『地脈エネルギー充填・・・120%・・・!!』
死津喪比女が大規模な攻撃を仕掛けたことは、おキヌにも分かっていた。地脈に異常を感じたからだ。
突撃する準備も既に整った。そこへ、
「待って!! おキヌちゃん!!」
美神が駆け込んできた。横島もシロも雪之丞もいっしょである。
「死津喪比女を倒す武器が届いたわ!」
美神は、細菌弾の入ったライフルを掲げて見せた。
「だから、あとは俺たちにまかせて!!」
横島も、同じライフルを手にしている。
『美神さん・・・!!
横島さん・・・!!』
おキヌの表情が少しやわらいだ時、
『聞こえるかえ、小娘ども!!』
死津喪比女の声が降ってきた。
『江戸がどうなったか知っているかえ!?
人も物もすべてがマヒしておる!
放っておけば弱い者から死んでいくぞえ!
今すぐに結界を解いて、小娘を地脈から切り離せ!!』
第十九話 おわかれ
「ちょうどいいわ・・・」
死津喪比女の脅迫は、美神としては好都合だった。
「結界を切って!!」
『何を言うんだ・・・!?』
美神の言葉を理解できず、道士が影を現した。
だが、美神はニヤリと笑った。
「要求を聞き入れるフリをして、
奴をここへおびき寄せるのよ!!
地中に潜られたままでは細菌弾もぶちこめないけど、
ここの結界が切れれば、やって来るでしょう!?」
『そういうことか・・・。
だが危険だ!!
万一ここを破壊されてしまったら・・・』
美神の作戦を知った上で、それでも承諾できない道士。
それを見たおキヌが、懇願する。
『道士さま!!
美神さんの言うとおりにしてください!!
もしも倒せなかった場合には・・・、
私が本当にミサイルになりますから!!』
おキヌの表情を見た道士は、美神の策を受け入れ、自分の姿も消した。
___________
地脈堰の装置を守っていた結界がなくなった。
『聞きわけがいい子だねえ。
次は小娘を差し出してもらうぞえ!』
しかし、これには反応がない。
『・・・中途半端なことを!!
まだ何か企んでおるのかえ!?
だが結界さえなければ・・・』
地脈堰の洞窟へと、死津喪比女の『花』が入っていく。
装置のところまで進むと、おキヌを守るかのように美神たち四人が立っているのが見えた。そのうち二人は、ライフルを手にしている。
『また鉄砲かえ・・・?』
不敵に笑う死津喪比女。
入り口から来た『花』は一輪だけだったのだが、ここで、地面からウジャウジャと無数に湧いて出てきた。
「う・・・うわあああっ!?」
「横島クン!!
ビビる必要はないわ!
どれだけ来ようと、同じこと!!」
言うと共に、美神がライフルの引き金に指をかけた。
『ぐわアアッ!?』
初弾は先頭の死津喪比女に直撃し、その体を崩していった。
「根まで腐って土になるがいいわ!!」
『バ・・・バカな・・・!!
ぐわ・・・!!』
連鎖的に、周りの『花』たちも砕けていくのだが・・・。
その場から完全に死津喪比女が消滅し、
「終わった・・・!?」
「あっけないもんだな!?」
美神と雪之丞が安心しかけた時。
ボコボコボコッ!!
死津喪比女の大群が、再び地中から発生した。
『その鉄砲の力は、すでに江戸で見せてもらったぞえ!
どうすればよいのか、とうにわかっておるわ!』
死津喪比女は、撃たれたとたんに『花』を切り離したのだった。
感染のスピードも心得ているので、末端だけを切り離そうなどと欲張ることもしなかった。それでは間に合わない。本体の球根に近いところからバッサリ切り捨てることで、その身を守っていた。
そして、再び『花』を伸ばしてきたのである。
『クックック・・・。
しょせん人間の浅知恵だったとみえるな!?』
「・・・まだよ!!」
再び、美神が死津喪比女を撃つ。
『バカめ!!
いくらやられようと、わしは・・・』
捨てゼリフを残しながら、周囲の死津喪比女が一掃されていった。しかし、ほどなくして、また『花』が幾つも出現する。
「堂々巡りだぜ、これじゃ・・・。
それに、何だか増えてないか!?」
雪之丞の指摘どおりだった。それでも、美神の表情には諦めの色はなく、むしろ勝利の確信に満ちていた。
(美神さん・・・!!)
おキヌは思う。
美神には、まだ他にも策があるのだろう。
(あ・・・!!)
