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続・まりちゃんとかおりちゃん

第二話 止めよペン(前編)


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 4/27

  
「はじめまして……!!
 この時代の……おとうさまとおかあさま!」
「かおりとあたしはさあ……
 ちょっとしたアクシデントで、
 過去へ飛ばされて来ちゃったんだ。
 そういうわけで、しばらくの間……よろしく!!」

 二人の女子高生からそう言われて、横島とおキヌは固まっていた。
 横島とおキヌだって、まだ高校生なのだ。自分と同じくらいの年齢の少女を見て、『娘』だと実感することなど出来やしない。
 そんな四人の中央にある、可愛らしいベビーベッド。その中では、この時代のまりとかおりが、赤ん坊らしい寝息を立ててスヤスヤと眠っていた。




    第二話 止めよペン(前編)




「それじゃ、あんたたちは
 四人でしっかり話し合うんだよ!?
 まりとかおりの……
 赤ん坊のほうの二人の面倒は
 私が見ておくからね」

 テーブルに四人分のお茶を置き、百合子は、キッチンから出ていった。
 残されたのは、横島・おキヌ・未来まり・未来かおりの四人である。

「じゃ……まずは座ろうか」
「わたくし、お父さまの隣!」

 家長として横島が口を開いたとたん、長髪美人のかおりが、彼の横に駆け寄った。ギーッと椅子を動かし、寄り添うようにして座る。彼の左腕に抱きついた彼女の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
 一方、横島は、

(おい……!?
 腕に胸があたってるぞ……!?
 でも、こいつは娘なんだよな!?
 娘……娘……娘……。
 俺は変態じゃないぞ、変態じゃない……)

 と、女子高生のふくよかな感触に惑わされてしまう。無意識のうちに腕に集中した神経が、『この娘のバストは、出産後の今のおキヌよりも、さらに一回り大きい』と認識する。やわらかくて気持ちいいのだが、さすがに、自分の娘に欲情するわけにはいかなかった。

(横島さん……!?)

 彼の対面に腰を下ろしたおキヌは、横島の頭の中を的確に想像していた。今の横島は、女子高生にデレデレしているようにしか見えないのだ。

(だけど……
 この『かおり』ちゃんは、
 私たちの娘なんだから……。
 子煩悩なパパとしては
 娘をかわいがるのも当然ですよね!?
 横島さんは『良きパパ』してるだけ……。
 そうですよね!? ね!?)

 と自分に言い聞かせる。
 そんな母親の心境を察したらしく、

「あの……おふくろ……!?
 あんまり気にしちゃダメだぜ!?」

 まりが、おキヌの隣に座って、小声で耳打ちした。彼女は、女性にしては短い髪をしており、言葉遣いも男っぽい。かおりやおキヌ同様、スレンダーな体つきであるが、かおりとは違って、胸の大きさは母親譲りだ。

「かおりに悪気はないんだから、許してやってくれ。
 あいつ、ただ……重度のファザコンなだけなんだ。
 去年までは、風呂もおやじと一緒だったくらいだぜ!?
 ……さすがに高校入学後は、
 おやじのほうが遠慮して別々になったけど……」

 彼女は、おキヌの心配をやわらげるつもりだったのだが、どうやら言い過ぎたようだ。おキヌは、安心するどころか、目を丸くして硬直していた。

(だめだ、こりゃ……)

 三人の様子を見て、まりは溜め息をつく。そして、この状況に両親が慣れるまで待つしかないと思うのだった。


___________


「なあ……かおり……!?
 あたしたち二人が並んで座ったほうが、
 話がしやすいんじゃないか!?
 二人で相談しながら答えなきゃいけないこともあるし」

 時間は何も解決してくれない。まりは、それに気付いて、席替えを提案した。かおりに対して言った内容も、真実半分・口実半分である。
 かおりは、若い父親の肩に頬を擦り付けていたのだが、ある程度満足したらしい。

