眼前に迫る炎。
どうにかなるはずもないが、思わず反射的に銀一は手をかざす。
業火に包まれると覚悟した瞬間、視界が反転した。
気がつけば、横島が横合いから突っ込んできて、二人もろとも空に飛び出していた。
それとほぼ同じくして後方で爆音が響き、さらに何も無い空中に押し出される。
背中を灼く熱気に、火炎を避けられたことを実感するが、同時に今度は自由落下の浮遊感が襲う。
「わ…ぅぉわぁッ!?」
「ぐッ…しっかり掴まってろ、銀ちゃん!!」
横島は一声叫ぶと身を捻り、右手を自分たちが飛んだ展望台の屋根に向ける。
「伸びろォォ─ッ!!」
刹那、右手に霊気が収束し、手甲の形を成すと同時にそれが伸びる。
鋭い爪を備えたそれは、屋根の縁へと突き刺さり、がっしり掴んで固定する。
横島の持つ『栄光の手』は元々霊波刀というよりも、変幻自在の篭手といったほうが正しい。
よって、このような使い方もあるのだ。
がくんッ、と衝撃が伝わり、続いて二人の体は弧を描きながら、すぐ真下の窓に向かう。
「よしッ…このまま突き破るぞッ!!」
「お、おうッ!! い…ッけぇぇ─ッ!!」
振り子のように勢いのついた二人の体は、そのまま吸い込まれるように窓ガラスへと──。
ベシンッ。ピキピキッ。
「ぶべっ!?」
─ぶつかって、ひびを入れただけに終わった。
当然である。こんな高層建築物の窓ガラスが、単なるガラスのわけは無いだろうに。
想定外の衝撃を受け、屋根の縁を掴んでいた『栄光の手』が外れてしまう。
再び、自由落下を開始する二人。
「くッ…こなくそーッ!!」
こちらも再び、『栄光の手』を伸ばす横島。
だが、掴むのは屋根の縁ではない。
伸ばされた『栄光の手』は、先程ひびが入った窓ガラスを突き破り、天井付近の建材を掴む。
続けて一気に体を引き寄せると、脆くなったガラスを砕きながら、二人は今度こそ屋内に飛び込んだ。
床に投げ出され、しばらくは荒い息を整えることに必死になる。
「横っち…今のシリアスな状況にボケはいらんのやけどな…。」
「いや、別にボケようと思ったわけと違うけどな…。」
ボケたくないのに、ボケてしまう。
人はこれを、『お約束』と呼ぶ。
「と、とにかく、こっからどうする…─あぐッ!?」
「どないした、横っち!? …って、左足!! 酷い火傷やないかッ!!」
見れば、横島のジーパンの左脛の部分が焼け落ち、その下の皮膚も真っ赤になっている。
爛れるほどではないが、ところどころ水ぶくれが出来ており、血も滲み出している。
「まさか、さっきの…食らってたんか…?!」
「ちょっとだけな…! 躱しきったと思ったんだけどな…。」
そう零す横島の顔から、じわりと脂汗が噴出している。
恐らく、凄まじい激痛が襲っているのだろう。
この脚では、これ以上の戦闘どころか、歩くことさえ厳しい。
「…横っち。一度、下へ逃げよう。美神さんたちもこっちに向かっとるやろうし。」
「そうだ、な。おキヌちゃんやシロとかがいれば、ヒーリングで何とかなるし、な。」
実際、美神たちはすでに下まで到着しており、シロはタマモと刻真と一緒に昇ってきている。
もっとも、二人はその事を知らない。
撤退は、いまだ抜けきらない困惑からの逃避といった面が大きい。
ともあれ横島は、銀一に肩を貸してもらい、脚を引きずりながらエレベーターへと向かう。
横島を壁にもたれさせてから、銀一はボタンを押そうと手を伸ばし─ふと動きを止める。
「ん? …あ、あかん、壊されとる!!」
グシャグシャにひしゃげたプレートからは、配線が飛び出して小さなスパークを起こしていた。
