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横島のいない世界

第十話 極楽愚連隊シリーズ始まります!


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:11/ 1/13

  
『わあっ、お洋服……!?』

 驚きの声を上げるおキヌ。
 今の彼女は、いつもの巫女装束ではない。
 現代風の洋服に、適度な短さのスカート。脚にはストッキング、足にはエナメル靴。
 あいかわらず背後にヒトダマを浮かべているが、それさえなければ、普通の若い女のコに見える格好だった。

『ありがとうございます、美神さん!』

 おキヌはジーンと感動していた。自分が着ている服を、大切に愛おしく、抱きしめている。一見、自分で自分を抱きしめているかのようだ。
 これは、美神からおキヌへのクリスマスプレゼント。厄珍から購入した、織姫製の幽霊専用服だ。
 美神としても、ここまで喜んでもらえるならば嬉しいのだが、同時に。

(うーん……。
 変な羽衣で迷惑した話持ち出したら、
 ……けっこう安く売ってくれたのよね)

 それを思うと、少しくすぐったい気持ちにもなる。
 しかし、プレゼントというものは、お金の問題じゃないはず。どれだけ気持ちがこもっているか、それが大切なのだろう。
 そう考えて、自分を納得させる美神であった。








    『横島のいない世界』

    第十話 極楽愚連隊シリーズ始まります!








『はい。
 美神さんは今日は霊的によくない日だから
 予定を変更したいとおっしゃってまして、
 ……どうもあいすみません』

 依頼人からの電話を受けたおキヌは、美神に言われたとおり、断りを入れる。
 雨が降ったから休みますとは、けっして言わない。だが、美神が寒いのを嫌がっていることくらい、おキヌにもわかっていた。

(そうですよね。
 冬ですもんね……)

  クリスマスは部屋で二人一緒に暖かく過ごしたのだが、その数日後。幽霊列車の除霊で新幹線に乗った際には、霊列車が成仏した後、その場に放り出されてしまった。新幹線沿線の何もない土地であり、どこだかわからぬ真っ暗な場所。幽霊のおキヌは大丈夫だったが、美神は、とても寒がっていた。
 このように、晴天でも、冬の夜は寒いのだ。まして今晩は、ザーザー降り。美神が休むのも、おキヌとしては納得であった。

「寒いだけじゃなくて……
 私の霊能力がうずくのよね」

 ソファーに寝そべった美神が、何かつぶやいている。

「何か事件が……
 大きくてやっかいな事件が
 舞いこんできそうな予感が……」
『さすがですね、美神さん!』

 感嘆の声を上げるおキヌ。

『今の仕事を断って依頼料が入らなくても、
 それでも……大事件を選ぶんですね!』
「……え?」
『大事件を解決した方が、
 世のため人のために役立つ。
 ……そういうことですね!?』

 おキヌは、かつて人柱になったほどの少女だ。無償どころか、自分の身を犠牲にしてまで、他人のために役に立とうとしたのだ。
 そんな彼女だから、美神が時々お金に汚いような素振りを見せても、それを素直に受け取るのは難しかった。本意ではなく演技ではないのかと疑ってしまう。
 もしも美神の事務所に薄給でコキ使われる――薄給を嘆いている――バイトでもいれば、おキヌの見方も変わったかもしれない。だが、そんな奴はいない。そのため、おキヌは若干、美神を好意的に誤解しているのであった。


___________

 
「いや、おキヌちゃん、
 そうじゃなくてさ……」

 大きくて厄介な事件ならば、ギャラも相応のはず。それが美神の考えであり、おキヌが勘違いしていることにも気づいたのだが。

 ピンポーン!