「……それもそうね」

 冷静に言い放ち、スッと立ち上がった。そして、おキヌと席を交換し、ようやく、本来の話し合いがスタートする。

「先程まりが言ったように、
 わたくしたちがこの時代に来たのは
 ちょっとしたアクシデントなんです」
「……で、未来へ戻るために、
 少し手助けしてもらいたいんだ」
「難しいことじゃないですわ。
 連れて行って欲しい場所があるだけです」

 今までのゴロニャン状態が嘘のように、かおりが、真面目に会話を主導する。まりは、補足役だった。
 
「もう週末ですから、明日は休みですよね!?
 ですから、家族四人で山登りを……」
「……それくらい簡単だろ!?」

 ウンという返事を期待して、娘二人が微笑む。しかし、横島とおキヌは、難しい表情で顔を見合わせていた。

「悪いけど……明日は仕事があるんだよなあ」
「ごめんね、まりちゃん、かおりちゃん。
 それより……
 その『アクシデント』の詳細を聞かせてくれない!?」

 横島もおキヌも、まりとかおりの正体を疑ってはいない。理屈ではなく、自分たちの娘だと感じられるのだ。それでも、詳しい事情を知りたいと思うのだった。

「うーん……どこから話したらいいのかしら?」
「……むしろ、どこまで話してもOKなのか、
 そっちが問題だな」

 と、まりとかおりが考え始めたところで、百合子が入ってきた。

「美神さんから電話だよ!
 明日の仕事の打ち合わせのために、
 すぐ来て欲しいってさ!!」


___________


「……明日の仕事のため!?」
「あれだけ入念に話し合ったのに!?」

 横島もおキヌも、顔に疑問を浮かべる。
 明日の仕事、それは、文豪の幽霊が取り憑いた屋敷の除霊である。この事件に関しては、おキヌが強力な情報を握っていたため、それに基づいたプランを既に決定済みだった。

「どうしちゃったんでしょうね、美神さん!?」

 なお、おキヌに事前情報があったのは、おキヌが時間逆行者だからである。約十年先から来た彼女には、これから起こる事件に関する記憶があるのだった。
 ただし、もはや歴史は、おキヌが知るものとは大きく変わっている。プライベートも変化したが、公的な大事件としては、アシュタロスの地上侵攻の時期が大幅に早まっていた。そのため、それ以前に起こるはずだった事件の幾つかは発生しなかったり、かなり遅れて勃発したりしている。今回の除霊仕事も、本来の歴史では、アシュタロスの事件以前に依頼されるべきものだった。
 もちろん、アシュタロス事件以降のイベントも、起こることがあった。例えば、美神の妹ひのめは念力発火能力者として生まれてきたし、当初は誰も彼女の能力に気付かなかったため、美神の事務所は火事になっている。
 これは、おキヌの知識で防げるはずの事故だったが、自身の妊娠でバタバタしていたので、おキヌは、事前に告げるのを忘れてしまったのだ。その反省もあって、これ以降、おキヌは、未来情報を美神の仕事にも提供することになっていた。

「なんでも……
 予定していた仕事をキャンセルして
 別口の仕事を引き受けたらしいよ!?
 ……詳細は直接聞いておいで。
 さ、早く!!」

 横島たちを追い立てるように、百合子は、シッシッと手を振る。だが、彼女の言葉を聞いた瞬間、おキヌは、思わず立ち上がっていた。

「ええ〜〜っ!?
 ダメですよ、明日の仕事をキャンセルしちゃ!
 歴史が……また大きく変わってしまいます!!」


___________


「……どういうことなんだい、おキヌちゃん!?」

 GS仕事には門外漢の百合子だが『歴史が大きく変わる』という言葉を聞いては、黙っていられない。一介の主婦でしかない百合子だが、商社勤務時代のコネを駆使すれば、彼女だって役に立てるかもしれないのだ。

