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『最後の時間移動』他(「GS美神」短編集)

乙女心の始まりは……


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:10/12/24

   
 晴れ渡る朝空の下。
 若々しい会話が繰り広げられている。

「あんた昨日、新宿でデートしてたでしょ!」
「ウソウソっ、優子が……!?」
「今日の除霊実習、実戦形式だって!」
「えーっ、かったるいなー」
「あといくつ寝ると……」
「育江は気が早いのね」

 ワイワイ、ガヤガヤ、キャピキャピ……。
 女三人よればかしましいとも言われるが、三人どころではない。
 今は、ちょうど登校時刻。最寄りのバス停から、あるいは近くの駅から、たくさんの女子生徒が、学園へ向かって歩いていた。

「……平和なもんだな」

 塀に寄りかかっていた男が、小さくつぶやく。
 黒いトレンチコートに身を包み、帽子を目深にかぶった男。
 校門からかなり離れており、また、半ば電柱のかげに隠れていたが、どうやら彼の姿は、この場に似つかわしくなかったらしい。

「……何かしら、あれ?」
「変質者だと思う、たぶん」
「まさか……例の怪人では!?」
「シッ、目が合ったら大変だわ!
 無視しましょ、無視……!!」

 そんな声も聞こえてくるが、彼は動じない。
 
「『例の怪人』……か。
 一応、噂になってるわけか……」

 むしろ、口元に笑みを浮かべていた。
 その『怪人』から、この学園の生徒を守ること。それこそが、今の彼の……伊達雪之丞の仕事なのだから。





       『乙女心の始まりは……』



 伊達雪之丞は、モグリのゴーストスイーパー(GS)である。GS資格試験の合格ラインをクリアしたこともあるのだが、ワケあって資格は剥奪されてしまった。
 今は、一つところに居を構えることもなく、仕事を兼ねて、修業の旅を続けている。
 無免許の彼のところへ転がり込む依頼は、いわゆる裏の仕事が多い。だが、今回の仕事は、珍しく真っ当なものであった。

「ウチの生徒が襲われちゃって〜〜」

 のほほんとした口調で、ギョッとする言葉を口にする依頼人。彼女は有名な女子高の理事なのだから、その意味するところは……。

「あら、やだ〜〜。
 そういう意味じゃなくて……」

 イヤンアハンお嫁にいけないわ……の類とは違うらしい。純粋に暴力的な意味で『襲われた』のだそうだ。
 一ヶ月くらい前から始まり、被害者は全部で六人。さいわい、かすり傷程度であり、跡が残るような者はいない。だが、学校側としては放っておけない。
 なにしろ。

「襲われたコは霊能科の生徒ばかりなの〜〜」

 この学園は、GSを養成する女子高として有名なのだ。GS試験合格者の三割が、ここの出身だとさえ言われている。もちろん合格者は女性だけではないのだから、それを考慮すると、驚異的な数字である。
 そんな名門校の、GSのタマゴたちに、傷を負わせるくらいなのだから。

(ただの通り魔じゃない……。
 犯人は……それなりの遣い手ということか?)

 雪之丞の興味をそそるには、十分な話であった。
 そもそも、趣味や嗜好を抜きにしても、これは、是非とも引き受けるべき仕事なのだ。
 
(この依頼をしっかりこなせば、
 ……何かあった時、
 口をきいてもらえるかもしれん)

 GSエリート校の理事なのだから、依頼人は、GS協会にも影響力を持っていることだろう。
 一応、以前に小竜姫――外見はカワイコちゃんだが実は偉い神様――から仕事を受けた際、GS協会のブラックリストから外してもらえるよう、頼んではある。しかし、その後どうなったか聞いていないし、それに、コネやツテが増えるに越したことはないのだ。

(だが……なんで俺なんだ?)