 来客のため、訂正する機会を逸してしまった。
 ドアを開けると、立っていたのは一人の青年。髪や瞳の色から察するに、外人のようだ。

「美神令子さん……ですね?
 唐巣先生の使いで来ました」
「唐巣先生の?」

 唐巣は、美神のGSとしての師匠である。その彼が寄越したというなら、話を聞くべきだ。
 中に入ってもらい、男の話に耳を傾ける。

「僕はピエトロ。
 今、先生の弟子をしてます。
 ピートと呼んでください」

 二枚目然とした語り口のピート。混ぜっ返す者もいないため、話はスムーズに進む……。


___________
___________

 
『わーい外国だー。
 ちちゅーかいだー』
「おキヌちゃん……
 意味わかって言ってる?」

 おキヌと美神は、今、機上の人であった。唐巣からの依頼で、地中海の小さな島――ブラドー島――へ向かっている。
 唐巣は、GSとしては美神の師匠だが、金の稼ぎ方は美神よりも下手である。超が付くほどのお人好しで、庶民相手の除霊では、時にはタダ働きをしてしまうくらいだった。
 そんな唐巣から助っ人を頼まれても、金にならないことは明白。美神としては断りたいとも思ったのだが、おキヌの誤解もあったので、結局、引き受けてしまったのだ。

(それにしても……)

 窓の外をボーッと眺めながら、美神は考える。

(唐巣先生がそんなに大勢
 手助けを欲しがるなんて……)

 ピートが持ってきた手紙には、詳しい内容は書かれていなかった。ピート自身も、唐巣から聞いてくれとしか言わなかった。
 美神は、ただ人手が必要な仕事だとしか伝えられていない。

(……相手は何かしら?)

 唐巣の実力は、この業界でトップテンに入ると言ってもいいレベルだ。
 それを知るだけに、美神は、一抹の不安を感じるのであった。


___________


『いたりやって
 「空港」ってとこにそっくしですね』
「……空港なんだってば」

 イタリアのローマ空港に降り立ったおキヌと美神。
 二人を見つけて、手を振る男がいた。

「シニョリータ美神!」

 ピートである。
 外人ばかりの場所では、日本よりも馴染んで見えた。
 駆け寄ってきた彼に対して、美神が尋ねる。

「どーも。
 他の人は集まった?」
「ええ。
 あなたと、あと
 もう一人で全員そろいます」

 会話をしながら、手を伸ばすピート。女性二人なので、礼儀として荷物を持とうとしたのだろう。

「……荷物、少ないですね?」
「そ。
 このコは着替え要らないからね」

 美神の荷物は、旅行用トランク一つ。それを渡しながら、後ろを振り返る。

『えへへ……。
 幽霊って便利ですよね!』

 そう言って笑うおキヌが背負っているのは、あまり大きくないナップザック。巫女装束に色を合わせた、いつもの除霊仕事用のものだ(第二話参照)。おキヌは、大事そうに、肩紐の部分を握っていた。ピートに渡すつもりはないようだ。

「……そうですか。 
 では、こちらへ……」

 ピートの先導で、歩き出す二人。
 彼の説明によると、ここからチャーター機に乗り、さらに途中で船に乗り換えるらしい。

(ふーん。
 小型機をチャーターしたの……?
 ……先生の仕事にしては
 けっこうお金かけてるのね)

 歩きながら、美神は、そんなことを考えていた。


___________

 
「れ、令子!?
 なんでここに……!?」
「エミ!?
 まさかあんたも……!?」

 チャーター機に乗り込んだ途端、戦闘体勢に入る美神。
 そこには、小笠原エミがいたのだ。

『……この人、
 嫌いだからいじめてください』

 おキヌも、エミを指さしながら、美神に頼み込む。前回の出会いでは、大変な目にあわされているのだ(第九話参照)。

「あれっ?
 お知りあいですか?」
「知りあいも何も、この女は……」

 しかし、エミが美神の言葉を遮る。

「そーなのー!!
 あたしたちお友だちなの」

 精一杯の猫なで声を出しながら、美神とおキヌに体をすり寄せたのだ。
 右腕で美神の左腕に抱きつき、自身の左腕は、おキヌの肩に回している。

『え……?』
「なんのマネよ、このクソ……」

 背筋にゾワワッと悪寒が走り、悪態をつこうとした美神だったが、途中でそれを飲み込んだ。
 背中に鋭い金属が当たっているのだ。エミの両手は塞がっているはずなのに、なんとも器用な話である。あててんのよと言われずとも、その意図は明らかであった。
 そうこうしているうちに。

