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GS美神 アルカナ大作戦!! 〜Endless Expiation〜

Chapter2.HIGHPRIESTESS 『推参>>今は』


投稿者名:詠夢
投稿日時:05/ 9/26

扉が吹き飛び、ぽっかりと口を開けたエレベーターシャフトを、タマモは驚愕の面持ちで見ていた。

そっと覗き込んだ暗闇の中、妖孤の目に映ったのはシャフト内の壁に出来たへこみ。

そのへこみが、一定の間隔で全ての壁に、螺旋を描くようについていた。

まさか、そうやって昇って来たのか?

三角跳びの要領で、『壁を蹴りつけながら』数十メートルの高さを?

状況を見る限り、そうだろう。

だが…本当に出来るのか?

人間にそんな真似が本当に出来るのか?

出来るとしたら…それを本当に『人間』と読んでいいのだろうか?

そして、タマモは振り返って見る。

そうやって昇って来た『人間』である、刻真を。





驚愕しているのは、タマモだけではない。

シロもまた、何かを言いたげに口を動かすが、あうあうと意味不明な声を漏らすだけだった。

急に横島の様子がおかしくなったかと思えば、唐突にして派手な刻真の乱入。

休む間もない事態の急変に、まだ思考が追いついていないのだろう。

その腕に抱えられている銀一も同様に、目を見開いている。


「…ところで。」


周囲の驚きを気にした風もなく、刻真は唐突に切り出す。

顔だけをこちらに向け、そして。


















「今の、横島だよな!? あんまり怪しかったから思わず殴り飛ばしちゃったけど!?」


──…台無しだ。

なんか、緊迫した空気やら、シリアスな展開やら、色んなものが台無しである。

この数日で、刻真の大体の性格は把握していたつもりだった。

多少、天然が入ってるのかもと。

それどころか真性か、お前。

なんか、色々真剣に考えてた自分がつくづくアホに思えて仕方ない。

一気にテンションを下げられ、見事な足ズッコケを披露しつつ、タマモはそんな事を思っていた。


「って、殴った後にオロオロするぐらいだったらやるな──ッ!!」


思ってからきっかり一秒後には、なかなかの角度と勢いで突っ込みを入れている。

事務所にいるうちに、すっかり芸人魂が刷り込まれつつあるようだ。


「いや、まあ、そこは勢いというか何というか、嫌な感じがしたんで…なんとなく?」

「なんとなくでアンタは人を殴るのかッ!? 何よッ、その最後の疑問符は!?」


言い訳にもならないような事をのたまう刻真に、さらにタマモが容赦なく突っ込む。

その突っ込みで、同じくコケていたシロが我に返る。


「…はッ! そ、そうでござる!! 先生は!?」

「っ…痛ってー…!」


シロがそちらを見たとき、ちょうど横島がそんな事を言いながら身を起こすところだった。

その表情には、いつもの情けないながらも、どこか人好きのする柔らかさが戻っている。


「横っち!! 正気に戻ったんか!?」

「え? あ…俺、どうなっ…ぐほぅッ!?」

「先生ェェ──ッ!!」


銀一の言葉に横島が返すよりも早く、シロの突進が決まった。

本人は親愛のつもりだろう、しっぽが凄い勢いで振られているが、やられた方はたまらない。

殆ど、ラリアットの要領で首に飛びつかれた横島は、そのまま引きずられるように押し倒される。

ちなみに、シロに抱えられていた銀一は、床に投げ捨てられていた。


「先生ッ、心配したでござるよーッ!!」

「わぷっ…ちょ、こらッ、シロ待て、ストップ! 待てって…!」


シロに顔を嘗め回されながらも、横島は何とか状況を掴もうとする。

ずきずきと痛む頭で思い出したのは、首を締め上げてくる異形と化した夏子。

遠のく意識。そして…。


「あ……。」

「? 先生?」


横島の様子に気付いて、シロがぺろぺろと舐めあげる動きを止める。

そのシロを半ば無意識に押しのけて横島は、自身の顔を手で覆う。

体は小刻みに震え始め、その顔は怯えているように蒼白だった。


「お、俺…どうなってるんだよ…。なんで、あんな…!」

「ちょっと、大丈夫?」


タマモが心配そうに声をかけてくるが、横島はそれに気付かない。

『怯えているように』ではない。怯えていたのだ。

以前も感じた、戦いの中での高揚。

抑えきれない、力を揮う事への歓喜と衝動。

以前はまだ、気のせい程度で済んでいたが、今回のこれは明らかに違う。

何かが自分の中で変わりつつある。

それが、はっきりと自覚できてしまった。

自覚してしまえば、次に押し寄せてくるのは恐怖だ。

ゆっくりと、だが確かに自分が自分でなくなることへの、純粋な怖れ。

自分ではどうしようもないことゆえに、横島はただ怯えた。


「俺は…お、俺…!!」

「せ、先生…!」


ぱんっ、と。

シロが呼びかけようとしたとき、乾いた音が響いた。

横島は、最初、何が起こったのか理解できないでいた。

じわじわと自分の頬が熱を持ち始めて、ようやくぶたれたのだと気付く。

そして、ゆるゆると自分をぶった人物を見上げる。


「銀、ちゃん…?」

「何しとんねん、阿呆!! お前がしっかりせんとどないすんねん!!」


横島の胸倉を掴み上げて、銀一が叫ぶ。

その叱咤に、横島の体がびくりと震える。


「…銀一さんの言うとおりだよ。」

「刻真…。」


なりゆきにうろたえるシロとタマモの後ろから、それまで黙って見ていた刻真が進み出る。


「横島。お前、忘れているのか? 忘れてしまっているのか?」


つかつかと歩み寄ってくると、刻真は横島を見下ろしたまま言う。


「─…お前は、何のためにここに来たんだ?」


その言葉に、横島ははっとする。

その表情を見て、刻真はそっと頷く。


「お前がここに来たのは、敵を倒すためか? 力を揮い、力に怯えるためか?
 ─…違うだろう。そうじゃないだろう。
 思い出せ。忘れたのなら、思い出せ。お前がここにいるのは他の何でもない。」