 雪之丞は、少し不思議に思った。
 これだけの人物ならば、雪之丞のようなモグリに頼まずとも、GSの知人は多いだろうに……?
 それを素直に口にした彼に対して、相手は、次のように答えた。

「でも女のコが狙われてる仕事に、
 女性GSを雇うのは危険で〜〜。
 そうかといって、
 男のコをうろつかせるのも……」

 信用のおける男性GSということで、雪之丞に白羽の矢が立ったらしい。
 
「雪之丞さんの噂は、色々と聞いているから〜〜」 

 個人的な知り合いを介してなのか、あるいは、GS業界で流れている噂か。
 どちらにせよ、雪之丞を高く評価してくれているようだ。
 確かに、GS資格試験では、その実力を思う存分、GS協会の面々に見せつけていた。また、香港の元始風水盤の事件を伝え聞いた者は、雪之丞のことを『神様が直々に仕事を依頼するような大人物』だと過大評価しているかもしれない。
 さすがに、目の前の依頼人は、そんな誤解はしていないだろうが。

(男としても信用されてる……ってことか。
 まあ、悪い気はしねーな)

 しかし。
 実は、この点に関しては、微妙な勘違いが関与していた。
 雪之丞は知らない。人々が口にする雪之丞の噂を。

 曰く、色気よりもバトル……という戦闘狂。戦ってさえいれば、それだけで、身も心も満たされる。
 曰く、極度のマザコン。女性に求めるものは、母親の面影。だから、同年代の女子には見向きもしない。

 まあ、噂には尾ひれがつきものだ。実際は、雪之丞だって思春期まっさかりの男のコなわけで。人並み程度には、女のコへの関心もあるわけで。
 だが依頼人は、噂を鵜呑みにして、雪之丞ならば大丈夫と判断していたのだった。


___________


(そろそろ……登校時間は終わったな)
 
 雪之丞の仕事は、これ以上の襲撃を防ぐことである。
 あくまでも学園の外を見回るだけで、潜入捜査ではない。生徒が中に入ってしまえば、あとは学校の教師に任せてよかった。
 下校の時間帯まで、特にやるべきことはないのだ。
 雪之丞は、塀から離れて、歩き出した。

(ま、一応、聞き込みはしておくか)

 この仕事は、今日で三日目。
 昨日も一昨日も、昼間は近所をブラブラし、それとなく事件の噂を収集していた。
 犯人を捕まえることまでは求められていないようだが、雪之丞の手で解決できるのであれば、その方が良いだろう。
 駅に向かう最短コースからは外れて、女子高生が寄り道しそうな場所を探して、歩き回る。
 そして。

(今日は、ここにするか。
 どうせ必要経費だ……!
 ケチケチすることもねーからな)

 一軒の喫茶店が、彼の目に留まった。


___________


 赤レンガ造りの、少し古めかしい店構えだ。入り口近くに置かれた案内灯には、『喫茶パイン』と記されている。
 ドアをくぐると、カランコロンとベルが鳴った。
 カウンターの奥では、店のマスターが、皿か何かを磨いている。昔の刑事ドラマに出てきそうな髪型の、中年の男だ。チラッとこちらを見ただけで、また元の作業に戻ってしまった。
 まだランチタイムには早いし、モーニングには遅い。微妙な時間帯なせいか、客は一人もいないようだ。

「ブレンドコーヒーを」

 カウンター席に座った雪之丞は、とりあえず一杯注文する。最初は『コーヒーを』と言いそうになったのだが、コーヒーの種類が多そうな店で、それではダメだと思ったのだ。
 黙ったまま、サイフォンを操作するマスター。その背中に声をかけた。

「マスター……。
 何か食べるもの……できるか?」

 この店で食事する客は滅多にいないのだろう。メニューも見当たらない。
 雪之丞の言葉に応じて、マスターが手書きのカードをよこした。
 書かれているのは、四つだけ。ナポリタン、サンドイッチ、フレンチトースト、ホットケーキ。

(これじゃ……流行らないだろうな)

 女子高生が入る店ではなさそうだ。失敗したかな……とも思うが。

「それじゃ……ナポリタンを頼む」

 無言で頷くマスターが、目に入った。


___________


「お!
 ……うまいな」

 思わず、口に出してしまった。
 高級感はないが、万人受けする味付け。日本人ならば誰もが懐かしさを感じるような、そんなテイストだ。
 それに、不思議とコーヒーにも合う。
 ふと顔を上げると、いつのまにか、マスターが笑顔を向けていた。

