「最近ひんぱんに幽霊が現れて、
のぞき、下着ドロ、チカン行為などの
被害が続出しておりますの!」
背後に年老いた男性を従え、説明をする中年女性。この女子校の理事長である。
「伝統を誇る度粉園女学院としては
ゆゆしき事態ですわ。
早急に除霊をお願いします」
場所は校長室なので、彼女が今座っている椅子も、本来ならば後ろに立つ男性の席だ。しかし、理事長と校長という力関係のせいか、あるいは別の理由があってか、我が物顔で占めているのだった。
そんな二人を前にして、
「ご心配なく!
私が来たからには、
変態幽霊の一匹や二匹、
ただちに排除してみせますわ」
自信を持って言い切るのは、ゴーストスイーパー美神令子。
二の腕やら胸元やら太ももやら、露出の多い服装をしているが、別に変態幽霊を挑発するためではない。ただ、いつもの恰好で来ただけだった。
「……で、
幽霊に心当たりはあります?」
「あ、その……」
校長が答えようとするが、理事長が遮ってしまう。
「いーええ!
まったくございませんのよ。
私が理事長になって主人が校長になって
もー20年ですけど、こんなことは
今までなかったんですのよ」
「いや、あの……」
再び何か言いかける校長。
だが、それを無視して、理事長は続けていた。
「あ、そーだわ!
先月から新しい校舎を増築してるんですの。
ひょっとしたらそれが原因かも……」
「……わかりました。
今日中には片付けますわ」
と言って立ち上がる美神。
(白髪の校長の奥さんってことは、
このオバサン、けっこう若作りしてるのね。
そして校長の方は、女房の尻に敷かれて、
言いたいことも言えない状態……)
校長が何か情報を握っているらしい。
そう考える美神だが、この場では聞き出せないだろうとも察していた。
だから、とりあえず、理事長の話に納得した態度を示す。
そして、
「報酬の方、よろしく!
では!」
営業スマイルを浮かべて、校長室から立ち去った。
___________
「新校舎か……」
安全第一と記された白いカバーで、建物は覆われている。
いや、覆われているのは、正確には建物そのものではなく、周囲に組まれた鉄骨の足場のようだ。上の方には布がかかっていないため、それだけは見てとれた。
「工事前は林だったっていうけど、
何も感じないなあ……」
美神は、まずは理事長の言葉に従って、ここへ来たのだった。
(一応、中を調べた方がいいわね)
と思いつつ、後ろを振り返る。
「おキヌちゃん、いる?」
虚空に呼びかける美神。
今日もおキヌは一緒だが、姿を消しているように指示しておいたのだ。
幽霊騒動の現場に他の幽霊を出現させては話がややこしくなる、という配慮からである。
しかし。
「……いないみたいね」
返事はない。
(勝手に学校の中を
調べに行っちゃったのかしら?
……ま、いっか)
先日のオフィスビルの一件のように、おキヌの自主性が、思わぬプラスになることもあるのだ。
少しくらい自由に行動させても構わないだろう。
そう判断して、
(それじゃ、ここは私が……)
美神は、自ら工事現場へ入って行くのだった。
『横島のいない世界』
第三話 女子校は大パニックです!
「次の体育ってさ、ハードルだって」
「えーっ、かったるいなー」
ある者は、この後の授業についてコメントし、
「あんた昨日、渋谷でデートしてたでしょ」
「えーっ、ウソウソっ」
またある者は、男女交際の話で盛り上がり。
キャピキャピ少女たちが、ワイワイ賑やかに着替えている。
そんな彼女たちの様子を、秘かに眺める存在があった。
(これが現代の若い女のコなんだ……)
おキヌである。
彼女は、天井に全身を埋める形で、顔だけのぞかせて全体を俯瞰していた。
今回の除霊対象は、覗きや下着ドロをする変態幽霊。だから更衣室へ来る可能性は高いのだが、おキヌとしては、そこまで考えていたわけではない。何か情報を得ようと校内を彷徨っている間に、何となく惹かれてやって来たのだった。
(美神さんとは違うけど……でも、
この人たちも、みんなキレイ!)
下着姿の女子生徒たちを見ていると、それだけで、なんだか気持ちがいい。自分が何しに来たのか、つい忘れてしまうほどだ。
しかし、そんなウットリした気分も、長くは続かなかった。
「キャーッ、チカンーッ!!」
轟く叫びを耳にして、
(わあっ、ごめんなさいーっ!)
