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横島のいない世界

第三話 女子校は大パニックです!


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:09/ 1/26

    
「最近ひんぱんに幽霊が現れて、
 のぞき、下着ドロ、チカン行為などの
 被害が続出しておりますの!」

 背後に年老いた男性を従え、説明をする中年女性。この女子校の理事長である。

「伝統を誇る度粉園女学院としては
 ゆゆしき事態ですわ。
 早急に除霊をお願いします」

 場所は校長室なので、彼女が今座っている椅子も、本来ならば後ろに立つ男性の席だ。しかし、理事長と校長という力関係のせいか、あるいは別の理由があってか、我が物顔で占めているのだった。
 そんな二人を前にして、

「ご心配なく!
 私が来たからには、
 変態幽霊の一匹や二匹、
 ただちに排除してみせますわ」

 自信を持って言い切るのは、ゴーストスイーパー美神令子。
 二の腕やら胸元やら太ももやら、露出の多い服装をしているが、別に変態幽霊を挑発するためではない。ただ、いつもの恰好で来ただけだった。

「……で、
 幽霊に心当たりはあります?」
「あ、その……」

 校長が答えようとするが、理事長が遮ってしまう。

「いーええ!
 まったくございませんのよ。
 私が理事長になって主人が校長になって
 もー20年ですけど、こんなことは
 今までなかったんですのよ」
「いや、あの……」

 再び何か言いかける校長。
 だが、それを無視して、理事長は続けていた。

「あ、そーだわ!
 先月から新しい校舎を増築してるんですの。
 ひょっとしたらそれが原因かも……」
「……わかりました。
 今日中には片付けますわ」

 と言って立ち上がる美神。

(白髪の校長の奥さんってことは、
 このオバサン、けっこう若作りしてるのね。
 そして校長の方は、女房の尻に敷かれて、
 言いたいことも言えない状態……)

 校長が何か情報を握っているらしい。
 そう考える美神だが、この場では聞き出せないだろうとも察していた。
 だから、とりあえず、理事長の話に納得した態度を示す。
 そして、

「報酬の方、よろしく!
 では!」

 営業スマイルを浮かべて、校長室から立ち去った。


___________

 
「新校舎か……」

 安全第一と記された白いカバーで、建物は覆われている。
 いや、覆われているのは、正確には建物そのものではなく、周囲に組まれた鉄骨の足場のようだ。上の方には布がかかっていないため、それだけは見てとれた。

「工事前は林だったっていうけど、
 何も感じないなあ……」

 美神は、まずは理事長の言葉に従って、ここへ来たのだった。
 
(一応、中を調べた方がいいわね)

 と思いつつ、後ろを振り返る。

「おキヌちゃん、いる?」

 虚空に呼びかける美神。
 今日もおキヌは一緒だが、姿を消しているように指示しておいたのだ。
 幽霊騒動の現場に他の幽霊を出現させては話がややこしくなる、という配慮からである。
 しかし。

「……いないみたいね」

 返事はない。
 
(勝手に学校の中を
 調べに行っちゃったのかしら?
 ……ま、いっか)

 先日のオフィスビルの一件のように、おキヌの自主性が、思わぬプラスになることもあるのだ。
 少しくらい自由に行動させても構わないだろう。
 そう判断して、

(それじゃ、ここは私が……)

 美神は、自ら工事現場へ入って行くのだった。








    『横島のいない世界』

    第三話 女子校は大パニックです!








「次の体育ってさ、ハードルだって」
「えーっ、かったるいなー」

 ある者は、この後の授業についてコメントし、

「あんた昨日、渋谷でデートしてたでしょ」
「えーっ、ウソウソっ」

 またある者は、男女交際の話で盛り上がり。
 キャピキャピ少女たちが、ワイワイ賑やかに着替えている。
 そんな彼女たちの様子を、秘かに眺める存在があった。

(これが現代の若い女のコなんだ……)

 おキヌである。
 彼女は、天井に全身を埋める形で、顔だけのぞかせて全体を俯瞰していた。
 今回の除霊対象は、覗きや下着ドロをする変態幽霊。だから更衣室へ来る可能性は高いのだが、おキヌとしては、そこまで考えていたわけではない。何か情報を得ようと校内を彷徨っている間に、何となく惹かれてやって来たのだった。

(美神さんとは違うけど……でも、
 この人たちも、みんなキレイ!)