「さすがだな、マスター。
 この店……長いのかい?」
「……ああ」

 ようやく口を開いたマスター。
 だが、それ以上会話は続かない。
 雪之丞も、黙って食事を続ける。
 元始風水盤事件の際はガツガツしてしまったが、あれは周りのペースに巻き込まれただけだ……と自分では思っている。
 一匹狼を自称する彼としては、静かにハードボイルドを気どるのが、しょうに合っているのだ。

「……なあ、マスター」

 食べ終わってから。
 雪之丞は、再び、話しかけてみた。

「『ブラック・レインコート』って、
 ……聞いたことないか?」

 ピクッと、マスターの眉が動く。

「お客さん……あんた、探偵さんかい?」


___________


 ブラック・レインコート。
 それが、少女連続襲撃犯に付けられた呼び名であった。
 どこの誰なのか正体は知らないけれど、誰もが皆、その怪人物の噂を知っている。
 風のように現れて、女生徒にケガを負わせ、風のように去っていく……。
 それは、漆黒の雨合羽をまとった怪人。
 黒いレインコートで上手く全身を隠しているが故に、被害者が死んだわけでも意識不明なわけでもないのに、その正体は謎のままなのだ。

「……という噂くらいは、聞いてるよ」

 思わせぶりな態度ではあったが、マスターは、通り一遍の風評程度しか知らなかった。

「そうか……ジャマしたな」
「いや、いいってことよ。
 ……解決したら、またおいで。
 とっておきの豆を挽くからさ」

 話始めてみれば、マスターも気さくな人物であった。
 すっかり長居してしまったが、特に収穫はない。

「ああ……またな!」

 適当に挨拶して、店を出る雪之丞。
 ふと、見上げると。
 朝の晴天が嘘のように、どんよりと薄暗い雲が、空の半ばを覆っていた。

(何か……嫌な予感がする……)

 そろそろ、下校する者もいるであろう時間だ。
 今までの生徒は帰宅の途中に襲われているのだから、この時間こそが、雪之丞の仕事のメインとなる。
 通学コースへと急ぎながら、雪之丞は、頭の中で情報を整理した。

(これまでの被害者は……)

 GSになるより芸能界デビューした方がいいくらいの、超美人。
 金持ちが多い場でも『金持ち』と言われてしまうほど、凄い大富豪の娘。
 テストでは満点しかとったことがない、大天才。
 いつも明るく元気な、誰からも好かれる人気者。
 クラスで一、二を争うほどの霊能力の持ち主。
 運動神経だけは誰にも負けない、スポーツ万能娘。

(共通点は……目立つ、ということか?)

 おとなしい地味な女のコは、被害者には含まれていない。これは重要なポイントかもしれない。
 だが、それよりも気になることは。

(やはり……そこそこの手だれだな)

 強い霊力の被害者と、運動神経抜群の被害者。彼女たちも、軽く一蹴されているのだ。相手にとって不足はない……。
 雪之丞が、そこまで考えた時。

「キャアーッ!?」

 遠くから、悲鳴が聞こえてきた。


___________


「しまった……!!」

 雪之丞は、走り始める。
 駅とは反対の方角だ。
 寄り道していた生徒が、襲われたのだろう。

「……ん!?」

 だが、少し進んだだけで――角を曲がったところで――、彼は足を止めた。
 行く手を遮るかのように、一人の大男が立ち塞がっているのだ。
 先ほどの叫びは、もっと遠くからだったはず。雪之丞は、疑問に思いながらも、問いかける。

「そっちから出てきてくれたなら、
 むしろありがたいぜ……!
 ……今日はカッパじゃないのか?」

 バイザーのような、色の薄いサングラスをかけた男。筋肉美が自慢なのであろう、上半身には何も来ていない。半裸で女子高の近所を歩き回るとは、まるっきり変質者だ。
 だが。

「……なんのことだ?」

 大男の言葉を聞き、雪之丞は、心の中でチッと舌打ちする。
 どうやら、ブラック・レインコートとは違うらしい。ならば、こんな奴を相手にしている場合ではない!