ビクッと咄嗟に姿を消すおキヌ。
だが、
(……あれ!?)
よく見ると、今の声の主は、眼下の少女たちではない。
ただし、彼女たちにも同じ声が届いたらしい。
「何かしら、今の!?」
「……例の幽霊が出たんだわ!」
「よかった、ここじゃなくて」
「なに言ってんの!
今のうちに早く逃げなくちゃ、
私たちも襲われちゃうわ!」
一瞬遅れて、おキヌも状況を理解する。
(私……行かなくちゃ!)
___________
「いやああっ」
「きゃーっ、やだーっ」
逃げ回る半裸の少女たちの中。
『うひゃひゃひゃ。
ちち……しり……ふともも……!』
一人の幽霊が暴れ回っている。
そこに、
『まちなさい!』
バンッとドアを開けて、おキヌが飛び込んできた。
おキヌだって幽霊なので、実は、ドアを開ける必要はない。だが、半分はその場のノリ、半分は注意を自分に引きつけるためである。
『こんな可愛い女のコたちに
悪さをするなんて、許せないです。
……変態幽霊さん、
このGS助手おキヌが相手です!』
美神が来るまで、ターゲットをここに足止めしよう。
勇気を振り絞って、キッと敵を睨みつけるおキヌだったが……。
『ちち……しり……ふともも……。
……ハカマ姿の美少女!!』
脱ぎかけ着かけの女性たちの中だからこそ、キッチリ着込んだ姿が良いアクセントとなったのであろうか。
あるいは、露出度では下着姿に負けるものの、巫女装束には独特の魅力があったのであろうか。
変態幽霊が、まばゆいフトモモではなく、ハカマに異常な興奮を示す。そして、おキヌに照準を切り替えた!
『きゃーっ!
ごめんなさい、
私には無理でした。
助けて、美神さんーっ!』
涙目で逃げ出すおキヌ。
それを追って、変態幽霊も廊下へ。
残されたのは、着替え中だった生徒たち。
「あの巫女さんも幽霊みたいだったけど……」
「……体を張って、
私たちを助けてくれたのね!」
「あなたの尊い犠牲は忘れません。
……ありがとう!」
彼女たちは、おキヌに感謝するのであった。
___________
一方、その頃。
「ここね……」
人形型の霊体検知器を手にした美神は、工事現場のはずれに来ていた。
工事中の現場監督も同行しているが、美神は、彼を見てはいない。
彼女が目を向けているのは、古い枯れ井戸。そこに、かすかな霊気の痕跡が残っているのだ。
中を覗き込んでみるが、見た感じでは、特別な物は何もなかった。
「死体か何か埋まってなかったかしら?」
「冗談言わんでください!
そんなもん出たら大騒ぎですよ」
現場の責任者に尋ねてみても、手がかりとなるような答えは得られない。
美神の質問は、ただ彼を不安にさせただけだった。
「……おかしいわ」
ひとりごちる美神。
確かに、検出される霊気の強さから判断すると、ここで誰かが死んだわけではなさそうだが……。
「フタをはずした時期と
幽霊の出現は一致するわ」
やはり、この井戸に霊が封印されていたとしか考えられない。
「こうなったら……
封印した人間に聞くしかないわね。
……ちょうど何か言いたそうだったし」
そうつぶやいて、美神は工事現場から立ち去る。
あとには、ただ、
「ここから……幽霊が!?」
すっかり怯えてしまった現場監督だけが、残されていた。
___________
『ああ怖かった……。
ここまで来れば、もう大丈夫ですよね?』
おキヌは今、更衣室から離れた廊下の片隅で、フワフワ浮かんでいる。
変態幽霊から逃げきって、胸を撫で下ろしているところだった。
『それにしても……』
ホッとしたためか、あるいは、怖い経験を忘れるためか。
おキヌは、ふと、さきほど眺めた着替えシーンを頭に浮かべてみる。
だが、同時に、あのときの自分の気持ちも思い出してしまい、小さな言葉が口から漏れる。
『私……ちょっとヘンなのかな』
山で普通に幽霊をしていた時には分からなかったこと。
美神と知り合ってから初めて分かったこと。
それは、女性に対してトキメキを感じてしまうということだった。
『私だって女のコなのに。
あの女のコたちを見てたら、
何だか気持ちが……』
もちろん、美神に対する想いほど強くはない。
おキヌにとって、美神は特別な女性だ。
それでも。
『男の人に対しては、
あんな気持ちにならないのに……』
うつむきながら、考え込んでしまう。
そのために、おキヌは、彼女に近寄る者の存在に気付かなかった。
「いや君、人として
それはしごく自然じゃないかね。
若くてキレイな女子高生に
見とれるのは当然じゃないかね!」
ハッと顔を上げると、そこに立っていたのは白髪の男性。
理事長と美神が話をする場に、おキヌも、姿を消した状態ではあったが、途中までは同席していた。だから、彼が誰なのか、ちゃんと知っている。
『こ、校長!?』
「美しいものを愛でる気持ち……
それこそ、生きているということだよ!」
教育者の口調で、校長は続ける。
『見たところ君は幽霊のようだが、
……しかし、君の心は
シッカリ生きているのだな」
___________
「私はね……。
ヒラの教員だった時、
理事長の娘に見染められ
彼女と結婚して……」
おキヌを連れて屋上に上がった校長は、煙草を吹かしながら、昔を物語る。
それは、幸せな結婚生活の思い出。
しかし。
「わしも当時は若かった!
