椎名作品二次創作小説投稿広場


絶対特急提供〜可憐の小箱(短編集)

仔猫の恩返し


投稿者名:みみかき
投稿日時:08/12/14


 「んと、皆本はんなら…おった!医療研究棟の屋上におるわ」
 昼飯も近いので皆本の姿を探してたら、いない。
 今日のB.A.B.E.L食堂のA定食は、薫お気に入りの特製デミグラハンバーグだというのに。
 こういうものは正面にある誰かが座って食べてこそ、最高のランチとなるわけで。
 葵が呼びに行くより先に、薫は文字通り飛び出していった。

 そろそろ12月の寒空の下、皆本は屋上の手すりに寄りかかり何かを見つめていた。
 冷えたコンクリートの足下には散り残ってどこからか運ばれてきた落ち葉が少し、乾ききっているので時折かさかさと動いていた。
 「なに哀愁漂わせてるんだ?飯だぞ」
 薫は皆本のそばに降り立つと、皆本が覗き込んでいる先を見た。
 段差があって、その下に古ぼけた大きなパラボラアンテナが冷たい色をしていた。
 周りに足場を組まれたアンテナは、よく見るとボルトや継ぎ目の間には錆が浮いている。

 「来週な、このパラボラアンテナ取り壊されるんだって」
 左腕に薫の肩が触れた感触があったので、皆本はその顔を覗き込みながら言った。
 「ふぅん、実はこれ皆本が造ったとか?」
 ただ古い施設が壊されるなら、この寒空に皆本がぼぉっと眺めてる理由が解らない。
 「違うよ」
 皆本は愛おしそうに笑った。

 アンテナのお椀の頂上を指さすと、優しい声で皆本は語り出した。
 「あそこにね、昔仔猫がいたんだ」
 「仔猫?」
 指さした先はパラボラアンテナの先端で、あまり猫の類が登るとは思えない。
 「そう、仔猫がね。あそこから降りられなくなってたんだ。悲しくて、怖くって、どうしていいか解らなくて、落ち葉と遊んでた」
 来週にはそこから消えているパラボラの先端を眺めていると、皆本は腕全体に温もりを感じた。
 薫が彼の左腕を抱きしめ、指を絡めている。
 「…それで、その仔猫を皆本はどうしたの?」
 一回り小さな手を、軽く握りしめる。
 「気になってしょうがないからさ、とりあえず降ろそうとしたよ。ところがその猫おこりんぼでさ、もう引っ掛かれるわ噛みつかれるわ散々だったよ」
 二人してくすくすと笑う。
 「しょうがないよ。きっと猫はそれまでロクな目にあってなかったんだから。その人が優しいかどうかなんて、わかんないんだからさ」

 足下の枯葉がふわりと浮き始めると、二人を包むように回り始める。
 ただの枯葉が皆本の目の前を万華鏡のように不思議な光景を作る。
 「こんな光景だったんだな、あの時」
 「物を壊す以外、これくらいしか力の使い方解らなかったんだ。それに、あの時はあたし一人だったから、寒かった」
 目を閉じて強く腕を抱きしめる。上着越しでも体温と鼓動が伝わってくるようだ。
 「でも、あの時からあたしの世界が変わった。温かい指で頬に触れてくれる人だっている。嫌いにならない力の使い方もある。あたし達三人以外にも手を取り合える。なにより誰かを許してもいいやって、思えるようなった」
 あれから少し季節が過ぎただけなのに、寂しそうだった枯葉のダンスは、目の前で鮮やかに燦めいて躍っている様に見える。
 ふと掴んでいた腕を放すと、薫は枯葉たちと一緒に舞い上がり、アンテナの先端に立つ。
 あの時と同じ場所に立った薫は、随分と背が伸びたんだなぁと皆本に思わせた。

 「ねえ、皆本」
 アンテナの先端に軽くかかとを置いたまま、腕を後ろに組んでくるりと振り向いた。
 「きっとあの時の仔猫は、人間の姿になって恩返しに来るんだよ」
 「あはは、はたでも織ってくれるくれるのかい。安月給にはいい収入だよ」
 穏やかに、本当に穏やかな笑みを浮かべてふわりとアンテナから離れる。
 「馬鹿だなぁ。あの鶴の話はおかしいだろ?自分を救ってくれた人の家に来て真っ先にする恩返しはなぁ」
 両腕を広げ、長くなった髪を揺らめかせて薫は皆本の胸に飛び込んだ。
 その髪の香が皆本の鼻腔をくすぐると、首を抱きしめたまま薫は囁く。
 「『身体で返す』に決まってるじゃん。最上級の恩返しをしなきゃ」
 「やっぱりオヤジギャグかよ」
 引き寄せた薫の髪は、思ったより軽くて温かかった。


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