「ヒャクメ様! 彼は?」
「まだ眠っているのねー。」
壁の穴から戻ってきた西条に、ヒャクメはベッドを指差す。
そこには、例の少年が何も知らず、ただ静かな表情で眠っている。
「そうですか…とりあえず、連れて行かないと。」
「この場合は仕方ないですねー。」
本気で渡す気などないが、ことは人命に関わる。
西条はほんの少し、落胆したような溜息をついた。
もし、少年が起きていたのなら、そのまま逃亡してもらおうと思っていた。
そうすれば、奴は氷室さんを放して、少年を追うだろうに。
だが、少年は眠り続けたままだ。
西条は、少年を抱え上げながら、わずかに目を細めてその寝顔を見つめる。
「君は、一体…。」
◆◇◆
彼は、未だ混沌の中にいた。
もはや彼の意識も、周囲に渦巻く混沌に呑み込まれようとしていた。
徐々に意識が輪郭を失い、溶けだしていく。
悲鳴…?
ダ…レ…?
不意に耳に届いた悲鳴に一瞬反応するが、すぐにその疑問も、果て無き混沌に溶けていく。
彼の自我がついに、混沌の中に沈んでしまう瞬間。
《やめろぉぉぉぉーッ!!!》
ふいに、そんな叫びが木霊する。
彼は閉じかけた瞳をわずかに開いた。
《あの時誓った!!》
ナ…ニヲ…何、を…?
《もう何も失わない!!》
そう…そうだ…失いたくないんだ…。
《今度こそ》
ああ、そうだとも…今度こそ…
『守ってみせる!!』
◆◇◆
「やめろぉぉぉぉーッ!!!」
横島の叫びが木霊する。
だが、その腕は届かない。
美神の神通鞭も、タマモの疾走も、届かない。
間に合わない。
シロの胸に槍が吸い込まれると思われた刹那。
光が奔った。
タマモの横をすり抜け、美神の神通鞭を追い越し、横島の顔の横を一直線に。
一発の銃声とともに。
閃光は槍を砕き、そのまま直進して地下施設の壁に穴を穿つ。
「な…何が…ッ!?」
そちらを振り返ったエリゴールの、それが最後の言葉だった。
それを放った者の顔を見ることもなく、彼の頭部は続く光芒に貫かれた。
ゆっくりと後方に倒れながら、塵と化して消えていくエリゴール。
美神たちが愕然として、その光のもと、医務室の方向を見る。
少年が立っていた。
西条を押しのけるようにして、その手に黒い銃を構えて。
抱えた意志の如く、真っ直ぐに─。
◆◇◆
某国某所。
黄色を基調としたローブ、いや法衣をまとった男が、ふと何かに気付いたように顔をあげる。
やけに天井の高い広大な回廊を歩いていた男は、しばらくそのまま動かない。
ふいに、通路の物陰から涼やかな声が流れる。
「いかがなさいましたか?」
男は、姿なきその声に答えるでもなく、ただ満足そうな笑みを浮かべる。
「やはり、貴方もここに…。」
「何か?」
「…いいえ、何でもありません。」
男は柔和な声で答え、小さく首を振ると、またコツコツと歩き出す。
その顔からは笑みが消え、代わりに敢然とした輝きを宿す瞳があった。
その口から小さな呟きが漏れる。
「…止まるわけにはいかない。止めるわけにはいかない。例え、貴方が幾度阻もうとも…。」
その呟きは、男の決意。
だが、その決意は誰の耳にも止まることなく消えていく。
そう遠くない場所で、鐘の音が響いていた。
◆◇◆
鳥居の上で、金色の蝶が羽を休めていた。
下では、ふたたび少年が倒れこみ、美神らがそれに駆け寄っていく。
その騒ぎを、蝶は静かに見つめている。
その行く末を案じるように。
その行く末を見守るように。
少年がふたたび部屋の中に運び込まれていく。
そこまでを見届けてから。
ひら、と。
蝶はまた、どこかに向けて飛び去った。
今回ちょっと短めなのは、次の話が中途半端になるのでここで切ったからだそうでござる。
物足りないかもでござるが、拙者に免じて勘弁してくだされv
それにしても、9話目にしてようやく主役の活躍…おまけにまた気絶…でござるか…。
助けていただいて何でござるが、えらく地味な主役でござるな。
え? オリキャラならこんなもん?
そーゆーものでござるか。
副題の『醒覚』というのは、目覚めるという意味らしいでござる。
覚醒でも意味合いは同じらしいのでござるが、それだと終盤あたりで使えなくなるとか、作者が言ってたでござるよ。
それじゃあ、今回はここまででござる。 (詠夢)
オリキャラを主役に据えた際、何が難しいかというと単純な話でして。要するに「主役であるはずのオリキャラが、サブを務める原作キャラに魅力で勝てるかどうか」ということです。
原作キャラはプロによって造形され、長年蓄積された原作のストーリーによって肉付けされ、ファンの思い入れによって底上げされて見られることで強いインパクトをもたらす存在なわけです。それに負けないだけの存在感を発揮できるだけのオリキャラを造形できるか? できなければ主役が食われて終わりになってしまうか、独り善がりのストーリーが空回りしていくかのどちらかになってしまうのです。
詠夢さんほどの方であれば、当然それを承知での挑戦かと思います。横島や美神に負けないだけの魅力的な主人公を作り上げられますよう、期待しながら見守らせていただきます。 (HAL)
なるほど、納得です。
原作キャラを差し置いて主役を張る以上、その魅力で勝っていなければならないのは道理。
作者からの視点では、オリキャラというのは愛着があるので、ある意味、盲点ですね。
独りよがりはすぐに思い浮かんだのですが…。
ご指摘により、さらに身が引き締まった思いです。有難うございます。
>詠夢さんほどの方であれば、当然それを承知での挑戦かと思います。
いえ…正直に言えば、あまりわかっていなかったのでは、と…(冷汗
ただ、親の欲目になるかもしれませんが、負けぬ魅力はあります!
それを伝えられるかどうかは、私の努力次第であることだけはわかっていますので、HAL様のご指摘を胸に刻み、鋭意製作いたします! (詠夢)
この時点ではまだそこまでの魅力は感じられないところかもしれない。
ただ今後のキャラの作り方次第じゃないかと思う。
あまり女神転生により過ぎると、GSじゃなくなりがちになるのが難しいところだろう。 (みずいろ)