わかるか!?」
十代の少女に囲まれた職場。
ついつい、ちち・しり・ふとももに目が行ってしまう。
それは、男としては不可抗力。だが、若い妻は、それすら許さない。
「だから、わしは夜な夜な
雑木林の枯れ井戸で叫んだのじゃよ。
『ちちしりふとももーっ!!』とな」
若き胸の内を井戸の中に吐き捨てる。これを毎晩毎晩繰り返した結果、女子高生の美しさに何も感じないようになってしまった。
それは、ある意味、男として枯れてしまった――死んでしまった――ようなものなのだ……。
___________
「なるほど。
あの幽霊は『イドの怪物』だったわけね」
『……美神さん!』
ハッとして振り返るおキヌ。
いつのまにか、美神が後ろに立っていたのだ。
おキヌの霊気を検知器で追って、ここまで来たのだろう。そう考えたおキヌだったが、それよりも、美神の言葉の意味が分からない。
(井戸の怪物……?)
変態幽霊の正体は、昔の校長の積もり積もった執念が霊的な力をつけたもの。だから美神は『イド(潜在意識)の怪物』と評したのだが、それは、おキヌに通じる表現ではなかった。
ただし、美神としては説明のつもりで発した言葉ではなく、むしろ独り言に近い。だから、おキヌが理解できなくても、そのまま話を続けていた。
「ま、そーとわかれば話は早いわ。
あいつをあるべきところに返せばいいのよ」
美神が思いついた解決策は、除霊道具も一切使わない、一番安上がりな方法だ。
「ねじまがった心のひずみよ!
さまよえる魂よ……!
生まれいでたる者のもとへ戻り、
主と一つになるがいい……!!」
と唱えてから、校長の額に、人差し指を突きつける。
そして。
ビュン!
美神に召還されて、問題の幽霊が出現した。
「OK、来たわ。
心を開いて受け入れて!」
明るい表情で言葉を投げかける美神。
しかし、当事者の校長にとって、それは容易ではなかった。もはや老いさらばえた身、今さら若き日の煩悩に戻られても迷惑千万なのだ。
彼の態度を見て、美神が慌てる。
「あっ、バカ!
心を開かなきゃ……
また暴れ出すじゃないのよっ!!」
___________
『ちちしりふとももーっ!!』
煩悩霊が、露出度タップリな美神に襲いかかる!
「この……!」
今の美神は、破魔札も神通棍も手にしていない。
彼女が突き出した腕をアッサリかわす幽霊。そのまま死角へ回りこみ、再度、美神を襲撃する。
『ちちしりふとももーっ!!』
ビリリッ!
美神の服が破られた。
布切れとなったそれはハラリと地に落ち、純白の下着があらわになる。
『美神さんーっ!』
おキヌが動き出した。
これ以上、黙って見ていられないのだ。
『やらせません、やらせません!
悪霊さんから……
私が美神さんを守ります!!』
「きゃっ!?」
美神にギュッと抱きつくおキヌ。
その勢いで美神は転んでしまったので、おキヌが上から美神にのしかかる形となっていた。
変態幽霊から美神を守る盾として、そして、美神が失った洋服の代わりとして。
おキヌは、全身で美神を覆っているのだ。
しかし。
「ちょっと、おキヌちゃん。
やめなさいってば……ぁん!」
___________
おキヌが邪魔で、美神は戦えない。だから美神は、おキヌを引きはがそうとする。
一方、おキヌは、美神を守っているつもりだった。だから、いっそうの力を込めて美神にしがみつく。
そんな二人を前にして、校長の身に、異変が生じようとしていた。
(な……なんじゃ、この感覚は……!?
