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横島のいない世界

第九話 見上げてみましょう夜の星を!


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:10/12/23

  
「なんという薄幸の少女!
 彼女は幽霊だったのですっ!
 ……会場の一同、
 涙でむせんでおりますっ!!
『あの……だから帰してって……』

 スケート場のミス・コンテストに紛れこんでしまったおキヌ。彼女は、審査員や観衆に、もみくちゃにされていた。

(どーしてこんなことに……)

 元はと言えば、六道冥子が持ち込んだ騒動である。式神の一匹が――変身能力を持つマコラが――いなくなったので、それを探してくれと頼まれたのだ。
 冥子自身は、心配で精神が不安定になり、絶賛暴走中。仕方なく、美神とおキヌが、町を探しまわったわけだが……。
 美人に化けたマコラがミスコンに飛び入り参加。それを捕まえようとしたおキヌまで飛び入り参加と誤解され、しかも、いつのまにかおキヌは優勝者になっていたのだ。
 
(美神さん……助けて……)

 しかし美神は、再び逃げ出したマコラを追うため、おキヌを放置。
 さて、その美神はどうなったかというと。

「……添乗員さんとはぐれてしもうて」
「東京タワーはどこですかいのー」
「わしゃ便所に行きたい」

 東京見物ツアーに来た老人たちに捕まって、やはりもみくちゃにされていた。大変なところにばかり逃げ込む、マコラのせいである。

「いや、あの、ちょっと……!!」

 しかも、実はマコラ自身は一人で冥子のもとへ戻っていたりするので、おキヌや美神のやったことは、まったくの無駄骨であった。

「あああっ!!
 冥子がからむと
 なんでいつもこーなるのっ!?」

 と嘆く美神であったが。
 GSとしては同期の美神と冥子である。ある意味、仕方がないのだろう。
 そして同期には、もう一人、厄介な女性GSが居るのである……。








    『横島のいない世界』

    第九話 見上げてみましょう夜の星を!








「ほう、一人減ってしまったあるか。
 それは大変あるな……」

 パイプをくゆらせながら、お客に商品を手渡す厄珍。
 今日の相手は、三人の男たちだ。三人ともベレー帽をかぶり、コンバットジャケットを着ているが、軍人でもないし、ミリタリーオタクでもない。
 厄珍の店に出入りしていることからも分かるように、こう見えても、GS業界の人間なのだ。

「うむ。
 我々も困っているのだが、
 欠員補充も難しくてな……」

 彼らは小笠原エミGSオフィスで、アシスタントとして働いている。
 所長のエミは霊体撃滅波という技を使うのだが、その準備のため三分間は無防備となってしまう。その間、彼女の四方で壁となり、霊の接近を阻むのが、彼らの仕事であった。
 直に霊の攻撃を受ける以上、とても危険な仕事である。ついに一人リタイアしてしまったわけで、はたして今後三人で所長を守りきれるかどうか、彼ら自身、心配であった。

「それなら……いいアイテムがあるね!」

 ニヤッと笑いながら、厄珍が一つの小箱を手にする。
 パッケージに書かれた名称は『カタストロフA』。誰かで試してみたいと、前々から厄珍が思っていた薬だった。手頃な相手としてエミの助手たちを想定していたのだから(第八話参照)、これは絶好の機会である。

「どんなバカにも
 サイキック・パワー宿るという薬。
 ……裏ルートでも
 めったに手に入らない貴重品ね!」

 三人は、お互いに顔を見合わせる。胡散臭いと思っているのだろう。
 しかし。

「私この道のプロよ、信用するね!
 何事も経験ある、試してみるよろし!」

 三人の口に一粒ずつ、厄珍がカプセルを放り込む。
 すると……。


___________

 
「テレポーテーション……!!
 まるで……心に翼が生えたみたいだ!」

 眼鏡の男――ジョー――が、広くもない店内で、瞬間移動を繰り返す。
 
「俺は……サイコキノになったぞ!」

 顔に傷のある男――ヘンリー――は、店の商品を勝手に浮かして、遊んでいる。念動力を使えるようになったのだ。
 そして、もう一人の男――ボビー――は。
 
「おお!
 今日から俺のことは……
 サイコメトラー・ボビーと呼んでくれ!」

 どうやら、接触感応能力を獲得したらしい。あちこちをペタペタと触っては、残留思念を読み取っていた。
 もちろん、彼らの能力は恒久的なものではない。この薬の効果は、一粒で五分しか続かないのだ。
 そんな三人を眺めながら、厄珍がボソッとつぶやく。