そこで言葉を切ると、刻真はぐっと顔を寄せる。

少女のような面立ちの中、強い意志を宿した瞳で、刻真は言った。


「夏子さんを助けるためだろう。」


その通りだった。

もう怯えた顔も、呆けた顔もしていない。

横島はしっかりと頷いた。

その様子に、刻真も、他の皆も満足そうに笑う。


「なら、戸惑うのも怯えるのも後回しだ。今はとにかく─…跳べ!!」

「なっ…!?」


突然、刻真は鋭く叫んで、横島と銀一に体当たりを仕掛ける。

シロとタマモも、同時に横へと跳んでいた。

直後、彼らが立っていた場所が、激しい猛火に包まれる。

振り返ってみれば、破れた窓から身を這い上がらせている異形があった。

蛇の威嚇音をあげて焔の息を吐く、夏子の姿が。


「…今はとにかく、夏子さんを助けることに集中しよう。」


口の端をわずかに持ち上げ、刻真が呟いた。






          ◆◇◆






「美神さん! 私たちも行きましょう!!」


おキヌが必死に呼びかけるも、美神はその場から動かない。

少し前に、上の方で爆発があってから、おキヌは何度もこうして美神に呼びかけていた。

鈴女へのヒーリングもほぼ終わり、今はノースに任せている。

今は横島が心配でたまらない。一刻も早く、横島のもとに行きたい。

おキヌが再び、焦れたように呼びかける。


「もう…美神さん!!」


それでも美神は動かない。いや、動けなかった。

美神とて、気持ちはおキヌと同じであった。

だが、足が動かないのだ。

前に進もうとするたび、ふいに湧き上がってくる不安が心を、体を縛り付けてくる。



私はここに立ち入ってもいいの─?



横島と『彼女』との思い出の場所は、自分を拒絶するのではないか。

もちろん、そんな事は自分の妄想に過ぎない。

今は横島の身も気になる。

進まねばならない事態だということも理解している。

だが、意に逆らって足は、縫いとめられたように動かない。

あの事件は、こんなにも深く自分の中に残っていたのかと、驚きさえ覚える。

相反する心情に、美神はきっかけを強く望んだ。

一歩を踏み出すための、一押しを。










そして、それは訪れた。


「─ッ!! 美神さん、危ないッ!!」


おキヌが叫ぶよりも早く、美神は『それ』に反応した。

前方へと大きく跳んで、すばやく身を伏せる。

直後、けたたましい金属音が響き、砕けたアスファルトの飛礫が身を掠めていく。

静かになったのを見計らって振り返ると、ひしゃげた鉄製のドアが転がっていた。

意識してのことではなかった。

これまでずっと培われ、体に染み付いた感覚が体を動かしたのだ。

だが、兎にも角にもこれで『動けた』。


「美神さん、大丈夫ですか!? 怪我とかは─…!!」

「おキヌちゃん!!」


慌てて駆け寄るおキヌの目の前で、力強く立ち上がる。

その目には、もう微塵も迷いはない。


「行くわよ!!」

「は…はい!!」


美神に常の雰囲気を感じ取り、おキヌも笑顔で頷く。

そのまま、東京タワーに向かう…と思いきや、くるりと踵を返す美神。


「あ、あれ? 美神さん、どこに…?」

「人口幽霊一号!! 出して!!」

『了解。』


おキヌの疑問には答えず、美神が指示を飛ばすと、すぐにバンのトランクが開く。

横島のバイクに憑依していた人口幽霊一号は、すでに美神たちのバンに移っていた。

トランクは、四つのコンテナで区切られており、うちの二番と書かれたコンテナが飛び出す。

そこから、ふわりと浮かび上がったそれを引き寄せて、素早く美神が跨る。

中世のオカルト技術と理論を現代で再構成した、カオス・フライヤーU号だ。

美神のテンションが伝わったのか、後部の箒が一際ざわめいた。


「さあ、乗って。─…悩むのも躊躇うのも後。今はとにかく、アイツを助けないとね。」

「…くす。はい!!」


照れくさそうに言う美神に、おキヌは笑顔で返すと、いそいそと美神の後ろに乗る。

おキヌがしっかり掴ったのを確認して、美神がスロットルを捻ろうと─。


「…? なに、ノース?」


ふと、バンの後部シート越しに見つめてくる、ノースと目が合う。

ノースは、その愛嬌のある雪ダルマの表情をぐっ、と引き締めて親指を立てる。


「がんばるんだホ!!」 

「! …もちろんよ!!」


そう言いおいて、美神は一気にスロットルを捻りあげる。

カオス・フライヤーU号は、吸い込まれるように夜空へと舞い上がっていった。

巻き起こる風に乗って、何やらおキヌの悲鳴も聞こえた気がしたが。

それを見送っていたノースは、ふと視線を落とす。


「ヒホ? あれは…?」





ノースが気付いたそれは、のそりと茂みから歩み出ると、眼前にそびえるタワーを見上げる。


「あいつは…上か。世話の焼ける…。」


刹那、それは白き疾風と化して塔を駆け上がり、やがて見えなくなった。


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