遠く汽笛の音が聞こえる。
足元から伝わる、ゆらりゆらりとした波の揺れに合わせ、照明の灯りに出来る陰影が形を変える。
コツコツと床を蹴りながら、細長い廊下を渡ってその奥へと向かう。
やがて、一つの大きな扉が見えてくる。
恐らくは、大広間だろう。
この『船』が豪華客船だった頃は、そこで華やかな催しがなされていたのだろうが、今となっては昔のこと。
ゆっくりと手を伸ばし、扉を押し開く。
扉の向こうの室内は、どこかの王宮の大広間と見まがうほど広い。
天井にはシャンデリアが下がり、部屋の一角の段上で、誰かがグランドピアノを弾いている。
部屋の中央付近の階段からは、中二階へと向かえるらしいが、その階段下にカウンターがあった。
かつての社交界の場も、今ではバー・ラウンジとなってしまっているらしい。
そのカウンターに、一人の男が座っていた。
長い黒髪を、奇抜な金色のスーツの上に流した、長身の男。
そのすぐ後ろへと歩み寄ると、気配に気付いたか、男は顔を上げて振り返った。
短い顎ひげを蓄え、その双眸は黒いサングラスに覆われている。
「…アンタが、人捜しをやってくれる情報屋か?」
「まあ、そうだが…誰か捜して欲しいのか、坊主?」
男はシニカルな笑みを口の端に浮かべる。
低い声で、口調もまた皮肉の色が濃いが、それが妙に似合う男だった。
別にからかっているわけでもなく、これが男なりの歓迎の言葉なのだろう。
ともかく、歓迎してくれるのなら、名乗らねばなるまい。
「坊主じゃない…刻真だ。」
◆◇◆
バサバサという羽音ともに、周囲を無数の影が飛び回る。
「シロ、行くわよ!!」
「任せるでござる!!」
タイミングを見計らい、タマモが狐火を放つ。
一気に燃えあがった炎に、影たちの動きが鈍り、その合間を縫うように白い影が駆け抜けた。
後には、ぐらりとよろめいて落ちる影たち。
だが、致命傷には至らなかったのか、立ち上がる者もあった。
しかし。
「マハブフーラ!!」
声と同時に、大量の冷気が吹き荒れる。
それは、幾重もの氷柱を生み出しながら、一帯の床を影たちもろとも覆いつくす。
氷柱に閉じ込められた影たちは、もはや動くことはなかった。
「どんなもんだヒホ!!」
「って、危ないじゃない!! やるならやるって言いなさいよ!!」
抗議の声は天井付近からだ。
見上げれば、とっさに飛び上がったのだろうシロとタマモが、照明器具にぶら下っていた。
「拙者たちごと、凍らせる気でござるか!!」
「あ、ごめんヒホ♪」
てへっ、と言わんばかりに軽い口調で、ノースは謝る。
「二人とも、大丈夫?」
「あれ? 美神さんは平気だったの?」
シロとタマモが降り立ったとき、美神が何事もなかったように氷の上に立っていた。
まーね、とばつが悪そうに笑う美神の後ろで。
「…俺を盾にしといて、平気も何もねーよ…。」
「ああああ、横島さーん! ごめんなさーいっ!」
背中一面を氷漬けにされた横島が、恨みがましい目で呟いた。
おキヌも無事であるところからみて、ちゃっかり自分も隠れていたのだろう。
「と、とりあえず、これで終わりかしら?」
話題を変えるために、美神があたりを見渡す。
氷の中には、先ほどまで自分たちを苦しめていた、妖魔『コッパテング』の群れが見えた。
それらが氷柱内で塵になっていく様を見届け、美神がほっと息を吐いたとき。
「美神さん、後ろッ!!」
横島の叫びに、はっとして美神が振り向く。
なんだかとても不細工なシルエットが、物陰から飛び出してくる。
首のない、一見カバにも見える奇妙な姿の妖魔『カバンダ』が、その大きな口を開く。
「しまッ…!!」
油断して体勢の崩れた美神に、カバンダが踊りかかったその時。
美神の後ろから、漆黒の銃身が伸ばされ、それはぴたりとカバンダの額にポイントされる。
そして、銃声。
塵となって消えうせるカバンダを確認して、美神は安堵の溜息とともに振り返る。
「ありがと。助かったわ、刻真。」
「礼はいい。それより…。」
美神の礼にも素っ気無く返し、刻真は自分の足元を指差す。
「早いとこ、溶かしてくれないか?」
その足はしっかりと凍り付いていたりする。
ノースが放つ冷気とはまた違う、妙に寒い空気が流れた。
サブタイ、長いなぁ。
じゃなくて。
読んでくださった皆様、有難うございます。
さて、今回もシリアス…だったんですけど、最初の方だけ。
刻真は時折、こういう間抜けなところを見せてくれます。
途中、カッコいいのに、どこかしまらないなぁ〜というか。
最初に出てきた情報屋ですが、女神転生側からの出演者です。
知ってる人なら気付いてニヤリ。知らない人は後の楽しみが増えたということで。
では、今回もアクマの怪説。もとい解説。
妖魔『コッパテング』。
木の葉天狗。または木っ端天狗とも。
江戸期の地誌『諸国里人談』では、現在の静岡にある大井川でその姿が見られたと言います。
夜更けに約1.8メートルの翼を広げ、川魚をとっていたとか。
一説には、神通力が使えない天狗なので、その地位は低いらしいです。
民間伝承では、神隠しや石礫を降らせる怪奇現象とともに多く語られるそうです。
お次は、妖魔『カバンダ』。
インドの叙事詩『ラーマーヤナ』に登場する悪魔です。
もとは精霊でしたが、とある聖仙の呪いで『頭はあるが首はなく、目が胸に口が腹にある巨大な姿』というわけのわからん姿に変えられてしまったそうです。
後にラーマ王子に呪いを解いてもらい、助言を与えるといいます。
ちなみに、元の姿は美しい男性の姿をしているとか(笑
では、また次回もよろしくお願いしますv (詠夢)
個人的におキヌちゃんがちゃっかり横島の後ろに隠れているところが良かったですね。
もしかしておキヌちゃんも美神さんに染められてる?
最初に出てきた情報屋ですが、自分は女神転生を知らないので後のお楽しみですね。
おそらく次の話から本格的に話が展開していくのでしょうから楽しみに待ってます。 (夜叉姫)
夜叉姫 様:
ノースはコミカルなマスコット。
刻真は天然+たまに壊れる(笑)な感じで書いてます。
特にノースは、書いててこっちが楽しくなります。ヒホヒホ。
情報屋さんも、なかなかの曲者ですので、楽しみにしててください。
では、また次回。 (詠夢)