「一人一つだけとは……
 もともとの能力がよほど低いあるな」

 普通の人間でさえ、カタストロフAを使えば、色々な超能力が使えるようになるのだ。ましてや、彼らはGS業界で働く人間なのだが……。日頃の業務内容が単なる肉の壁なだけに、仕方がないのかもしれない。

「口笛吹いて……夏の風のように瞬間移動!!」
「サイキック……グルグル回って何かになれ!」
「見える、見えるぞ!
 そんな秘密があったとは……」
 
 あまりに小声だったからだろうか。厄珍の言葉は、はしゃいでいる三人には、聞こえていなかった。


___________

 
「ハーイ令子」

 舞台変わって、ここは、美神除霊事務所。
 今日は、おキヌにとって初対面の女性GSが訪れていた。

(わあ……キレイな人……。
 美神さんとは雰囲気違うけど……)

 これが、応対に出たおキヌの第一印象である。
 一方、美神は、その女性GSを見た途端、顔色を変えた。

「小笠原エミ……!?
 ブードゥーからエジプトまで
 呪いがご専門のあなたが、
 いったいなんのご用かしら?」
「あらあ、本業はあくまでGSよ。
 同業者に挨拶に来ても不思議はないわ」
「……GSですって!?
 あんたの呪いでひどい目にあったのは
 一度や二度じゃないわよ……!!」
「あらあら。
 あたしの仕事のジャマしてるのは、
 そちらさんでしょう……?
 よその営業妨害しないと
 やっていけないなんて……。
 実力のないGSは、これだから困るわ」

 エミは、毅然として胸をはり、美神の言葉を軽くいなしている。前のめりになって噛み付く美神とは、対照的な姿である。

「呪いをかけられた人間に依頼されて
 それを祓うのは当然でしょっ!?」
「……何を言ってるワケ?
 あたしは政府や国際機関の依頼で、
 法の目をかいくぐる悪党を
 おどしてるだけなんだけど……。
 おたく……まさか、
 悪人の手先に成り下がったのかしら?
 やーねえ、これだから三流GSは……」

 美神を相手に、エミは、一歩も引かない。それどころか、むしろ。

(美神さんが……押されてる……)

 驚きで表情が凍りつくおキヌ。
 こんな美神を見るのは、初めてである。
 ある意味では六道冥子にもかなわない美神であるが、あれは、もう立っている土俵が違うから仕方がない。だが今回は、口喧嘩という同じフィールドで、負けているのだ。

(なんか……すごく根の深い関係みたい)

 と、他人事のように眺めていたのだが。

「ところで……おたくが、
 新しく入った助手なのね?」

 突然エミが、美神との話を打ち切り、こちらを向いた。

「ふーん……聞いた通り、幽霊なのね。
 こんなバカ女のとこなんか辞めて、
 ウチに来る気はないかしら……!?」

 考えるまでもない。
 おキヌはパシッと即答する。

『ありませんっ!!』
「……まあ、いいわ。
 それじゃ、また来るから……」

 エミは、おキヌの返事に対して何の感慨も示さず、アッサリと帰っていった。

「何だったの、いったい……!?」
『さあ……!?』

 まるで台風一過のような気分の、美神とおキヌであった。


___________

 
 それからしばらくの後。

「金ならいくらでも出します!
 どーか幽霊を退治していただきたい!!」

 ヤクザの組長に雇われて、美神は、彼の屋敷に来ていた。
 エミからは『悪人の手先』などと罵られたが、美神には美神の言い分があった。
 犯罪者にも弁護士を雇う権利はあるのだ。相手が正当な料金を支払った以上、GSは、善悪など気にせずに、自分の職務を果たせば良いのだ。

「組長さん、私の見たところ……
 毎晩あなたを襲うという幽霊は、
 霊ではなくて呪いの類ですわ!」

 対立中の暴力団の死んだ組長が、夜な夜な枕元に立って脅す。それだけならば、普通の幽霊だと考えても不思議はない。
 だが、組同士の抗争に関して警察に全て話せと強要するのであれば、それは幽霊ではない。それでは警察が得をするだけだ。つまり……。

(エミに間違いないわ……!
 警察と組んで
 組織つぶしをもくろんでるわね。
 タチの悪いマネを……!!)

 美神には、すっかりお見通しだった。

(それに……おそらく、
 おキヌちゃんの一件も……!!)

