「なんという薄幸の少女!
彼女は幽霊だったのですっ!
……会場の一同、
涙でむせんでおりますっ!!
『あの……だから帰してって……』
スケート場のミス・コンテストに紛れこんでしまったおキヌ。彼女は、審査員や観衆に、もみくちゃにされていた。
(どーしてこんなことに……)
元はと言えば、六道冥子が持ち込んだ騒動である。式神の一匹が――変身能力を持つマコラが――いなくなったので、それを探してくれと頼まれたのだ。
冥子自身は、心配で精神が不安定になり、絶賛暴走中。仕方なく、美神とおキヌが、町を探しまわったわけだが……。
美人に化けたマコラがミスコンに飛び入り参加。それを捕まえようとしたおキヌまで飛び入り参加と誤解され、しかも、いつのまにかおキヌは優勝者になっていたのだ。
(美神さん……助けて……)
しかし美神は、再び逃げ出したマコラを追うため、おキヌを放置。
さて、その美神はどうなったかというと。
「……添乗員さんとはぐれてしもうて」
「東京タワーはどこですかいのー」
「わしゃ便所に行きたい」
東京見物ツアーに来た老人たちに捕まって、やはりもみくちゃにされていた。大変なところにばかり逃げ込む、マコラのせいである。
「いや、あの、ちょっと……!!」
しかも、実はマコラ自身は一人で冥子のもとへ戻っていたりするので、おキヌや美神のやったことは、まったくの無駄骨であった。
「あああっ!!
冥子がからむと
なんでいつもこーなるのっ!?」
と嘆く美神であったが。
GSとしては同期の美神と冥子である。ある意味、仕方がないのだろう。
そして同期には、もう一人、厄介な女性GSが居るのである……。
『横島のいない世界』
第九話 見上げてみましょう夜の星を!
「ほう、一人減ってしまったあるか。
それは大変あるな……」
パイプをくゆらせながら、お客に商品を手渡す厄珍。
今日の相手は、三人の男たちだ。三人ともベレー帽をかぶり、コンバットジャケットを着ているが、軍人でもないし、ミリタリーオタクでもない。
厄珍の店に出入りしていることからも分かるように、こう見えても、GS業界の人間なのだ。
「うむ。
我々も困っているのだが、
欠員補充も難しくてな……」
彼らは小笠原エミGSオフィスで、アシスタントとして働いている。
所長のエミは霊体撃滅波という技を使うのだが、その準備のため三分間は無防備となってしまう。その間、彼女の四方で壁となり、霊の接近を阻むのが、彼らの仕事であった。
直に霊の攻撃を受ける以上、とても危険な仕事である。ついに一人リタイアしてしまったわけで、はたして今後三人で所長を守りきれるかどうか、彼ら自身、心配であった。
「それなら……いいアイテムがあるね!」
ニヤッと笑いながら、厄珍が一つの小箱を手にする。
パッケージに書かれた名称は『カタストロフA』。誰かで試してみたいと、前々から厄珍が思っていた薬だった。手頃な相手としてエミの助手たちを想定していたのだから(第八話参照)、これは絶好の機会である。
「どんなバカにも
サイキック・パワー宿るという薬。
……裏ルートでも
めったに手に入らない貴重品ね!」
三人は、お互いに顔を見合わせる。胡散臭いと思っているのだろう。
しかし。
「私この道のプロよ、信用するね!
何事も経験ある、試してみるよろし!」
三人の口に一粒ずつ、厄珍がカプセルを放り込む。
すると……。
___________
「テレポーテーション……!!
まるで……心に翼が生えたみたいだ!」
眼鏡の男――ジョー――が、広くもない店内で、瞬間移動を繰り返す。
「俺は……サイコキノになったぞ!」
顔に傷のある男――ヘンリー――は、店の商品を勝手に浮かして、遊んでいる。念動力を使えるようになったのだ。
そして、もう一人の男――ボビー――は。
「おお!
今日から俺のことは……
サイコメトラー・ボビーと呼んでくれ!」
どうやら、接触感応能力を獲得したらしい。あちこちをペタペタと触っては、残留思念を読み取っていた。
もちろん、彼らの能力は恒久的なものではない。この薬の効果は、一粒で五分しか続かないのだ。
そんな三人を眺めながら、厄珍がボソッとつぶやく。
「一人一つだけとは……
もともとの能力がよほど低いあるな」
普通の人間でさえ、カタストロフAを使えば、色々な超能力が使えるようになるのだ。ましてや、彼らはGS業界で働く人間なのだが……。日頃の業務内容が単なる肉の壁なだけに、仕方がないのかもしれない。
「口笛吹いて……夏の風のように瞬間移動!!」
「サイキック……グルグル回って何かになれ!」
「見える、見えるぞ!