「どけっ、ジャマだっ!!」


___________


 男へと襲いかかる、雪之丞の霊波砲。
 しかし、男は、これを巧みに避ける。巨体に似合わぬ、身軽な動きだ。

「女が相手ならイザ知らず、
 キサマの攻撃など……食らってたまるか!」

 不敵な笑みを浮かべて、雪之丞を徴発する。

「伊達雪之丞……!
 キサマを倒すよう依頼されたのだ。
 闇討ちしてもよかったのだが……。
 どうせなら、正々堂々と戦う方がよかろう!?」

 男の依頼主は、GS試験で雪之丞にやられた若者の家族だった。若者は、雪之丞の二回戦の相手だったそうだ。正攻法を好み、神通棍で戦ったのだが、滅多打ちにあい、再起不能。これは、その復讐らしい。
 仕事を引き受けて以来、大男は、雪之丞を――日本にいることが少ない雪之丞を――探しまわり、ようやく見つけたのだった。
 大男自身、同じGS試験で二回戦敗退だっただけに、依頼者家族の気持ちに、ついつい共感してしまう。それでも、せっかく強者と戦うのであれば、正面から挑みたかった。

「俺だって……あれから
 強くなったのだからな!!」
「そういうの嫌いじゃないぜ……。
 だが……急いでるんでな!!」

 男の言葉を受け入れたためか、あるいは、本当に急用があるためか。雪之丞が、魔装術を展開した。最初から全力勝負だ。
 ならば……!

「120%だ!
 もう出し惜しみはせん!
 120%の力で勝負してやろう……。
 はああーっ!!」

 大男も、ゴゴゴゴッと霊力を高める。その余波が、全身から溢れ出す。
 もしも普通の人間が相手ならば、霊圧だけで吹き飛ばされるであろう……と男は自負していた。
 もちろん、目の前の雪之丞は普通の人間ではない。冷静に、こちらを見ているようだ。

「おまえ……頭ん中も筋肉か?
 どうやって100%を越えるんだよ!?」
「……フン!
 限界を越えた戦いにこそ……
 男の生き様が見えてくるのだ!
 それがわからぬようでは……
 まだまだ未熟だな、キサマも!」

 雪之丞めがけて、大男は走り出した。相手も、同じく、向かってくる。
 そして、二人が激突した!


___________


 雪之丞としては、別に接近戦に応じる必要はなかった。
 大男の動きは意外に機敏なようだが、それでも、どう見てもパワー志向の相手だ。距離をとった方が、戦いを有利に進められるはず。
 そう判断できたのだが、ついつい、バトルマニアの血が騒いでしまった。相手の流儀で戦ってこそ……面白い!
 
(パワー自慢の奴を、パワーでねじ伏せる……。
 それが可能なだけの力を、俺は手に入れた!)

 攻撃スピードは、相手の方が速かった。
 正拳突きであろうか、大男の右手が迫る。
 それを左腕ではね除けて、逆に右ストレートを叩き込む!
 だが、しかし。

「ふっふっふっ……。
 しょせん、この程度か。
 ……効かんな!」

 嘘。思いっきり涙目になっている。
 それでも。

「魔装術のパンチを受け止めるとは……。
 ただの筋肉ダルマじゃねーってことか!」

 体勢を立て直す暇も与えずに。
 そのままの姿勢から、雪之丞がくり出したローキック。
 大男は、これを向こう脛で受け止めていた。

「き、効かんな……!」

 嘘。ボキッという音がした。

「それじゃ、これはどーだ!?」

 今度は、渾身のヘッドバットが炸裂。

「きか……」

 最後まで言うことは出来ず。
 大男は、その場に崩れ落ちた。


___________


(……とんだジャマが入ったぜ!)

 再び駆け出した雪之丞。
 その耳に飛び込んできたのは、少女たちの争う物音だった。

(あれか……!?)

 河原の空き地で、三人の少女たちが戦っている。三人とも、同じ制服を着ていた。
 一人は、長い黒髪の少女。まじめそうな眼鏡をかけている。その手のマニアには、ウケがいいかもしれない。
 二人目は、クルクルふわふわした感じの髪の少女。それを、大きめのリボンで二カ所でくくっていた。これで顔にソバカスでもあれば、少女漫画の主人公になれるだろう。
 そして、最後の一人は……。

(何かに……取り憑かれている!?)

