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横島のいない世界

第二話 オフィスビルを除霊します!


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:09/ 1/19

   
「おキヌちゃん。
 これから私、お風呂入るから……」
『あ!
 それじゃ、お背中流しましょうか?』
「いいってば!
 それより……」

 一瞬、美神の顔に警戒の色が浮かんだように見えたが、それは、おキヌの気のせいだろうか。

「……その間に、
 仕事行く準備しといてくれる?」
『はーい!』

 持っていく荷物のリストを美神から渡されて、おキヌは、笑顔で応えた。
 風呂場へと向かう美神の後ろ姿を眺めながら、

(今から美神さんは、身を清めるんですね?)

 昼間の入浴を、仕事の前の禊のようなものだと理解する。
 おキヌは生前のことを曖昧にしか覚えていないが、それでも、人身御供となる儀式の前夜に、清めの井戸水を浴びたような記憶がうっすらと残っていた。

(もちろん、美神さんは
 人柱にされちゃうわけじゃないですけど、
 でもゴーストスイーパーって……
 やっぱり神様の力を借りるんでしょうから)

 美神除霊事務所のバイトとなったおキヌだが、仕事に同行するのは、今日が初めてだ。
 だから、美神が神通棍をバシバシ振り回す姿など、まだ見てはいない。
 人骨温泉での経験から、ゴーストスイーパー――GS――とは言霊を駆使するものだと思っていた。

(うふふ……)

 少しズレているものの、おキヌの認識は、完全に間違っているわけではない。
 例えば、美神の師匠である唐巣神父。彼は、聖書を手にして、神や精霊の力を借りるGSである。宗教こそ違えど、おキヌの想像と、根本は同じであった。
 ちなみに、美神の母親――美智恵――も唐巣の弟子の一人であるが、最初は別の女性に師事していたので『女の魅力は魔力の一つ、GSならうんとアピールすべき』と教わっていた。
 その美智恵は、美人子連れGSとして業界でも有名だった。だから美神は、小さい頃から母親の除霊スタイルを見ており、多少なりとも母親の影響を受けているようだ。美神自身は意識していないかもしれないが、仕事の前の入浴やシャワーには、女の武器を磨くという意味もあるのだろう。
 だが、もちろん、そこまで想像できるおキヌではなかった。


___________

 
「たぶん……大丈夫よね」

 たっぷりと湯をはった浴槽の中。
 肩までドップリではなく、胸の頂きが隠れる程度で浸かっていた美神。
 その状態で本を読んでいたのだが、ふと、おキヌのことを思う。

「あのコが、いくらドジだとしても……」

 おキヌにとっては、今日が初仕事。
 その彼女に除霊荷物の用意を任せるのは、考えようによっては、危険なことだ。悪霊と相対した際に、もしも必要なものが一つでも欠けていたら、それでアウトになりかねないからだ。
 それでも、彼女を助手として雇った以上、ある程度のことはやらせないと意味がない。
 そして『除霊荷物の用意』は、美神としては、その『ある程度のこと』に含まれると思っていた。
 おキヌが支度を整えた後で、美神自身が再チェックすれば、入れ忘れもないだろう。ただし、それはそれで、おキヌを信頼していないことになってしまうから……。

「……あれだけ下準備しておけば、ね」


___________

 
『除霊道具のある部屋は……ここですね!』

 ドアを開けることもなく、スーッと入っていくおキヌ。

(あれ……?)

 部屋の奥に、大きなリュックサックがある。

(あんな大きな荷物、
 美神さんが一人で担いでたのかな?)

 助手がいなかったのだから、今までは、美神自身が除霊道具を運んでいたはず。
 だが、そのリュックは、いかにも屈強な男性が背負うようなシロモノであった。

(……ま、いいか。
 今日は使わないんだし)

 そう思って、先ほどの疑問を放棄するおキヌ。
 少し視線を動かすと、目当てのものが見つかった。

(うふふ。
 ……『灯台もと暗し』でした)

 一回り小さめの、女性向けナップザック。
 それが、これ見よがしに、部屋の中央に置かれていた。
 おキヌ用として、美神が購入したものである。
 白いナップザックだが、肩紐の部分は緋色。おキヌの巫女装束にあわせたカラーだった。

(ありがとうございます、美神さん!)

 心中で感謝の言葉を述べたのは、ナップザックが気に入ったからだけではない。
 その手前に、今日の除霊道具が並べられていたからだ。

(……あっ!)
 
 手の中のリストと見比べて、さらに美神の配慮に気付く。
 目の前の道具は、書かれている順番どおりに置いてあるのだ。

『えーっと……。
 これが神通棍で、
 これが……』

 声に出しながら、荷物をナップザックに詰めていくおキヌ。
 考えてみれば、リストに記された名称だけでは、どれがどれだか分からない物もあっただろう。
 だが、こうやって一つずつ確認していくことで、知らなかった除霊具の名前も覚えられるのだ。

(美神さん……
 ありがとうございます!)