「はい、お義母さん。聞いてください……」

 おキヌは語り始めた。
 自分が経験した歴史において、何が起こったのかを……。


___________


 旧淀川ランプ邸の除霊を依頼された美神たちは、方向オンチなおキヌに車のナビを任せたせいで、迷子になってしまう。道を尋ねるために立ち寄った屋敷こそ、現代の売れっ子作家『安奈みら』の別荘だった。
 執筆活動のプラスになると考え、ついてきてしまう安奈みら。彼女に淀川ランプの霊が取り憑いてオオゴトにもなったが、最終的には成仏する悪霊淀川ランプ。
 そして、この経験からインスパイアされて、安奈みらは、新しく『聖美女神宮寺シリーズ』をスタートさせる。そこに描かれる登場人物は、美神やおキヌをもとに作られたキャラクターだった。


___________


「……というわけなんです!
 だから……私たちが行かないと
 『聖美女神宮寺シリーズ』が
 生まれなくなっちゃうんです!」

 熱弁するおキヌに、呆れる横島と百合子。
 
「このコったら……
 大げさなことを言うから何かと思えば……」

 ゆっくりと首を左右に振りながら、百合子は、キッチンから出ていった。
 一方、まりとかおりは、おキヌ同様に興奮している。

「そ、それじゃ……
 おとうさまやおかあさまが
 あの『聖美女神宮寺シリーズ』のモデルなの!?」
「『聖美女神宮寺シリーズ』と言えば……
 外国のSF『宇宙英雄論壇シリーズ』を抜いて
 世界最長になったシリーズじゃないか!?」
「ええーっ!?
 あのシリーズ、そんなに続くの……!?」

 まりが口を滑らせ、その未来情報を聞いたおキヌが、さらにエキサイトする。
 一人取り残された横島だったが、

「何を言ってるのかよくわからんが……。
 とにかく美神さんに直談判するしかなさそうだな。
 とりあえず、今から事務所へ行こう」

 と、一同を駆り立てるのだった。


___________


 外は、すっかり暗くなっていた。
 街灯に照らされた夜道を、高校生四人が歩く。
 端から見れば友人同士なのだろうが、実際には、親子四人である。
 前を歩くのは、横島とかおりの二人。一時の冷静さとは裏腹に、今のかおりは、再び『おとうさまラブ』な状態だ。幸せそうな笑顔で、横島の腕にしがみついていた。
 その横島は、彼女の胸の感触を楽しむどころではない。なんだか背中がチクチクするのだ。後ろから愛妻が、

(ほんとは……あそこは私のポジションなのに……)

 嫉妬のこもった視線で、二人を眺めているからである。
 そんなおキヌを見て、まりが苦笑する。

「まーまー。
 これも今だけだから。
 あたしたち、この時代に長居する気ないし……」

 彼女は、おキヌの気を逸らそうと思い、時間跳躍してしまった事情を語り出した。

「あたしたちの知り合いにさ……
 ちょっと厄介な霊能力者がいてね。
 そいつ、まだ中学生なんだけど……」

 その人物は、生まれながらにして、特殊な力を持っていた。時間移動能力である。ただし、彼自身が時間移動するのではなく、念波を放出して周囲に時空震動を引き起こしてしまうのだ。

「それって……ひのめちゃんみたいなもんか!?」

 横島が振り返って質問する。『念波を放出』という言葉で、ひのめの発火事件を思い出したのだ。その際には、横島もエラい目に遭っている。

「そうですわ、おとうさま!」
「発火能力と時間移動能力の違いはあるけどね」

 これで、横島とおキヌにも、少しはイメージしやすくなった。
 現在のひのめは、念力発火封じのおふだで能力を封印されている。十数年後の未来でも同様か、あるいは、ひのめ自身がコントロールする術を学んだはずだ。それでも、まりやかおりは、彼女が赤ん坊だった頃の事件を、話に聞いているのだろう。

「あたしたちが話題にしている人物も……
 そんな大変な力があること、
 最初はわからなかったから……
 彼が赤ちゃんの頃には、
 色々と事件が起こったんだぜ?」

 その人物が起した時空震動で、部屋にあった小物が過去や未来へとんでしまったらしい。有史以前の時代へ行ってしまい、そのままオーパーツとして発掘されたものもあるくらいだ。

