「はじめまして……!!
この時代の……おとうさまとおかあさま!」
「かおりとあたしはさあ……
ちょっとしたアクシデントで、
過去へ飛ばされて来ちゃったんだ。
そういうわけで、しばらくの間……よろしく!!」
二人の女子高生からそう言われて、横島とおキヌは固まっていた。
横島とおキヌだって、まだ高校生なのだ。自分と同じくらいの年齢の少女を見て、『娘』だと実感することなど出来やしない。
そんな四人の中央にある、可愛らしいベビーベッド。その中では、この時代のまりとかおりが、赤ん坊らしい寝息を立ててスヤスヤと眠っていた。
第二話 止めよペン(前編)
「それじゃ、あんたたちは
四人でしっかり話し合うんだよ!?
まりとかおりの……
赤ん坊のほうの二人の面倒は
私が見ておくからね」
テーブルに四人分のお茶を置き、百合子は、キッチンから出ていった。
残されたのは、横島・おキヌ・未来まり・未来かおりの四人である。
「じゃ……まずは座ろうか」
「わたくし、お父さまの隣!」
家長として横島が口を開いたとたん、長髪美人のかおりが、彼の横に駆け寄った。ギーッと椅子を動かし、寄り添うようにして座る。彼の左腕に抱きついた彼女の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
一方、横島は、
(おい……!?
腕に胸があたってるぞ……!?
でも、こいつは娘なんだよな!?
娘……娘……娘……。
俺は変態じゃないぞ、変態じゃない……)
と、女子高生のふくよかな感触に惑わされてしまう。無意識のうちに腕に集中した神経が、『この娘のバストは、出産後の今のおキヌよりも、さらに一回り大きい』と認識する。やわらかくて気持ちいいのだが、さすがに、自分の娘に欲情するわけにはいかなかった。
(横島さん……!?)
彼の対面に腰を下ろしたおキヌは、横島の頭の中を的確に想像していた。今の横島は、女子高生にデレデレしているようにしか見えないのだ。
(だけど……
この『かおり』ちゃんは、
私たちの娘なんだから……。
子煩悩なパパとしては
娘をかわいがるのも当然ですよね!?
横島さんは『良きパパ』してるだけ……。
そうですよね!? ね!?)
と自分に言い聞かせる。
そんな母親の心境を察したらしく、
「あの……おふくろ……!?
あんまり気にしちゃダメだぜ!?」
まりが、おキヌの隣に座って、小声で耳打ちした。彼女は、女性にしては短い髪をしており、言葉遣いも男っぽい。かおりやおキヌ同様、スレンダーな体つきであるが、かおりとは違って、胸の大きさは母親譲りだ。
「かおりに悪気はないんだから、許してやってくれ。
あいつ、ただ……重度のファザコンなだけなんだ。
去年までは、風呂もおやじと一緒だったくらいだぜ!?
……さすがに高校入学後は、
おやじのほうが遠慮して別々になったけど……」
彼女は、おキヌの心配をやわらげるつもりだったのだが、どうやら言い過ぎたようだ。おキヌは、安心するどころか、目を丸くして硬直していた。
(だめだ、こりゃ……)
三人の様子を見て、まりは溜め息をつく。そして、この状況に両親が慣れるまで待つしかないと思うのだった。
___________
「なあ……かおり……!?
あたしたち二人が並んで座ったほうが、
話がしやすいんじゃないか!?
二人で相談しながら答えなきゃいけないこともあるし」
時間は何も解決してくれない。まりは、それに気付いて、席替えを提案した。かおりに対して言った内容も、真実半分・口実半分である。
かおりは、若い父親の肩に頬を擦り付けていたのだが、ある程度満足したらしい。
「……それもそうね」
冷静に言い放ち、スッと立ち上がった。そして、おキヌと席を交換し、ようやく、本来の話し合いがスタートする。
「先程まりが言ったように、
わたくしたちがこの時代に来たのは
ちょっとしたアクシデントなんです」
「……で、未来へ戻るために、
少し手助けしてもらいたいんだ」
「難しいことじゃないですわ。
連れて行って欲しい場所があるだけです」
今までのゴロニャン状態が嘘のように、かおりが、真面目に会話を主導する。まりは、補足役だった。
「もう週末ですから、明日は休みですよね!?
