『わあっ、お洋服……!?』
驚きの声を上げるおキヌ。
今の彼女は、いつもの巫女装束ではない。
現代風の洋服に、適度な短さのスカート。脚にはストッキング、足にはエナメル靴。
あいかわらず背後にヒトダマを浮かべているが、それさえなければ、普通の若い女のコに見える格好だった。
『ありがとうございます、美神さん!』
おキヌはジーンと感動していた。自分が着ている服を、大切に愛おしく、抱きしめている。一見、自分で自分を抱きしめているかのようだ。
これは、美神からおキヌへのクリスマスプレゼント。厄珍から購入した、織姫製の幽霊専用服だ。
美神としても、ここまで喜んでもらえるならば嬉しいのだが、同時に。
(うーん……。
変な羽衣で迷惑した話持ち出したら、
……けっこう安く売ってくれたのよね)
それを思うと、少しくすぐったい気持ちにもなる。
しかし、プレゼントというものは、お金の問題じゃないはず。どれだけ気持ちがこもっているか、それが大切なのだろう。
そう考えて、自分を納得させる美神であった。
『横島のいない世界』
第十話 極楽愚連隊シリーズ始まります!
『はい。
美神さんは今日は霊的によくない日だから
予定を変更したいとおっしゃってまして、
……どうもあいすみません』
依頼人からの電話を受けたおキヌは、美神に言われたとおり、断りを入れる。
雨が降ったから休みますとは、けっして言わない。だが、美神が寒いのを嫌がっていることくらい、おキヌにもわかっていた。
(そうですよね。
冬ですもんね……)
クリスマスは部屋で二人一緒に暖かく過ごしたのだが、その数日後。幽霊列車の除霊で新幹線に乗った際には、霊列車が成仏した後、その場に放り出されてしまった。新幹線沿線の何もない土地であり、どこだかわからぬ真っ暗な場所。幽霊のおキヌは大丈夫だったが、美神は、とても寒がっていた。
このように、晴天でも、冬の夜は寒いのだ。まして今晩は、ザーザー降り。美神が休むのも、おキヌとしては納得であった。
「寒いだけじゃなくて……
私の霊能力がうずくのよね」
ソファーに寝そべった美神が、何かつぶやいている。
「何か事件が……
大きくてやっかいな事件が
舞いこんできそうな予感が……」
『さすがですね、美神さん!』
感嘆の声を上げるおキヌ。
『今の仕事を断って依頼料が入らなくても、
それでも……大事件を選ぶんですね!』
「……え?」
『大事件を解決した方が、
世のため人のために役立つ。
……そういうことですね!?』
おキヌは、かつて人柱になったほどの少女だ。無償どころか、自分の身を犠牲にしてまで、他人のために役に立とうとしたのだ。
そんな彼女だから、美神が時々お金に汚いような素振りを見せても、それを素直に受け取るのは難しかった。本意ではなく演技ではないのかと疑ってしまう。
もしも美神の事務所に薄給でコキ使われる――薄給を嘆いている――バイトでもいれば、おキヌの見方も変わったかもしれない。だが、そんな奴はいない。そのため、おキヌは若干、美神を好意的に誤解しているのであった。
___________
「いや、おキヌちゃん、
そうじゃなくてさ……」
大きくて厄介な事件ならば、ギャラも相応のはず。それが美神の考えであり、おキヌが勘違いしていることにも気づいたのだが。
ピンポーン!
来客のため、訂正する機会を逸してしまった。
ドアを開けると、立っていたのは一人の青年。髪や瞳の色から察するに、外人のようだ。
「美神令子さん……ですね?