 イッちゃった目付きで、口をガーッと大きく開けて、級友を襲う。
 どう見ても、正気ではなかった。

「どうしちゃったのよ、風香!?」
「無駄よ、由美子!
 今の小西さん……普通じゃないわ!!」

 リボンの少女も眼鏡の少女も、防戦するだけで手一杯だ。
 一方、攻める側の少女――会話から察するに小西風香という名前らしい――は、折り鶴らしき物に霊力を込めて、それを武器としていた。接近戦ではナイフのように、遠距離攻撃では手裏剣のように、扱っている。
 ちょうど今も、それを二人に投げつけようとして……。

「あぶねえーっ!!」

 戦闘に乱入する雪之丞。
 霊力の塊をぶつけて、折り鶴を弾き飛ばした。

「げえっ、バケモノ!?」
「……怪人エビ男!?」

 リボンと眼鏡が、怯えたような視線を向ける。雪之丞の姿を見て、誤解してしまったようだ。
 彼は、魔装術を展開させたままだった。素人目には、赤黒いヨロイを着込んでいるように見えるのだろう。トゲ状の小さな突起でカバーされた、エビやザリガニをイメージさせる硬そうなヨロイだ。
 どこから見てもスーパーヒーローじゃない。少女漫画の王子様にもなれない。だが、二人の少女の危機一髪をご期待どおりに救ったことだけは、間違いなかった。

「もしかして……味方!?」
「助けてくれるの……!?」
「……離れてろ!
 コイツは……俺がやる!!」

 二人を下がらせ、あらためて『敵』を睨む雪之丞。
 後ろからは、アレも友だちなのよとかヤッちゃダメなのよとか聞こえてくるが。

(言われんでも……わかってるさ!!)

 目の前の少女は、ガルルッと唸るだけ。まともにしゃべることも出来ないようだが、雪之丞の力は、本能的に察知しているのだろう。攻撃の手を止めていた。

(こういうのは……苦手なんだがな)

 この少女も生徒であるというなら、傷つけるわけにはいかない。
 ブラック・レインコートそのものなのか、その手下なのか。何に操られているか不明だが、ともかく、少女の体にはダメージを与えず、中の邪念だけを倒す……。
 そのつもりで細く小さくコントロールした霊波を、ピンポイントで照射する!

「これでもくらえっ!!」


___________


「あれ……私……。
 今まで、いったい何を……!?」

 どうやら成功したらしい。
 憑き物が落ちたようなスッキリした表情で、しかし茫然と立ち尽くす少女。

「……小西さん!
 正気に戻ったのね!?」

 黒髪の少女が駆け寄り、介抱する。
 小西と呼ばれた少女も、少しずつ、自分を取り戻しつつあった。

「そういえば、私……。
 黒いレインコートの人に襲われて……。
 ……あれっ、その先の記憶がないっ!?
 えっ、えっ、ええっ……!?」

 一方、クルふわヘアーの少女は、雪之丞に頭を下げる。

「……ありがとうございました!
 でも……まだ、
 かおりが……弓さんが……」

 それを聞いて、ハッとする雪之丞。

「本命は他にいるってことか……?
 じゃあ、ブラック・レインコートも
 ……そっちにいるんだな!?」

 ウンウンと頷きながら、彼方を指さす少女。
 それ以上、何も聞かずに。
 少女が示した方角へ、雪之丞は、再び走り出した。


___________


 鉄橋の下の河原で争っていたのは、二人の人物。
 一人は、瞳が特徴的な少女。ひと昔前の少女漫画のキャラクターのように、星が煌めいている。
 そして、彼女に襲いかかっているのが、漆黒の雨合羽の怪人。つまり、ブラック・レインコートであった。

「あなた……大村真由ね?
 大村さんでしょうっ!?
 そんな格好をしていても、
 私にはわかるわ……!
 霊波が同じですもの……!!」

 星の瞳の少女は、ブラック・レインコートの正体を看過したらしい。
 さすが、怪人と一対一で渡り合うだけのことはある。
 かなり霊力のレベルも高いようで、ギロッと睨んだだけでバチッと霊波の火花が飛んでいる。
 さすが、瞳に星が煌めく人は違う。がんばれば星々の砕ける様が見えるかもしれない。
 そんな二人のバトルに、雪之丞が飛び込んできた。

