一人の少女が、赤々とした夕日に向かって佇んでいる。
その光景に横島の心が、どうしようもなく騒ぐ。
地上250メートルに位置する、東京タワー特別展望台の上に彼女はいた。
「夏子…!」
銀一の呼び声に、彼女はゆっくりと振り返る。
うっすらと微笑むその顔は、どこか虚ろで危ういものを思わせた。
「ようやっと来てくれたなぁ、横島。…宮尾も一緒やね。」
あからさまに、『余計なもの』扱いされた銀一は、ぐっと言葉を詰まらせる。
しかし、ここで引いては何の為にここまで来たのかわからないと、銀一は自らを鼓舞する。
「夏子…お前、何してんのや!! 一体…!!」
だが、そんな銀一の言葉も聞こえているのかいないのか、夏子はふいと視線を夕日に向ける。
半分ほど沈んだ太陽を眺めやって、夏子はさも可笑しそうに笑った。
「ふふ…『昼と夜の隙間』かぁ。今がまさしく、それやね。」
「…夏子。お前、知ってるんだな?」
何を、とは横島は言わない。
それはもう、確信であった。
夏子は、物憂げで寂しそうな表情を浮かべる。
「ルシオラさん、やったっけ…横島の恋人だった人…。」
「……ああ。」
答える横島の顔は沈痛そのもので、銀一が見たことのない親友の表情に目を見張る。
それに気付いて、横島は銀一からわずかに顔を背け、視線だけを夏子に返す。
「何で、それを…?」
「教えてくれた人がおってん。」
夏子の言葉に、横島は眉をひそめる。
教えてくれた人がいたと言っても、あの事件においてルシオラの名前は出ていない。
少なくとも、当事者たち以外には知れていないはずだ。
それに『昼と夜の隙間』という言葉にいたっては、自分とルシオラだけの思い出だ。
他人に知れようはずがない。
一体、誰が…。
「なあ、横島? うちが告白したときのこと、憶えとる?」
「え? あ、ああ。」
横島の思考を遮って、夏子の妙に明るい声が響く。
夏子が言っているのは、つい昨日のことだ。
動揺する横島は、隣で銀一が辛そうに顔を伏せたことに気付かない。
「そのとき、横島がどんな顔しとったと思う?」
夏子の声は明るい調子のままだったが、わずかに震えていた。
「…うちがさっき、ルシオラさんの名前を出したときと同じ顔してた。」
戸惑ったような。
申し訳なさそうな。
横島はそっと、自分の顔に手を伸ばす。
自覚はなかったが、なんとなくそんな気はしていた。
「…うちは…横島の中にはおらへんのやね…。」
「夏子、それは…!」
違う、と反射的に言いかけて、横島は口を閉ざす。
夏子が大切な『友人』であることには違いない。
だが、夏子が求めている答えはそうではないだろう。
横島の迷いが、わずかな沈黙を生み─。
「─…嫌や。」
夏子の呟きに、横島と銀一は身を強張らせる。
その声音に含まれるものが、つい先ほどまでとまるで違う。
例えるなら、ゆっくりと何かが鎌首をもたげていくかのような。
「うちは横島だけを見てきた。横島に見て欲しくて、今まで頑張ってこれた。」
一生懸命、綺麗になろうと努力して。
そうして、モデルにまでなって。
「せやのに…横島の中には、うちじゃない人がおる…。そんなん…そんなん、嫌や!!」
そう叫んで顔をあげた夏子を見て、二人は驚愕に目を見開く。
夏子の瞳が、燃えるような赤色に染まっている。
そしてようやく、辺りの空気がいつの間にか、異様な圧迫感に包まれていることに気付く。
ドクン、ドクン、とまるで空間が脈打っているような錯覚を覚える。
「な、なんや、コレ…! な、夏子…ッ!!」
「さがれ、銀ちゃん!!」
すでに日は沈み、黄昏の薄闇が世界を覆っている。
その中にあって、ぼんやりと夏子の体の周囲、その輪郭だけが赤く浮かび上がる。
夏子が握り締めている胸元の辺りから、幾筋もの赤い光が全身に伸びていく。
「…うちは横島だけを見てきた。横島も…うちだけ見てればええんやッ!!」
◆◇◆
バンから降りたった美神たちは、辺りを見回す。
周囲に人気はない。
「横島君は…やっぱり上ね。」
遥か上方を見上げながら、美神はぽつりと呟く。