ですから、家族四人で山登りを……」
「……それくらい簡単だろ!?」
ウンという返事を期待して、娘二人が微笑む。しかし、横島とおキヌは、難しい表情で顔を見合わせていた。
「悪いけど……明日は仕事があるんだよなあ」
「ごめんね、まりちゃん、かおりちゃん。
それより……
その『アクシデント』の詳細を聞かせてくれない!?」
横島もおキヌも、まりとかおりの正体を疑ってはいない。理屈ではなく、自分たちの娘だと感じられるのだ。それでも、詳しい事情を知りたいと思うのだった。
「うーん……どこから話したらいいのかしら?」
「……むしろ、どこまで話してもOKなのか、
そっちが問題だな」
と、まりとかおりが考え始めたところで、百合子が入ってきた。
「美神さんから電話だよ!
明日の仕事の打ち合わせのために、
すぐ来て欲しいってさ!!」
___________
「……明日の仕事のため!?」
「あれだけ入念に話し合ったのに!?」
横島もおキヌも、顔に疑問を浮かべる。
明日の仕事、それは、文豪の幽霊が取り憑いた屋敷の除霊である。この事件に関しては、おキヌが強力な情報を握っていたため、それに基づいたプランを既に決定済みだった。
「どうしちゃったんでしょうね、美神さん!?」
なお、おキヌに事前情報があったのは、おキヌが時間逆行者だからである。約十年先から来た彼女には、これから起こる事件に関する記憶があるのだった。
ただし、もはや歴史は、おキヌが知るものとは大きく変わっている。プライベートも変化したが、公的な大事件としては、アシュタロスの地上侵攻の時期が大幅に早まっていた。そのため、それ以前に起こるはずだった事件の幾つかは発生しなかったり、かなり遅れて勃発したりしている。今回の除霊仕事も、本来の歴史では、アシュタロスの事件以前に依頼されるべきものだった。
もちろん、アシュタロス事件以降のイベントも、起こることがあった。例えば、美神の妹ひのめは念力発火能力者として生まれてきたし、当初は誰も彼女の能力に気付かなかったため、美神の事務所は火事になっている。
これは、おキヌの知識で防げるはずの事故だったが、自身の妊娠でバタバタしていたので、おキヌは、事前に告げるのを忘れてしまったのだ。その反省もあって、これ以降、おキヌは、未来情報を美神の仕事にも提供することになっていた。
「なんでも……
予定していた仕事をキャンセルして
別口の仕事を引き受けたらしいよ!?
……詳細は直接聞いておいで。
さ、早く!!」
横島たちを追い立てるように、百合子は、シッシッと手を振る。だが、彼女の言葉を聞いた瞬間、おキヌは、思わず立ち上がっていた。
「ええ〜〜っ!?
ダメですよ、明日の仕事をキャンセルしちゃ!
歴史が……また大きく変わってしまいます!!」
___________
「……どういうことなんだい、おキヌちゃん!?」
GS仕事には門外漢の百合子だが『歴史が大きく変わる』という言葉を聞いては、黙っていられない。一介の主婦でしかない百合子だが、商社勤務時代のコネを駆使すれば、彼女だって役に立てるかもしれないのだ。
「はい、お義母さん。聞いてください……」
おキヌは語り始めた。
自分が経験した歴史において、何が起こったのかを……。
___________
旧淀川ランプ邸の除霊を依頼された美神たちは、方向オンチなおキヌに車のナビを任せたせいで、迷子になってしまう。道を尋ねるために立ち寄った屋敷こそ、現代の売れっ子作家『安奈みら』の別荘だった。
執筆活動のプラスになると考え、ついてきてしまう安奈みら。彼女に淀川ランプの霊が取り憑いてオオゴトにもなったが、最終的には成仏する悪霊淀川ランプ。
そして、この経験からインスパイアされて、安奈みらは、新しく『聖美女神宮寺シリーズ』をスタートさせる。そこに描かれる登場人物は、美神やおキヌをもとに作られたキャラクターだった。
___________
「……というわけなんです!
