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復元されてゆく世界

第十九話 おわかれ


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:08/ 1/23

 
『地脈エネルギー充填・・・120%・・・!!』

 死津喪比女が大規模な攻撃を仕掛けたことは、おキヌにも分かっていた。地脈に異常を感じたからだ。
 突撃する準備も既に整った。そこへ、

「待って!! おキヌちゃん!!」

 美神が駆け込んできた。横島もシロも雪之丞もいっしょである。

「死津喪比女を倒す武器が届いたわ!」

 美神は、細菌弾の入ったライフルを掲げて見せた。

「だから、あとは俺たちにまかせて!!」

 横島も、同じライフルを手にしている。

『美神さん・・・!!
 横島さん・・・!!』

 おキヌの表情が少しやわらいだ時、

『聞こえるかえ、小娘ども!!』

 死津喪比女の声が降ってきた。

『江戸がどうなったか知っているかえ!?
 人も物もすべてがマヒしておる!
 放っておけば弱い者から死んでいくぞえ!
 今すぐに結界を解いて、小娘を地脈から切り離せ!!』



    第十九話 おわかれ



「ちょうどいいわ・・・」

 死津喪比女の脅迫は、美神としては好都合だった。

「結界を切って!!」
『何を言うんだ・・・!?』

 美神の言葉を理解できず、道士が影を現した。
 だが、美神はニヤリと笑った。

「要求を聞き入れるフリをして、
 奴をここへおびき寄せるのよ!!
 地中に潜られたままでは細菌弾もぶちこめないけど、
 ここの結界が切れれば、やって来るでしょう!?」
『そういうことか・・・。
 だが危険だ!!
 万一ここを破壊されてしまったら・・・』

 美神の作戦を知った上で、それでも承諾できない道士。
 それを見たおキヌが、懇願する。

『道士さま!!
 美神さんの言うとおりにしてください!!
 もしも倒せなかった場合には・・・、
 私が本当にミサイルになりますから!!』

 おキヌの表情を見た道士は、美神の策を受け入れ、自分の姿も消した。


___________


 地脈堰の装置を守っていた結界がなくなった。

『聞きわけがいい子だねえ。
 次は小娘を差し出してもらうぞえ!』

 しかし、これには反応がない。

『・・・中途半端なことを!!
 まだ何か企んでおるのかえ!?
 だが結界さえなければ・・・』

 地脈堰の洞窟へと、死津喪比女の『花』が入っていく。
 装置のところまで進むと、おキヌを守るかのように美神たち四人が立っているのが見えた。そのうち二人は、ライフルを手にしている。

『また鉄砲かえ・・・?』

 不敵に笑う死津喪比女。
 入り口から来た『花』は一輪だけだったのだが、ここで、地面からウジャウジャと無数に湧いて出てきた。

「う・・・うわあああっ!?」
「横島クン!!
 ビビる必要はないわ!
 どれだけ来ようと、同じこと!!」

 言うと共に、美神がライフルの引き金に指をかけた。
 
『ぐわアアッ!?』

 初弾は先頭の死津喪比女に直撃し、その体を崩していった。

「根まで腐って土になるがいいわ!!」
『バ・・・バカな・・・!!
 ぐわ・・・!!』

 連鎖的に、周りの『花』たちも砕けていくのだが・・・。
 その場から完全に死津喪比女が消滅し、

「終わった・・・!?」
「あっけないもんだな!?」

 美神と雪之丞が安心しかけた時。

 ボコボコボコッ!!

 死津喪比女の大群が、再び地中から発生した。

『その鉄砲の力は、すでに江戸で見せてもらったぞえ!
 どうすればよいのか、とうにわかっておるわ!』

 死津喪比女は、撃たれたとたんに『花』を切り離したのだった。
 感染のスピードも心得ているので、末端だけを切り離そうなどと欲張ることもしなかった。それでは間に合わない。本体の球根に近いところからバッサリ切り捨てることで、その身を守っていた。
 そして、再び『花』を伸ばしてきたのである。

『クックック・・・。
 しょせん人間の浅知恵だったとみえるな!?』
「・・・まだよ!!」

 再び、美神が死津喪比女を撃つ。

『バカめ!!
 いくらやられようと、わしは・・・』

 捨てゼリフを残しながら、周囲の死津喪比女が一掃されていった。しかし、ほどなくして、また『花』が幾つも出現する。

「堂々巡りだぜ、これじゃ・・・。
 それに、何だか増えてないか!?」

 雪之丞の指摘どおりだった。それでも、美神の表情には諦めの色はなく、むしろ勝利の確信に満ちていた。
 
(美神さん・・・!!)