唐巣先生の使いで来ました」
「唐巣先生の?」
唐巣は、美神のGSとしての師匠である。その彼が寄越したというなら、話を聞くべきだ。
中に入ってもらい、男の話に耳を傾ける。
「僕はピエトロ。
今、先生の弟子をしてます。
ピートと呼んでください」
二枚目然とした語り口のピート。混ぜっ返す者もいないため、話はスムーズに進む……。
___________
___________
『わーい外国だー。
ちちゅーかいだー』
「おキヌちゃん……
意味わかって言ってる?」
おキヌと美神は、今、機上の人であった。唐巣からの依頼で、地中海の小さな島――ブラドー島――へ向かっている。
唐巣は、GSとしては美神の師匠だが、金の稼ぎ方は美神よりも下手である。超が付くほどのお人好しで、庶民相手の除霊では、時にはタダ働きをしてしまうくらいだった。
そんな唐巣から助っ人を頼まれても、金にならないことは明白。美神としては断りたいとも思ったのだが、おキヌの誤解もあったので、結局、引き受けてしまったのだ。
(それにしても……)
窓の外をボーッと眺めながら、美神は考える。
(唐巣先生がそんなに大勢
手助けを欲しがるなんて……)
ピートが持ってきた手紙には、詳しい内容は書かれていなかった。ピート自身も、唐巣から聞いてくれとしか言わなかった。
美神は、ただ人手が必要な仕事だとしか伝えられていない。
(……相手は何かしら?)
唐巣の実力は、この業界でトップテンに入ると言ってもいいレベルだ。
それを知るだけに、美神は、一抹の不安を感じるのであった。
___________
『いたりやって
「空港」ってとこにそっくしですね』
「……空港なんだってば」
イタリアのローマ空港に降り立ったおキヌと美神。
二人を見つけて、手を振る男がいた。
「シニョリータ美神!」
ピートである。
外人ばかりの場所では、日本よりも馴染んで見えた。
駆け寄ってきた彼に対して、美神が尋ねる。
「どーも。
他の人は集まった?」
「ええ。
あなたと、あと
もう一人で全員そろいます」
会話をしながら、手を伸ばすピート。女性二人なので、礼儀として荷物を持とうとしたのだろう。
「……荷物、少ないですね?」
「そ。
このコは着替え要らないからね」
美神の荷物は、旅行用トランク一つ。それを渡しながら、後ろを振り返る。
『えへへ……。
幽霊って便利ですよね!』
そう言って笑うおキヌが背負っているのは、あまり大きくないナップザック。巫女装束に色を合わせた、いつもの除霊仕事用のものだ(第二話参照)。おキヌは、大事そうに、肩紐の部分を握っていた。ピートに渡すつもりはないようだ。
「……そうですか。
では、こちらへ……」
ピートの先導で、歩き出す二人。
彼の説明によると、ここからチャーター機に乗り、さらに途中で船に乗り換えるらしい。
(ふーん。
小型機をチャーターしたの……?
……先生の仕事にしては
けっこうお金かけてるのね)
歩きながら、美神は、そんなことを考えていた。
___________
「れ、令子!?
なんでここに……!?」
「エミ!?
まさかあんたも……!?」
チャーター機に乗り込んだ途端、戦闘体勢に入る美神。
そこには、小笠原エミがいたのだ。
『……この人、
嫌いだからいじめてください』
おキヌも、エミを指さしながら、美神に頼み込む。前回の出会いでは、大変な目にあわされているのだ(第九話参照)。
「あれっ?
お知りあいですか?」
「知りあいも何も、この女は……」
しかし、エミが美神の言葉を遮る。
「そーなのー!!
あたしたちお友だちなの」
精一杯の猫なで声を出しながら、美神とおキヌに体をすり寄せたのだ。
右腕で美神の左腕に抱きつき、自身の左腕は、おキヌの肩に回している。
『え……?』
「なんのマネよ、このクソ……」
背筋にゾワワッと悪寒が走り、悪態をつこうとした美神だったが、途中でそれを飲み込んだ。
背中に鋭い金属が当たっているのだ。エミの両手は塞がっているはずなのに、なんとも器用な話である。あててんのよと言われずとも、その意図は明らかであった。
そうこうしているうちに。
「ま、とにかく少し待っててください。
僕はもう一人お連れしなければ……」
ピートが出ていってしまい、女三人がその場に取り残された。
___________
「あれ〜〜!?