「ま、とにかく少し待っててください。
 僕はもう一人お連れしなければ……」

 ピートが出ていってしまい、女三人がその場に取り残された。


___________

 
「あれ〜〜!?
 令子ちゃんじゃない〜〜っ!!」

 最後の助っ人――六道冥子――と共に、ピートは戻ってきた。
 エミと美神は何か言い争っていたようだが、彼が来た瞬間、エミは口論を止めてニコニコ顔を作っている。
 さきほどは姿が見えなかったドクター・カオス――トイレにでも入っていたのだろう――もギャアギャア騒いでおり、いっそう賑やかになっていた。
 そして、ピートが連れてきた冥子も、喧噪を大きくする。

「また一緒にお仕事なのね〜〜!!
 冥子嬉しい〜〜」
『あーっ!?
 ずるいですよ、冥子さん!
 美神さんは渡しませんから〜〜』

 冥子が美神に抱きついて。
 負けじとおキヌも抱きついて。

「あああっ。
 こんなのばっかし……!!」
「やっぱりレズなんじゃないの……?」

 美神が不満を口にして、エミがポツリとつぶやく。
 四人から少し離れたところでは、カオスも何かブツブツ言っていた。

「わしだって借金さえなけりゃ、
 おまえたちなぞと……」

 そんな彼らの様子も、ピートには、むしろ頼もしく思えた。
 これから危険な仕事に赴くというのに、ずいぶんと余裕な態度だなあ……と。

「これで全員そろいましたね。
 ……出発しましょう!」


___________

 
『船に乗り換えるのって……
 けっこう大変なんですね!』
「違うのよ、おキヌちゃん。
 こんなの予定外だわ……」

 海の真ん中で漂っていたヨットに、強引に乗り込んだ美神たち。
 おキヌの天然ボケを訂正したとおり、これは臨時に徴発した船であり、用意していたものではない。

「さて。
 ピート……
 何か私たちに言うことはないの?」

 鋭い視線を送る美神。
 まあ、無理もないだろう。なにしろ、彼らのチャーター機は、出発早々、コウモリの大群に襲撃されたのだ。
 パイロットはサッサと逃げ出すし、飛行機自体は墜落するし。ついでにカオスは、マリアの自爆――カオス自慢の新装備が機能不全――で行方不明になるし。
 近くで船を見つけなければ、さすがの美神たちも、無事では済まなかったかもしれない。

「敵は何なの!?
 ……それくらいは
 もう教えてもいいんじゃなくて!?」

 問い詰めるのは美神であるが、おそらく、これは全員の気持ち。さんざんピートにアタック――物理的な意味ではなくラブコメ的な意味で――していたエミでさえ、美神を止めようとはしなかった。

「……」

 少し考え込んだ後。
 意を決したように、ピートが口を開く。

「奴の名はブラドー伯爵。
 最も古く最も強力な吸血鬼の一人です」


___________

 
 中世ヨーロッパでは、人口が激減することが何度もあった。後世の歴史家には疫病の流行が原因だと思われているが、それが全てではない。少なくとも二回は、吸血鬼ブラドーのせいであった。
 しかしブラドーは人間から逆襲されてしまい、領地へ逃げ帰る。魔力で島全体を隠し、力を蓄えるための眠りについたのだ。
 それが今、ついに目覚めた。唐巣が張った結界で島に封じられているはずだったが、使い魔のコウモリで襲ってきたということは、結界も弱っている可能性が高い……。

「ここがブラドー島……!」

 ピートの説明を聞くうちに、一行は、目的の島に到着した。
 確認するかのように独りごちた美神に対して、ピートは、高台の城を指し示す。見た目は、朽ちかけた廃城だが。

「あの古城がブラドーの棲み家です。
 先生はふもとの村にいるはずです」

 この島は、邪悪な波動に満ちており、霊能力者でも吸血鬼の接近を感知しにくい状況だ。そんな中、幽霊のおキヌが声を上げた。

『誰か来る!!』

 身構える一同。
 しかし。

「遅かったな!」

 姿を現したのは、マリアを連れたカオスだった。


___________

 
 マリアの爆発は、後付けの新装備だけだったらしい。さすが後付け、便利である。
 本体には傷一つなく、また、マリアが大丈夫だったのでカオスも助けられたのだろう。
 そんなわけで、カオスとマリアは、皆に先行してブラドー島に到着したのだった。
 カオスの無事が吉報か否かは定かでないが、カオスが持ち込んだ情報は、明らかな凶報となる。