 おキヌは思う。
 美神には、まだ他にも策があるのだろう。

(あ・・・!!)

 そして、周囲を見渡して、そのヒントに気が付いた。
 だから、おキヌは堪える。
 まだ自分が突撃するべき時ではないのだ。
 おキヌは、黙って美神にまかせることにした。


___________


 カチッ!!

 美神の指が引き金を弾いたが、ライフルからは何も飛び出さなかった。

『フフフ・・・!!
 とうとう弾ぎれかえ!?』

 死津喪比女の言うとおりだ。
 やってきた集団を一発の細菌弾で片づけ、そして、再び大群に襲われる。そんな攻防を何度も繰り返した結果が、これだった。

「・・・そうね。
 でも、これで勝ったと思う?」

 冷や汗を浮かべながら、それでも美神は不敵な笑みを保っていた。

『・・・どういうことかえ?』

 美神の態度に興味を惹かれたらしく、死津喪比女が話にのってきた。死津喪比女としては、もはや自分が負けることなど考えられず、少しくらい話を聞くことなど全く問題ではなかったのだが・・・。

(・・・やった!
 これで少しは時間が稼げるわ!!)

 美神は、内心喜んでいた。
 そもそも、先ほどまでのルーティンな攻防も、美神の狙いどおりだった。もしも死津喪比女が『花』を出現させるのではなく、一気に地震攻撃をしかけてきたら、美神としては為す術も無かった。いずれ弾がなくなるというジリ貧を演出してみせることで、望む方向へ持ち込んだのだった。
 そして今。
 本当に弾も尽きてしまったが、もう少しだけ持ちこたえる必要があるのだ。

「えーっと・・・。
 あんたも結構ニブイのね。
 私の態度を見て、まだ気付かないの?」
『・・・何を隠しておる!?』

 ハッタリは得意なはずの美神だが、ここは難しかった。下手なことを言って本当の策がバレてしまっては元も子もない。話術で引き延ばすしかないのだが、死津喪比女だって、冷静に周囲を見渡せば気が付いてしまうだろう。

「あんたは言ってたわね、
 『その鉄砲の力は、すでに江戸で見せてもらった』って。
 『どうすればよいのか、とうにわかっておるわ』って。
 ・・・食らってみて、どうだった?
 私の細菌弾、本当に前のやつと同じだったかしら?」
『何、まさか・・・!?』

 死津喪比女の表情に、やや焦りが見え始めた。

(・・・いける!!
 このストーリーは通じそう!!)

 咄嗟の思いつきだったが、何とかなりそうだ。

「そう!!
 東京で細菌弾を使用したのは、遠大な伏線だったわけよ。
 わざと欠点のある武器を使っておいて、対策を学習させる。
 そうすれば、次も同じように対応するでしょう?
 それこそ、こっちの狙いだったのよ!!」
「そうだったのか!!
 すげーぜ!!
 そこまで西条のダンナと打ち合わせていたとは!!」

 美神の横で、雪之丞が無邪気に喜んでいる。

(ああ、雪之丞・・・。
 これがホントだったら良かったんだけどね。
 でも、そんなわけないでしょ?
 西条さんだって、現時点での最良の武器で戦ったのよ・・・)

 そんな美神の心中には誰も気が付かず、

「遅効性の毒か!!
 二種類の毒が入ってたんだな!?
 それも伝達速度に差をつけて!!
 遅効性のほうが、効くまでの時間はかかるが
 毒の回り自体は早かったんだろ!?
 即効性のやつに合わせて切り離しを行うと、
 その裏で、とっくに別のが伝わってるってわけだ!!
 しかも、すぐには効かないから、
 死津喪比女自身も気付かなかったんだな!!」
『そうか・・・。
 それで毒が効くまでの時間稼ぎをしていたのかえ!?』