そんな秘密があったとは……」
あまりに小声だったからだろうか。厄珍の言葉は、はしゃいでいる三人には、聞こえていなかった。
___________
「ハーイ令子」
舞台変わって、ここは、美神除霊事務所。
今日は、おキヌにとって初対面の女性GSが訪れていた。
(わあ……キレイな人……。
美神さんとは雰囲気違うけど……)
これが、応対に出たおキヌの第一印象である。
一方、美神は、その女性GSを見た途端、顔色を変えた。
「小笠原エミ……!?
ブードゥーからエジプトまで
呪いがご専門のあなたが、
いったいなんのご用かしら?」
「あらあ、本業はあくまでGSよ。
同業者に挨拶に来ても不思議はないわ」
「……GSですって!?
あんたの呪いでひどい目にあったのは
一度や二度じゃないわよ……!!」
「あらあら。
あたしの仕事のジャマしてるのは、
そちらさんでしょう……?
よその営業妨害しないと
やっていけないなんて……。
実力のないGSは、これだから困るわ」
エミは、毅然として胸をはり、美神の言葉を軽くいなしている。前のめりになって噛み付く美神とは、対照的な姿である。
「呪いをかけられた人間に依頼されて
それを祓うのは当然でしょっ!?」
「……何を言ってるワケ?
あたしは政府や国際機関の依頼で、
法の目をかいくぐる悪党を
おどしてるだけなんだけど……。
おたく……まさか、
悪人の手先に成り下がったのかしら?
やーねえ、これだから三流GSは……」
美神を相手に、エミは、一歩も引かない。それどころか、むしろ。
(美神さんが……押されてる……)
驚きで表情が凍りつくおキヌ。
こんな美神を見るのは、初めてである。
ある意味では六道冥子にもかなわない美神であるが、あれは、もう立っている土俵が違うから仕方がない。だが今回は、口喧嘩という同じフィールドで、負けているのだ。
(なんか……すごく根の深い関係みたい)
と、他人事のように眺めていたのだが。
「ところで……おたくが、
新しく入った助手なのね?」
突然エミが、美神との話を打ち切り、こちらを向いた。
「ふーん……聞いた通り、幽霊なのね。
こんなバカ女のとこなんか辞めて、
ウチに来る気はないかしら……!?」
考えるまでもない。
おキヌはパシッと即答する。
『ありませんっ!!』
「……まあ、いいわ。
それじゃ、また来るから……」
エミは、おキヌの返事に対して何の感慨も示さず、アッサリと帰っていった。
「何だったの、いったい……!?」
『さあ……!?』
まるで台風一過のような気分の、美神とおキヌであった。
___________
それからしばらくの後。
「金ならいくらでも出します!
どーか幽霊を退治していただきたい!!」
ヤクザの組長に雇われて、美神は、彼の屋敷に来ていた。
エミからは『悪人の手先』などと罵られたが、美神には美神の言い分があった。
犯罪者にも弁護士を雇う権利はあるのだ。相手が正当な料金を支払った以上、GSは、善悪など気にせずに、自分の職務を果たせば良いのだ。
「組長さん、私の見たところ……
毎晩あなたを襲うという幽霊は、
霊ではなくて呪いの類ですわ!」
対立中の暴力団の死んだ組長が、夜な夜な枕元に立って脅す。それだけならば、普通の幽霊だと考えても不思議はない。
だが、組同士の抗争に関して警察に全て話せと強要するのであれば、それは幽霊ではない。それでは警察が得をするだけだ。つまり……。
(エミに間違いないわ……!
警察と組んで
組織つぶしをもくろんでるわね。
タチの悪いマネを……!!)
美神には、すっかりお見通しだった。
(それに……おそらく、
おキヌちゃんの一件も……!!)