「おまえさんの師匠とやらはどこにおる?
 村を見つけたが人っ子ひとりおらんぞ!」
「なんですって!?
 村の人もですか!?
 一人も!?」

 信じられない――いや信じたくない――ピート。
 しかし、村へ急行してみると。

「!!」

 カオスの言葉は本当だった。
 割れた眼鏡――唐巣のものに違いない――が、落ちているだけだ。

「くそっ……!!」

 一方。
 美神は、無人の村を見て回りながら、怪訝な顔をしていた。

『どうしたんですか、美神さん?』
「……変だわ、この村。
 どこにも教会がないのよ!」

 地理的に考えて、ここはキリスト教の宗教圏のはず。蘇った吸血鬼が破壊したのかとも思ったが、それらしい跡もないのだ。

「ひょっとして、この村……」


___________

 
「ソーセージは一人三本じゃぞ!」
「ワインは自家製ね!
 なかなかいけるじゃない!」
「キャンプみたい〜〜」
「ピートちっとも
 食べてないじゃない〜〜。
 はい、あーん……」
「いや、僕は今、食欲が……」

 空き家の一つを占拠して、そこで夕食をとる美神たち。ちなみに、食べる必要のないマリアとおキヌは、給仕役だ。
 日が暮れてしまったのだが、夜中に吸血鬼の城へ攻め込むのは愚行。夜明けまで、彼らはここで篭城するつもりだった。

「……それじゃ
 みなさん、ここにいてください」
「どこ行くの?」
「ちょっと村の周りを見てきます」

 エミの執拗なアタックを振り切って、ピートは一人、外へ出ていく。
 しかし、これはエミにとってもチャンス。皆と一緒の騒々しい屋内よりも、夜の戸外のほうが、ロマンチックなムードも作りやすい。

「おーいマリア!
 肩もんでくれ!」
「令子ちゃん〜〜
 UNOやりましょ〜〜」

 食後の団らんを楽しむ一同にバレないよう、エミは、こっそり抜け出した。

「……?
 どこに行ったワケ?
 ピートお!!」

 わずかな月明かりしかない、夜の闇の中。エミは、ピートを探しまわる。
 やがて。

「!」

 一人たたずむ人影を見つけたのだが……。


___________

 
 その少し後。

「あ……。
 千年も生きとると
 小便が近うなっていかん……!」

 マリアも連れず、一人で外に出て用を足していたカオス。
 彼の背後に、ヌッとエミが近づく。

「む?
 この娘の目は……」

 腐っても鯛、年をとってもカオス。
 首だけ後ろに回した彼は、気が付いた。エミは、吸血鬼と化している!
 だが、小用は急に止まらない。

「……仕方ないワケ。
 こいつしかいないんだから……」

 と、顔をしかめるエミに。
 ガプッと首筋を噛まれてしまった!


___________

 
「カオス!!
 まずは令子よ!」
「美神令子!
 今こそ、いつぞやの仕返しを!」

 吸血鬼となった二人が、美神たちを襲撃する。

「みんな気をつけてっ!!
 二人とも吸血鬼にやられたわ!!」

 いや、二人だけではない。他にもたくさん、ブラドーの手下らしき吸血鬼が襲ってきた。
 カオスが吸血鬼になってしまったため、いつのまにかマリアも敵に回っている。ピートは、まだ戻っていない。もはや美神の仲間は、おキヌと冥子だけであった。
 
「きゃ〜〜令子ちゃん〜〜」

 もしもカオスが吸血鬼にならず、用を足している格好のまま――お嬢様には見せられない姿で――戻ってきたら、冥子はショックで気絶していたかもしれない。
 だが吸血鬼となったカオスは、しまうものをしまってから来た。それが幸いして、冥子も戦線に参加できたわけだが、いかんせん多勢に無勢。

「ああっ!?
 そのコをかんじゃダメなワケ!」

 エミの制止も間に合わない。吸血鬼の群衆に取り囲まれ、冥子も吸血鬼にされてしまった。爆弾娘は、さっそく式神を暴走させて、自軍――吸血鬼側――に被害を出している。
 その隙に。

「今のうちね!」
『美神さん、こっちです!』

 美神とおキヌは、地下室に逃げ込んだ。壁抜け出来るおキヌが、乱戦の中、見つけだしたものだった。


___________

 
 ドゴゴーン!