 今日の美神は、おキヌを連れて来ていない。
 実は、昨日からおキヌは行方不明なのだ。
 少し前の事件があっただけに(第八話参照)、最初は厄珍を疑った美神だったが、よく考えてみれば明らかに違う。厄珍の危険性はおキヌも身を以て知ったわけで、もう二度と、おかしなアイテムを掴まされるはずがなかった。
 調べてみると、どうやらおキヌは、買い物の途中で誘拐されたらしい。美神は、先日エミが事務所に来た時の様子を思い出し、彼女が無理矢理さらっていったのだと考えていた。

(いくらなんでも
 強引過ぎる気もするけど……
 何かあるんでしょうね、きっと)


___________

 
 美神の推測は、正解だった。
 おキヌは、いきなり現れた三人組に、呪縛ロープでグルグル巻きにされたのである。
 なにしろ相手は、念動能力者と瞬間移動能力者と接触感応能力者だ。抵抗は無意味だった。
 
(美神さん……助けて……)

 おキヌは今、縛られたままの状態で、夜の森の中に転がされていた。
 どうやら魔法陣か何かの上らしい。おキヌの周りには、よくわからない文字とか円とか直線とかが書かれている。
 さらに、おふだで結界が作られており、おキヌの逃亡も不可能となっていた。
 そして。

「それじゃ……おたくには
 ヨリシロになってもらうワケ」

 と言いながら、おキヌの前に姿を現した黒幕。
 小笠原エミであった。美神の事務所へ来た時とは、全く違う格好になっている。
 袖のゆったりとした――それでいて下半身はスースーとした――怪しげな黒衣をまとい、頭には、羽飾りの目立つヘアバンド。メイクも何やら普通じゃないが、これらは全て、呪術のためのもの。呪いの儀式を始める際の、正装であった。

『ヨ……ヨリシロ……!?』
「あ、大丈夫!
 別におたく自身に
 憑依させるわけじゃないから。
 ただ呪いの核として……
 霊体を少し借りるだけ!」

 サラッと語るエミ。
 幽霊にとって、霊体を提供することはオオゴトなわけだが。

『や……やめてくださいっ!』
「そんなにおびえることなくてよ。
 おたくも令子も死ぬワケじゃなし!」

 おキヌが喚いても騒いでも、エミは動じない。
 だが、彼女の言葉が、おキヌをおとなしくさせた。

『えっ……!?
 美神……さん?』
「……当然でしょ。
 なんでワザワザおたくを
 連れてきたと思ったワケ!?」

 おキヌは考える。
 今、美神がおキヌを助けに来られないのは、美神自身の仕事があるからだ。
 だが、もし、その仕事が、エミを相手どるものならば……。

(美神さんが反撃することが
 ……依頼を遂行することが、
 私を助けることになるかも!?)

 きっと、美神が来てくれる。
 そう思えば、辛くはない。美神と二人なら、苦しくなんかないのだ……。
 希望を胸に、顔を上げるおキヌ。夜空の小さな星の光が、二人を応援しているように見えた。


___________

 
 暴れていた巫女幽霊も、おとなしくなった。
 
(これで準備はできたワケ。
 あとは……連絡待ちね!)

 まるでエミの気持ちをくんだかのように。
 ドンピシャのタイミングで、突然、ジョー――アシスタントの一人――が出現した。

「確認しました!
 ターゲットは……
 美神令子を雇ったようです!」

 それだけ告げて、再び消えるジョー。伝令兵として、瞬間移動で、ここと現場――組長の屋敷――とを往復しているのだ。
 他の二人も、それぞれエスパー状態で、屋敷の近くに待機している。

(今回は……私の勝ちねっ!!)

 キッカケは、三人組のエスパー化だった。ただし、超能力で美神をやりこめても、エミのプライドは満たされない。超能力はサポート程度に留めておいて、あくまでも、『呪い』で勝つべきなのだ。
 そこで、美神の事務所まで偵察に出かけた。エスパー三人組という秘密兵器があるので心に余裕があり、口喧嘩は攻勢だったが、『呪い』に使えそうな巫女幽霊のスカウトには失敗。
 考えてみれば、エスパーの件にしたところで、薬の数には限りがある。それに、いずれ副作用がありそうだ。しばらくは使えるだろうが、早めにケリをつけたほうがいい。
 そんなわけで、おキヌ誘拐という強攻策に出たのだった。だが、無理をした甲斐もあったようだ。