 下着姿の女子生徒たちを見ていると、それだけで、なんだか気持ちがいい。自分が何しに来たのか、つい忘れてしまうほどだ。
 しかし、そんなウットリした気分も、長くは続かなかった。

「キャーッ、チカンーッ!!」

 轟く叫びを耳にして、

(わあっ、ごめんなさいーっ!)

 ビクッと咄嗟に姿を消すおキヌ。
 だが、

(……あれ!?)

 よく見ると、今の声の主は、眼下の少女たちではない。
 ただし、彼女たちにも同じ声が届いたらしい。

「何かしら、今の!?」
「……例の幽霊が出たんだわ!」
「よかった、ここじゃなくて」
「なに言ってんの!
 今のうちに早く逃げなくちゃ、
 私たちも襲われちゃうわ!」

 一瞬遅れて、おキヌも状況を理解する。

(私……行かなくちゃ!)


___________

 
「いやああっ」
「きゃーっ、やだーっ」

 逃げ回る半裸の少女たちの中。

『うひゃひゃひゃ。
 ちち……しり……ふともも……!』

 一人の幽霊が暴れ回っている。
 そこに、

『まちなさい!』

 バンッとドアを開けて、おキヌが飛び込んできた。
 おキヌだって幽霊なので、実は、ドアを開ける必要はない。だが、半分はその場のノリ、半分は注意を自分に引きつけるためである。

『こんな可愛い女のコたちに
 悪さをするなんて、許せないです。
 ……変態幽霊さん、
 このGS助手おキヌが相手です!』

 美神が来るまで、ターゲットをここに足止めしよう。
 勇気を振り絞って、キッと敵を睨みつけるおキヌだったが……。

『ちち……しり……ふともも……。
 ……ハカマ姿の美少女!!』

 脱ぎかけ着かけの女性たちの中だからこそ、キッチリ着込んだ姿が良いアクセントとなったのであろうか。
 あるいは、露出度では下着姿に負けるものの、巫女装束には独特の魅力があったのであろうか。
 変態幽霊が、まばゆいフトモモではなく、ハカマに異常な興奮を示す。そして、おキヌに照準を切り替えた!

『きゃーっ!
 ごめんなさい、
 私には無理でした。
 助けて、美神さんーっ!』

 涙目で逃げ出すおキヌ。
 それを追って、変態幽霊も廊下へ。
 残されたのは、着替え中だった生徒たち。

「あの巫女さんも幽霊みたいだったけど……」
「……体を張って、
 私たちを助けてくれたのね!」
「あなたの尊い犠牲は忘れません。
 ……ありがとう!」

 彼女たちは、おキヌに感謝するのであった。


___________

 
 一方、その頃。

「ここね……」

 人形型の霊体検知器を手にした美神は、工事現場のはずれに来ていた。
 工事中の現場監督も同行しているが、美神は、彼を見てはいない。
 彼女が目を向けているのは、古い枯れ井戸。そこに、かすかな霊気の痕跡が残っているのだ。
 中を覗き込んでみるが、見た感じでは、特別な物は何もなかった。

「死体か何か埋まってなかったかしら?」
「冗談言わんでください!
 そんなもん出たら大騒ぎですよ」

 現場の責任者に尋ねてみても、手がかりとなるような答えは得られない。
 美神の質問は、ただ彼を不安にさせただけだった。

「……おかしいわ」

 ひとりごちる美神。
 確かに、検出される霊気の強さから判断すると、ここで誰かが死んだわけではなさそうだが……。

「フタをはずした時期と
 幽霊の出現は一致するわ」

 やはり、この井戸に霊が封印されていたとしか考えられない。

「こうなったら……
 封印した人間に聞くしかないわね。
 ……ちょうど何か言いたそうだったし」

 そうつぶやいて、美神は工事現場から立ち去る。
 あとには、ただ、

「ここから……幽霊が!?」

 すっかり怯えてしまった現場監督だけが、残されていた。


___________

 
『ああ怖かった……。
 ここまで来れば、もう大丈夫ですよね?』

 おキヌは今、更衣室から離れた廊下の片隅で、フワフワ浮かんでいる。
 変態幽霊から逃げきって、胸を撫で下ろしているところだった。

『それにしても……』

 ホッとしたためか、あるいは、怖い経験を忘れるためか。
 おキヌは、ふと、さきほど眺めた着替えシーンを頭に浮かべてみる。
 だが、同時に、あのときの自分の気持ちも思い出してしまい、小さな言葉が口から漏れる。