だから……私たちが行かないと
『聖美女神宮寺シリーズ』が
生まれなくなっちゃうんです!」
熱弁するおキヌに、呆れる横島と百合子。
「このコったら……
大げさなことを言うから何かと思えば……」
ゆっくりと首を左右に振りながら、百合子は、キッチンから出ていった。
一方、まりとかおりは、おキヌ同様に興奮している。
「そ、それじゃ……
おとうさまやおかあさまが
あの『聖美女神宮寺シリーズ』のモデルなの!?」
「『聖美女神宮寺シリーズ』と言えば……
外国のSF『宇宙英雄論壇シリーズ』を抜いて
世界最長になったシリーズじゃないか!?」
「ええーっ!?
あのシリーズ、そんなに続くの……!?」
まりが口を滑らせ、その未来情報を聞いたおキヌが、さらにエキサイトする。
一人取り残された横島だったが、
「何を言ってるのかよくわからんが……。
とにかく美神さんに直談判するしかなさそうだな。
とりあえず、今から事務所へ行こう」
と、一同を駆り立てるのだった。
___________
外は、すっかり暗くなっていた。
街灯に照らされた夜道を、高校生四人が歩く。
端から見れば友人同士なのだろうが、実際には、親子四人である。
前を歩くのは、横島とかおりの二人。一時の冷静さとは裏腹に、今のかおりは、再び『おとうさまラブ』な状態だ。幸せそうな笑顔で、横島の腕にしがみついていた。
その横島は、彼女の胸の感触を楽しむどころではない。なんだか背中がチクチクするのだ。後ろから愛妻が、
(ほんとは……あそこは私のポジションなのに……)
嫉妬のこもった視線で、二人を眺めているからである。
そんなおキヌを見て、まりが苦笑する。
「まーまー。
これも今だけだから。
あたしたち、この時代に長居する気ないし……」
彼女は、おキヌの気を逸らそうと思い、時間跳躍してしまった事情を語り出した。
「あたしたちの知り合いにさ……
ちょっと厄介な霊能力者がいてね。
そいつ、まだ中学生なんだけど……」
その人物は、生まれながらにして、特殊な力を持っていた。時間移動能力である。ただし、彼自身が時間移動するのではなく、念波を放出して周囲に時空震動を引き起こしてしまうのだ。
「それって……ひのめちゃんみたいなもんか!?」
横島が振り返って質問する。『念波を放出』という言葉で、ひのめの発火事件を思い出したのだ。その際には、横島もエラい目に遭っている。
「そうですわ、おとうさま!」
「発火能力と時間移動能力の違いはあるけどね」
これで、横島とおキヌにも、少しはイメージしやすくなった。
現在のひのめは、念力発火封じのおふだで能力を封印されている。十数年後の未来でも同様か、あるいは、ひのめ自身がコントロールする術を学んだはずだ。それでも、まりやかおりは、彼女が赤ん坊だった頃の事件を、話に聞いているのだろう。
「あたしたちが話題にしている人物も……
そんな大変な力があること、
最初はわからなかったから……
彼が赤ちゃんの頃には、
色々と事件が起こったんだぜ?」
その人物が起した時空震動で、部屋にあった小物が過去や未来へとんでしまったらしい。有史以前の時代へ行ってしまい、そのままオーパーツとして発掘されたものもあるくらいだ。
「なんちゅう迷惑な能力だ……」
「……でしょう?
でも、おふだなんかでは封印できないから
わざわざ小竜姫さまに来ていただいて
能力そのものを封印してもらったんです。
それで十年以上、何の問題もなかったのに……」
「そのプロテクトが外れて、おまえたちを
この時代へとばしちゃったわけか!?」
「そうなんです!
封印が破れたのは、どうやら……」
父親に密着したまま、かおりが、説明を補足した。そして、首を少し後ろに向けて、冷ややかな視線でまりを見る。
「年上のガールフレンドに刺激されて
……興奮しちゃったからなんです!!」
かおりとしては、軽い冗談のつもりだった。しかし、まりは、これに過剰反応してしまう。
「バカヤロウ!
あたしたち、そんな関係じゃねえぞ!?
それに……そんなことしてねえったら!」
「あら!?
……馬鹿はまりのほうよ!?