「なんちゅう迷惑な能力だ……」
「……でしょう?
 でも、おふだなんかでは封印できないから
 わざわざ小竜姫さまに来ていただいて
 能力そのものを封印してもらったんです。
 それで十年以上、何の問題もなかったのに……」
「そのプロテクトが外れて、おまえたちを
 この時代へとばしちゃったわけか!?」
「そうなんです!
 封印が破れたのは、どうやら……」

 父親に密着したまま、かおりが、説明を補足した。そして、首を少し後ろに向けて、冷ややかな視線でまりを見る。

「年上のガールフレンドに刺激されて
 ……興奮しちゃったからなんです!!」

 かおりとしては、軽い冗談のつもりだった。しかし、まりは、これに過剰反応してしまう。

「バカヤロウ!
 あたしたち、そんな関係じゃねえぞ!?
 それに……そんなことしてねえったら!」
「あら!?
 ……馬鹿はまりのほうよ!?
 レイ君のガールフレンドだってこと、
 自分からバラしてどうすんの?」
「バカ、おまえこそ!
 『レイ君』なんて言ったら、誰の子供かバレバレだろ!?
 ……これで歴史が変わって、
 レイ君が生まれなくなったら、どうすんだよ!?」

 立ち止まって口論を始めた二人。
 そんな娘たちを見ながら、

「私の天然ボケと横島さんの失言癖……
 両方受け継ぐとこうなるのかしら?」
「いや、これって……
 天然ボケとは違うんじゃないか?」
「うーん……そうですね、
 失言も、横島さんのとは少し違うみたい」

 おキヌと横島は、顔に冷や汗を浮かべていた。


___________


「うわーっ!?
 さすがに若いなー、美神のおばさん!」
「若作りじゃないですもんね。
 ……わたくしたちの時代のおばさまとは別人だわ!」

 事務所に着いて早々、まりとかおりは、失礼なことを言い出した。二人としては新鮮な驚きを表現しただけなのだが、『おばさん』『おばさま』呼ばわりされた美神は、こめかみをピクピクさせている。

「ちょっと……!?
 誰なの、このコたちは!?」
「ごめんなさい、美神さん……」
「俺たちが代わりに謝ります。
 いや、おまえたちも一緒に……!」

 おキヌがペコリと頭をさげた。横島は、娘たちの頭を押さえつけ、二人にも謝罪させる。

「ごめんなさい。
 これからは『美神さん』と呼びます……」
「実は、あたしたちは……」

 そして、まりとかおりは、『おばさん』『おばさま』という呼称を使ってしまった言いわけの意味で、自分たちが未来からきたことを説明した。


___________


「まあ、事情はわかったわ。
 ……で?
 あんたたちが横島クンたちの娘だとして……。
 なんで私のところまで来たわけ!?
 ……『未来へ帰してください』っていう依頼!?」

 一通り話を聞いた美神は、難しい顔をする。
 意図せず過去へとばされた者が、時間移動能力者を頼る気持ちも、分からんではない。しかし、美神の時間移動能力は小竜姫に封印されているし、母親の美智恵も、時間移動は神族から禁止されているのだ。

「いや、違うんスよ」
「まりちゃんとかおりちゃんは……
 明日の幽霊屋敷除霊に同行したいんですって」

 横島とおキヌが代弁する横で、黙ってニコニコしている娘たち。
 交渉役を両親に任せたようだが、そもそも話の前提からして噛み合っていなかった。

「なに言ってるの!?
 幽霊屋敷の話はキャンセルよ!?
 ……電話で伝えたはずだけど!?」
「ダメなんです、美神さん!
 ……明日の仕事だけは、絶対に行かないと!!」

 おキヌは、ここで再び、自分の知る『淀川ランプ事件』を語り始めた。


___________


「……というわけなんです」
「ふーん……。
 ……ま、私が断っても
 きっと誰かが引き受けて何とかするわね」

 おキヌの熱弁にも、美神の反応は冷たい。

(そういえば……
 美神さんって、
 安奈みらを知らないんだっけ!?)