そして、周囲を見渡して、そのヒントに気が付いた。
だから、おキヌは堪える。
まだ自分が突撃するべき時ではないのだ。
おキヌは、黙って美神にまかせることにした。
___________
カチッ!!
美神の指が引き金を弾いたが、ライフルからは何も飛び出さなかった。
『フフフ・・・!!
とうとう弾ぎれかえ!?』
死津喪比女の言うとおりだ。
やってきた集団を一発の細菌弾で片づけ、そして、再び大群に襲われる。そんな攻防を何度も繰り返した結果が、これだった。
「・・・そうね。
でも、これで勝ったと思う?」
冷や汗を浮かべながら、それでも美神は不敵な笑みを保っていた。
『・・・どういうことかえ?』
美神の態度に興味を惹かれたらしく、死津喪比女が話にのってきた。死津喪比女としては、もはや自分が負けることなど考えられず、少しくらい話を聞くことなど全く問題ではなかったのだが・・・。
(・・・やった!
これで少しは時間が稼げるわ!!)
美神は、内心喜んでいた。
そもそも、先ほどまでのルーティンな攻防も、美神の狙いどおりだった。もしも死津喪比女が『花』を出現させるのではなく、一気に地震攻撃をしかけてきたら、美神としては為す術も無かった。いずれ弾がなくなるというジリ貧を演出してみせることで、望む方向へ持ち込んだのだった。
そして今。
本当に弾も尽きてしまったが、もう少しだけ持ちこたえる必要があるのだ。
「えーっと・・・。
あんたも結構ニブイのね。
私の態度を見て、まだ気付かないの?」
『・・・何を隠しておる!?』
ハッタリは得意なはずの美神だが、ここは難しかった。下手なことを言って本当の策がバレてしまっては元も子もない。話術で引き延ばすしかないのだが、死津喪比女だって、冷静に周囲を見渡せば気が付いてしまうだろう。
「あんたは言ってたわね、
『その鉄砲の力は、すでに江戸で見せてもらった』って。
『どうすればよいのか、とうにわかっておるわ』って。
・・・食らってみて、どうだった?
私の細菌弾、本当に前のやつと同じだったかしら?」
『何、まさか・・・!?』
死津喪比女の表情に、やや焦りが見え始めた。
(・・・いける!!
このストーリーは通じそう!!)
咄嗟の思いつきだったが、何とかなりそうだ。
「そう!!
東京で細菌弾を使用したのは、遠大な伏線だったわけよ。
わざと欠点のある武器を使っておいて、対策を学習させる。
そうすれば、次も同じように対応するでしょう?
それこそ、こっちの狙いだったのよ!!」
「そうだったのか!!
すげーぜ!!
そこまで西条のダンナと打ち合わせていたとは!!」
美神の横で、雪之丞が無邪気に喜んでいる。
(ああ、雪之丞・・・。
これがホントだったら良かったんだけどね。
でも、そんなわけないでしょ?
西条さんだって、現時点での最良の武器で戦ったのよ・・・)
そんな美神の心中には誰も気が付かず、
「遅効性の毒か!!
二種類の毒が入ってたんだな!?
それも伝達速度に差をつけて!!
遅効性のほうが、効くまでの時間はかかるが
毒の回り自体は早かったんだろ!?
即効性のやつに合わせて切り離しを行うと、
その裏で、とっくに別のが伝わってるってわけだ!!
しかも、すぐには効かないから、
死津喪比女自身も気付かなかったんだな!!」
『そうか・・・。
それで毒が効くまでの時間稼ぎをしていたのかえ!?』
雪之丞と死津喪比女が、勝手に話を補足してくれた。
その時。
『美神さん・・・!!
やりました!!』
美神の腰に下げていた無線機から、横島の声が聞こえてきた。
同時に、
『ぐああッ・・・!?』
死津喪比女の『花』たちが苦しみ出した。
「・・・ようやく毒が効き出したよーだな」
ニヒルに笑う雪之丞だったが、
「あんた・・・。
あんな話、まだ信じてんの?
ま・・・。
『敵を欺くにはまず味方より』って言うくらいだから、
これで良かったんだけどね」
美神にポンと肩を叩かれた。
「今のは横島クンの声だったでしょ・・・?」
言われて、雪之丞も気がついた。
いっしょに来たはずの横島とシロが、いつのまにか、いなくなっていたのだ。
「あれ・・・!?」
___________
話は少し遡る。
美神の最初の弾丸で、死津喪比女の『花』たちが散っていく時。
「・・・もう覚えたか?」
横島が、傍らのシロに小さく声をかけた。
「バッチリでござる!!」
「よし、じゃあ俺たちは行くぞ!
