一緒にいたし、
俺はすごく好きだったのに、
「快彦のへらへらした笑い方が嫌い。」
中学生の時にあっさり振られた。
あんなに笑ってくれたのに嫌われてると思うと、
女ってわけわかんねぇって、大きなトラウマになっている。
高校は別々の道に進んだし、
あれ以来誕生日も別々になった。
そして、小さい頃には大勢の友達を呼んで誕生日パーティをした、
なんて話を聞くと、俺たちがいかに世界が狭かったかに気づかされた。
変化が訪れたのは大学に入ってから。
偶然、ほんとに偶然に、同じ学科に結奈がいた。
3年会わないうちに、アイツはキレイになって、
昔のように快彦とは呼ばず、
いのっちと呼ぶようになった。
みんなと同じように。
距離をおこうとどれだけ努力しても、離れられないアイツとの関係。
決して俺はアイツを好きじゃない。
だからといって嫌いでもない。
でも、遠い遠い昔に、大きくなったら結婚しようと誓い合った約束を、
アイツはまだ守ろうとしているのかもしれない。
今更果たさないといけないような使命感が、
あの時俺を振ったあの言葉の罪悪感が、
彼女の胸にずっと刻まれているように見えた。
俺を愛することで、約束を果たせるように。
俺を愛することで、あの罪悪感をなかったことにするために。
俺はもう、忘れたいのに。

 

「井ノ原くん、頭洗ってー。」
珍しく半端じゃなく忙しかったバイトから帰ると、
開口一番に健がそう言った。
むしろ俺が洗って欲しいくらいなんだけど。
こっちのぐったりとは打って変わって、健はやたらとはしゃいでる。
「次俺が洗ってあげるしさ。ねっ?」
にっこりと健が笑う。
ああ、今日はいいことがあったんだな。
そんな顔してる。
「しゃーねーなー。でもお前に俺の髪は触らせねぇ。」
「なぁーんで?すっげぇがんばるよ?」
「お前爪立てるし、しゃべりながらやるから唾飛ぶし、シャンプー目に入るし。下手。」
思いっきり言い切るとがっかりした表情。
「いいじゃねーか。お前は洗われるだけでいいんだぜ?」
「あ、ほんとだ。いいの?」
だからそうさせてくれって。
「タオル準備してこいよ。すぐ行くから。」
健がうれしそうな顔をする。
それだけで、俺は幸せになれた。
かばんを投げるとドサって音が響く。
1人暮らしを始めた時、とても心細くて泣きそうだった物音の響きっぷり。
誰かが一緒にいてくれるだけで、こんなに何も感じない。
「井ノ原くん早くー!」
健の声が聞こえる。
でも、誰でもいいわけじゃない。
健がよかった。
「遅いよ。何突っ立ってんの?早く早く。」
背中を押す小さな手。
「お前頭くらい自分で洗えよな。」
「だって、井ノ原くんのシャンプー気持ちいいんだもん。」
「だってじゃねーよ全く。」
なんだかんだ言いながらもしっかり準備して、
「タオル乗せますよー。」
とか、美容院ごっこが楽しかったりして。
「俺井ノ原くんに拾われてよかったなぁ。」
「なんだよ急に。あ、お前動くなよ、タオルずれる。」
「あ、ごめんごめん。急にそんなこと思ったんだ。」
「そ。そりゃよかったよ。」
「今日はねぇ、隣町の神社まで行ってきたんだ。」
結局お前大学生なわけ?
フリーターなわけ?
割りにバイトとかはしてないよな。
健から金をもらったことはないけど、
「お土産ー。」
とか言ってご機嫌にお菓子を買ってくることはあった。
金の出所はどこ?
健が何者かさえ、未だによくわからない。
聞きにくいとかそんなんではない。
聞こうと思えばいつでも聞けるし、彼もいつもどおりの笑顔で答えてくれるだろう。
でも、聴かなくったって、これといって問題はない。
いつもそう、言い聞かせてる。
「何しに行くわけ?神社なんて大晦日くらいしかいかねーな俺。」
「神社とかお寺とかってさぁ、なんかご利益ありそうじゃない?」
そういえばこの前はどっか遠くの寺行ったとか言ってたな。
その前もだっけ。
「何?叶えたいことでもあんの?」
「うん。ちょっとね。」
タオルで隠れた健の顔は見えないけど、どうせレイラさんと一緒に過ごせますように、
とか、そんな願い事なんだろうなって勝手に思ってた。
「ついでに井ノ原くんのこともお願いしといたから。」
「お前、俺メインで願おうぜ?ついでかよ。」
「いいじゃん、忘れずにお祈りしといたんだからさ。」
「で。何願ってくれたわけ?」
「それ言っちゃうとお祈りにならなくない?」
「そういうもんなわけ?」
「そういうもんだと思うなー俺は。」
「かゆいとこありませんかー?」
「ないでーす。」
「そ。んじゃ流すからなー。」
「はーい。」
「相変わらず綺麗な髪してるよなお前。女みてぇ。」
「いいでしょ。」
・・・俺今女みてぇってちゃんと言ったよな?
「褒めたつもりはないんだけど。」
「何事も褒め言葉として受け止めなきゃね。」
「あっそ。」


いつものような時間だった。
健が寺とか神社とか行くのは最近始まったことでもないような気がしたし。
何より。
あんまりにもキミが楽しそうに笑うから、
俺はその笑顔に気付かずにいたんだ。
あんまりにもキミがはしゃぐから、
気がつかなかったんだ。
切ない顔をした一瞬にさえ、
気付く余裕がなかったんだ。
このままの時が続くことを、勝手に確信してたんだ。