見れば、エレベーターの扉も少し歪んで、隙間が出来ている。
横島がそっと中を覗いて、脱力したようにため息をつく。
「おまけに、中のワイヤーもきっちり切断されてやがる。逃げ道なしだ。」
「そ、んな…!」
その瞬間。
凄まじい振動と音、そして瓦礫が銀一の目の前に落ちてきた。
「うわぁッ!?」
ぱらぱらと粉塵が舞い散る中に、巨大な尾がゆらゆらと揺れている。
しばらく声も無くそれを見つめていると、尾は素早く屋根の穴の向こうに消えてしまう。
ふいに訪れた静寂の中、ごくりと唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。
「これって…!」
銀一が横島を抱え上げ、その場を飛び離れたのと、再び衝撃と瓦礫が降ってきたのは同時だった。
だが、それだけで終わらない。
銀一たちの後を追うように、連続して破砕音が続く。
「う、うわッ!? ちょ、あかん! あかんて、そんなんッ!?」
次々に降り注ぐ瓦礫を、横島を脇に抱えたまま、転がるようにして銀一は避ける。
…そう、『転がるようにして』だ。
「あたッ! い、痛ッ、痛いッ!! い…痛いって、ちょ、銀ちゃん…!!」
振り回されながらも抗議する横島だったが、避けることに気をとられている銀一には届いていない。
おまけに、その避けた瓦礫の幾つかは横島に直撃している。
本人は庇おうとしているつもりだろうが、見ようによっては盾にしているようにも見えなくは無い。
「ちょ…ま、待て…いッ!? 〜ッ、痛いっつっとるんじゃ…ブッ!?」
「ん? 何や、横っち!? おい、どうしたッ!?」
ようやく気づいた銀一が声をかけるも、横島からの返事は無い。
その後頭部にざっくりと両拳大の破片を生やしたまま、ぐったりとしている。
さらに銀一が呼びかけようとした、その時。
一際大きな衝撃が走ったかと思うと、大量の瓦礫とともに異形の影が降ってきた。
やや離れたところに立つその姿を、銀一は横島を庇うようにして見据える。
パキッと、半人半蛇の異形が瓦礫を踏み砕く音が響く。
「…さぁ、おふざけはそこまでや。」
造魔『キヨヒメ』と化した夏子は、艶然と微笑みながら手を伸ばす。
「横島をこっちに…。」
「な、夏子!! もう、やめぇ!! こんなん…ッ!?」
銀一の説得も、後半は言葉になることなく、尾の一撃に吹き飛ばされる。
狭い屋内で弾き飛ばされた体は、二度ほど壁にはね返ってから床に転がる。
「…ッはッ!! が、ふッ…!! …ッ!!」
喰らった衝撃に、身動き一つ出来ず倒れ付したままの銀一に、夏子は底冷えのする視線を投げる。
そこには、昨日までの微笑みの欠片すら見当たらない。
「邪魔しなや、宮尾。…殺したりはせぇへんけどな、それも邪魔せんかったらの話や。」
そう言い捨てると、夏子は横島へと向き直る。
横島はぐったりとして、床に投げ出されたまま、何の反応もしない。
夏子の目に、狂気の光が宿る。
「あぁ…やっと、横島がうちのものに…。 横島を殺してうちも死ぬ。二人はもう離れへんねや…。」
うわごとのような呟き。
銀一は、胃に冷たいものが落ちる錯覚を覚える。
視界の端では、夏子が火炎を吐こうとしているのが見える。
徐々に、口元で揺らめく光が強まっていく。
銀一は叫ぼうとした。止めようとした。
だが、体は動いてくれない。喉に錆くさいものが詰まって叫べない。
床に爪を立てる。それだけしか出来ない。
横島は、動く気配さえない。
夏子が上体をそらす。
その口から零れた炎が、爆ぜて音を立てる。
銀一は必死に叫んだ。