『私……ちょっとヘンなのかな』

 山で普通に幽霊をしていた時には分からなかったこと。
 美神と知り合ってから初めて分かったこと。
 それは、女性に対してトキメキを感じてしまうということだった。
 
『私だって女のコなのに。
 あの女のコたちを見てたら、
 何だか気持ちが……』

 もちろん、美神に対する想いほど強くはない。
 おキヌにとって、美神は特別な女性だ。
 それでも。

『男の人に対しては、
 あんな気持ちにならないのに……』

 うつむきながら、考え込んでしまう。
 そのために、おキヌは、彼女に近寄る者の存在に気付かなかった。

「いや君、人として
 それはしごく自然じゃないかね。
 若くてキレイな女子高生に
 見とれるのは当然じゃないかね!」

 ハッと顔を上げると、そこに立っていたのは白髪の男性。
 理事長と美神が話をする場に、おキヌも、姿を消した状態ではあったが、途中までは同席していた。だから、彼が誰なのか、ちゃんと知っている。

『こ、校長!?』
「美しいものを愛でる気持ち……
 それこそ、生きているということだよ!」

 教育者の口調で、校長は続ける。

『見たところ君は幽霊のようだが、
 ……しかし、君の心は
 シッカリ生きているのだな」


___________

 
「私はね……。
 ヒラの教員だった時、
 理事長の娘に見染められ
 彼女と結婚して……」

 おキヌを連れて屋上に上がった校長は、煙草を吹かしながら、昔を物語る。
 それは、幸せな結婚生活の思い出。
 しかし。

「わしも当時は若かった!
 わかるか!?」

 十代の少女に囲まれた職場。
 ついつい、ちち・しり・ふとももに目が行ってしまう。
 それは、男としては不可抗力。だが、若い妻は、それすら許さない。

「だから、わしは夜な夜な
 雑木林の枯れ井戸で叫んだのじゃよ。
 『ちちしりふとももーっ!!』とな」

 若き胸の内を井戸の中に吐き捨てる。これを毎晩毎晩繰り返した結果、女子高生の美しさに何も感じないようになってしまった。
 それは、ある意味、男として枯れてしまった――死んでしまった――ようなものなのだ……。


___________

 
「なるほど。
 あの幽霊は『イドの怪物』だったわけね」
『……美神さん!』

 ハッとして振り返るおキヌ。
 いつのまにか、美神が後ろに立っていたのだ。
 おキヌの霊気を検知器で追って、ここまで来たのだろう。そう考えたおキヌだったが、それよりも、美神の言葉の意味が分からない。

(井戸の怪物……?)

 変態幽霊の正体は、昔の校長の積もり積もった執念が霊的な力をつけたもの。だから美神は『イド(潜在意識)の怪物』と評したのだが、それは、おキヌに通じる表現ではなかった。
 ただし、美神としては説明のつもりで発した言葉ではなく、むしろ独り言に近い。だから、おキヌが理解できなくても、そのまま話を続けていた。

「ま、そーとわかれば話は早いわ。
 あいつをあるべきところに返せばいいのよ」

 美神が思いついた解決策は、除霊道具も一切使わない、一番安上がりな方法だ。

「ねじまがった心のひずみよ!
 さまよえる魂よ……!
 生まれいでたる者のもとへ戻り、
 主と一つになるがいい……!!」

 と唱えてから、校長の額に、人差し指を突きつける。
 そして。

 ビュン!

 美神に召還されて、問題の幽霊が出現した。

「OK、来たわ。
 心を開いて受け入れて!」

 明るい表情で言葉を投げかける美神。
 しかし、当事者の校長にとって、それは容易ではなかった。もはや老いさらばえた身、今さら若き日の煩悩に戻られても迷惑千万なのだ。
 彼の態度を見て、美神が慌てる。

「あっ、バカ!
 心を開かなきゃ……
 また暴れ出すじゃないのよっ!!」


___________

 
『ちちしりふとももーっ!!』

 煩悩霊が、露出度タップリな美神に襲いかかる!

「この……!」

 今の美神は、破魔札も神通棍も手にしていない。
 彼女が突き出した腕をアッサリかわす幽霊。そのまま死角へ回りこみ、再度、美神を襲撃する。

『ちちしりふとももーっ!!』

 ビリリッ!