 雪之丞と死津喪比女が、勝手に話を補足してくれた。
 その時。

『美神さん・・・!!
 やりました!!』

 美神の腰に下げていた無線機から、横島の声が聞こえてきた。
 同時に、

『ぐああッ・・・!?』

 死津喪比女の『花』たちが苦しみ出した。

「・・・ようやく毒が効き出したよーだな」

 ニヒルに笑う雪之丞だったが、

「あんた・・・。
 あんな話、まだ信じてんの?
 ま・・・。
 『敵を欺くにはまず味方より』って言うくらいだから、
 これで良かったんだけどね」

 美神にポンと肩を叩かれた。

「今のは横島クンの声だったでしょ・・・?」

 言われて、雪之丞も気がついた。
 いっしょに来たはずの横島とシロが、いつのまにか、いなくなっていたのだ。

「あれ・・・!?」


___________


 話は少し遡る。
 美神の最初の弾丸で、死津喪比女の『花』たちが散っていく時。

「・・・もう覚えたか?」

 横島が、傍らのシロに小さく声をかけた。

「バッチリでござる!!」
「よし、じゃあ俺たちは行くぞ!
 敵に気付かれないうちにな・・・」

 横島とシロは、ソッと洞窟から抜け出した。
 横島の手には、細菌弾をこめたライフルがある。
 そしてシロには・・・。

「こっちでござる!!」

 死津喪比女の妖気を嗅ぎ分けることのできるハナがあった。
 二人は、死津喪比女の本体を目指して走り続けた・・・。


___________


「・・・というわけよ。 
 私たちがここで囮になっているうちに、
 横島クンが本体の球根に
 細菌弾を直接ぶちこんでくれたの。
 末端に撃ち込んでもダメだろうってことくらい、
 ちゃんと分かってたわ」
「シロが球根の埋まっている位置を嗅ぎ付けて、
 横島がハンズ・オブ・グローリーで掘り進んだのか?
 まさに昔話の『ここ掘れワンワン』だな」

 実際には、掘り進んだというよりも、かろうじてライフルが入るくらいの穴を開けたに過ぎない。霊波刀を応用しても、その程度しか出来ないのだが、今回の目的には十分だった。
 このように、美神と雪之丞は安心して話をしている。だが、まだ完全に気を緩めたわけではなかった。
 目の前の『花』たちは、のたうち回っているものの、崩壊してはいなかったからだ。そして・・・。
 
『フフフ・・・!!
 フハハハッ!!
 なんとかもちこたえたえーっ!!』

 顔を引きつらせながらも、死津喪比女が笑い始めた。

『万一にそなえて「株わけ」しておいたのさ!
 あの小僧にやられたのは「本体」ではない!
 ひゃひゃひゃひゃ・・・!!』
「そんな・・・!」

 美神が青ざめるのとは対照的に、死津喪比女の顔から、苦悩の色が消えていった。

『感染が本体まで届く前に切り離したのさ!!
 危なかったぞえ・・・!!
 さあーて、おまえらも殺してやるが・・・。
 まずは、あの小僧からだ!!』

 死津喪比女の言葉と共に、洞窟が揺れ始めた。

『うわーっ!!
 美神さん・・・!!』

 無線機から横島の叫び声が聞こえてきた。だが、バックに轟音が鳴り響いているし、雑音混じりであった。

(まずい・・・!!)

 自分たちが危険だというだけではない。
 死津喪比女の口振りからすると、横島をターゲットにしているようなのだ。
 向こうでは、ここ以上の地震が起こっているに違いない。
 それに気付いたのは、美神だけではなかった。

『美神さん!!
 横島さんのこと、よろしくお願いします!!』

 霊体ミサイルとなったおキヌが、球体から飛び出した。
 横島の未来を救おうと決意したこともあるおキヌである(第三話「おキヌの決意」参照)。だが、今は『現在』を救うのが先決だ。『未来』に関しては美神に託すしかないのだが、もはや、詳しい説明をしている暇はなかった。

「お・・・おキヌちゃん!!」

 美神が叫ぶが、もう止めることも出来ない。
 おキヌは、地中へ消えていった。


___________


(みんなを・・・守らなきゃ・・・!!)