レイ君のガールフレンドだってこと、
自分からバラしてどうすんの?」
「バカ、おまえこそ!
『レイ君』なんて言ったら、誰の子供かバレバレだろ!?
……これで歴史が変わって、
レイ君が生まれなくなったら、どうすんだよ!?」
立ち止まって口論を始めた二人。
そんな娘たちを見ながら、
「私の天然ボケと横島さんの失言癖……
両方受け継ぐとこうなるのかしら?」
「いや、これって……
天然ボケとは違うんじゃないか?」
「うーん……そうですね、
失言も、横島さんのとは少し違うみたい」
おキヌと横島は、顔に冷や汗を浮かべていた。
___________
「うわーっ!?
さすがに若いなー、美神のおばさん!」
「若作りじゃないですもんね。
……わたくしたちの時代のおばさまとは別人だわ!」
事務所に着いて早々、まりとかおりは、失礼なことを言い出した。二人としては新鮮な驚きを表現しただけなのだが、『おばさん』『おばさま』呼ばわりされた美神は、こめかみをピクピクさせている。
「ちょっと……!?
誰なの、このコたちは!?」
「ごめんなさい、美神さん……」
「俺たちが代わりに謝ります。
いや、おまえたちも一緒に……!」
おキヌがペコリと頭をさげた。横島は、娘たちの頭を押さえつけ、二人にも謝罪させる。
「ごめんなさい。
これからは『美神さん』と呼びます……」
「実は、あたしたちは……」
そして、まりとかおりは、『おばさん』『おばさま』という呼称を使ってしまった言いわけの意味で、自分たちが未来からきたことを説明した。
___________
「まあ、事情はわかったわ。
……で?
あんたたちが横島クンたちの娘だとして……。
なんで私のところまで来たわけ!?
……『未来へ帰してください』っていう依頼!?」
一通り話を聞いた美神は、難しい顔をする。
意図せず過去へとばされた者が、時間移動能力者を頼る気持ちも、分からんではない。しかし、美神の時間移動能力は小竜姫に封印されているし、母親の美智恵も、時間移動は神族から禁止されているのだ。
「いや、違うんスよ」
「まりちゃんとかおりちゃんは……
明日の幽霊屋敷除霊に同行したいんですって」
横島とおキヌが代弁する横で、黙ってニコニコしている娘たち。
交渉役を両親に任せたようだが、そもそも話の前提からして噛み合っていなかった。
「なに言ってるの!?
幽霊屋敷の話はキャンセルよ!?
……電話で伝えたはずだけど!?」
「ダメなんです、美神さん!
……明日の仕事だけは、絶対に行かないと!!」
おキヌは、ここで再び、自分の知る『淀川ランプ事件』を語り始めた。
___________
「……というわけなんです」
「ふーん……。
……ま、私が断っても
きっと誰かが引き受けて何とかするわね」
おキヌの熱弁にも、美神の反応は冷たい。
(そういえば……
美神さんって、
安奈みらを知らないんだっけ!?)
だから、自分たちの関与の重要性も分かってもらえないのだ。
それに気付いたおキヌは、別方面からアプローチすることにした。
「美神さん……!?
新しく引き受けた仕事……
そんなに重要で、急ぎの話なんですか!?」
別件を後回しにするよう説得するためには、そちらの詳細も知る必要がある。だから聞いてみたのだが、突然、美神の目が輝き出す。
「もちろん……!!