すっと細められた瞳は、何を思ってこの紅の塔を見つめるのか。
その表情が、ふいに強張った。
視線の先、タワーの上から異様な気配が伝わる。
刻真たちも同様に、はっとした表情で上を見上げている。
「この感覚は…! 急ごう!!」
「シロとタマモも、先に行きなさい!! 私はここでママたちに連絡をとるわ!!」
「オイラも、行くホー!!」
駆け出す刻真の後を、美神に指示されたシロとタマモ、そしてノースが追いかける。
四人が東京タワーの中に消えていったのを見届けてから、美神はもう一度上を見上げる。
その顔はどこか悔しげに見えた。
「…美神さん。」
鈴女の治療を続けるために残っていたおキヌの呼びかけにも、美神は振り向かないなまま答える。
俯いて、掌で覆い隠した表情は、憂いに沈んでいた。
「ダメね…私はまだ、ここに入れない。…ううん。入りたくない、かな…。」
どうしても、彼女を思い出してしまうから。
思い知らされてしまうから。
それは、おキヌも同じ思いであった。
自分たちには、ここは入ることの出来ない場所。
美神はもう一度、タワーを見上げてから、携帯電話を取り出した。
◆◇◆
赤い光の筋に覆われた夏子の体が、まるで内側から弾けるように輝く。
次の瞬間、そこに現れたのは巨大な蛇。
一抱えはある体をくねらせながら、ゆっくりと上体を持ち上げる。
その先にあるのは、蛇の頭ではなく、美しい装束に身を包んだ女性。
半人半蛇の異形の姿がそこにあった。
何より、おぞましくも美しいと感じたのは、その顔に夏子の面影がそのまま残っていたことである。
その禍々しさに、あの堕天使『エリゴール』の姿が蘇る。
造魔。
刻真がそう呼んでいた事を、横島は漠然と思い出していた。
異形は、シューッと空気の抜けるような鳴声をあげると、横島を睨めつける。
「横島…うちのものにならんのやったら、せめて…殺してやる!!」
夏子の声そのままに、鬼女『キヨヒメ』は吼えた。
シリアス続きのため、ちょっと禁断症状出始めてる詠夢です。
今回の話で思うところ。
美神さんの台詞がちょっとらしくないかな、と不安に思ってたり。
ただ、おキヌちゃんの前だと、あまり片意地張らないのが美神さんだとも思うので、大丈夫だろうと。
…どうですかね?(弱気
さて、今回登場の新悪魔、というか造魔の解説。
『キヨヒメ』とは即ち、『清姫』。
能や歌舞伎で知られる『道成寺』の安珍清姫伝説のヒロイン。
安珍に恋心を抱く清姫ですが、相手は僧侶。
それでも構わぬと押しの一手な清姫に、安珍は言います。
「えと、自分は修行中の身やし、その…熊野からの帰りに寄るから、それまで待ってな?」
当然その後、熊野まで行った安珍は清姫のところをスルーして逃げてしまう。
それを知った清姫は大激怒。
執念のあまりに、その身を大蛇に変えて
「よくも乙女心を踏みにじったな〜!!」
と相手を追いかける。
安珍は死に物狂いで道成寺に逃げ込むと、住職に助けを求める。
「実はこれこれこういうわけで…。」
「自業自得な気がしないでも…とにかく、寺の鐘に隠れなさい。」
ところが、清姫はその鐘ごと安珍を焼き殺し、自らは入水して果てたという見事な無理心中っぷり。
その後、夢で邪道において二人が結ばれたことを知った住職が供養すると、おかげで成仏できたとお礼に現れたというお話。
少し長くなりましたが、今回はこの辺で。では、また。 (詠夢)
似たようなのも原作に出てきましたよね。
あっちは一途というかなんというかって感じでしたけど。
しかし顔が夏子のままでは横島は攻撃しづらいでしょうね。
次の話でどのように夏子を救うのかが楽しみです。
ただ自分も美神さんの台詞はちょっとらしくないのかな?と思いました。
でもそんなに違和感があったという訳ではありませんし大丈夫だと思います。
では次回の更新楽しみにしてます。
ではまた。 (夜叉姫)
違和感がそれほどなかったということで、ちょっと安心ですv
夏子を救うのはあと数話ほど後になりますが、きっちりと救いを示せるよう頑張ります。
まあ、一番苦労するのは横島なわけですが(笑) (詠夢)