敵に気付かれないうちにな・・・」
横島とシロは、ソッと洞窟から抜け出した。
横島の手には、細菌弾をこめたライフルがある。
そしてシロには・・・。
「こっちでござる!!」
死津喪比女の妖気を嗅ぎ分けることのできるハナがあった。
二人は、死津喪比女の本体を目指して走り続けた・・・。
___________
「・・・というわけよ。
私たちがここで囮になっているうちに、
横島クンが本体の球根に
細菌弾を直接ぶちこんでくれたの。
末端に撃ち込んでもダメだろうってことくらい、
ちゃんと分かってたわ」
「シロが球根の埋まっている位置を嗅ぎ付けて、
横島がハンズ・オブ・グローリーで掘り進んだのか?
まさに昔話の『ここ掘れワンワン』だな」
実際には、掘り進んだというよりも、かろうじてライフルが入るくらいの穴を開けたに過ぎない。霊波刀を応用しても、その程度しか出来ないのだが、今回の目的には十分だった。
このように、美神と雪之丞は安心して話をしている。だが、まだ完全に気を緩めたわけではなかった。
目の前の『花』たちは、のたうち回っているものの、崩壊してはいなかったからだ。そして・・・。
『フフフ・・・!!
フハハハッ!!
なんとかもちこたえたえーっ!!』
顔を引きつらせながらも、死津喪比女が笑い始めた。
『万一にそなえて「株わけ」しておいたのさ!
あの小僧にやられたのは「本体」ではない!
ひゃひゃひゃひゃ・・・!!』
「そんな・・・!」
美神が青ざめるのとは対照的に、死津喪比女の顔から、苦悩の色が消えていった。
『感染が本体まで届く前に切り離したのさ!!
危なかったぞえ・・・!!
さあーて、おまえらも殺してやるが・・・。
まずは、あの小僧からだ!!』
死津喪比女の言葉と共に、洞窟が揺れ始めた。
『うわーっ!!
美神さん・・・!!』
無線機から横島の叫び声が聞こえてきた。だが、バックに轟音が鳴り響いているし、雑音混じりであった。
(まずい・・・!!)
自分たちが危険だというだけではない。
死津喪比女の口振りからすると、横島をターゲットにしているようなのだ。
向こうでは、ここ以上の地震が起こっているに違いない。
それに気付いたのは、美神だけではなかった。
『美神さん!!
横島さんのこと、よろしくお願いします!!』
霊体ミサイルとなったおキヌが、球体から飛び出した。
横島の未来を救おうと決意したこともあるおキヌである(第三話「おキヌの決意」参照)。だが、今は『現在』を救うのが先決だ。『未来』に関しては美神に託すしかないのだが、もはや、詳しい説明をしている暇はなかった。
「お・・・おキヌちゃん!!」
美神が叫ぶが、もう止めることも出来ない。
おキヌは、地中へ消えていった。
___________
(みんなを・・・守らなきゃ・・・!!)
おキヌは地下深くを突き進む。
(感じる・・・!
死津喪比女の波動だわ・・・!
急がなきゃ!!)
おキヌは、今、色々なことが感じ取れるようになっていた。自分がどこを進んでいるのか、その上の地上には何があるのか、そこまで理解できるのだった。
(この上・・・。
横島さんと初めて会ったところ・・・)
おキヌの中で、横島との思い出がフラッシュバックする。
最初の出会いは、体当たりだった。死んでもらおうと思ったのだが、殺すことなんて出来ないとすぐに分かった。
そして、いっしょに美神の除霊を手伝って・・・。
また、女子高生に憑依したときには、一目で見抜いてくれて・・・。
その後には、一人の女の子として、デートにも誘ってもらった・・・。
二人で丸々一日遊んだ、あの街・・・。
『・・・。
道士さまは
私は生き返れるって言ったけど・・・』
特攻の準備をしている際、おキヌは、消滅するとはかぎらないと教えられていた。何世代もの時間をかけて、残った霊体を増幅すれば、復活できるかもしれないのだ。
『生き返ったって・・・。
何百年もたってから生き返ったって・・・。
もう・・・』
もはや霊体兵器となったはずのおキヌだが、その目から涙が流れた。
(横島さん・・・!)