なんたって、ユニコーンよ!!」
「ユニコーン……!?」
一同が驚きの声を上げた。ユニコーンなんて、神話や伝承でしか聞いたことがないからである。
しかし、おキヌだけは違っていた。心当りがあったのだ。
「ああ……あの事件ですね……」
おキヌが知る歴史の中でも、美神除霊事務所は、農協からユニコーン捕獲を頼まれたのだった。
「知っているのね、おキヌちゃん!?」
「まーまー。
落ち着いてください、美神さん」
情報を得ようと飛びついてくる美神を制止し、おキヌは、ゆっくりと記憶を辿った。
(あのときも……
美神さんは、やる気十分だったっけ……)
___________
ユニコーンは神話の中で美化されてきたが、実際には、魔力で畑に忍び込んで野菜を食べ散らかす生き物だ。農家にとっては、立派な害獣なのである。
ただし、その角には、あらゆる呪いと病気を治す効果があるという。そのために乱獲されて、もはや人間界で目撃されることが希有なほど、個体数も激減していた。今では、ヴァチカン条約で保護されて、指一本触れることも禁止されている。
今回、野に降りてきたユニコーンに関して、特別捕獲許可も申請した。しかし、許可が下りるのを待っていたら、畑はメチャクチャに荒らされてしまう。だから、農家の人々は、美神に依頼したのだった。
非合法仕事ではあるが、角を売りさばいたら大金が転がり込むのだ。美神は、気合いを入れて捕獲に臨んだのだが……。
ユニコーン捕獲は容易ではなかった。自動追尾の麻酔弾もかわされ、
「やっぱ古典的手法でやるしかないか……!」
「古典的手法って……?」
「ユニコーンはね、
美しく清らかな乙女に弱いの。
乙女のひざに頭をあずけて
眠ってしまう習性があって、
その時全くの無防備になるわ。
狩人はそのスキに近づいて、角を奪うってわけ」
と、美神みずから乙女役を買って出る。だが、性根を見透かされて失敗してしまった。次に、嫌がるおキヌを押し立てるが、それでも成功しない。実在するわけが無い理想の美女が必要ということで、横島を霊力で女装させてみたが、横島自身が女装横島に一目惚れし、またまた失敗に終わってしまう。
そうこうしているうちに、捕獲の許可も下りて、オカルトGメンがやってくる。結局、ユニコーンは、彼らの手に渡るのであった。
___________
「……というのが
ユニコーン事件の顛末です」
「それじゃ、やっぱり急がないといけないわね。
モタモタしてるとオカGに持ってかれちゃう!
それこそ『トンビに油揚げ』だわ!」
おキヌの説明は、美神の気持ちを加速させるだけだった。しかも、今の話では肝心の情報が抜け落ちている。
「ところで……結局オカGは、
どうやってユニコーン捕まえたの!?」
「えーっと……。
いつのまにか、ひのめちゃんの
膝の上で眠っていたらしいんです」
美神にひのめを預けることが出来なかったため、美智恵は、ひのめをベビーバスケットに寝かして現場へ連れていっていた。それが偶然、オカルトGメンの勝因となるのである。
「なるほど……。
『美しく清らかな乙女』は
純真無垢な赤ん坊……というオチなわけね」
腕組みをしながら、美神は考え込む。
ひのめを美智恵から借り出せば、それでユニコーンを捕獲できるかもしれない。しかし、すでにオカルトGメンが捕獲許可申請を届け出ているならば、美智恵に話を持ちかけた時点で、目的がバレてしまうだろう。
「オカGの関与は避けたいから……」
美神は、ニマッとした笑顔を、横島とおキヌに向けた。
「まりちゃんとかおりちゃん……
私に一日貸してくれない!?」
___________
「えっ……!?」
「わたくしたち!?」
まりとかおりが驚いたが、美神は首を横に振る。
「……違うわよ。
高校生の女のコなんていらないの。
必要なのは……
赤ん坊の『まりちゃんとかおりちゃん』よ!」
横島とおキヌの子供でも、ひのめの代用となるだろう。それが美神の計画だった。
ユニコーンの角の粉末は、純度の高い麻薬以上に高価なのだ。お金に目がくらんだ美神の辞書には、子供の人権という文字はなかった。
「なに考えてるんですか、美神さん!?」
「俺たちの子供を利用するなんて
……絶対ダメっスよ!!」
おキヌも横島も反対するが、美神はケロッとしている。
「いいじゃないの、少しくらい。
減るもんじゃないし。
……それに、横島クンの子供なんて
私の子供みたいなもんじゃないの!?」
「……えっ!?」
「ほら……
『おまえのものは俺のもの、
俺のものは俺のもの』
っていう有名なセリフがあるでしょ!?
……しずかちゃんだっけ?」
「しずかちゃんは、そんなこと言わないっス!!」
横島のツッコミにも負けず、美神は、まりとかおりに視線を向けた。
「……あんたたちも、横島クンと同じ意見?
