椎名作品二次創作小説投稿広場


復元されてゆく世界

第四話 開かれた封印


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:07/12/ 3

「・・・作業を完了しました。ドクター・カオス!」

アンドロイド少女のマリアが、主である老人に声をかけた。
この老人、ドクター・カオスは、有名な錬金術師である。古代の秘術で不死の体になり、千年以上の時を生きているらしい。
最近、魂を交換して他人の肉体と能力を奪うという秘法を完成。
その対象として、強力な霊能力を持つ人間を捜していたところで、たまたま六道冥子と遭遇。
冥子から美神の存在を知り、その体を乗っ取ろうと考えたのだが・・・。
その企ては失敗。返り討ちにあったのである。

「うむ! なかなか良い出来だぞ、マリア!
 すぐに包装して美神令子の事務所へ届けたまえ!」

美神を逆恨みしたカオスは、今、この世から美神を消滅させてしまおうと考えていた。
暗殺用魔法薬『時空消滅内服液』を使って・・・。



    第四話 開かれた封印



「よかった・・・!
 今日の仕事は久々に良かった・・・!」

仕事から事務所に戻った直後、横島は、あらためて今日の出来事に感激していた。
それは、除霊中のアクシデント。床が崩れて、美神とともに階下へ落ちて行く際、美神の唇が横島の頬にブチュッと触れたのである。
意図せずして起こった『ホッペにキッス』であった。

(ぺちょんと柔らかく、あくまでソフトに・・・。
 そして、かすかに感じる呼吸の流れ・・・。
 ああっ、思い出すだけでとろけそー!)
「・・・なんなの、なんたはさっきから。
 脳ミソにヒビでも入ったの?」

回想に耽ったまま現実に戻れない横島を、美神は呆れながら見ている。そんな二人のところへ、

『お茶がはいりましたー!』

おキヌが、紅茶とケーキを運んできた。

「おいしそう。どうしたの、これ?」
『え? 美神さんが買っといたんじゃ・・・?』
「!
 香料に混じって、かすかに何か匂うわ!
 これは・・・。
 呪術に使う魔法植物と薬品の匂いだわ!」
『あの・・・。私は、てっきり・・・』
「食べないで捨てた方がよさそうね」

ケーキに関して二人がそんな話をしている横で、まだ惚けていた横島は、自分の分のケーキを食べてしまっていた。

『よ、横島さん!』
「ん? どしたの、おキヌちゃん?」

その時、横島の体がドクンと震えた。


___________


呪術の効き目を遅らせる薬を飲ませ、時間を稼ぐ美神たち。
その間に、残りのケーキを分析して、何が含まれていたのかを突き止めた。
『時空消滅内服液』である。
恐ろしい薬だ。
この薬には、この世と人間との縁を断ち切る効果があると言われている。
つまり、その人物が初めから生まれて来なかったことにしてしまうのだ。

「は、早く解毒剤を・・・」

美神の説明を受けて、当然のように解毒剤を求める横島だが、返ってきた答えは非情だった。

「・・・そんなもの、この世にないわ」

ただし、助かる方法がないわけでもない、と補足もする。

「さっき飲んだ中和剤で効き目はかなり弱まっているはずよ!
 じわじわと効いてくるから、その間に手を打つの!」
「じわじわって・・・?」
「ゆっくり時間を逆行していくことになると思うわ」

説明しながら、美神は、『時間を逆行』という言葉に、妙な引っ掛かりを感じた。もちろん、それにこだわっている場合では無かったのだが、ここでおキヌが口を挟んだ。

『横島さんが過去へ行くということは、
 今の横島さんと過去の横島さんと、
 二人で協力して何かするってことですか?』

わかりにくい質問だったが、急いで頭を回転させて対応する。

「違うのよ、おキヌちゃん。
 おキヌちゃんが言ってるのは時間移動ね。
 時間逆行は、それとは別物よ。
 例えば、十五歳の時点へ逆行するというのは、
 十五歳の自分になっちゃうってことなの」
『十五歳の自分そのもの?
 十五歳以降の現在までの記憶も経験も全部なくなっちゃうんですか?』
「じゃあ、何をしたら良いのか、覚えておけないじゃないっスか!」

おキヌと横島、二人が美神の言葉に反応した。それを聞いて、美神の中で、違和感が大きくなっていく。

(おかしいわ・・・。
 時間逆行とか、それに伴う記憶の保持云々とか、以前にも、
 この三人で同じような議論をしたことがあるような気がするわ。
 そんなはず無いんだけど・・・)