それでも突き進むおキヌの前方に、
『あそこだわ!!』
死津喪比女の球根が見えてきた。
(美神さん・・・!!
横島さん・・・!!
みんなに会えて・・・嬉しかった・・・!!)
___________
「倒せたようだな・・・」
その場の『花』たちが壊れていくのを見ながら、雪之丞がつぶやいた。
すでに、地震も止んでいた。
「でも・・・。
もう・・・おキヌちゃんは・・・」
美神としては、それだけ言うのが、やっとだ。
『美神さん・・・!!
どうなったんですか!?
何があったんです!?
まさか・・・』
横島の声が無線機から聞こえてくるが、それに答えることも出来なかった。
半ば放心したような美神に代わって、
「横島・・・。
落ち着いて聞いてくれ。
俺たちは・・・おキヌに救われたんだ・・・」
雪之丞が説明する。
『そんな・・・!!
それじゃ、おキヌどのは・・・!!』
横島も美神同様のリアクションなのだろうか。返ってきたのは、横島ではなくシロの声だった。
しかし、そんな愁嘆場も長くは続かなかった。
無線を通して、
『よくも・・・
よくもわしからすべてをうばいおったな!!
殺してやる!!
おまえらも道連れだ!!』
横島でもシロでもない叫びが聞こえてきたのだ。
___________
山の中腹から現れたのは、巨大な球根だった。
霊体ミサイルの直撃で、その身を半分以上削られたのだが、それでも何とか生き残っていた。中央の大きな目も健在である。
「あ・・・あれが本体でござるか・・・!?」
「なんてしぶといヤローだ!!」
シロや横島からは距離があるのだが、それでも、巨体であるためにハッキリと見ることができた。
球根からも、横島たちを認識できたのだろう。目から放たれたビームが、横島とシロを襲った。
「うわっ!!」
直撃はしなかったものの、二人とも激しく吹き飛ばされた。
「う・・・」
「おいっ!! シロっ・・・!!」
地面に叩き付けられた衝撃で、シロは気絶してしまったらしい。
横島も倒れてしまったが、すぐに起き上がった。球根が近づいてきたからだ。
「この野郎!!」
横島がサイキック・ソーサーを投げつける。球根の目を狙ったのだが、
『クックックッ』
ビームで撃ち落とされてしまった。
「・・・ちくしょう!!
接近して、直接叩かないとダメか!?」
と、つぶやいた時。
『だめです!!
横島さん!!』
突然シロがムクリと起き上がり、叫び出した。しかし、
『目は弱点じゃありません!!
近づきすぎると攻撃が来ます!!』
その口調はシロのものではない。むしろ・・・。
「おキヌちゃんか・・・!?
まさか・・・!!」
『後ろに新芽があります!
そこへ!!』
「わ・・・わかった!!」
言われるがまま、横島は走る方向を変えたが、
『こざかしいっ!!』
球根がその身をゆっくりと回転させる。横島の動きに合わせて体を回すだけで、常に目を向けていられるのだ。
(・・・それなら!!)
走って背後へ回りこむことを諦め、横島は、真っすぐ球根へと向かう。そして、右手のハンズ・オブ・グローリーを長々と伸ばした。
『何ッ!?』
敵が驚いている一瞬が勝負だ。
伸ばしたハンズ・オブ・グローリーを前方の地面に突き刺し、棒高跳びの要領でジャンプする。
「やった!!」
攻撃を食らう前に、何とか球根を飛び越えることができた。
「・・・そこか!!」
見えてきた新芽に向かって、左手からサイキック・ソーサーを投擲した。
今度は迎撃されることもなく、目標に直撃する。
『しまっ・・・。
ギャアアアァッ!!』
それが、死津喪比女の最期だった。
___________
『横島さん・・・!!』
シロの体に入っているおキヌが、ケガせずに着地した横島のもとへ駆け寄ってきた。
そして、そのまま横島の胸に飛び込む。
「おキヌちゃん・・・!!
どうして・・・!?」
反射的に抱きしめてしまった横島だが、複雑な気分だ。腕の中の女性は、意識はおキヌのようだが、体はシロなのだから。
少しの沈黙の後、
『私にもよくわからないんです・・・!
死津喪比女に向かっていったとこまでは
おぼえてるんですけど・・・』
おキヌが、シロの口を借りて説明した。
「奇跡・・・かな?