 だから、自分たちの関与の重要性も分かってもらえないのだ。
 それに気付いたおキヌは、別方面からアプローチすることにした。

「美神さん……!?
 新しく引き受けた仕事……
 そんなに重要で、急ぎの話なんですか!?」

 別件を後回しにするよう説得するためには、そちらの詳細も知る必要がある。だから聞いてみたのだが、突然、美神の目が輝き出す。

「もちろん……!!
 なんたって、ユニコーンよ!!」
「ユニコーン……!?」

 一同が驚きの声を上げた。ユニコーンなんて、神話や伝承でしか聞いたことがないからである。
 しかし、おキヌだけは違っていた。心当りがあったのだ。

「ああ……あの事件ですね……」

 おキヌが知る歴史の中でも、美神除霊事務所は、農協からユニコーン捕獲を頼まれたのだった。

「知っているのね、おキヌちゃん!?」
「まーまー。
 落ち着いてください、美神さん」

 情報を得ようと飛びついてくる美神を制止し、おキヌは、ゆっくりと記憶を辿った。

(あのときも……
 美神さんは、やる気十分だったっけ……)


___________


 ユニコーンは神話の中で美化されてきたが、実際には、魔力で畑に忍び込んで野菜を食べ散らかす生き物だ。農家にとっては、立派な害獣なのである。
 ただし、その角には、あらゆる呪いと病気を治す効果があるという。そのために乱獲されて、もはや人間界で目撃されることが希有なほど、個体数も激減していた。今では、ヴァチカン条約で保護されて、指一本触れることも禁止されている。
 今回、野に降りてきたユニコーンに関して、特別捕獲許可も申請した。しかし、許可が下りるのを待っていたら、畑はメチャクチャに荒らされてしまう。だから、農家の人々は、美神に依頼したのだった。
 非合法仕事ではあるが、角を売りさばいたら大金が転がり込むのだ。美神は、気合いを入れて捕獲に臨んだのだが……。
 ユニコーン捕獲は容易ではなかった。自動追尾の麻酔弾もかわされ、

「やっぱ古典的手法でやるしかないか……!」
「古典的手法って……?」
「ユニコーンはね、
 美しく清らかな乙女に弱いの。
 乙女のひざに頭をあずけて
 眠ってしまう習性があって、
 その時全くの無防備になるわ。
 狩人はそのスキに近づいて、角を奪うってわけ」
 
 と、美神みずから乙女役を買って出る。だが、性根を見透かされて失敗してしまった。次に、嫌がるおキヌを押し立てるが、それでも成功しない。実在するわけが無い理想の美女が必要ということで、横島を霊力で女装させてみたが、横島自身が女装横島に一目惚れし、またまた失敗に終わってしまう。
 そうこうしているうちに、捕獲の許可も下りて、オカルトGメンがやってくる。結局、ユニコーンは、彼らの手に渡るのであった。


___________


「……というのが
 ユニコーン事件の顛末です」
「それじゃ、やっぱり急がないといけないわね。
 モタモタしてるとオカGに持ってかれちゃう!
 それこそ『トンビに油揚げ』だわ!」

 おキヌの説明は、美神の気持ちを加速させるだけだった。しかも、今の話では肝心の情報が抜け落ちている。

「ところで……結局オカGは、
 どうやってユニコーン捕まえたの!?」
「えーっと……。
 いつのまにか、ひのめちゃんの
 膝の上で眠っていたらしいんです」

 美神にひのめを預けることが出来なかったため、美智恵は、ひのめをベビーバスケットに寝かして現場へ連れていっていた。それが偶然、オカルトGメンの勝因となるのである。

「なるほど……。
 『美しく清らかな乙女』は
 純真無垢な赤ん坊……というオチなわけね」

 腕組みをしながら、美神は考え込む。
 ひのめを美智恵から借り出せば、それでユニコーンを捕獲できるかもしれない。しかし、すでにオカルトGメンが捕獲許可申請を届け出ているならば、美智恵に話を持ちかけた時点で、目的がバレてしまうだろう。