「新手……ですの!?」

 星の瞳の少女は、戸惑った。すわ三つ巴か……とも思ったが、それも一瞬。
 姿カタチは異形なれど、この男は、彼女を後ろ手にかばうような立ち位置だ。この向きでは顔も見えず、どんな表情をしているかわからないが、とりあえず敵ではなさそうだ。

「ブラック・レインコート!
 ……これ以上、悪さはさせねーぞ!!」

 実際、異形の男は、漆黒の雨合羽に対して敵対宣言をしている。
 そして。

「……」

 ブラック・レインコートが、何も言わぬまま、大きく後ろへ飛びずさる。そのままクルリと反転、戦場を離脱した。

「……チッ!!」

 異形の男も後を追う。
 少女だけが、その場に残される形となった。

「待ちなさい、あなたたち……」

 一応、叫んではみたものの。
 二人の姿は、すでに遥か遠くに消えていた。
 もはや追っても無駄だ。いや、それどころか。

「……くっ!」

 独りで戦った疲れが、ドッと出たのであろう。彼女は、その場に膝をついてしまうのであった。


___________


 小さなビルの屋上で対峙する二人。
 漆黒の怪人と、伊達雪之丞。
 怪人は屋根伝いに跳んで逃げてきたのだが、雪之丞も、ここまで追って来たのだ。

「もう逃げられねーぞ……。
 観念しろ、ブラック・レインコート!」
「……」

 チラッと後ろを振り向く怪人。
 その背中の向こうに、これ以上の建物はなかった。もう逃亡を続けるのは難しそうだ。相手の力量を直感で見抜いたため、直接対決は避けたかったが……討って出るしかない!
 だが、怪人の決意は、すでに遅かった。

 ビュウゥウーッ……!!

 雪之丞の霊波が、怪人を襲う。
 薄く鋭くした霊力のカッターだ。怪人のレインコートのあちこちが破れ、中に来ていた服が露呈する。

「やはり……同じ学校の生徒か」

 服装だけではない。
 フード部分もバッサリ切り落とされたため、その素顔も明らかとなった。
 それは、ショートヘアーの少女だった。短いわりにボリューム感があるのは、毛先に段差を付けているからであろう。レイヤーボブと呼ばれる髪型だ。

「ママに……似てない」
「……」

 正体を知って、少しゆとりが出来たのか。雪之丞の口から、戦場には似合わぬ言葉が出てきたが、少女は無反応であった。


___________


 ちなみに。
 雪之丞は、薄皮一枚、うまく雨合羽だけを切り裂いている。制服も乙女の柔肌も、切り刻んではいない。念のため。

「おとなしく降参しろ。
 女をいたぶるのは、
 気がすすまねーからな……」

 降伏勧告を口にする雪之丞だが、アッサリ受け入れてもらえるとは思っていなかった。
 何者かが、彼女の意志をコントロールしているからだ。最初はレインコートが悪意の象徴かとも思ったが、そうではない。それは、彼女の心の中に存在している!

(この女も、取り憑かれているわけか)

 ただし、先ほど河原で戦った女子生徒とは、少し事情が違う。目の前の少女が本物のブラック・レインコートであることは、間違いない。だが、この少女がブラック・レインコートになってしまったのは……。

「……しまった!?」

 どうやら、雪之丞が悠長に考えている間に、先手を取られてしまったようだ。
 ブワーッと黒い風が吹き付けてきた。
 少女が巻き起こしたものだ。いつのまにか編み棒を手にしており、クルクルと回して、風を生み出している。

「これは……瘴気か……?」

 風を浴びた途端、心がざわめく。体の中を駆け抜ける、強烈な負の感情。
 おそらく、先ほどの女子生徒――小西風香――は、これを受けて、操られてしまったのだろう。
 これまでの被害者や、橋の下で戦っていた少女は、この風の攻撃を食らっていないようだが、何が違うのか?