実はシロは人間になりたくて、
その願いをかなえるために、
神さまがシロとおキヌちゃんを融合させた、とか・・・!?」
とりあえず言ってみた横島だったが、
『そんなわけないでしょう、
童話じゃないんだから。
それに、これは一時的な処置っスからね』
突然聞こえてきた声に否定されてしまった。
その声とともに姿をあらわしたのは、
『お久しぶりっス、横島さん・・・!』
「あっ・・・!?
おまえ・・・!!
ワンダーホーゲル!?」
ここの山の神さまである。
「てめーなんで今ごろノコノコ・・・!!」
『地脈があの状態だったんスよ!?
地の神になってた自分は身動きとれなかったんスよ!』
と言いわけした後で、驚くべき提案をした。
『話は、あとっス。行きましょう!
おキヌちゃんを生き返らせるんスよ!』
___________
山の神に導かれ、一同は、おキヌの遺体の前に集まっていた。
美神、横島、雪之丞、シロ、そして早苗まで来ていた。
実は、早苗は今意識を失っており、中に入っているのはおキヌである。
先ほどシロにおキヌが憑依していた際も、早苗は一時的に気絶していた。美神たちも気付いていなかったが、早苗には、開祖の道士から受け継いだらしい霊能力があった。強力な霊媒体質が備わっていたのだ。
衰弱したおキヌの霊体を、早苗の体を中継して増幅することで、シロへの憑依も可能となっていたのである。ただし、それでは負担も大きいので、現在は、早苗自身の体の中に入れているのだ。
『美神さんが自分をここにくくったのは
ムダではなかったんスよ。
山を愛する自分は急速に
山の神として力をつけてるんス』
現在のワンダーフォーゲルの力量ならば、早苗という媒体を利用することで、反魂の術すら可能なのだという。
『そ・・・それじゃ・・・私・・・。
生き返れるんですか・・・!?』
「お・・・おキヌちゃん・・・!!」
「本当に・・・! 本当によかった・・・!!」
横島と美神が涙ぐむ。
後ろでシロも何か言いたそうだったが、
「三人にしといてやれ」
と雪之丞にささやかれて、口を閉ざした。三人の輪の中に入るのも遠慮する。
「んーじゃさっそく・・・」
横島がハンズ・オブ・グローリーを出す。高出力の霊波を氷に挿入するようにとワンダーフォーゲルから言われたからなのだが、
『ま・・・待って・・・!!』
おキヌがそれを止めた。
『今すぐ生き返らなくても・・・。
しばらく元の幽霊でいられないでしょうか・・・?』
おキヌは、道士から教えられていた。
300年も氷漬けで死んでいた以上、生き返ったとしても、記憶は失われてしまう可能性が高い。
生きていたときの記憶すら危ういのだ。ましてや幽霊でいたときの記憶は・・・。
「霊の体験なんて夢のように
はかないものだもの・・・」
「じゃあ・・・じゃあ・・・俺たちのことも・・・
おキヌちゃんには
ただの夢だっていうんですか・・・!?」
美神はこれを覚悟していたが、横島は知らなかった。
『私・・・忘れるくらいなら・・・
このまま幽霊として・・・』
だが、そんなおキヌのわがままが通用する状況ではなかった。いくら早苗の体を使っていても、そう長くは保たないのだ。
「おキヌちゃん・・・。
夢は人の心に必ず残るものよ!
それが素敵な夢だったのなら、なおさらでしょ?
幽霊のまま元どおりでいるより、生きて、
かすかにでも何か心に残っている方が意味があるの」
美神は、おキヌが入った早苗の手をとり、そっと握った。
「生きて、おキヌちゃん!!
生き返ったあと
あらためてまた本当の友達になりましょう・・・!」
おキヌは、ここで、以前の横島の言葉を思い出した。あのとき横島は、
「思い出なんてさ、これから、いくらでも作れるよな」
と言ったのだった(第七話「デート」参照)。
その横島は、今、顔を下に向けたまま、
「俺だって・・・俺だって・・・
別れたくないよ・・・!!
だからさよならはナシだ!!
生きてくれ、おキヌちゃん!!」
『待って・・・!!
待ってください、横島さんっ!!』
おキヌの制止も振りきって、氷塊に霊波刀を突っ込んだ。
遺体を覆っていた氷に、ひびが入る。
「迷うことなんかないって・・・!!
俺たち・・・何も失くしたりしないから!
また会えばいいだけさ! だろ!?」
顔を上げた横島の目からは、涙が溢れ出ていた。
『横島さん・・・!