「オカGの関与は避けたいから……」

 美神は、ニマッとした笑顔を、横島とおキヌに向けた。

「まりちゃんとかおりちゃん……
 私に一日貸してくれない!?」


___________


「えっ……!?」
「わたくしたち!?」

 まりとかおりが驚いたが、美神は首を横に振る。

「……違うわよ。
 高校生の女のコなんていらないの。
 必要なのは……
 赤ん坊の『まりちゃんとかおりちゃん』よ!」

 横島とおキヌの子供でも、ひのめの代用となるだろう。それが美神の計画だった。
 ユニコーンの角の粉末は、純度の高い麻薬以上に高価なのだ。お金に目がくらんだ美神の辞書には、子供の人権という文字はなかった。

「なに考えてるんですか、美神さん!?」
「俺たちの子供を利用するなんて
 ……絶対ダメっスよ!!」

 おキヌも横島も反対するが、美神はケロッとしている。

「いいじゃないの、少しくらい。
 減るもんじゃないし。
 ……それに、横島クンの子供なんて
 私の子供みたいなもんじゃないの!?」
「……えっ!?」
「ほら……
 『おまえのものは俺のもの、
  俺のものは俺のもの』
 っていう有名なセリフがあるでしょ!?
 ……しずかちゃんだっけ?」
「しずかちゃんは、そんなこと言わないっス!!」

 横島のツッコミにも負けず、美神は、まりとかおりに視線を向けた。

「……あんたたちも、横島クンと同じ意見?
 赤ん坊の自分たちが仕事に参加するの、反対!?
 でも早くから現場に出るのは
 ……いい経験になるわよ!」

 横島とおキヌの娘たちならば、きっと霊能力者のはず。美神の霊感が、そう告げているのだ。だからこそ、そこを突いたのだった。

「うーん……そう言われると……
 あたしは別に構わないけど……」
「わたくしも……」
「じゃあ、決まりね!
 本人たちが『いい』って言ってるんだから……」

 娘たちをコロッと丸め込み、話を強引に進める美神。

「おかしいっスよ、その理屈は!?」
「未来からきたまりちゃんとかおりちゃんは
 『本人たち』じゃありません!
 そんなのダブルスタンダードです!!」

 横島とおキヌは、まだ抵抗する。しかし、

「赤ちゃんさえ貸してくれたら、
 あんたたちは来なくていいわ。
 幽霊屋敷の仕事をキャンセルするのも止める。
 そっちは、あんたたちに任せるから!
 ……重要な仕事なんでしょう、おキヌちゃん!?
 ……歴史を変えたらマズイんでしょう!?」
「えっ!?
 ……うーん……でも……」

 交換条件を持ち出され、おキヌが態度を少し軟化させた。
 横島一人では、もはや抵抗は無意味かと思われたが、

「かりに俺たちが『うん』と言っても……
 たぶん、おふくろが反対しますよ!?」
「……あ!!」
「まあ、おふくろまで賛成するなら、
 俺も反対しませんけどね」

 彼は、ここで、百合子の名前を持ち出した。
 横島の母百合子は、一筋縄ではいかない女性だ。しかし、商社勤めで成果をあげた人物だけあって、一般人としての常識も心得ている。赤ん坊を『道具』扱いする美神には、異議を唱えるだろう。
 それが横島の想定だった。しかも、これまでの美神と百合子との対面の様子から見て、『さすがの美神も、百合子は苦手なようだ』と判断している。

「……わかったわ。
 横島クンのお母さまを説得すればいいのね!?」

 横島の勝ち誇ったような表情にイラッとしつつも、美神は、電話に手を伸ばす。

「……もしもし、美神令子です。
 お願いしたいことがあるのですが……」


___________


「どういうつもりなんだよ、母さん!?」

 帰宅してすぐ、横島は、百合子に質問をぶつけた。

「母さんにとっても、
 大事な孫娘だろ……!?
 それを……」
「心配すんじゃないよ。
 私も一緒に行くから、大丈夫さ。
 それに……美神さんとも色々と
 話をするいい機会だしね」