令子ちゃんじゃない〜〜っ!!」
最後の助っ人――六道冥子――と共に、ピートは戻ってきた。
エミと美神は何か言い争っていたようだが、彼が来た瞬間、エミは口論を止めてニコニコ顔を作っている。
さきほどは姿が見えなかったドクター・カオス――トイレにでも入っていたのだろう――もギャアギャア騒いでおり、いっそう賑やかになっていた。
そして、ピートが連れてきた冥子も、喧噪を大きくする。
「また一緒にお仕事なのね〜〜!!
冥子嬉しい〜〜」
『あーっ!?
ずるいですよ、冥子さん!
美神さんは渡しませんから〜〜』
冥子が美神に抱きついて。
負けじとおキヌも抱きついて。
「あああっ。
こんなのばっかし……!!」
「やっぱりレズなんじゃないの……?」
美神が不満を口にして、エミがポツリとつぶやく。
四人から少し離れたところでは、カオスも何かブツブツ言っていた。
「わしだって借金さえなけりゃ、
おまえたちなぞと……」
そんな彼らの様子も、ピートには、むしろ頼もしく思えた。
これから危険な仕事に赴くというのに、ずいぶんと余裕な態度だなあ……と。
「これで全員そろいましたね。
……出発しましょう!」
___________
『船に乗り換えるのって……
けっこう大変なんですね!』
「違うのよ、おキヌちゃん。
こんなの予定外だわ……」
海の真ん中で漂っていたヨットに、強引に乗り込んだ美神たち。
おキヌの天然ボケを訂正したとおり、これは臨時に徴発した船であり、用意していたものではない。
「さて。
ピート……
何か私たちに言うことはないの?」
鋭い視線を送る美神。
まあ、無理もないだろう。なにしろ、彼らのチャーター機は、出発早々、コウモリの大群に襲撃されたのだ。
パイロットはサッサと逃げ出すし、飛行機自体は墜落するし。ついでにカオスは、マリアの自爆――カオス自慢の新装備が機能不全――で行方不明になるし。
近くで船を見つけなければ、さすがの美神たちも、無事では済まなかったかもしれない。
「敵は何なの!?
……それくらいは
もう教えてもいいんじゃなくて!?」
問い詰めるのは美神であるが、おそらく、これは全員の気持ち。さんざんピートにアタック――物理的な意味ではなくラブコメ的な意味で――していたエミでさえ、美神を止めようとはしなかった。
「……」
少し考え込んだ後。
意を決したように、ピートが口を開く。
「奴の名はブラドー伯爵。
最も古く最も強力な吸血鬼の一人です」
___________
中世ヨーロッパでは、人口が激減することが何度もあった。後世の歴史家には疫病の流行が原因だと思われているが、それが全てではない。少なくとも二回は、吸血鬼ブラドーのせいであった。
しかしブラドーは人間から逆襲されてしまい、領地へ逃げ帰る。魔力で島全体を隠し、力を蓄えるための眠りについたのだ。
それが今、ついに目覚めた。唐巣が張った結界で島に封じられているはずだったが、使い魔のコウモリで襲ってきたということは、結界も弱っている可能性が高い……。
「ここがブラドー島……!」
ピートの説明を聞くうちに、一行は、目的の島に到着した。
確認するかのように独りごちた美神に対して、ピートは、高台の城を指し示す。見た目は、朽ちかけた廃城だが。
「あの古城がブラドーの棲み家です。
先生はふもとの村にいるはずです」
この島は、邪悪な波動に満ちており、霊能力者でも吸血鬼の接近を感知しにくい状況だ。そんな中、幽霊のおキヌが声を上げた。
『誰か来る!!』
身構える一同。
しかし。
「遅かったな!」
姿を現したのは、マリアを連れたカオスだった。
___________
マリアの爆発は、後付けの新装備だけだったらしい。さすが後付け、便利である。
本体には傷一つなく、また、マリアが大丈夫だったのでカオスも助けられたのだろう。
そんなわけで、カオスとマリアは、皆に先行してブラドー島に到着したのだった。
カオスの無事が吉報か否かは定かでないが、カオスが持ち込んだ情報は、明らかな凶報となる。
「おまえさんの師匠とやらはどこにおる?