私・・・!』
言いたいことは、たくさんあった。だが、時間はもうなかった。
『絶対思い出しますから・・・!!
忘れても二人のこと・・・すぐに・・・』
___________
「おキヌちゃん・・・!
おキヌちゃーん!」
制服姿の早苗が校舎から出てきた。
これから帰宅しようとするおキヌに、声をかける。
「今日さあ、私少し遅くなるんだけど・・・」
「早苗おねえちゃん!
また山田先輩とデートなの?」
おキヌは、義姉の様子を見て微笑んだ。
山田先輩というのは早苗のボーイフレンドだ。少し前に、なぜか二人の雰囲気は悪くなったらしい。だが、この様子では既に仲直りしたのだろう。
「いや・・・まあそーなんだけどさ」
「いいわ!
義父さんと義母さんにはうまく言っとく!」
そう請け負ってから、おキヌは、自転車置き場へと向かう。
彼女は制服の上からオーバーを着ていた。手袋をはめた手で、首に巻いたマフラーを口の辺りまで持ち上げる。
幸い今日は晴天だが、雪が降ってもおかしくない季節である。
自転車通学のおキヌは、しっかり防寒する必要があったのだ。
その格好で、毎日の帰り道を進む。
自転車をこいでいると・・・。
「ワン! ワン!」
いつのまにか、一匹の犬が並走していた。
「あら、かわいいワンちゃん・・・!」
子犬と言いきるほど小さくはなかったが、成犬にも見えなかった。雪のような白銀の毛並みに全身を包まれている中で、頭の一部を占める赤毛が目立っていた。
その犬に微笑みかけていたおキヌは、
「きゃっ!!
ごめんなさい・・・」
横から走ってきた人物とぶつかってしまった。
おキヌの自転車は倒れることもなく、
「いや、こっちこそ、ごめん」
その少年だけが、尻餅をついていた。
少年といっても、おキヌと同じくらい、あるいは少し年上かもしれない。頭にバンダナを巻いて、ジーンズの上下を着ていた。
「・・・俺も、周りがよく見えてなかったから」
少年の視線は、おキヌではなく犬の方を向いていた。
それを見て、おキヌが問いかける。
「あなたの子犬ですか・・・?」
「うん、シロって言うんだ。
散歩の途中で突然走り出しちゃってさあ。
探してたんだよ、ありがとう」
犬を見つけたことが、よほど嬉しいのだろうか。
おキヌには、少年の目が潤んでいるようにも見えた。
「あれっ・・・!?」
犬の頭を撫でていた少年が、突然、ハッとしたような声を上げた。
その視線は、おキヌの自転車のカゴに向いている。いや、正確には、そこにくくりつけられたヌイグルミを見ていた。
おキヌは苦笑する。
「ははは・・・。
これ、あんまり可愛くないですよね?
よく不思議がられるんです。
でも、なんか大切なもののような気がして・・・」
それは、何かの花を模したヌイグルミだった。
何の花なのか、おキヌにも見当がつかない。しかし、これは宝物の一つだった。
昔の記憶がないまま、今の養父母に引き取られたおキヌである。無理に過去を思い出そうとはしていないが、昔からの持ち物は、それだけで貴重だった。
しかも、このヌイグルミを見るたびに、何か思い出があるはずだという気持ちにとらわれるのだ。もしかしたら、これは、当時の大切な人からプレゼントされたのかもしれない・・・。そこまで考えてしまうほどである。
ヌイグルミに目を向けたまま、おキヌは少し黙り込んだ。
それを見た少年は、
「そうか・・・」
とだけ言うと、下を向いた。
「あら? 雨かしら・・・」
地面にポツリと水滴がたれたので、おキヌは空を見上げた。
だが、そんな空模様ではない。そもそも、この寒さならば、雪になることはあっても雨はないはずだ。
「変ね・・・?」
おキヌが首を傾げた時、
「ワン!!」
一吼えしてから、犬が、また駆け出した。
「あ・・・!! 待て!!」
少年が後を追う。立ち去り際、
「じゃあね!」
と、おキヌにも挨拶した。だが、彼はごく一瞬しか振り返らなかったので、おキヌにはその表情が分からなかった。
少年は、西の方角へ走っていた。時間が時間なだけに、まるで夕日の中へ消えていくようだった。
(・・・この近くの人かしら?)
最近こちらに来たばかりのおキヌだから、知らない人も多い。
(また会えるかな・・・!?
今度はもっとお話できるといいな!)