忘れていた何かを思い出しそうな……)
横たわった二人の女性が、くんずほぐれつ。
下になっている美神は、自他共に認める美女。
煩悩霊に服を破られただけでなく、おキヌと揉み合っているうちに下着までずれてしまったらしい。ちち・しり・ふとももが剥き出しとなっていた。
上にのっているのは、美少女幽霊のおキヌ。
一般的に幽霊は足をボウッと消してしまうことが多いのだが、今の彼女は、ハッキリと具現化させている。しかも、着衣が動きで乱れているために、緋色のハカマの奥からはスラリとした脚が、そして白い巫女服の隙間からはスレンダーな胸元が、それぞれチラリと見えているのだった。
(……いや、新しい何かに目覚めそうな!)
絡み合う女と女。
丸見えイズムとチラリズム。
その光景が刺激となって、校長の心もスイッチ・オン。
バシュッ!
捨て去ったはずの煩悩幽霊と同調。それは、めでたく校長の中に戻るのだった。
___________
こうして、無事に事件は解決。
十分な報酬を受け取り、ご機嫌な気分で帰路につく美神だったが……。
『……ごめんなさい』
「ん?
なーに、おキヌちゃん?」
美神の後ろに浮かぶおキヌは、少し暗い表情をしていた。
『私……ちょっと暴走しちゃったみたいで』
おキヌは、最後の屋上での一幕を気にしているようだ。
だから、美神は、慰め混じりの言葉をかける。
「まあ……ね。
たまたま役に立ったからいいけど、
でも、あれは、さすがに……。
今度からは気をつけてね?」
美神は、ちゃんと理解していた。
幽霊が校長の中に戻ったタイミングから判断すれば、おキヌとの行為をどう見られたのか、明らかだったのだ。
そんな意図はないのに勝手にレズシーンだと受け取られたのは憤慨ものだが、それが事件解決のキッカケとなったのであれば、仕方あるまい。必然性があればヌードだって躊躇わない、そうしたプロ意識を美神は持っている。
『はい、気をつけます。
でも……。
あのう、私……』
美神の言葉に頷いたおキヌは、さらに言葉を続けていた。
『……もしかして、
生前は男だったんでしょうか?』
思わずコケてしまう美神。
それから、半ば呆れたような視線を、おキヌに向ける。
「そんなわけないでしょ」
美神は知らない。おキヌが今日『私……ちょっとヘンなのかな』と自問自答していたことを。
だから美神にしてみれば、この発言は、おキヌの天然ボケの一例でしかなかった。
「どっからどう見ても、
おキヌちゃんは女のコよ。
現代ならまだしも、江戸時代には
ニューハーフだってないだろうし……」
と言いながら、美神は、おキヌを凝視する。
頭の上から足の先まで、丹念に値踏みするかのような視線だった。
ジーッと見つめられて恥ずかしくなったのだろうか、おキヌの頬がポウッと赤くなる。
「おキヌちゃんって、山の噴火を
鎮めるために差し出されたんだから、
清純な乙女だったに決まってるわ。
……オカマなんて差し出したら、
それこそ山が怒っちゃうわよ」
苦笑する美神だが、彼女の口調には、優しさが含まれている。
それを感じ取ったおキヌは、
『……そうですね』
表情を和らげて、コクンと頷くのだった。
(第四話に続く)
今後も、一週間に一回か、二週間に一回か、一週間に二回か、それくらいのペースで投稿していきたいです。
皆様、最後までよろしくお願いします。
(なお、この第三話を書くにあたって『女子校大パニック!!』の他に『式神を捜せ…!!』『美神除霊事務所出動せよ!!』を参考にしました) (あらすじキミヒコ)
でもこういう実験的なSSは新鮮で良いです
このままおキヌが百合で変態な道に進んだら
おキヌの横島化。怖いけど、ちょっと見てみたいような
そういえば山って男に準えられますね
たしかにオカマ送られたら、怒るどころか消滅したくなっちゃうかも
あ、船が女人禁制だったのも、女に準えられるからなのかな (シル=D)