横殴りに何かが迫る気配に、ようやく横島は我に返る。
呆然としていた銀一を突き飛ばして、自らは左手を横手に突き出しサイキックソーサーを展開する。
「ぐ…ッ!!」
「よ、横っち!!」
直撃こそ防げたものの、叩きつけられた尾の一撃に、横島は弾かれる。
二、三歩よろめきながら、何とか足を踏ん張らせ、それ以上後退しないようにする。
自分たちのいる、東京タワー特別展望台の屋根の上には、それほどの広さがあるわけではない。
吹き飛ばされて、足を踏み外せば250メートル下の地上まで真っ逆さまだ。
実を言えば、このところの仕事続きで、文珠のストックは今現在品切れである。
生身で大気圏突入をやらかした自分でも、ここから落ちて生きていられるか試す気はない。
横島は、緊張した面持ちで相手を見据える。…当惑を滲ませながら。
「フフフ…驚いたやろ? うちも最初は驚いたわぁ。」
着物の袖で口元を隠し、夏子が笑う。
服装と、その細められた双眸が赤く変じていることを除けば、それはいつもの夏子であった。
だが、腰から下はそうではない。
裾から巨大な蛇の体が伸びて、その身をくねらせている。
人に非らざる異形。
「造魔、言うんやて?」
「…それも、さっき言ってた奴が…?」
「そうや。頼みもしてへんのにな、この力の事や使い方…いろいろ教えてくれたで。」
そいつが事件の首謀者なのか?
そんな横島の疑問は、再び叩きつけられた尾の一撃によって、言葉になることなく吹き飛ばされる。
「ぐぁ…ッ!!」
背後の鉄柱に思い切り叩きつけられ、横島は自分の背骨が軋む音を聞いた。
肺の中の空気が搾り出され、息が詰まる。
「よ、横っち!! 大丈夫か!?」
「ゲホッ…がっ…! さ、下がってろ、銀ちゃん…!」
慌てて駆け寄ろうとする銀一を、横島は手をあげて制する。
一時的な呼吸困難のせいで、声こそ苦しげではあるが、大したダメージは受けてない。
夏子は立ち上がる横島を、いっそ静謐とも言える表情で見つめている。
そして、その表情のままに言う。
「うちは横島を殺す。せやから、横島はうちを殺して。うちだけを見て、考えて。そして殺して。」
肌がぞくりと粟立つのを自覚する。
それは眩暈を覚えそうなほど激しい、情念。
声も、表情も静かなものなのに、そこにある感情のうねりは凄まじい。
血に塗れた刀剣のような、鬼気迫る静謐。
ほとんど反射的に霊気を収束させ、『栄光の手』を手甲の形態で構える。
だが、そこまでだ。
横島は身構えたまま、そこから行動に移れないでいた。
一言で言えば、やりづらい。
『造魔は倒せば元に戻る』と理解している。
今の夏子の心理状態で、話し合いが通じるはずもない。
だが、夏子の面影に、どうしても割り切ることができないのだ。
(くそっ…! 迷うな、迷うな…今は。今は戦わないと…!!)
横島は胸の内で、そう自分に言い聞かせる。
しかし、横島自身はっきりとしないが、なぜか酷く嫌な感じがしていた。
このまま戦う、という選択をすることが、どうにもよくない気がした。
それでも、どれほど迷おうと、何が心に引っかかろうと、状況は待ってはくれない。
大蛇が鎌首をもたげる様に、するりと、夏子が上体を持ち上げる。
「さあ、話は終いや…。殺し、殺され…一緒に死のう、横島?」
見れば、夏子の目が爛とした輝きを宿し、唇の隙間から赤い光がちらちらと見えている。
何か…ヤバイ!!
次の瞬間、夏子の顔つきが蛇そのものとなり、その大きく裂けた口から炎が噴出した。
横島はとっさにサイキックソーサーで防ごうとして、はたと気付く。
自分はそれで助かるが、すぐ傍にいる銀一はサイキックソーサーの有効範囲内にいない。
駄目だ。これでは守れない。
横島が迷っている間にも、炎は渦を巻いて迫ってくる。
それはもう、目の前まで─。
◆◇◆
その爆音が耳に届いたとき、彼らは一斉に上を見上げた。
自分たちがいる位置からでは、大展望台が邪魔になってよく見えない。
だが一瞬、確かに赤々とした炎が遥か上空で、夜空を舐めていったのが見えた。
「今のは…!?」
「もう戦いはとっくに始まってる、ってことだろ!!」
そう言って、刻真は再び階段を駆け上がりはじめる。
シロとタマモも、後を追う。
今現在、三人はフットタウンを抜けて、大展望台へと向かう階段を上っている途中である。
エレベーターで昇った方が遥かに早いのだが、そのエレベーターが壊れて─いや、壊されていた。
半壊した扉の隙間からシャフト内を覗けば、ワイヤーが切断されていたのだ。
使えないものは仕方ない。
そして、三人は階段で上まで昇ることにしたのだ。
「先生…無事でござろうか…。」
「さあね。でも、俺たちが早く着けば、無事でいられる可能性は上がるだろ。」
シロがぽつりと呟いた不安に、併走している刻真がとぼけた口調で答える。
その様子を、やや鋭い目でタマモが見ていた。
シロは気付いていない。
刻真が、ただの人間であるはずの刻真が、自分たちの速度についてきている事に。
「全力か?」と問われれば、まだ速度は上げられるが、それでも人間がついてこれるはずはない。
現に今、自分たちの速度はエレベーターで昇るよりも速い。
にも関わらず、刻真はシロと併走し、なおかつ会話を交わす余裕がある。
タマモには、そのことを指摘するつもりはない。
刻真に隠し事があろうが、それで敵であると判断するのは早計だと思う。
自分の群れの仲間に危害を加えないのなら、それでいいのだ。
(…少なくとも、今はアンタも群れの一員だしね。)
胸中で呟いて、タマモは口元にわずかな笑みを浮かべた。
そのタマモの位置からも、シロからも角度的に見えてはいない。
刻真の首元、襟の隙間から、灰銀色の光の筋が伸びていた。
今回は、夏子の台詞に四苦八苦しましたね。
こういう暗い感情を書くのは、苦手なもので(汗
文珠は品切れということにして、ちょっと制限をつけてみました。
おまけに、横島の心情的にもブレーキかかってみたり。
そういうギリギリの状況下で戦略を考えるのが、結構好きなんです。
というわけで、もう少しだけシリアスが続きます。
ああ…ギャグを書きたい(切実 (詠夢)
今回はちょっと横島や銀一の描写が少なかったかな?と思いました。
美神が到着する時にはどうなってるのか楽しみです。
次回の更新もお待ちしています。
ではまた。 (夜叉姫)
いつもコメント、ありがとうございます!
今回からバトルシーンに入ったので、少し描写は減らしました。
かといって削りすぎると、人物たちの内面が伝わりづらいだろうし…悩みどころです。
これから、投稿内容を増やすかどうか、検討中ってところですね。 (詠夢)