 おキヌは地下深くを突き進む。

(感じる・・・!
 死津喪比女の波動だわ・・・!
 急がなきゃ!!)

 おキヌは、今、色々なことが感じ取れるようになっていた。自分がどこを進んでいるのか、その上の地上には何があるのか、そこまで理解できるのだった。

(この上・・・。
 横島さんと初めて会ったところ・・・)

 おキヌの中で、横島との思い出がフラッシュバックする。
 最初の出会いは、体当たりだった。死んでもらおうと思ったのだが、殺すことなんて出来ないとすぐに分かった。
 そして、いっしょに美神の除霊を手伝って・・・。
 また、女子高生に憑依したときには、一目で見抜いてくれて・・・。
 その後には、一人の女の子として、デートにも誘ってもらった・・・。
 二人で丸々一日遊んだ、あの街・・・。

『・・・。
 道士さまは
 私は生き返れるって言ったけど・・・』

 特攻の準備をしている際、おキヌは、消滅するとはかぎらないと教えられていた。何世代もの時間をかけて、残った霊体を増幅すれば、復活できるかもしれないのだ。

『生き返ったって・・・。
 何百年もたってから生き返ったって・・・。
 もう・・・』

 もはや霊体兵器となったはずのおキヌだが、その目から涙が流れた。

(横島さん・・・!)

 それでも突き進むおキヌの前方に、

『あそこだわ!!』

 死津喪比女の球根が見えてきた。

(美神さん・・・!!
 横島さん・・・!!
 みんなに会えて・・・嬉しかった・・・!!)


___________


「倒せたようだな・・・」

 その場の『花』たちが壊れていくのを見ながら、雪之丞がつぶやいた。
 すでに、地震も止んでいた。

「でも・・・。
 もう・・・おキヌちゃんは・・・」

 美神としては、それだけ言うのが、やっとだ。

『美神さん・・・!!
 どうなったんですか!?
 何があったんです!?
 まさか・・・』

 横島の声が無線機から聞こえてくるが、それに答えることも出来なかった。
 半ば放心したような美神に代わって、

「横島・・・。
 落ち着いて聞いてくれ。
 俺たちは・・・おキヌに救われたんだ・・・」

 雪之丞が説明する。

『そんな・・・!!
 それじゃ、おキヌどのは・・・!!』

 横島も美神同様のリアクションなのだろうか。返ってきたのは、横島ではなくシロの声だった。
 しかし、そんな愁嘆場も長くは続かなかった。
 無線を通して、

『よくも・・・
 よくもわしからすべてをうばいおったな!!
 殺してやる!!
 おまえらも道連れだ!!』

 横島でもシロでもない叫びが聞こえてきたのだ。


___________


 山の中腹から現れたのは、巨大な球根だった。
 霊体ミサイルの直撃で、その身を半分以上削られたのだが、それでも何とか生き残っていた。中央の大きな目も健在である。
 
「あ・・・あれが本体でござるか・・・!?」
「なんてしぶといヤローだ!!」

 シロや横島からは距離があるのだが、それでも、巨体であるためにハッキリと見ることができた。
 球根からも、横島たちを認識できたのだろう。目から放たれたビームが、横島とシロを襲った。

「うわっ!!」

 直撃はしなかったものの、二人とも激しく吹き飛ばされた。

「う・・・」
「おいっ!! シロっ・・・!!」

 地面に叩き付けられた衝撃で、シロは気絶してしまったらしい。
 横島も倒れてしまったが、すぐに起き上がった。球根が近づいてきたからだ。

「この野郎!!」

 横島がサイキック・ソーサーを投げつける。球根の目を狙ったのだが、

『クックックッ』

 ビームで撃ち落とされてしまった。

「・・・ちくしょう!!
 接近して、直接叩かないとダメか!?」

 と、つぶやいた時。

『だめです!!
 横島さん!!』

 突然シロがムクリと起き上がり、叫び出した。しかし、

『目は弱点じゃありません!!
 近づきすぎると攻撃が来ます!!』

 その口調はシロのものではない。むしろ・・・。

「おキヌちゃんか・・・!?
 まさか・・・!!」
『後ろに新芽があります!
 そこへ!!』
「わ・・・わかった!!」

 言われるがまま、横島は走る方向を変えたが、

『こざかしいっ!!』

 球根がその身をゆっくりと回転させる。横島の動きに合わせて体を回すだけで、常に目を向けていられるのだ。

(・・・それなら!!)