今日の美神は、おキヌを連れて来ていない。
実は、昨日からおキヌは行方不明なのだ。
少し前の事件があっただけに(第八話参照)、最初は厄珍を疑った美神だったが、よく考えてみれば明らかに違う。厄珍の危険性はおキヌも身を以て知ったわけで、もう二度と、おかしなアイテムを掴まされるはずがなかった。
調べてみると、どうやらおキヌは、買い物の途中で誘拐されたらしい。美神は、先日エミが事務所に来た時の様子を思い出し、彼女が無理矢理さらっていったのだと考えていた。
(いくらなんでも
強引過ぎる気もするけど……
何かあるんでしょうね、きっと)
___________
美神の推測は、正解だった。
おキヌは、いきなり現れた三人組に、呪縛ロープでグルグル巻きにされたのである。
なにしろ相手は、念動能力者と瞬間移動能力者と接触感応能力者だ。抵抗は無意味だった。
(美神さん……助けて……)
おキヌは今、縛られたままの状態で、夜の森の中に転がされていた。
どうやら魔法陣か何かの上らしい。おキヌの周りには、よくわからない文字とか円とか直線とかが書かれている。
さらに、おふだで結界が作られており、おキヌの逃亡も不可能となっていた。
そして。
「それじゃ……おたくには
ヨリシロになってもらうワケ」
と言いながら、おキヌの前に姿を現した黒幕。
小笠原エミであった。美神の事務所へ来た時とは、全く違う格好になっている。
袖のゆったりとした――それでいて下半身はスースーとした――怪しげな黒衣をまとい、頭には、羽飾りの目立つヘアバンド。メイクも何やら普通じゃないが、これらは全て、呪術のためのもの。呪いの儀式を始める際の、正装であった。
『ヨ……ヨリシロ……!?』
「あ、大丈夫!
別におたく自身に
憑依させるわけじゃないから。
ただ呪いの核として……
霊体を少し借りるだけ!」
サラッと語るエミ。
幽霊にとって、霊体を提供することはオオゴトなわけだが。
『や……やめてくださいっ!』
「そんなにおびえることなくてよ。
おたくも令子も死ぬワケじゃなし!」
おキヌが喚いても騒いでも、エミは動じない。
だが、彼女の言葉が、おキヌをおとなしくさせた。
『えっ……!?
美神……さん?』
「……当然でしょ。
なんでワザワザおたくを
連れてきたと思ったワケ!?」
おキヌは考える。
今、美神がおキヌを助けに来られないのは、美神自身の仕事があるからだ。
だが、もし、その仕事が、エミを相手どるものならば……。
(美神さんが反撃することが
……依頼を遂行することが、
私を助けることになるかも!?)
きっと、美神が来てくれる。
そう思えば、辛くはない。美神と二人なら、苦しくなんかないのだ……。
希望を胸に、顔を上げるおキヌ。夜空の小さな星の光が、二人を応援しているように見えた。
___________
暴れていた巫女幽霊も、おとなしくなった。
(これで準備はできたワケ。
あとは……連絡待ちね!)
まるでエミの気持ちをくんだかのように。
ドンピシャのタイミングで、突然、ジョー――アシスタントの一人――が出現した。
「確認しました!
ターゲットは……
美神令子を雇ったようです!」
それだけ告げて、再び消えるジョー。伝令兵として、瞬間移動で、ここと現場――組長の屋敷――とを往復しているのだ。
他の二人も、それぞれエスパー状態で、屋敷の近くに待機している。
(今回は……私の勝ちねっ!!)
キッカケは、三人組のエスパー化だった。ただし、超能力で美神をやりこめても、エミのプライドは満たされない。超能力はサポート程度に留めておいて、あくまでも、『呪い』で勝つべきなのだ。
そこで、美神の事務所まで偵察に出かけた。エスパー三人組という秘密兵器があるので心に余裕があり、口喧嘩は攻勢だったが、『呪い』に使えそうな巫女幽霊のスカウトには失敗。
考えてみれば、エスパーの件にしたところで、薬の数には限りがある。それに、いずれ副作用がありそうだ。しばらくは使えるだろうが、早めにケリをつけたほうがいい。
そんなわけで、おキヌ誘拐という強攻策に出たのだった。だが、無理をした甲斐もあったようだ。
「それじゃ……始めるワケ!」
勝利を確信しながら、エミは、呪いの踊りを開始した。
___________
「来た!!」
依頼人の屋敷で待ち構えていた美神。
彼女の目の前に、今、具現化した『呪い』が姿を現す。
「やっぱり!」
素人が見たら、泥人形だと思うかもしれない。だが、少しでも霊感がある人間ならば、それが持つ異様な霊気に気づくことだろう。
「……おキヌちゃんを使ったのねっ!」
暗黒色ではあるが、巫女装束をまとったような形をしている。顔立ちも、『呪い』となった分、少し異なってはいるものの、おキヌの面影を残していた。
「幽霊の霊体を投影することで
呪いのパワーをアップ……。
しかもおキヌちゃんは私の
そばのいることが多かったから、
私の霊能力にも免疫がある……。
それにおキヌちゃんの姿では、
私も攻撃をためらうかも……」
エミの意図を見抜く美神。
「なるほど、良い作戦だわ!