だが、今は、そんな違和感の原因を追及している場合では無い。
軽く頭を振って、美神は答えた。

「大丈夫。
 心も体も昔の自分に戻っても、今の記憶は残っているわ。
 ・・・逆行に関して、私の知識が間違ってなければ」
「ちょっとー!」

そこまで会話が進んだとき、横島の体が透け始めた。

『横島さん!』
「う・・・、うわっ?」
「薬が効き出したのよ!
 時間がないわ! よく聞いて!!」

最後になってしまったが、美神は、一番重要なことを横島に伝えた。

「元に戻るには、この世との結びつき・・・、つまり縁を強めるしかないわ。
 二十四時間以内で強烈に印象に残っていること、
 それを過去の世界で再現しなさい!
 そうすれば・・・」

そこまで聞いたところで、横島は意識を失った。


___________


意識を取り戻した横島の前には、おキヌ一人が居た。

『大丈夫ですか? 私ったらドジで・・・』
「・・・あれ、おキヌちゃん」
『え?』

驚きながらも、横島を見つめるおキヌ。

(そういえば、私、この人に会ったことがあるような気もする・・・)

『・・・忠夫さん?』
「・・・? 
 どうしちゃったの、おキヌちゃん」

いつもと違う呼び名を使われ、不思議に思う横島。その目の前で、

(この人を殺すことは出来ない・・・)

おキヌちゃんはスーッと消えていった。
一人取り残された横島は、周囲を見回し、場所が変わっていることに気付いた。

「ここは確か・・・。
 今年の春、仕事で来た温泉か?
 ほ・・・、本当に過去に戻っちまったのか?」

それならば、やるべきことは一つ。
二十四時間以内で強烈に印象に残っていること、の再現。
つまり、美神さんから、頬にキスしてもらうしかない。

横島は、美神の宿泊するホテルへ、一目散に駆けて行った。


___________


横島は、今、頭から血を流して倒れていた。
美神を見つけて、喜んで飛びついた結果、シバキ倒されたのである。
『時空消滅内服液』の件を説明しても、信じてもらえなかった。

「私があんたにキスしたなんて話・・・。
 信じられると思うの?」

と、再びシバキ倒された。

「どうせ私の本棚の魔法の本でも読んで思いついたんでしょうが!
 タチが悪いわね!」

と、三たびシバキ倒された。
そして、そのまま、美神からの暴力とは別の意味で、横島は意識を失った。


___________


次に意識を取り戻した時、横島は教室の中にいた。

「こ・・・、ここは?」
「どうした、横島? 顔色が変だぞ?」

授業中に突然立ち上がった横島に、クラスメートが声をかけた。

「・・・中学の教室か?
 この顔ぶれは中一の・・・。
 今度は四年近くも逆行を?」
「横島!
 ふざけるのもたいがいにして、まじめに授業を・・・」

教師も声をかけたが、横島は、それを振り切って教室を飛び出した。
美神の事務所へ向かって走りながら、

「冗談じゃねえぞ!
 戻るためには、早く美神さん見つけて・・・」

そこまで口にしたとき、横島は、わからなくなった。

(戻るって、どこへ?)

ケーキを食べて、時空消滅内服液にやられた日へ。

(そう、そこから来たはずなんだ。
 だから、そこへ戻るべきなんだ。
 ・・・じゃあ、なんで、戻った時点以降の記憶があるんだ?)

前回の逆行と今回の逆行とには、大きく異なる点があった。
高校二年生の横島には有って、中学一年生の横島には無いもの。
美神と出会った後の横島が持っていて、出会う前の横島が持っていないもの。
・・・それは、『記憶封印』という枷。
今の横島の中に、記憶を封印するものは、何も無かった。

そして、『戻った時点以降』を考えてしまったことで、膨大な記憶が溢れ返る。
横島の精神はオーバーフローを起こし・・・。
そこで横島は倒れた。

目まぐるしく変わる記憶の映像の中で、倒れる直前の瞬間、横島の頭に浮かんでいた一場面。
それは・・・。

「でも、いっぺんに八個も文珠を使うなんて、
 ちょっと制御できる自信無いっスよ」
「大丈夫、私たちも手伝うから。
 ・・・三人で行くのよ」
「これがホントの『三人寄ればモンジュの知恵』ですね」
「おキヌちゃん、この場合、意味としては『三本の矢』だと思うんだけど」

美神とおキヌとの、三人での会話だった。


___________


そして、横島は、次の逆行が始まる前に立ち上がった。
横島が倒れていたのは、決して短い時間ではない。既に、太陽も大きく西へ傾いている。
精神のオーバーフローは完全には収まっておらず、まだ朦朧としている。それでも、脚を引きずるようにして、目指す場所へと歩いて行く。

もはや、横島の頭の中で、美神から頬にキスされた印象など、完全に消え去っていた。
それどころか、時空消滅内服液のことすら、記憶の片隅に押しやられていた。
それでも歩みを止めないのは、嵐のように渦巻く記憶の中で、その地での記憶だけが、何度もリフレインされていたからだ。

