「んと、皆本はんなら…おった!医療研究棟の屋上におるわ」
昼飯も近いので皆本の姿を探してたら、いない。
今日のB.A.B.E.L食堂のA定食は、薫お気に入りの特製デミグラハンバーグだというのに。
こういうものは正面にある誰かが座って食べてこそ、最高のランチとなるわけで。
葵が呼びに行くより先に、薫は文字通り飛び出していった。
そろそろ12月の寒空の下、皆本は屋上の手すりに寄りかかり何かを見つめていた。
冷えたコンクリートの足下には散り残ってどこからか運ばれてきた落ち葉が少し、乾ききっているので時折かさかさと動いていた。
「なに哀愁漂わせてるんだ?飯だぞ」
薫は皆本のそばに降り立つと、皆本が覗き込んでいる先を見た。
段差があって、その下に古ぼけた大きなパラボラアンテナが冷たい色をしていた。
周りに足場を組まれたアンテナは、よく見るとボルトや継ぎ目の間には錆が浮いている。
「来週な、このパラボラアンテナ取り壊されるんだって」
左腕に薫の肩が触れた感触があったので、皆本はその顔を覗き込みながら言った。
「ふぅん、実はこれ皆本が造ったとか?」
ただ古い施設が壊されるなら、この寒空に皆本がぼぉっと眺めてる理由が解らない。
「違うよ」
皆本は愛おしそうに笑った。
アンテナのお椀の頂上を指さすと、優しい声で皆本は語り出した。
「あそこにね、昔仔猫がいたんだ」
「仔猫?」
指さした先はパラボラアンテナの先端で、あまり猫の類が登るとは思えない。
「そう、仔猫がね。あそこから降りられなくなってたんだ。悲しくて、怖くって、どうしていいか解らなくて、落ち葉と遊んでた」
来週にはそこから消えているパラボラの先端を眺めていると、皆本は腕全体に温もりを感じた。
薫が彼の左腕を抱きしめ、指を絡めている。
「…それで、その仔猫を皆本はどうしたの?」
一回り小さな手を、軽く握りしめる。
「気になってしょうがないからさ、とりあえず降ろそうとしたよ。ところがその猫おこりんぼでさ、もう引っ掛かれるわ噛みつかれるわ散々だったよ」
二人してくすくすと笑う。
「しょうがないよ。きっと猫はそれまでロクな目にあってなかったんだから。その人が優しいかどうかなんて、わかんないんだからさ」
足下の枯葉がふわりと浮き始めると、二人を包むように回り始める。
ただの枯葉が皆本の目の前を万華鏡のように不思議な光景を作る。
「こんな光景だったんだな、あの時」
「物を壊す以外、これくらいしか力の使い方解らなかったんだ。それに、あの時はあたし一人だったから、寒かった」
目を閉じて強く腕を抱きしめる。上着越しでも体温と鼓動が伝わってくるようだ。
「でも、あの時からあたしの世界が変わった。温かい指で頬に触れてくれる人だっている。嫌いにならない力の使い方もある。あたし達三人以外にも手を取り合える。なにより誰かを許してもいいやって、思えるようなった」
あれから少し季節が過ぎただけなのに、寂しそうだった枯葉のダンスは、目の前で鮮やかに燦めいて躍っている様に見える。
ふと掴んでいた腕を放すと、薫は枯葉たちと一緒に舞い上がり、アンテナの先端に立つ。
あの時と同じ場所に立った薫は、随分と背が伸びたんだなぁと皆本に思わせた。
「ねえ、皆本」
アンテナの先端に軽くかかとを置いたまま、腕を後ろに組んでくるりと振り向いた。
「きっとあの時の仔猫は、人間の姿になって恩返しに来るんだよ」
「あはは、はたでも織ってくれるくれるのかい。安月給にはいい収入だよ」
穏やかに、本当に穏やかな笑みを浮かべてふわりとアンテナから離れる。
「馬鹿だなぁ。あの鶴の話はおかしいだろ?自分を救ってくれた人の家に来て真っ先にする恩返しはなぁ」
両腕を広げ、長くなった髪を揺らめかせて薫は皆本の胸に飛び込んだ。
その髪の香が皆本の鼻腔をくすぐると、首を抱きしめたまま薫は囁く。
「『身体で返す』に決まってるじゃん。最上級の恩返しをしなきゃ」
「やっぱりオヤジギャグかよ」
引き寄せた薫の髪は、思ったより軽くて温かかった。
パラボラアンテナをガジェットにコミック14巻オマケマンガまでも視野に収めた構成の素晴らしさとそこで描かれるハートフルなやり取り、心地よい気持ちにさせていただきました。オチの”らしい”親父ギャグを含め謹んでA評価を送らせていただきます。 (よちみち)