 上では、凄い音がしている。まだ冥子の式神が暴れているようだ。

「もって5分てとこかしら」
『冥子さんですもんね……』

 地下室への入り口には、ちゃんと蓋をしておいた。だが、あのまま暴走が続けば、それも壊されてしまうだろう。
 どうやらエミが吸血鬼軍団を率いているようだが、エミでは、冥子を制御するのは難しい。GS資格試験でも、エミは冥子のプッツンに破れて三位どまりだったのだ。美神は、それをシッカリ覚えていた。

「次の手を考えないと……!!」

 しかし、考える時間はなかった。
 地下室の床の一部がガタッと開き、手が伸びてきたのだ。

「こっちだ、早く!!」
「唐巣先生!?」


___________

 
「何なの、この通路は……?」
「君たちが来る直前に
 偶然見つけてね。
 吸血鬼がすみつく以前に
 造られたものらしいよ」

 地下室の下には、巨大な地下迷宮が存在していた。

「美神さんとおキヌさん……。
 ……助かったのは二人だけですか」

 唐巣と共に、美神たちを出迎えるピート。彼は、エミがブラドー伯爵に噛まれるのをギリギリで防げず、以後、唐巣と一緒に地下に潜伏していたのだ。

「誤解のないよう、
 先生に会うまでふせていましたが……。
 僕の名前はピエトロ=ド=ブラドー。
 ブラドー伯爵は……僕の父です」

 彼は、自分がバンパイア・ハーフ――吸血鬼と人間のハーフ――であることを明かす。

「実はこの島には
 純血の人間は一人もいないんだ。
 みんな吸血鬼か
 バンパイア・ハーフなんだよ」

 唐巣が補足し、ピートも説明を続ける。
 ブラドーの魔力で島が隠されたおかげで、ピートたちは人間と対立せずにすんだ。吸血行為もせず、普通に暮らしてきたのだ。今後もそれを続けていきたい……。

「それをあの
 ボケ親父のブラドーは……!!
 13世紀のノリで世界中を
 支配する気でいるんです!!」

 歩きながら話をしていたピートたち。彼らは、広場のような地下空間に辿り着いていた。
 逃げのびた島の民が隠れ住む場所だ。美神の周りに、ワラワラと集まってくる。

「他の村人たちは
 ブラドーに操られているんです」
「おねげーです。
 助けてやってくだせえ」

 民の声に加えて、唐巣もピートも、あらためて美神に頼み込む。

「吸血鬼といえどもみな
 平和を望む善良な人々なんだ。
 力をかしてくれるね?」
「お願いします!!」


___________
___________

 
「……おかしいわね」
『……そうなんですか?』
「うん、静かすぎるね。
 美神くんの言うとおりだ」
「陽動が上手くいってるのでは?」

 夜明けを待って、城へと向かう美神たち。
 作戦への参加を申し出た島民――昼間なのでハーフのみ――には、森の中を進んでもらっており、こちらは四人だけ。美神・おキヌ・唐巣・ピートの少数精鋭で、地下通路を進んでいた。

「いいえ。
 あの程度じゃ
 陽動になんてならないわ……」

 ピートの言葉を否定する美神。
 冥子がこちら側にいれば、陽動組にはもってこいの人材だったのだが、いない者を嘆いても仕方がない。
 まあ、冥子が向こうに取り込まれたことだって、考えようによってはプラスかもしれない。敵の本拠地で勝手に暴走している可能性も高いのだ。言わば、埋伏の毒である。