 美神から電話を受けた百合子は、彼女自身の同行を条件とした上で、アッサリ承諾したのである。これは、横島の予想外の成り行きだった。

「それより……
 おまえたちの方こそ大丈夫かい?
 忠夫たちだって半人前なのに、
 そっちのまりとかおりまで連れてくんだろ!?」

 百合子は、むしろ、横島たち四人を心配しているらしい。
 ここで、かおりがスッと一歩前に出て、胸をはって答える。

「安心してください、おばあさま!
 こう見えても、おとうさまは
 すごい霊能力者なんですよ!!
 そして、おかあさまだって、
 一流のネクロマンサーですから!!」
「それに、あたしたちだって
 ズブの素人ではないからね……」

 まりがかおりの言葉を補足し、懐から、独特な形状の笛を取り出した。それを見たかおりも、全く同じ笛を手にする。

「……あっ!!」
「もしかして、まりちゃんとかおりちゃんは……」
「……そういうことさ!!」
「わたくしたち、おかあさまの娘ですから!」

 横島とおキヌが気付いたように、まりとかおりも、ネクロマンサーなのであった。二人は、同時に笛を吹き始める。

 ピュリリリリッ……ピュリリリリッ……。

「きれいなハーモニーだねえ……」

 霊能のことなど分からぬ百合子にも、その音色は美しいと感じられたのだ。
 常人がネクロマンサーの笛を吹いても、音は出ない。それを知る横島やおキヌは、娘たちを認めざるを得なかった。さらに、二人は、微妙なポイントにも気が向く。

「でも……なんだか
 おキヌちゃんの音色とは違うな!?」
「二人の音の高さが違うからですね!?」
「いや……三つめの音まで聞こえるぞ!?」

 まりが低い音を奏でて、かおりが、その上からハモらせる。それが、この二人の『ネクロマンサーの笛』だった。
 そして、横島が感じた『三つめの音』。それは、二人の音の波長が正しく共鳴することで発生していた。音楽学的には倍音共鳴と呼ばれるシロモノだが、楽典を勉強したわけでもないGSたちに、そこまでの理屈はわかっていない。

「あたしたちの霊波がピタッと合ったときだけ……」
「……さっきの音が出てくるのですわ!」

 演奏を止めた娘たちは、自慢げな顔で、そう説明する。
 なお、この『第三の音』が鳴らなければ、ネクロマンサー効果は発揮されない。彼女たちの能力は、そんな中途半端なものなのだ。しかし、二人は、この点に敢えて言及しなかった。


___________


 そして、翌朝。

「それじゃ、頑張っておいで!」
「母さんもな!」

 横島たち四人が、百合子に見送られる形で、家を出る。
 百合子たち三人は、美神が車で迎えに来ることになっているので、もう少し部屋で待っているのだ。

「俺たちだけだと、車がないんだよな。
 電車を乗り継いで行くのか……」
「親子四人でピクニックだと思えばいいですわ!」
「……どう見てもピクニックの
 格好じゃないだろ、あたしたち!?」

 ノンキなかおりに、まりがツッコミを入れた。
 横島もおキヌも、いつも通りの仕事着である。つまり、彼はジーンズの上下を着て大きなリュックを背負い、彼女は巫女装束なのだ。そして、まりとかおりも、除霊仕事ということで、母親と同じ服装だった。おキヌの予備を借りたのである。
 マンションを出て、駅へと向かう四人。
 巫女姿の三人を従えて町中を歩く横島に、時々、すれ違う人々の好奇の視線が向けられる。これが、彼が電車移動を嫌がる理由となっていた。
 一方、後ろを歩くおキヌは、

(うーん……。
 ちゃんと淀川邸へ行けるのはいいとして、
 何か忘れているような気がするんだけど……!?)

 と、心に引っ掛かりを感じている。
 おキヌ・まり・かおりにとって、今回の仕事は、除霊そのものだけでなく、安奈みらと接触することが大切だった。ちゃんと『聖美女神宮寺シリーズ』のモデルとなることが最重要課題なのである。
 しかし、おキヌが知る『聖美女神宮寺シリーズ』の主人公は、美神令子をモデルにしたキャラクターである。だから、美神がいない状態で安奈みらと対面しても、全く意味がないのだが……。
 それをすっかり失念しているおキヌであった。



(第三話に続く)
 


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