……でも!!」
『呪い』が迫ってきても、美神は、まだ余裕綽々。ニヤリと笑いながら、力強く叫んだ。
「エミ……!!
あんた大切なこと忘れてるわよ!」
___________
「ちょっと、どうなってるワケ!?」
見なくてもわかる。『呪い』を作り出したエミには、その手応えだけで、戦況が手に取るようにわかった。
エミの『呪い』は……美神を全く攻撃していないのだ!
『当然です!』
状況を察知したらしく、おキヌが答を述べる。
『私をもとにしたんですから!
……それが美神さんに
敵対するはずありません!!』
「……そんなっ!?」
おキヌは当然のような顔をしているが、エミにしてみれば、驚きであった。
本来この『呪い』に、コアとなった者の意志は反映されないはず。もちろん、わずかばかりの影響が出ても不思議ではないが、それにしても……。
「ええいっ……
この薄汚い巫女幽霊っ!!」
エミは、何やら怪しげな道具を取り出して。
「……あたしの言うとおりにするワケ!」
半ば八つ当たり気味に、おキヌをいじめ始めた。こんなの私のキャラじゃないな……とも思いながら。
___________
『あ……ああーッ!!』
美少女巫女悶絶絶叫……とタイトルを付けた上でビデオ撮影したくなるような、そんな光景だった。
なお、今エミが振り回しているのは、女性をいたぶる道具ではなくて、霊をいたぶる道具である。その意味で『怪しげ』なのである。念のため。
『助けて……美神さん……』
「無駄よ、無駄!
今ごろ令子は……」
しかし、その言葉を最後まで口にすることはなかった。
ガサガサ……ッ!!
背後の木々が音を立てて。
「よくもやってくれたわね!」
そこから、美神が飛び出してきたのだ。
『美神さん……!!』
「えっ……令子!?」
___________
エミの『呪い』が予定どおりの機能を発揮しなかったため、美神には、ゆとりができた。
近くに待機していた三人組を発見し、これを撃退。この場所を聞き出し、自ら乗り込んできたのだった。
「え……何それ……」
唖然として、開いた口がふさがらないエミ。
エスパー三人組が……戦闘描写も一切合切省略されるほど、アッサリ負けてしまうとは!
だが、まあ、エミの助手の戦闘シーンが省略されるのは、一種の御約束だ。
それに、サイコキノとテレポーターとサイコメトラーが美神に敗北するシーンというのも、詳しく描けない場面だったのだろう。
「観念しなさい!
現場をおさえりゃ……
呪いを破るのはカンタンよ!」
不敵に笑う美神令子。
もはや、追いつめられたのはエミの方だった。
三人組がいない以上、得意の霊体撃滅波も打てやしない。三分間も無防備でいたら、美神に何をされるか、わかったものではないからだ。
「ふ、ふん!
いいこと、令子。
負けたのはあたしじゃないわ、
あたしのアシスタントだけよ!」
精一杯の虚勢を張るエミ。
そうだ、『呪い』そのものが美神と戦って破れたわけではない。実際、『呪い』とは直接戦えないから、わざわざ美神はここまで来たのだろう。
「……呪いは負けてないワケ!」
それを捨て台詞として、エミは、走って逃げていく。
夜空を見上げて、星に誓うかのように、もう一度彼女は叫んでいた。
「次は……必ず私が勝つわっ!!」
一方。
美神は、まともにエミの相手などせず、おキヌを助け出す。
「大丈夫!?」
『はい、美神さんが来てくれると
……信じてましたから!』
そして、美神もおキヌも。
エミの去り際の言葉に対して、同じ感想を持っていた。
(あの『呪い』って……)
美神と戦うことすら出来なかったのだから、勝敗以前の問題……つまり大失敗だったのではないか、と。
(第十話に続く)
細かいことかもしれませんが、『上を向いて歩こう!!』の時期の話として書いているので、エミの一人称は『私』ではなく『あたし』にしておきました。
また、せっかくエミのアシスタント三人組をエスパーにするならば、そちらを華々しく活躍させる展開も書けそう……とも思ったのですが、作中にも書いたような理由で、わざと端折りました。
では、今後もよろしくお願いします。
(なお、この第八話を書くにあたって『上を向いて歩こう!!』の他に『式神を捜せ…!!』『サイキック・パワー売ります!!』『誰が為に鐘は鳴る!!』『虎よ、虎よ!!』『バッド・ガールズ!!』を参考にしました) (あらすじキミヒコ)