村を見つけたが人っ子ひとりおらんぞ!」
「なんですって!?
村の人もですか!?
一人も!?」
信じられない――いや信じたくない――ピート。
しかし、村へ急行してみると。
「!!」
カオスの言葉は本当だった。
割れた眼鏡――唐巣のものに違いない――が、落ちているだけだ。
「くそっ……!!」
一方。
美神は、無人の村を見て回りながら、怪訝な顔をしていた。
『どうしたんですか、美神さん?』
「……変だわ、この村。
どこにも教会がないのよ!」
地理的に考えて、ここはキリスト教の宗教圏のはず。蘇った吸血鬼が破壊したのかとも思ったが、それらしい跡もないのだ。
「ひょっとして、この村……」
___________
「ソーセージは一人三本じゃぞ!」
「ワインは自家製ね!
なかなかいけるじゃない!」
「キャンプみたい〜〜」
「ピートちっとも
食べてないじゃない〜〜。
はい、あーん……」
「いや、僕は今、食欲が……」
空き家の一つを占拠して、そこで夕食をとる美神たち。ちなみに、食べる必要のないマリアとおキヌは、給仕役だ。
日が暮れてしまったのだが、夜中に吸血鬼の城へ攻め込むのは愚行。夜明けまで、彼らはここで篭城するつもりだった。
「……それじゃ
みなさん、ここにいてください」
「どこ行くの?」
「ちょっと村の周りを見てきます」
エミの執拗なアタックを振り切って、ピートは一人、外へ出ていく。
しかし、これはエミにとってもチャンス。皆と一緒の騒々しい屋内よりも、夜の戸外のほうが、ロマンチックなムードも作りやすい。
「おーいマリア!
肩もんでくれ!」
「令子ちゃん〜〜
UNOやりましょ〜〜」
食後の団らんを楽しむ一同にバレないよう、エミは、こっそり抜け出した。
「……?
どこに行ったワケ?
ピートお!!」
わずかな月明かりしかない、夜の闇の中。エミは、ピートを探しまわる。
やがて。
「!」
一人たたずむ人影を見つけたのだが……。
___________
その少し後。
「あ……。
千年も生きとると
小便が近うなっていかん……!」
マリアも連れず、一人で外に出て用を足していたカオス。
彼の背後に、ヌッとエミが近づく。
「む?
この娘の目は……」
腐っても鯛、年をとってもカオス。
首だけ後ろに回した彼は、気が付いた。エミは、吸血鬼と化している!
だが、小用は急に止まらない。
「……仕方ないワケ。
こいつしかいないんだから……」
と、顔をしかめるエミに。
ガプッと首筋を噛まれてしまった!
___________
「カオス!!
まずは令子よ!」
「美神令子!
今こそ、いつぞやの仕返しを!」
吸血鬼となった二人が、美神たちを襲撃する。
「みんな気をつけてっ!!
二人とも吸血鬼にやられたわ!!」
いや、二人だけではない。他にもたくさん、ブラドーの手下らしき吸血鬼が襲ってきた。
カオスが吸血鬼になってしまったため、いつのまにかマリアも敵に回っている。ピートは、まだ戻っていない。もはや美神の仲間は、おキヌと冥子だけであった。
「きゃ〜〜令子ちゃん〜〜」
もしもカオスが吸血鬼にならず、用を足している格好のまま――お嬢様には見せられない姿で――戻ってきたら、冥子はショックで気絶していたかもしれない。
だが吸血鬼となったカオスは、しまうものをしまってから来た。それが幸いして、冥子も戦線に参加できたわけだが、いかんせん多勢に無勢。
「ああっ!?
そのコをかんじゃダメなワケ!」
エミの制止も間に合わない。吸血鬼の群衆に取り囲まれ、冥子も吸血鬼にされてしまった。爆弾娘は、さっそく式神を暴走させて、自軍――吸血鬼側――に被害を出している。
その隙に。
「今のうちね!」
『美神さん、こっちです!』
美神とおキヌは、地下室に逃げ込んだ。壁抜け出来るおキヌが、乱戦の中、見つけだしたものだった。
___________
ドゴゴーン!