 走って背後へ回りこむことを諦め、横島は、真っすぐ球根へと向かう。そして、右手のハンズ・オブ・グローリーを長々と伸ばした。

『何ッ!?』

 敵が驚いている一瞬が勝負だ。
 伸ばしたハンズ・オブ・グローリーを前方の地面に突き刺し、棒高跳びの要領でジャンプする。

「やった!!」

 攻撃を食らう前に、何とか球根を飛び越えることができた。

「・・・そこか!!」

 見えてきた新芽に向かって、左手からサイキック・ソーサーを投擲した。
 今度は迎撃されることもなく、目標に直撃する。

『しまっ・・・。
 ギャアアアァッ!!』

 それが、死津喪比女の最期だった。


___________


『横島さん・・・!!』

 シロの体に入っているおキヌが、ケガせずに着地した横島のもとへ駆け寄ってきた。
 そして、そのまま横島の胸に飛び込む。

「おキヌちゃん・・・!!
 どうして・・・!?」

 反射的に抱きしめてしまった横島だが、複雑な気分だ。腕の中の女性は、意識はおキヌのようだが、体はシロなのだから。
 少しの沈黙の後、
 
『私にもよくわからないんです・・・!
 死津喪比女に向かっていったとこまでは
 おぼえてるんですけど・・・』

 おキヌが、シロの口を借りて説明した。

「奇跡・・・かな?
 実はシロは人間になりたくて、
 その願いをかなえるために、
 神さまがシロとおキヌちゃんを融合させた、とか・・・!?」

 とりあえず言ってみた横島だったが、

『そんなわけないでしょう、
 童話じゃないんだから。
 それに、これは一時的な処置っスからね』

 突然聞こえてきた声に否定されてしまった。
 その声とともに姿をあらわしたのは、

『お久しぶりっス、横島さん・・・!』
「あっ・・・!?
 おまえ・・・!!
 ワンダーホーゲル!?」

 ここの山の神さまである。

「てめーなんで今ごろノコノコ・・・!!」
『地脈があの状態だったんスよ!?
 地の神になってた自分は身動きとれなかったんスよ!』
 
 と言いわけした後で、驚くべき提案をした。

『話は、あとっス。行きましょう!
 おキヌちゃんを生き返らせるんスよ!』


___________


 山の神に導かれ、一同は、おキヌの遺体の前に集まっていた。
 美神、横島、雪之丞、シロ、そして早苗まで来ていた。
 実は、早苗は今意識を失っており、中に入っているのはおキヌである。
 先ほどシロにおキヌが憑依していた際も、早苗は一時的に気絶していた。美神たちも気付いていなかったが、早苗には、開祖の道士から受け継いだらしい霊能力があった。強力な霊媒体質が備わっていたのだ。
 衰弱したおキヌの霊体を、早苗の体を中継して増幅することで、シロへの憑依も可能となっていたのである。ただし、それでは負担も大きいので、現在は、早苗自身の体の中に入れているのだ。

『美神さんが自分をここにくくったのは
 ムダではなかったんスよ。
 山を愛する自分は急速に
 山の神として力をつけてるんス』

 現在のワンダーフォーゲルの力量ならば、早苗という媒体を利用することで、反魂の術すら可能なのだという。

『そ・・・それじゃ・・・私・・・。
 生き返れるんですか・・・!?』
「お・・・おキヌちゃん・・・!!」
「本当に・・・! 本当によかった・・・!!」

 横島と美神が涙ぐむ。
 後ろでシロも何か言いたそうだったが、

「三人にしといてやれ」

 と雪之丞にささやかれて、口を閉ざした。三人の輪の中に入るのも遠慮する。

「んーじゃさっそく・・・」

 横島がハンズ・オブ・グローリーを出す。高出力の霊波を氷に挿入するようにとワンダーフォーゲルから言われたからなのだが、

『ま・・・待って・・・!!』

 おキヌがそれを止めた。

『今すぐ生き返らなくても・・・。
 しばらく元の幽霊でいられないでしょうか・・・?』

 おキヌは、道士から教えられていた。
 300年も氷漬けで死んでいた以上、生き返ったとしても、記憶は失われてしまう可能性が高い。
 生きていたときの記憶すら危ういのだ。ましてや幽霊でいたときの記憶は・・・。