(行かなきゃ・・・。
 あそこへ・・・。
 あそこで・・・)

横島は進む。


___________


横島は辿り着いた。
東京タワー展望台の上に。
そこに座って、夕焼けを眺める。

「昼と夜の一瞬のすきま・・・。
 短時間しか見れないから、よけい美しい・・・」

未だ朦朧とした意識の中で、横島は呟いた。
誰に聞かせるわけでも無い、何しろ、ここには横島一人しか居ないのだから。
しかし、横島は、左に誰かが座っているように感じた。

・・・それは幻。

もしかすると、それは、文珠による『幻』だったのかもしれない。
横島は、中学生時代の微かな霊力から、無意識のうちに何とか一つだけ練り上げて、やはり無意識のうちに使ったのかもしれない。

もしかすると、それは、魔力による幻術だったのかもしれない。
霊力による逆行の際に、記憶とともに霊体も僅かに引きずられてきており、そこに含まれる特殊な霊気構造の力が、無意識のうちに発揮されたのかもしれない。

あるいは、それは、白日夢が見せた、文字通りの幻なのかもしれない。

あるいは、それは、奇跡と言われる類いの力で描かれた、理屈を超越した幻なのかもしれない。

理由も正体も誰にもハッキリしない。
しかし、そこに、女性の幻が存在していることは確かだった。
それは幻であるが故に、具体的な姿を確定させることは無かった。
大切な女性達の一人であるかのように見えれば、その直後、別の女性であるかのようにも見える。

「ねえ、横島さん! 美神さんのこと、どう思っ・・・!」
「きゃーっ!?」
「急にそんなんじゃ、びっくりするじゃないですか!」
「もう・・・。いやなわけないですよ。全然」
 
「ねえ、横島クン! ルシオラのこと、どう思っ・・・!」
「きゃーっ!?」
「急にそんなんじゃ、びっくりするでしょ!」
「ばっかね・・・。いやなわけないでしょ! ぜんぜん」
 
「ねえ、ヨコシマは彼女のこと、どう思っ・・・!」
「きゃーっ!?」
「急にそんなんじゃ、びっくりするでしょ!」
「ばっかね・・・。いやなわけないでしょ、ぜんぜん」

・・・そして、再び、横島は意識を失った。


___________


この世との結びつき、つまり縁を強める。
それが、時空消滅内服液の効果を打ち消す、唯一の方法だ。
縁を強めるための手段は、

「二十四時間以内で強烈に印象に残っていることを、過去の世界で再現すること」

だと言われているが、他の手段で縁を強めることは無理なのだろうか?
また、なぜ『二十四時間以内』なのだろうか?
例えば・・・。

もしも、二十四時間以内に強烈な印象が何も無く、二十五時間前に強烈な印象があった場合。
それを再現しても、縁は強くならないのだろうか?

もしも、二十四時間以内に強烈な印象が何も無く、一年前に強烈な印象があった場合。
それを再現しても、縁は強くならないのだろうか?

もしも、二十四時間以内の強烈な印象よりも、それ以前の強烈な印象の方が勝った場合。
それを再現しても、縁は強くならないのだろうか?

そして、ここに、未来の記憶を持つという特殊な男がいた。しかも、その未来の記憶の中にこそ、強烈な印象が残っているという特殊なケース・・・。


___________


次に意識を取り戻した時、横島は美神の事務所にいた。

「・・・再現しなさい!
 そうすれば・・・」

美神が、時空消滅内服液への対応策を説明している。

「も・・・、元の事務所だ・・・!
 戻ってきたのか!?
 助かったあーっ!!」
「・・・?
 あっそうか、もう行って戻ってきたのね?」
「会いたかったー!!」

いつものセクハラとは違う意味で美神に飛びかかる横島だったが、美神の反応は同じである。
いつも通りにシバかれた横島は、頭から血を流したまま、

「ところで、なんで俺助かったんだろ?
 凄く苦しくなって、どこか高い所へ上ったことは覚えてるんだが。
 なんか大事なことを忘れているような・・・」

と、自問する。
『現在』の横島へと戻ってきたが故に、記憶封印という枷が復活したのである。

「忘れているくらいなら、大事じゃないのよ。
 ホントに大事なら、そのうち、ちゃんと思い出すでしょ」
『きっと魔法の毒より横島さんの『縁』の方が強かったんですよ』

おキヌの言葉に、妙に納得する三人であった。



(第五話「きずな」に続く)


今までの評価: コメント:

この作品はどうですか?(A〜Eの5段階評価で) A B C D E 評価不能 保留(コメントのみ)

この作品にコメントがありましたらどうぞ:
(投稿者によるコメント投稿はこちら

トップに戻る | サブタイトル一覧へ
Copyright(c) by 溶解ほたりぃHG
saturnus@kcn.ne.jp