 美神の服が破られた。
 布切れとなったそれはハラリと地に落ち、純白の下着があらわになる。

『美神さんーっ!』

 おキヌが動き出した。
 これ以上、黙って見ていられないのだ。

『やらせません、やらせません!
 悪霊さんから……
 私が美神さんを守ります!!』
「きゃっ!?」

 美神にギュッと抱きつくおキヌ。
 その勢いで美神は転んでしまったので、おキヌが上から美神にのしかかる形となっていた。
 変態幽霊から美神を守る盾として、そして、美神が失った洋服の代わりとして。
 おキヌは、全身で美神を覆っているのだ。
 しかし。

「ちょっと、おキヌちゃん。
 やめなさいってば……ぁん!」


___________

 
 おキヌが邪魔で、美神は戦えない。だから美神は、おキヌを引きはがそうとする。
 一方、おキヌは、美神を守っているつもりだった。だから、いっそうの力を込めて美神にしがみつく。
 そんな二人を前にして、校長の身に、異変が生じようとしていた。

(な……なんじゃ、この感覚は……!?
 忘れていた何かを思い出しそうな……)

 横たわった二人の女性が、くんずほぐれつ。
 下になっている美神は、自他共に認める美女。
 煩悩霊に服を破られただけでなく、おキヌと揉み合っているうちに下着までずれてしまったらしい。ちち・しり・ふとももが剥き出しとなっていた。
 上にのっているのは、美少女幽霊のおキヌ。
 一般的に幽霊は足をボウッと消してしまうことが多いのだが、今の彼女は、ハッキリと具現化させている。しかも、着衣が動きで乱れているために、緋色のハカマの奥からはスラリとした脚が、そして白い巫女服の隙間からはスレンダーな胸元が、それぞれチラリと見えているのだった。

(……いや、新しい何かに目覚めそうな!)

 絡み合う女と女。
 丸見えイズムとチラリズム。
 その光景が刺激となって、校長の心もスイッチ・オン。

 バシュッ!

 捨て去ったはずの煩悩幽霊と同調。それは、めでたく校長の中に戻るのだった。


___________

 
 こうして、無事に事件は解決。
 十分な報酬を受け取り、ご機嫌な気分で帰路につく美神だったが……。

『……ごめんなさい』
「ん?
 なーに、おキヌちゃん?」

 美神の後ろに浮かぶおキヌは、少し暗い表情をしていた。

『私……ちょっと暴走しちゃったみたいで』

 おキヌは、最後の屋上での一幕を気にしているようだ。
 だから、美神は、慰め混じりの言葉をかける。

「まあ……ね。
 たまたま役に立ったからいいけど、
 でも、あれは、さすがに……。
 今度からは気をつけてね?」

 美神は、ちゃんと理解していた。
 幽霊が校長の中に戻ったタイミングから判断すれば、おキヌとの行為をどう見られたのか、明らかだったのだ。
 そんな意図はないのに勝手にレズシーンだと受け取られたのは憤慨ものだが、それが事件解決のキッカケとなったのであれば、仕方あるまい。必然性があればヌードだって躊躇わない、そうしたプロ意識を美神は持っている。

『はい、気をつけます。
 でも……。
 あのう、私……』

 美神の言葉に頷いたおキヌは、さらに言葉を続けていた。

『……もしかして、
 生前は男だったんでしょうか?』

 思わずコケてしまう美神。
 それから、半ば呆れたような視線を、おキヌに向ける。

「そんなわけないでしょ」

 美神は知らない。おキヌが今日『私……ちょっとヘンなのかな』と自問自答していたことを。
 だから美神にしてみれば、この発言は、おキヌの天然ボケの一例でしかなかった。

「どっからどう見ても、
 おキヌちゃんは女のコよ。
 現代ならまだしも、江戸時代には
 ニューハーフだってないだろうし……」

 と言いながら、美神は、おキヌを凝視する。
 頭の上から足の先まで、丹念に値踏みするかのような視線だった。
 ジーッと見つめられて恥ずかしくなったのだろうか、おキヌの頬がポウッと赤くなる。

「おキヌちゃんって、山の噴火を
 鎮めるために差し出されたんだから、
 清純な乙女だったに決まってるわ。
 ……オカマなんて差し出したら、
 それこそ山が怒っちゃうわよ」

 苦笑する美神だが、彼女の口調には、優しさが含まれている。
 それを感じ取ったおキヌは、

『……そうですね』

 表情を和らげて、コクンと頷くのだった。



(第四話に続く)
     


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