「……そうか!
 彼女たちは、襲撃のメインターゲット。
 やっつけたい気持ちはあっても、
 わざわざ操ろうとは思わんのだな?」

 つまり、この風は、手下を作るためのもの。
 だが、雪之丞を『手下』にしようなどとは、笑止千万!

「相手が悪かったな!」

 かつて雪之丞は、魔族メドーサの配下だったのだ。
 そこから脱却した雪之丞である。今さら、この程度のマイナスエネルギーに飲み込まれる男ではなかった。

「邪念よ、消え失せろっ!」

 全身から霊気を放射し、風に抗う。
 その力は、逆に少女へと襲いかかり……。

「これで……終わりだっ!!」
「……!!」


___________


「私……私は……」

 その場にペタリと座り込み、うつむく少女。彼女の目からは、涙がこぼれ落ちている。
 彼女の心を支配していた邪念は消えたが、当時の記憶は鮮明に残っているのだ。

「学校の理事……
 六道さんのところへ行くことだな。
 あとの始末は、むこうでやってもらえるはずだ」
「……はい」

 一介の教師に預けるより、お偉いさんに任せたほうが早い。そう考えて、雪之丞は、彼の依頼人のもとへ向かうよう、少女に勧めた。
 雪之丞に促され、共にビルの階段を降りながら、少女は語る。ポツリポツリと。

「……うらやましかったんです。
 みんな……美人で、上品で、金持ちで、
 頭よくて、霊力もすごくて……」

 同じ学園の生徒とは思えない。どうしたら、あんなふうになれるのか。ああ、自分には無理だ……。
 胸の中で、そうした気持ちは、悪い方向に育っていく。

「なるほどな。
 妬み、そねみ、嫉妬、羨望……。
 ……そうした感情がふくれあがって、
 一種の妖怪になっちまったわけか」

 コクンと頷く少女に、雪之丞は、優しい言葉をかけた。

「妖怪ジェラシー……とでも言うべきかもな」

 まあ、運も悪かったのだろう。
 この少女一人の怨念ではなく、女子高にうごめくドロドロとした感情が、一番大きい気持ちを核として集まってしまったのではないか。
 雪之丞は、そう思った。

「これは、ダチから聞いた話だが……」

 劣等感というマイナス思念が寄り集まって、コンプレックスという妖怪を生み出すこともあるそうだ……。
 そんな事例も述べて、少女を慰める。あまり慰めになっていないが、女性に対する雪之丞の話術など、この程度である。

(悪さをしてしまった後、
 そこからどう立ち直るか……。
 それが一番大事なんだろうさ)

 我が身も振り返りつつ、そう考える雪之丞。
 だが、敢えて、それを口には出さなかった。
 ただ、一言。

「……がんばれよ」
「はい……」

 ちょうど二人は階段を降りきったところだ。
 ビルを出て、ふと、空を見上げる。
 いつのまにか曇天は終わっており、あざやかな夕焼け空となっていた。


___________


 ちなみに……。
 ジェラシーから解放された少女は、この後しばらくしてから、クラスに復帰。
 明るく元気になった少女は、魅力的な女性となり、校外で彼氏もゲット。
 しかしクリスマス間際になっても手編みのセーターが完成せず、クラスメートが浮かれる教室で、一人で編み物に没頭することになるのだ。
 ドヨヨヨ〜ンとした空気を発して、ブツブツと何かつぶやきながら、チャカチャカと編み棒を操る少女。一種のノイローゼ状態であり、今度は妖怪ノイローゼを生み出すのだが……。
 それは、また別のお話である。


___________


 一方。
 雪之丞とブラック・レインコートの決着がついた頃、弓かおりは、夕暮れの河原にたたずんでいた。

「かおりーっ!!」

 自分を呼ぶ声がする。そちらに顔を向けると、友人の由美子が、走ってきていた。

「……大丈夫だった?」
「ええ、もちろんですわ」

 由美子の問いかけに、平然と答える。
 半分は強がりだが、半分は本音である。なにしろ、切り札は出していなかったのだから。
 弓式除霊術奥義、水晶観音。宝珠を強化服に変化させてパワーを増幅する技だ。
 だが、それを披露するほどの相手ではないと思ったのだ。ピンチになれば使ったかもしれないが、その前に救援が来たのだった。