上では、凄い音がしている。まだ冥子の式神が暴れているようだ。
「もって5分てとこかしら」
『冥子さんですもんね……』
地下室への入り口には、ちゃんと蓋をしておいた。だが、あのまま暴走が続けば、それも壊されてしまうだろう。
どうやらエミが吸血鬼軍団を率いているようだが、エミでは、冥子を制御するのは難しい。GS資格試験でも、エミは冥子のプッツンに破れて三位どまりだったのだ。美神は、それをシッカリ覚えていた。
「次の手を考えないと……!!」
しかし、考える時間はなかった。
地下室の床の一部がガタッと開き、手が伸びてきたのだ。
「こっちだ、早く!!」
「唐巣先生!?」
___________
「何なの、この通路は……?」
「君たちが来る直前に
偶然見つけてね。
吸血鬼がすみつく以前に
造られたものらしいよ」
地下室の下には、巨大な地下迷宮が存在していた。
「美神さんとおキヌさん……。
……助かったのは二人だけですか」
唐巣と共に、美神たちを出迎えるピート。彼は、エミがブラドー伯爵に噛まれるのをギリギリで防げず、以後、唐巣と一緒に地下に潜伏していたのだ。
「誤解のないよう、
先生に会うまでふせていましたが……。
僕の名前はピエトロ=ド=ブラドー。
ブラドー伯爵は……僕の父です」
彼は、自分がバンパイア・ハーフ――吸血鬼と人間のハーフ――であることを明かす。
「実はこの島には
純血の人間は一人もいないんだ。
みんな吸血鬼か
バンパイア・ハーフなんだよ」
唐巣が補足し、ピートも説明を続ける。
ブラドーの魔力で島が隠されたおかげで、ピートたちは人間と対立せずにすんだ。吸血行為もせず、普通に暮らしてきたのだ。今後もそれを続けていきたい……。
「それをあの
ボケ親父のブラドーは……!!
13世紀のノリで世界中を
支配する気でいるんです!!」
歩きながら話をしていたピートたち。彼らは、広場のような地下空間に辿り着いていた。
逃げのびた島の民が隠れ住む場所だ。美神の周りに、ワラワラと集まってくる。
「他の村人たちは
ブラドーに操られているんです」
「おねげーです。
助けてやってくだせえ」
民の声に加えて、唐巣もピートも、あらためて美神に頼み込む。
「吸血鬼といえどもみな
平和を望む善良な人々なんだ。
力をかしてくれるね?」
「お願いします!!」
___________
___________
「……おかしいわね」
『……そうなんですか?』
「うん、静かすぎるね。
美神くんの言うとおりだ」
「陽動が上手くいってるのでは?」
夜明けを待って、城へと向かう美神たち。
作戦への参加を申し出た島民――昼間なのでハーフのみ――には、森の中を進んでもらっており、こちらは四人だけ。美神・おキヌ・唐巣・ピートの少数精鋭で、地下通路を進んでいた。
「いいえ。
あの程度じゃ
陽動になんてならないわ……」
ピートの言葉を否定する美神。
冥子がこちら側にいれば、陽動組にはもってこいの人材だったのだが、いない者を嘆いても仕方がない。
まあ、冥子が向こうに取り込まれたことだって、考えようによってはプラスかもしれない。敵の本拠地で勝手に暴走している可能性も高いのだ。言わば、埋伏の毒である。
「それだけじゃない。
……気づかないかね?
邪悪な波動が弱まっている」
「!!
そういえば……」
唐巣が指摘したとおり。島に満ちていた邪気が、若干、薄れてきたようだ。
「何か起こってるのね……。
……急ぎましょう!」
号令をかける美神。
なお、地下通路を城まで拡張するためにツルハシを振るっているのは、彼女ではない。
当然のごとく、男二人――唐巣とピート――であった。
___________
「遅かったな!」
城の玉座で、美神たちを待っていた者。
それは、なぜか正気に返っているカオスであった。
ブラドー伯爵もエミも冥子も他のバンパイアも皆、ロープでグルグル巻きにされている。逃げ出さないよう、マリアが厳重に見張っていた。
「も、元に戻ったの!?