赤ん坊の自分たちが仕事に参加するの、反対!?
でも早くから現場に出るのは
……いい経験になるわよ!」
横島とおキヌの娘たちならば、きっと霊能力者のはず。美神の霊感が、そう告げているのだ。だからこそ、そこを突いたのだった。
「うーん……そう言われると……
あたしは別に構わないけど……」
「わたくしも……」
「じゃあ、決まりね!
本人たちが『いい』って言ってるんだから……」
娘たちをコロッと丸め込み、話を強引に進める美神。
「おかしいっスよ、その理屈は!?」
「未来からきたまりちゃんとかおりちゃんは
『本人たち』じゃありません!
そんなのダブルスタンダードです!!」
横島とおキヌは、まだ抵抗する。しかし、
「赤ちゃんさえ貸してくれたら、
あんたたちは来なくていいわ。
幽霊屋敷の仕事をキャンセルするのも止める。
そっちは、あんたたちに任せるから!
……重要な仕事なんでしょう、おキヌちゃん!?
……歴史を変えたらマズイんでしょう!?」
「えっ!?
……うーん……でも……」
交換条件を持ち出され、おキヌが態度を少し軟化させた。
横島一人では、もはや抵抗は無意味かと思われたが、
「かりに俺たちが『うん』と言っても……
たぶん、おふくろが反対しますよ!?」
「……あ!!」
「まあ、おふくろまで賛成するなら、
俺も反対しませんけどね」
彼は、ここで、百合子の名前を持ち出した。
横島の母百合子は、一筋縄ではいかない女性だ。しかし、商社勤めで成果をあげた人物だけあって、一般人としての常識も心得ている。赤ん坊を『道具』扱いする美神には、異議を唱えるだろう。
それが横島の想定だった。しかも、これまでの美神と百合子との対面の様子から見て、『さすがの美神も、百合子は苦手なようだ』と判断している。
「……わかったわ。
横島クンのお母さまを説得すればいいのね!?」
横島の勝ち誇ったような表情にイラッとしつつも、美神は、電話に手を伸ばす。
「……もしもし、美神令子です。
お願いしたいことがあるのですが……」
___________
「どういうつもりなんだよ、母さん!?」
帰宅してすぐ、横島は、百合子に質問をぶつけた。
「母さんにとっても、
大事な孫娘だろ……!?
それを……」
「心配すんじゃないよ。
私も一緒に行くから、大丈夫さ。
それに……美神さんとも色々と
話をするいい機会だしね」
美神から電話を受けた百合子は、彼女自身の同行を条件とした上で、アッサリ承諾したのである。これは、横島の予想外の成り行きだった。
「それより……
おまえたちの方こそ大丈夫かい?
忠夫たちだって半人前なのに、
そっちのまりとかおりまで連れてくんだろ!?」
百合子は、むしろ、横島たち四人を心配しているらしい。
ここで、かおりがスッと一歩前に出て、胸をはって答える。
「安心してください、おばあさま!
こう見えても、おとうさまは
すごい霊能力者なんですよ!!