「あ……。
 かおりも彼に助けられたの!?」

 由美子も、あの異形の男に救われたのだ。
 突然現れて、風香をサッと正気に戻した男。
 その風香の介抱は相方に任せて、由美子は、弓の様子を見にきたのだった。

「カッコは不気味だったけど、
 ちょっとイイ感じだったわね……」

 男のことを語る由美子の目は、王子様に憧れる少女のように、キラキラと輝いていた。
 弓は、少し顔をしかめる。

「あら……あんなの、
 たいしたことありませんわ。
 やっぱり、私たちのあこがれは、
 ……美神令子おねーさまだけ!!」

 別に、彼女は男嫌いなわけではない。
 男嫌いで有名な女神アルテミスは、月と狩猟の女神ということで時々弓を手にするが、だからといって『弓』を名前に冠した家系が男嫌いになるわけではないのだ。
 実は、由美子同様、弓も心の中では、

(たしかに……王子様だったのかも……)

 と思っている。少しだけだが。
 意識していればこそ、比べるかのように『美神令子』の名前を口にしてしまったのだ。
 だが、そうした乙女心は、まだまだ小さなものだった。今回の『王子様』への気持ちは、数日もしないうちに忘れてしまう程度。淡い淡い乙女心だった……。


___________


 その夜。
 事件の報告を終わらせて、雪之丞は、依頼人の屋敷をあとにする。

(さて、次は……どうしようか)

 元々あまり先の計画は立てていない上に、今回の事件は、予定よりも早く終わったのだ。これから何処へ行くというアテもなかった。

(ふところも、また寂しくなった……)

 今回の依頼料は、現金払いではなく、銀行振込ということになっている。
 今日明日の金には不自由しそうだが、貧乏には慣れているから、困りはしない。
 それよりも。

(修業の成果は……それなり、か)

 今日一日のバトルを振り返る。
 大男と、操られた少女と、雨合羽の怪人と。
 三連戦だった。
 自分の力が着実についてきたことを実感できたし、同時に、このままでは限界が近いとも感じる。

(そろそろ、妙神山へ行くべきだな……)

 そうだ、そうしよう。

(それならば、ついでに……)

 今晩の宿と夕飯を思い浮かべて。
 雪之丞の足は、友人のアパートの方角へと向かっていた。


___________
___________


 それから、しばらく経って……。


___________
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 クリスマス合コンに参加したと思ったら、いつのまにか雪ダルマの大群と戦っていた。
 何を言っているのかわからない話だが、頭がどうにかなることはなかった。さいわい、一人ではなかったからだ。

「こっちはまかせろ!!
 後ろは頼んだからなっ!!」
「フン……!!
 安心なさって、
 私はヘマなんかしないから!」

 伊達雪之丞は魔装術を、弓かおりは水晶観音を、それぞれ展開させて共闘する。

(かわいくねー女だが……)

 雪之丞は、かつて助けた少女が弓であると、気づいていなかった。あの時、意識のほとんどは敵に向けられており、弓のことはチラッと見ただけだったからだ。
 そもそも、今日の女の子たちの学校が、あの時の女子高だ……ということもわかっていない。おキヌから学校名を聞いていたはずだが、それが、頭の中であの学園とつながらなかった。おキヌがGSのエリート校に通うというイメージが、なかったのである。

(背中が頼りになるってのは……)

 一方、弓も気が付いていなかった。現在背中を預けている男こそ、あの時の『王子様』なのに……!
 だが、それも無理はないだろう。合コンでは最初、他の男性が気になっていたし、雪之丞の魔装術にしたところで、以前とは全く違うからだ。
 弓の『王子様』の魔装術は、もっとトゲトゲしい、モンスターのような形状だった。しかし妙神山での修業を経て、スマートに洗練され、むしろ正統派ヒーローのイメージに変わっていた。

(悪くない気分ね……!)

 そんな二人ではあったが、心の奥のアンテナは、お互いに正しく感知していたのかもしれない。
 なにしろ……。
 この後、二人は、恋人として付き合い始めるのだから。




       『乙女心の始まりは……』 完
   

   


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