実際は咳き込むだけだったが、それでも心で叫んだ。
火焔が解き放たれる。
熱気が、まさに爆発的に膨れ上がり、襲い掛かる。
銀一は目を閉じた。
「──狐火ッ!!」
横合いから、夏子が吐き出したものとは違う、蒼い炎がぶつかる。
紅蓮の炎と蒼白の炎が、絡み合いながらせめぎ合う。
そのわずかな隙に、白銀の影が横島の体を抱え込んで、飛び離れる。
一拍遅れて、紅蓮の炎が競り勝ち、壁の一角を吹き飛ばした。
銀一が目を開けたとき、その傍に金色の影が降り立つ。
「やっぱ、あっちの方が火力は上か…。なんか悔しいな。」
「でも、間に合って良かったでござるよ。」
いつの間にか、白銀の影も傍に来ており、横島を床に下ろしながら安堵の息をつく。
金色の影─タマモは、その両腕を翼から人の手へと戻しながら、銀一を振り向く。
「まあ、それもそうね。一般人を犠牲にしたら、後で美神さんにどんなお仕置きを喰らうか…。」
「…それもあるでござるが、横島先生が殺されるとこだったのはどうでもいいんでござるか?」
白銀の影─シロは、タマモの言葉に少し頬を引きつらせる。
タマモは、そんなシロにちらりと視線を向け、それから不敵な笑みを夏子へと向ける。
「いいわけないでしょ!!」
「同感でござる!!」
シロも同じ表情を浮かべて、夏子に向けて構える。
右手から飛び出した霊波刀が、空気を切り裂いて唸りをあげた。
月イチ投稿になりつつあります…月間連載か…。
少しペースを上げていきたいなぁ。
さて、今回はちょっとギャグを入れてます。
やっぱり、シリアス一辺倒は無理でしたね。私には。(笑
でも、まあ、こっちの方が『GSらしく』はあるかなと思ってますので。
もうひとつ、ギャグといえばギャグですが。
今回、主人公(刻真)出番なし!(爆
話の構成上、仕方ないとはいえ…大丈夫だろうか、この話。
ちゃんと次回は出番ありますし、活躍の予定もありますから、楽しみにしていてください。
あと、タマモの狐火ですが、私の作品では『狐火=青白い炎』としてます。
何かの映画か文献のイメージだったかなぁ…?
原作では、狐火のカラー場面はなかったように思うので、とりあえずそう設定してます。 (詠夢)
まず夏子がこわっ。
>横島を殺してうちも死ぬ・・・
この台詞は逝っちゃうところまで逝ってますね、女の独占心ですかね?
今回は横島と銀一がボロボロですね、戦闘は他のメンバーが対応するのでしょうか?ぜひとも2人の見せ場とか欲しいものです。
では次回も首を長くしてお待ちしてます。
ではまた。 (夜叉姫)
コメント、有難うございます!
この夏子の精神状態ですが、造魔化した副作用みたいなものです。
夏子自身の独占欲もありますが、造魔『キヨヒメ』に引っ張られちゃってる部分もあるんですね。
で、それがさらに独占欲を煽り…と悪循環を繰り返して辿り着いた先が心中岬(?)と。
横島と銀一ですが、当然見せ場はありますので期待してください。 (詠夢)
パピリオ脱走した時に横島も言ってましたよね、
「美神さんを殺して俺も死ぬーー!」って(笑)。
あれは(一応)ギャグだったけどこっちはマジだもんなぁ。キツイぜ。
それはそうと主人公(刻真)の出番皆無っすか、哀れな…(笑)。
次、期待してますね。 (河童)
はじめまして!!(で、よろしいですよね?)
勢いも何も無く静かに呟かれると、本当に怖いセリフ…(汗)
出番が少なければ少ないほど、出たときには思い切り暴れる!!…というフォローしか出来ませんね。つくづく哀れな主人公…。
次回も、楽しんでいただければ幸いです! (詠夢)