「それじゃ……始めるワケ!」

 勝利を確信しながら、エミは、呪いの踊りを開始した。


___________

 
「来た!!」

 依頼人の屋敷で待ち構えていた美神。
 彼女の目の前に、今、具現化した『呪い』が姿を現す。

「やっぱり!」

 素人が見たら、泥人形だと思うかもしれない。だが、少しでも霊感がある人間ならば、それが持つ異様な霊気に気づくことだろう。
 
「……おキヌちゃんを使ったのねっ!」

 暗黒色ではあるが、巫女装束をまとったような形をしている。顔立ちも、『呪い』となった分、少し異なってはいるものの、おキヌの面影を残していた。

「幽霊の霊体を投影することで
 呪いのパワーをアップ……。
 しかもおキヌちゃんは私の
 そばのいることが多かったから、
 私の霊能力にも免疫がある……。
 それにおキヌちゃんの姿では、
 私も攻撃をためらうかも……」

 エミの意図を見抜く美神。

「なるほど、良い作戦だわ!
 ……でも!!」

 『呪い』が迫ってきても、美神は、まだ余裕綽々。ニヤリと笑いながら、力強く叫んだ。

「エミ……!!
 あんた大切なこと忘れてるわよ!」


___________

 
「ちょっと、どうなってるワケ!?」

 見なくてもわかる。『呪い』を作り出したエミには、その手応えだけで、戦況が手に取るようにわかった。
 エミの『呪い』は……美神を全く攻撃していないのだ!

『当然です!』

 状況を察知したらしく、おキヌが答を述べる。

『私をもとにしたんですから!
 ……それが美神さんに
 敵対するはずありません!!』
「……そんなっ!?」

 おキヌは当然のような顔をしているが、エミにしてみれば、驚きであった。
 本来この『呪い』に、コアとなった者の意志は反映されないはず。もちろん、わずかばかりの影響が出ても不思議ではないが、それにしても……。

「ええいっ……
 この薄汚い巫女幽霊っ!!」

 エミは、何やら怪しげな道具を取り出して。

「……あたしの言うとおりにするワケ!」

 半ば八つ当たり気味に、おキヌをいじめ始めた。こんなの私のキャラじゃないな……とも思いながら。


___________

 
『あ……ああーッ!!』

 美少女巫女悶絶絶叫……とタイトルを付けた上でビデオ撮影したくなるような、そんな光景だった。
 なお、今エミが振り回しているのは、女性をいたぶる道具ではなくて、霊をいたぶる道具である。その意味で『怪しげ』なのである。念のため。

『助けて……美神さん……』
「無駄よ、無駄!
 今ごろ令子は……」

 しかし、その言葉を最後まで口にすることはなかった。
 
 ガサガサ……ッ!!

 背後の木々が音を立てて。

「よくもやってくれたわね!」

 そこから、美神が飛び出してきたのだ。

『美神さん……!!』
「えっ……令子!?」


___________

 
 エミの『呪い』が予定どおりの機能を発揮しなかったため、美神には、ゆとりができた。
 近くに待機していた三人組を発見し、これを撃退。この場所を聞き出し、自ら乗り込んできたのだった。

「え……何それ……」

 唖然として、開いた口がふさがらないエミ。
 エスパー三人組が……戦闘描写も一切合切省略されるほど、アッサリ負けてしまうとは!
 だが、まあ、エミの助手の戦闘シーンが省略されるのは、一種の御約束だ。
 それに、サイコキノとテレポーターとサイコメトラーが美神に敗北するシーンというのも、詳しく描けない場面だったのだろう。

「観念しなさい!
 現場をおさえりゃ……
 呪いを破るのはカンタンよ!」

 不敵に笑う美神令子。
 もはや、追いつめられたのはエミの方だった。
 三人組がいない以上、得意の霊体撃滅波も打てやしない。三分間も無防備でいたら、美神に何をされるか、わかったものではないからだ。

「ふ、ふん!
 いいこと、令子。
 負けたのはあたしじゃないわ、
 あたしのアシスタントだけよ!」

 精一杯の虚勢を張るエミ。
 そうだ、『呪い』そのものが美神と戦って破れたわけではない。実際、『呪い』とは直接戦えないから、わざわざ美神はここまで来たのだろう。

「……呪いは負けてないワケ!」

 それを捨て台詞として、エミは、走って逃げていく。
 夜空を見上げて、星に誓うかのように、もう一度彼女は叫んでいた。

「次は……必ず私が勝つわっ!!」

 一方。
 美神は、まともにエミの相手などせず、おキヌを助け出す。

「大丈夫!?」
『はい、美神さんが来てくれると
 ……信じてましたから!』

 そして、美神もおキヌも。
 エミの去り際の言葉に対して、同じ感想を持っていた。

(あの『呪い』って……)

 美神と戦うことすら出来なかったのだから、勝敗以前の問題……つまり大失敗だったのではないか、と。



(第十話に続く)
   


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