 ジーンと感じたおキヌの瞳は、幽霊らしからぬ潤みを帯びていた。








    『横島のいない世界』

    第二話 オフィスビルを除霊します!








「で、今日の仕事はここ!」

 高層ビル街の真ん中で、その一つを見上げる美神。
 隣には、助手幽霊のおキヌも浮いている。

「ギャラは5千万。
 大した金額じゃないから手早くすませましょ」

 おキヌに語りかける美神だが、金額を言われても、おキヌにはピンとこない。
 なにしろ、日給30円でも不満がないくらい、おキヌは金銭感覚に疎いのだ。まだまだ彼女は、近所の親切なスーパーで買い物などをしながら、少しずつ現代の金銭事情を勉強している段階である。
 そんなおキヌと美神の前に、
 
「……除霊の方ですね!?
 お待ちしてました!!」

 と言いながら出てきたのは、頭に包帯を巻いた男。右腕もギブスに固められて、首から吊るされている。

「悪霊はどちらに?」
「32階の社長室を占拠しています。
 早いとこ、なんとかしてください!!」

 美神と言葉を交わす男。
 ケガの様子が気になって、おキヌは、つい口を挟んでしまう。

『あの……大丈夫ですか?』

 男は、うなだれながら、首を横に振った。

「悪霊は凶暴な奴でして、
 うかつに近付くと
 命がいくつあってもたりません。
 おとといもゴーストスイーパーと
 助手が殺されましてね……」

 どうやら彼は、おキヌの質問の意図を若干誤解したようだ。
 だが、おキヌは訂正せず、むしろ、明るく対応した。

『助手も……!?
 でも私なら大丈夫です。
 私は死にませーん!』
「ハハハ……。
 たしかに幽霊ならば、
 両手広げてトラックの前に出て
 轢かれても大丈夫そうですね」

 おキヌの笑顔が、場を和ませたのだろうか。
 悲壮な顔をしていた男が、冗談を言うほどだった。

「そうですわ!
 私たちにまかせて下さい!」

 男の言っていることは理解できなかったが、それでも笑ってみせる美神。
 こういうところで依頼人に合わせるのも仕事のうちだ。

「お願いします。
 除霊してもらえれば
 もう5千万出してもいいと社長が……」
「ラッキー!
 勤労意欲がわいてきますわ!」

 満面の笑顔で応える美神。
 今度のこれは、心底からの笑顔だった。


___________


 ピンッ!

 エレベーターの『32』のランプが光る。
 ガーッと扉が開いて、中から出てきたのは、美神とおキヌ。

(うわ……。
 ボロボロですね)

 心の中で、おキヌがつぶやく。
 一目でわかるほどの惨状だった。
 窓ガラスは割れてなくなっているし、壁はヒビだらけ。天井もかなり崩れ落ちて、床のあちこちに、瓦礫の小さな山を築いている。
 しかし、美神にとっては、これも予想の範疇なのだろう。おキヌの隣で、真剣な表情で口を開いていた。

「この気配は……!
 株に失敗して
 全財産をすって半狂乱になり、
 このビルのこの部屋から飛び降りて
 病院に収容後、
 3時間12分後に死んだ霊……!!」

 ハッとして、おキヌが振り向く。

『い、いきなりそこまで……。
 「12分」までわかるんですか!?
 ……すごいっ!』

 あらためて、尊敬の眼差しを向ける。
 実は、これは依頼書に記されていた内容であり、美神は『霊能者にはハッタリが重要よ』と続けるつもりだったのだが……。
 おキヌの純真無垢な瞳で見つめられると、そんな言葉も口に出せない美神であった。


___________


「神通棍を」

 気を取り直して。
 おキヌに指示を与える美神。

『は、はい!』

 担いで来た白いナップザックをおろし、おキヌがガサゴソと取り出す。
 どれがそうなのか、特に迷うこともない。素早く、美神に手渡す。

(……大丈夫そうね。
 まずは及第点だわ)

 おキヌの様子に満足しつつ、美神は神通棍を伸ばした。
 そして、敵の悪霊に呼びかける。

「聞こえる!?
 悪さすんのも、いーかげんにしなさい。
 おとなしく成仏すればよし!
 さもないと力ずくで片づけるわよっ!!」

 返事はなく、シーンとしてしまうが……。

『美神さん!!』
「!!」

 おキヌの叫びのおかげで、美神も気が付いた。
 天井が、ガラガラと崩れてきたのだ!
 咄嗟に飛び退いて、難を逃れる。

「……これが返事ってわけね」
『けーっけけけ、けけけけっ!』

 姿を現す悪霊。
 おキヌとは異なり、生前の姿を保っていない。
 ガイコツのような顔をしており、細い腕や鋭くのびた指、アバラが浮き出たような胸など、どこか餓鬼のような体つきだった。

『けけっ?
 けけけけけけけっ!』

 人には通じぬ言葉を口にしながら、頭をガコガコと壁にぶつけている。

「人格が崩壊しちゃってるわ……。
 一番やっかいなタイプね」

 先ほどの落盤で、エレベーターの入り口は埋まってしまった。
 おキヌが荷物を床に置いていたことが災いして、破魔札や他の除霊道具とは分断されてしまったのだ。
 手にした神通棍が、唯一の武器である。
 美神が、それを握りしめた時。

『けーっ!!』

 悪霊が襲いかかってきた。

 バシッ!