なんで?
どーやって?」
「……なんだか
ものすごく不満そーじゃな」
カオスは、時空消滅内服液に対しても――少しではあるが――耐性を示した男(第七話参照)。カオス本人にしてみれば、これくらい、たいした話ではなかった。
だが、周囲の見方は違う。美神だけではなく、ピートも驚いていた。
「ブラドーの魔力に……
自力で打ち勝ったのですか!?」
「うむ。
どうやら……昔々に
解毒剤を飲んだことがあったらしい」
驚愕の説明を始めるカオス。
彼自身忘れていた――ここでブラドーから聞かされた――ことだが、13世紀のヨーロッパで、ドクター・カオスはブラドー伯爵の宿敵だったのだそうだ。
ブラドーも奮戦したが、魔法科学を駆使するカオスは手強かった。しかも、まるでブラドーをいたぶるかのように、追いつめるだけ追いつめてトドメは刺さない。その余裕のおかげで、ブラドーは逃げ帰ることが出来たのだ……。
「……という話だったぞ。
どうやら奴が眠りにつく原因は
わしが作ったようじゃな……!」
「なるほど……。
吸血鬼退治をするにあたり、
対策として特殊な薬を飲んでいたわけか」
「その効力が今でも
少し残っていたんですね。
もう即効性はないけれど、
ジワジワと効いてきた……」
カオスの話を聞いて、納得したようにつぶやく唐巣とピート。
一方、美神とおキヌは。
「まるっきり
他人事な口ぶりだけど……。
……全部忘れちゃったわけ?」
『私と同じですね……!』
「うむ。
まだ……マリアも
いなかった頃の話だからな。
覚えとるわけがない!!」
答えながら、美神をジッと見つめるカオス。中世の話をしながら彼女の顔を見ていると、何か思い出しそうな気もするのだが……。いや、やはり無理であった。
___________
___________
「そういえば聞いたことがあります。
かつて父を追いつめた、
偉大な錬金術師の話を……」
全ての事後処理を終わらせて、操られていた皆も元に戻った後。
ピートは、あらためてカオスに話しかけていた。
すると。
「おおっ!!
では、この御老人が……!?」
「不死身の錬金術師……!」
「ふるめかしいあるけみすと!!」
「あの伝説の……!?」
「混沌の魔王……なのか!?」
村人も集まってくる。
カオスのことは伝承に残っており、島民全員が知っていたらしい。今までカオスを目の前にしてもわからなかったのは、カオスが年をとったせいか、あるいは、あまりにイメージと違っていたせいか。
ともかく、すっかり救世主扱いのカオス。今日から始まる救世主伝説だ。
そんなカオスたちの様子を、遠目に眺めつつ。
「じゃ、私たちは帰りましょうか」
美神は、きびすを返した。
『いいんですか?
カオスさん、おいてっちゃって……』
「大丈夫、気が向いたら
勝手に戻って来るでしょ。
マリアが一緒なんだから、
それくらい簡単よ」
『……そうですね。
ここのほうがカオスさんも
幸せかもしれませんね……!』
おキヌと共に、美神は船着き場へと向かう。
この島に滞在している間も、カオスには日本のアパートの家賃が課せられる――借金が増え続ける――わけだが……。それは美神たちには無関係な話であった。
(第十一話に続く)
さて、この作品ではブラドー島編は一話限りですが、このメンバーが終結して戦う話は今後も出てくるので、このようなサブタイトルにしてみました。原作の該当エピソードのサブタイトルの元ネタを考えた場合『……西へ』は一作目ではないのでしょうが。
では、今後もよろしくお願いします。
(なお、この第十話を書くにあたって『極楽愚連隊、西へ!!』の他に『おキヌちゃんのクリスマス!!』『サバイバル合コン!!』『霊列車でいこう!!』『野菜の人!!』『三つの願い攻防戦!!』『誰が為に鐘は鳴る!!』『ある日どこかで!!』を参考にしました) (あらすじキミヒコ)