「それだけじゃない。
 ……気づかないかね?
 邪悪な波動が弱まっている」
「!!
 そういえば……」

 唐巣が指摘したとおり。島に満ちていた邪気が、若干、薄れてきたようだ。

「何か起こってるのね……。
 ……急ぎましょう!」

 号令をかける美神。
 なお、地下通路を城まで拡張するためにツルハシを振るっているのは、彼女ではない。
 当然のごとく、男二人――唐巣とピート――であった。


___________

 
「遅かったな!」

 城の玉座で、美神たちを待っていた者。
 それは、なぜか正気に返っているカオスであった。
 ブラドー伯爵もエミも冥子も他のバンパイアも皆、ロープでグルグル巻きにされている。逃げ出さないよう、マリアが厳重に見張っていた。

「も、元に戻ったの!?
 なんで?
 どーやって?」
「……なんだか
 ものすごく不満そーじゃな」

 カオスは、時空消滅内服液に対しても――少しではあるが――耐性を示した男(第七話参照)。カオス本人にしてみれば、これくらい、たいした話ではなかった。
 だが、周囲の見方は違う。美神だけではなく、ピートも驚いていた。

「ブラドーの魔力に……
 自力で打ち勝ったのですか!?」
「うむ。
 どうやら……昔々に
 解毒剤を飲んだことがあったらしい」

 驚愕の説明を始めるカオス。
 彼自身忘れていた――ここでブラドーから聞かされた――ことだが、13世紀のヨーロッパで、ドクター・カオスはブラドー伯爵の宿敵だったのだそうだ。
 ブラドーも奮戦したが、魔法科学を駆使するカオスは手強かった。しかも、まるでブラドーをいたぶるかのように、追いつめるだけ追いつめてトドメは刺さない。その余裕のおかげで、ブラドーは逃げ帰ることが出来たのだ……。

「……という話だったぞ。
 どうやら奴が眠りにつく原因は
 わしが作ったようじゃな……!」
「なるほど……。
 吸血鬼退治をするにあたり、
 対策として特殊な薬を飲んでいたわけか」
「その効力が今でも
 少し残っていたんですね。
 もう即効性はないけれど、
 ジワジワと効いてきた……」

 カオスの話を聞いて、納得したようにつぶやく唐巣とピート。
 一方、美神とおキヌは。

「まるっきり
 他人事な口ぶりだけど……。
 ……全部忘れちゃったわけ?」
『私と同じですね……!』
「うむ。
 まだ……マリアも
 いなかった頃の話だからな。
 覚えとるわけがない!!」
 
 答えながら、美神をジッと見つめるカオス。中世の話をしながら彼女の顔を見ていると、何か思い出しそうな気もするのだが……。いや、やはり無理であった。


___________
___________

 
「そういえば聞いたことがあります。
 かつて父を追いつめた、
 偉大な錬金術師の話を……」

 全ての事後処理を終わらせて、操られていた皆も元に戻った後。
 ピートは、あらためてカオスに話しかけていた。
 すると。

「おおっ!!
 では、この御老人が……!?」
「不死身の錬金術師……!」
「ふるめかしいあるけみすと!!」
「あの伝説の……!?」
「混沌の魔王……なのか!?」

 村人も集まってくる。
 カオスのことは伝承に残っており、島民全員が知っていたらしい。今までカオスを目の前にしてもわからなかったのは、カオスが年をとったせいか、あるいは、あまりにイメージと違っていたせいか。
 ともかく、すっかり救世主扱いのカオス。今日から始まる救世主伝説だ。
 そんなカオスたちの様子を、遠目に眺めつつ。

「じゃ、私たちは帰りましょうか」

 美神は、きびすを返した。
 
『いいんですか?
 カオスさん、おいてっちゃって……』
「大丈夫、気が向いたら
 勝手に戻って来るでしょ。
 マリアが一緒なんだから、
 それくらい簡単よ」
『……そうですね。
 ここのほうがカオスさんも
 幸せかもしれませんね……!』

 おキヌと共に、美神は船着き場へと向かう。
 この島に滞在している間も、カオスには日本のアパートの家賃が課せられる――借金が増え続ける――わけだが……。それは美神たちには無関係な話であった。



(第十一話に続く)
   


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