 神通棍で受け止めるが、それだけで精一杯だった。

「やだっ……強い。
 パワーが足りないわっ!」

 予想していた以上の強敵だ。
 やむを得ず、もしもの場合の切り札を使う。それは、ネックレスの先にぶら下げられた物!

「精霊石よ……!」


___________


「神通棍じゃ歯が立たないわ。
 まずいわねー」

 精霊石の輝きを目くらましとして、一時撤退した美神。
 廊下の角に隠れた状態だが、このまま逃げてしまうわけにはいかなかった。そもそも、悪霊にエレベーター前を押さえられていては、非常階段へ向かうことも出来ないのだ。

『まずいって、どういうことですか?』
「……ヘタすると私まで
 殺されちゃうってことね」

 こういう場合、動揺してはいけない。だから美神は、おキヌの質問にも冷静に答えたのだが。

『……大丈夫!
 死んでも生きられます!』
「あのねえ、おキヌちゃん……」
『死んだら一緒に迷いましょうね』

 ニコニコ顔を見せられては、美神としても、苦笑するしかない。
 
「まだ私は死にたくないわよ。
 だから、何とかしないと……。
 荷物の中には一枚8千万円の
 強力なおふだもあるんだけどね。
 1億のギャラじゃもったいないし、
 それにエレベーターの中じゃ
 どーしよーも……」

 対応策を考えるため、そうやって口に出してみる美神。
 自分自身に言い聞かせるものであり、おキヌに説明する意図はなかったのだが、これが思わぬ効果を及ぼした。

『美神さん……。
 その「はっせんまんえん」って、
 これのことですか?』

 と言いながら、おキヌが巫女服の胸元に手を入れて、取り出したる物。
 それは、ナップザックの中にあるはずの破魔札だった。


___________


「……でかした、おキヌちゃん!!」

 理由は分からぬが、今は詮索している場合ではない。
 破魔札を受け取り、美神は、隠れ場所から飛び出した。

「極楽へ……行かせてやるわっ!」
『けーっ!?』

 さすがに8千万円。
 もうけを度外視した破魔札の効果は凄まじく、アッサリと悪霊を倒すのだった。


___________


『すみません、
 勝手なことをして……』

 おふだを懐に忍ばせていたのは、おキヌの独断。
 だが、それが効を奏したのだ。

「いいのよ。
 おかげで助かったわ」

 荷物の割にはナップザックが小さいから。
 だから無理にギュウギュウ詰め込むのではなく、いくつか身につけていたのであろう。
 その判断を『勝手』と叱るのではなく、むしろ『自主性』として褒める。
 そのつもりで、美神は、おキヌの頭を撫でてやった。
 
『えへへ……』

 おキヌの表情がゆるむ。
 やはり、褒められれば嬉しいのだ。
 ここまでは美神の想像どおりの対応だったが、続く言葉は想定外だった。

『大切なものだと思ったから、
 人肌で温めておいたんです』
「……は?」


___________


 美神の手の温もりを頭に感じると、それだけでドキドキしてしまう。なんだか頬までポウッとしてくる。
 その心地良さに身を任せながら、おキヌは、事情を説明する。
 ナップザックが小さいのも、もちろん理由の一つ。特に、部屋の奥の大きなリュックを見た後では、おキヌ用ナップザックは貧弱に思えてしまったのだ。
 だが、それだけではなかった。

『美神さんって、私にとっては、
 お殿様みたいなものですから』

 おキヌとしては、どうやら、殿様の草履を懐中で温めるような感覚だったらしい。
 別に破魔札でなくてもよかったのだが、巫女服の隙間に入れ易いから、選んだとのこと。

『……喜んでいただけましたか?』
「いや、除霊道具って
 そういうものじゃないから……。
 それに、おキヌちゃん、幽霊だから
 『人肌で温めて』にはならないでしょ?」

 ちょっとガッカリするおキヌ。
 それを見て、美神が付け足す。

「ま、でも、試みとしては面白かったわ。
 おかげで命拾いしたのも、事実だからね」
『……はい!』

 おキヌの表情が、再び明るくなる。
 
(わかりやすいコね……)

 と、おキヌを評価する美神。
 別に自分は信長ではないし、おキヌは秀吉ではない。自分たちの除霊仕事は、そんな歴史漫画ではないのだ。
 それでも。

(……ま、いっか)

 現状に――おキヌという助手を得たことに――満足して。
 ニッコリと微笑む美神であった。



(第三話に続く)
   


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