そして、おかあさまだって、
一流のネクロマンサーですから!!」
「それに、あたしたちだって
ズブの素人ではないからね……」
まりがかおりの言葉を補足し、懐から、独特な形状の笛を取り出した。それを見たかおりも、全く同じ笛を手にする。
「……あっ!!」
「もしかして、まりちゃんとかおりちゃんは……」
「……そういうことさ!!」
「わたくしたち、おかあさまの娘ですから!」
横島とおキヌが気付いたように、まりとかおりも、ネクロマンサーなのであった。二人は、同時に笛を吹き始める。
ピュリリリリッ……ピュリリリリッ……。
「きれいなハーモニーだねえ……」
霊能のことなど分からぬ百合子にも、その音色は美しいと感じられたのだ。
常人がネクロマンサーの笛を吹いても、音は出ない。それを知る横島やおキヌは、娘たちを認めざるを得なかった。さらに、二人は、微妙なポイントにも気が向く。
「でも……なんだか
おキヌちゃんの音色とは違うな!?」
「二人の音の高さが違うからですね!?」
「いや……三つめの音まで聞こえるぞ!?」
まりが低い音を奏でて、かおりが、その上からハモらせる。それが、この二人の『ネクロマンサーの笛』だった。
そして、横島が感じた『三つめの音』。それは、二人の音の波長が正しく共鳴することで発生していた。音楽学的には倍音共鳴と呼ばれるシロモノだが、楽典を勉強したわけでもないGSたちに、そこまでの理屈はわかっていない。
「あたしたちの霊波がピタッと合ったときだけ……」
「……さっきの音が出てくるのですわ!」
演奏を止めた娘たちは、自慢げな顔で、そう説明する。
なお、この『第三の音』が鳴らなければ、ネクロマンサー効果は発揮されない。彼女たちの能力は、そんな中途半端なものなのだ。しかし、二人は、この点に敢えて言及しなかった。
___________
そして、翌朝。
「それじゃ、頑張っておいで!」
「母さんもな!」
横島たち四人が、百合子に見送られる形で、家を出る。
百合子たち三人は、美神が車で迎えに来ることになっているので、もう少し部屋で待っているのだ。
「俺たちだけだと、車がないんだよな。
電車を乗り継いで行くのか……」
「親子四人でピクニックだと思えばいいですわ!」
「……どう見てもピクニックの
格好じゃないだろ、あたしたち!?」
ノンキなかおりに、まりがツッコミを入れた。
横島もおキヌも、いつも通りの仕事着である。つまり、彼はジーンズの上下を着て大きなリュックを背負い、彼女は巫女装束なのだ。そして、まりとかおりも、除霊仕事ということで、母親と同じ服装だった。おキヌの予備を借りたのである。
マンションを出て、駅へと向かう四人。
巫女姿の三人を従えて町中を歩く横島に、時々、すれ違う人々の好奇の視線が向けられる。これが、彼が電車移動を嫌がる理由となっていた。
一方、後ろを歩くおキヌは、
(うーん……。
ちゃんと淀川邸へ行けるのはいいとして、
何か忘れているような気がするんだけど……!?)
と、心に引っ掛かりを感じている。
おキヌ・まり・かおりにとって、今回の仕事は、除霊そのものだけでなく、安奈みらと接触することが大切だった。ちゃんと『聖美女神宮寺シリーズ』のモデルとなることが最重要課題なのである。
しかし、おキヌが知る『聖美女神宮寺シリーズ』の主人公は、美神令子をモデルにしたキャラクターである。だから、美神がいない状態で安奈みらと対面しても、全く意味がないのだが……。
それをすっかり失念しているおキヌであった。
(第三話に続く)
第一話を登校後、数日間読者に徹してみたら、何も書けなくなってしまったのです。そこから書き手に復帰するにあたり、まずは軽い雰囲気のものが書きやすいと考え、別のところで、本作とは違う雰囲気の作品を(前作『まりちゃんとかおりちゃん』を始めた直後に並行して始めていた作品を)完結させることに集中していました。そちらを無事に終わらせ、そちらはそちらで、また新しいのを始めてから、ようやく『続・まりちゃんとかおりちゃん』に戻ってきた次第です。
こちらの掲示板で二次創作を書き始め、ここの皆様には大変御世話になっている身でありながら、先月と今月は、別のところに投稿した数の方が多いという状態になってしまいました。少し心苦しく思っています。
……さて、今回のエピソード(第二話・第三話)は、第一話を投稿した時点で、構想だけは頭の中にあったシロモノです。いざ書いてみたら少し長くなったので、前編後編に分割しました。すぐに第三話も投稿しますので、後編も、よろしくお願いします。 (あらすじキミヒコ)
楽しみです。
百合子が何を話すのかも気になるし、自分の予想を気持ちよく裏切られるのを期待してます。 (エフ)
>この二人がレギュラーになるのかこの話のみのゲストなのか
オリキャラ二人の退場時期に関しては三つほどプランがあり、そのうちどれを選ぶか、まだ決めていません。読者の皆様から頂くコメントを見ながら、決定しようと思っています。
>自分の予想を気持ちよく裏切られるのを期待してます。
私が想定している展開が、御期待を裏切らない内容となることを祈りつつ、続きを書いていきます。今後もよろしくお願いします。 (あらすじキミヒコ)