彼の後ろ姿を見ながら、おキヌは、そんなことを考えていた。
___________
「あれで良かったのか?」
戻ってきた横島に、雪之丞が声をかけた。
「わざわざ拙者が犬を演じたというのに・・・」
シロも何だか残念そうだ。
今のシロは人間の姿に戻っている。昼間でもこの形態でいられるのは、アクセサリーとして身につけた精霊石の加護によるものだ。先ほどは、それを外して狼となったのだ。ペット犬に見えるかどうか、シロ自身は心配していたが、それは杞憂だった。
シロは、横島とおキヌとの間にあらたな出会いを作るということで、一芝居うったのである。だが途中で、横島から『もう終わり』という合図を出されて、サッサと終了することになってしまった。
「目にゴミが入っちゃって、
あれ以上続けられなかったからな・・・」
と言ってごまかそうとする横島に、それ以上ツッコミを入れる者はいなかった。
ここで、美神が口を開く。
「嘘の出会いでは、
『本当の友達』にはなれないからね」
と言ってから、さらに、
「幸せそうじゃない!
今は普通の暮らしをさせてあげましょうよ」
と、悟ったような口調で語った。
これに対して、
「『今は』・・・?
『普通の暮らし』・・・?」
「どういう意味でござろう?」
雪之丞とシロは不思議がるが、美神は何も答えなかった。横島の顔にも、疑問の表情は浮かんでいない。
(おキヌちゃんは・・・。
すぐに戻ってくる!)
二人は、そう確信していたのだ。
(第二十話「困ったときの神頼み」に続く)
死津喪比女との戦いは、原作では、おキヌミサイル、細菌弾、球根直接対決の三段構成ですが、ここでは、細菌弾とおキヌミサイルの順序を逆にしてみました。さらに、
「東京戦の結果、死津喪比女が細菌弾を学習している」
という要素を加えることで、策を弄する美神を強調しています。
なお、「話術で引き延ばすしかないのだが」をタイプしている段階では、遅効性の毒云々は、私の頭にも浮かんでいませんでした。でも美神はハッタリが得意なはずなので、何か旨い時間稼ぎをするはず・・・。そう思いながらタイプしていたら、あんな感じになりました。
球根との直接対決は、原作ではカオスフライヤーという空飛ぶ兵器を使っているのですが、私の作品では、それを持っていない。中世編を書いている際、
「あれ? このままだと、カオスフライヤーが手に入らないぞ!?
後々困るような気もするけど・・・。ま、いいか。
とりあえず『カオスフライヤーを手に入れてません』とだけ、
ハッキリ書いておこう」
ということで一言書き加えたのですが・・・。
やはり空中戦が出来なくなってしまい、横島を無理矢理活躍させることになりました。原作より面白くなったか、つまらなくなったか・・・。前者であることを期待します。
さて、おキヌと横島の新たなる出会いの場面は、今回のエピソードの中で、一番書きたかった部分です。原作とは天候が違いますが、シロや雪之丞に急かされて原作よりも早い日に見に行ったということで納得してください。
おキヌ視点なので『第七話「デート」参照』とは書けませんでしたが、あそこで出てきたヌイグルミは、第七話で横島から貰ったものです。分かって頂けるように描写したつもりですが、いかがだったでしょうか?
また、最後に横島が『まるで夕日の中へ消えていくようだった』となったのは、第十五話でひささんから頂いたコメントから思いついたものです。ひささん、ありがとうございました。
夕日の使い方も、露骨になりすぎず、さりげなくしたつもりですが、どうでしょう?
なお、一通り書いてから気付いたのですが・・・。
原作では、幽霊時代のおキヌの私物を、美神はどうしたのでしょうか?
少なくとも、勝手に処分してはいませんね。後々『サバイバル合コン!!』にて、おキヌは、幽霊時代の服を着ていますから。そうなると、事務所に保管していたか、あるいは・・・。
私の作品の中では、話の都合上、氷室家に引き渡したということにしています。原作の美神も、おキヌとすれ違ってはじめて「すぐに戻ってくるわ」と言っているので、それ以前には、そんな確信はなかったはず。それならば、おキヌが氷室家に引き取られた時点で、おキヌの私物も送られているという解釈も・・・成立しますよね?