「霊の体験なんて夢のように
 はかないものだもの・・・」
「じゃあ・・・じゃあ・・・俺たちのことも・・・
 おキヌちゃんには
 ただの夢だっていうんですか・・・!?」

 美神はこれを覚悟していたが、横島は知らなかった。

『私・・・忘れるくらいなら・・・
 このまま幽霊として・・・』

 だが、そんなおキヌのわがままが通用する状況ではなかった。いくら早苗の体を使っていても、そう長くは保たないのだ。

「おキヌちゃん・・・。
 夢は人の心に必ず残るものよ!
 それが素敵な夢だったのなら、なおさらでしょ?
 幽霊のまま元どおりでいるより、生きて、
 かすかにでも何か心に残っている方が意味があるの」

 美神は、おキヌが入った早苗の手をとり、そっと握った。

「生きて、おキヌちゃん!!
 生き返ったあと
 あらためてまた本当の友達になりましょう・・・!」

 おキヌは、ここで、以前の横島の言葉を思い出した。あのとき横島は、

「思い出なんてさ、これから、いくらでも作れるよな」

 と言ったのだった(第七話「デート」参照)。
 その横島は、今、顔を下に向けたまま、

「俺だって・・・俺だって・・・
 別れたくないよ・・・!!
 だからさよならはナシだ!!
 生きてくれ、おキヌちゃん!!」
『待って・・・!!
 待ってください、横島さんっ!!』

 おキヌの制止も振りきって、氷塊に霊波刀を突っ込んだ。
 遺体を覆っていた氷に、ひびが入る。

「迷うことなんかないって・・・!!
 俺たち・・・何も失くしたりしないから!
 また会えばいいだけさ! だろ!?」

 顔を上げた横島の目からは、涙が溢れ出ていた。

『横島さん・・・!
 私・・・!』

 言いたいことは、たくさんあった。だが、時間はもうなかった。

『絶対思い出しますから・・・!!
 忘れても二人のこと・・・すぐに・・・』


___________


「おキヌちゃん・・・!
 おキヌちゃーん!」

 制服姿の早苗が校舎から出てきた。
 これから帰宅しようとするおキヌに、声をかける。

「今日さあ、私少し遅くなるんだけど・・・」
「早苗おねえちゃん!
 また山田先輩とデートなの?」

 おキヌは、義姉の様子を見て微笑んだ。
 山田先輩というのは早苗のボーイフレンドだ。少し前に、なぜか二人の雰囲気は悪くなったらしい。だが、この様子では既に仲直りしたのだろう。

「いや・・・まあそーなんだけどさ」
「いいわ!
 義父さんと義母さんにはうまく言っとく!」

 そう請け負ってから、おキヌは、自転車置き場へと向かう。
 彼女は制服の上からオーバーを着ていた。手袋をはめた手で、首に巻いたマフラーを口の辺りまで持ち上げる。
 幸い今日は晴天だが、雪が降ってもおかしくない季節である。
 自転車通学のおキヌは、しっかり防寒する必要があったのだ。
 その格好で、毎日の帰り道を進む。
 自転車をこいでいると・・・。

「ワン! ワン!」

 いつのまにか、一匹の犬が並走していた。

「あら、かわいいワンちゃん・・・!」

 子犬と言いきるほど小さくはなかったが、成犬にも見えなかった。雪のような白銀の毛並みに全身を包まれている中で、頭の一部を占める赤毛が目立っていた。
 その犬に微笑みかけていたおキヌは、

「きゃっ!!
 ごめんなさい・・・」

 横から走ってきた人物とぶつかってしまった。
 おキヌの自転車は倒れることもなく、

「いや、こっちこそ、ごめん」

 その少年だけが、尻餅をついていた。
 少年といっても、おキヌと同じくらい、あるいは少し年上かもしれない。頭にバンダナを巻いて、ジーンズの上下を着ていた。

「・・・俺も、周りがよく見えてなかったから」

 少年の視線は、おキヌではなく犬の方を向いていた。
 それを見て、おキヌが問いかける。

「あなたの子犬ですか・・・?」
「うん、シロって言うんだ。
 散歩の途中で突然走り出しちゃってさあ。
 探してたんだよ、ありがとう」

 犬を見つけたことが、よほど嬉しいのだろうか。
 おキヌには、少年の目が潤んでいるようにも見えた。

「あれっ・・・!?」

 犬の頭を撫でていた少年が、突然、ハッとしたような声を上げた。
 その視線は、おキヌの自転車のカゴに向いている。いや、正確には、そこにくくりつけられたヌイグルミを見ていた。
 おキヌは苦笑する。

「ははは・・・。
 これ、あんまり可愛くないですよね?
 よく不思議がられるんです。
 でも、なんか大切なもののような気がして・・・」

 それは、何かの花を模したヌイグルミだった。
 何の花なのか、おキヌにも見当がつかない。しかし、これは宝物の一つだった。
 昔の記憶がないまま、今の養父母に引き取られたおキヌである。無理に過去を思い出そうとはしていないが、昔からの持ち物は、それだけで貴重だった。
 しかも、このヌイグルミを見るたびに、何か思い出があるはずだという気持ちにとらわれるのだ。もしかしたら、これは、当時の大切な人からプレゼントされたのかもしれない・・・。そこまで考えてしまうほどである。
 ヌイグルミに目を向けたまま、おキヌは少し黙り込んだ。
 それを見た少年は、

「そうか・・・」

 とだけ言うと、下を向いた。

「あら? 雨かしら・・・」

 地面にポツリと水滴がたれたので、おキヌは空を見上げた。
 だが、そんな空模様ではない。そもそも、この寒さならば、雪になることはあっても雨はないはずだ。

「変ね・・・?」

 おキヌが首を傾げた時、

「ワン!!」

 一吼えしてから、犬が、また駆け出した。

「あ・・・!! 待て!!」

 少年が後を追う。立ち去り際、

「じゃあね!」

 と、おキヌにも挨拶した。だが、彼はごく一瞬しか振り返らなかったので、おキヌにはその表情が分からなかった。
 少年は、西の方角へ走っていた。時間が時間なだけに、まるで夕日の中へ消えていくようだった。

(・・・この近くの人かしら?)

 最近こちらに来たばかりのおキヌだから、知らない人も多い。

(また会えるかな・・・!?
 今度はもっとお話できるといいな!)

 彼の後ろ姿を見ながら、おキヌは、そんなことを考えていた。


___________


「あれで良かったのか?」

 戻ってきた横島に、雪之丞が声をかけた。

「わざわざ拙者が犬を演じたというのに・・・」

 シロも何だか残念そうだ。
 今のシロは人間の姿に戻っている。昼間でもこの形態でいられるのは、アクセサリーとして身につけた精霊石の加護によるものだ。先ほどは、それを外して狼となったのだ。ペット犬に見えるかどうか、シロ自身は心配していたが、それは杞憂だった。
 シロは、横島とおキヌとの間にあらたな出会いを作るということで、一芝居うったのである。だが途中で、横島から『もう終わり』という合図を出されて、サッサと終了することになってしまった。

「目にゴミが入っちゃって、
 あれ以上続けられなかったからな・・・」

 と言ってごまかそうとする横島に、それ以上ツッコミを入れる者はいなかった。
 ここで、美神が口を開く。

「嘘の出会いでは、
 『本当の友達』にはなれないからね」

 と言ってから、さらに、

「幸せそうじゃない!
 今は普通の暮らしをさせてあげましょうよ」

 と、悟ったような口調で語った。
 これに対して、

「『今は』・・・?
 『普通の暮らし』・・・?」
「どういう意味でござろう?」

 雪之丞とシロは不思議がるが、美神は何も答えなかった。横島の顔にも、疑問の表情は浮かんでいない。

(おキヌちゃんは・・・。
 すぐに戻ってくる!)

 二人は、そう確信していたのだ。



(第二十話「困ったときの神頼み」に続く)
  


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