さて、次回と次々回は妙神山修業編です。ご期待ください。
なお、今回の話を書くにあたって、『スリーピング・ビューティー!! 』の他に、『美神除霊事務所出動せよ!!』を参考にしました。 (あらすじキミヒコ)
ただ要因が無い限り原作から大筋を変えないとされている所為かポイントとなる行動に変化が少ないのが今ひとつです。
まあユッキーが加わっただけでは対死津喪比女戦は大勢に影響は無いのは仕方ないのでしょうが、もう少し変化が欲しかったです。
横島が死津喪比女に止めを刺しましたが、あっさり決着が付いたので盛り上がりが今ひとつに感じました。
これも戦力を考えれば新芽を速攻で潰すしか戦いようがないので仕方ないと言えば仕方ないのでしょうが。
夕日の使い方ですが、横島視点にした方が良かった気がします。
沈む夕日に遠ざかるおキヌちゃん、それに刺激されて何かが思い出せないで悩む横島。
おキヌ視点だとそんなに夕日に拘る必要は無い気がします。
原作では何でおキヌちゃんを氷室家に預けたんでしょうね。
記憶の回復を考えるなら美神達と暮らした方がよっぽど良い様な気がするんですがどうでしょう。
普通の生活なら除霊の現場に連れて行かないだけで、横島の高校に転入させれば良い気がするんですが。 (白川正)
>美神のハッタリに横島とシロのここ掘れワンワン作戦は面白かったです。
特に後者はツッコミを食らうのではないかと心配していた部分でもあり、安心しました。
>夕日の使い方ですが、横島視点にした方が良かった気がします。
>沈む夕日に遠ざかるおキヌちゃん、それに刺激されて何かが思い出せないで悩む横島。
それをしてしまうと、この『復元されてゆく世界』という物語全体が、完全に横島を主人公とした作品になってしまう気がします。
もし、この作品が、
「スーパー横島が一人でルシオラを救うために過去へやってきた!!
見事ルシオラを救ってハッピーエンド、めでたしめだし。
ヒーロー横島とヒロインルシオラの単純爽快な物語・・・!!」
というストーリーであれば、それもアリかもしれません。
でも、私が書きたいのは、そこまでシンプルな話ではありません(かといってバッドエンドにするつもりも全くありませんが)。
単純ではないウラがあることを匂わせる意味で、ここまで、記憶が封印されていることや三人で逆行してきたことなどを示してきたのですが・・・。
さらに、四話で逆行を明らかにした後、五話の冒頭で
>彼らは知らない。自分たちが、今、
>何を試みているのか、ということを。
>
>そして、彼らは知らない。自分たちの
>試みの前提が間違っている、ということも。
>
>・・・今は、まだ、知らない。
と、いわくありげなことを書いたのも、作品の方向性を強調したいからでした。
もし読者の方々に全く伝わっていないのであれば、残念です。もっと表現方法を勉強してから書き始めるべきだったと反省します。
実は、この「横島が主人公に見えるかも?」というのは最近特に危惧していた点でもあり、(今まで自分の未熟さ故に表現しきれなかったのであれば、それを)少しでも挽回しようと悪戦苦闘しているところでした(これに関しては、第二十話の『後書き』でも触れています)。
>おキヌ視点だとそんなに夕日に拘る必要は無い気がします。
確かにこだわる必要はないですね。
ですが、そもそも夕日は、微細な小道具としては使いたいのですが、あからさまに強調したくはないシロモノ。そのバランスを考えると、おキヌ視点で軽く触れるのが適度だと思いました。
>原作では何でおキヌちゃんを氷室家に預けたんでしょうね。
そこは、やはり、美神の
「あらためてまた本当の友達になりましょう・・・!」
というセリフそのものでしょう。
>記憶の回復を考えるなら美神達と暮らした方がよっぽど良い様な気がするんですがどうでしょう。
>普通の生活なら除霊の現場に連れて行かないだけで、横島の高校に転入させれば良い気がするんですが。
それだと、幽霊時代のことを教えることになりそうですし、それは『記憶の回復』ではなく『記憶の提供』(悪く言えば『記憶の押しつけ』)ではないでしょうか?
まっさらな状態からやり直してこそ、『本当の友達』になれるのだと思いますし、また、まっさらな状態からでも大丈夫だという自信もあったのでしょう。
私は、今回、このエピソードを書いているうちにそれを強く感じたので、最後の最後に
>「嘘の出会いでは、
> 『本当の友達』にはなれないからね」
と付け足しました。
白川正さんのこれまでのコメントを読んで、
「もしかすると作品の方向性が、望まれているものとは違うのではないか」
という心配もあるのですが・・・。
それでも、今後もよろしくお願いします。 (あらすじキミヒコ)