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迷子の中年

迷子になった男


投稿者名:ちゅうじ
投稿日時:04/ 9/19

ふらふらと目の前に出てきた男。
信じられないといった顔をしながらつぶやいたのが、隣にいる先輩の名前だった。
つい今までストーカーについて話していた彼女らが、こいつがそうだと結論付けても誰にも責められまい。
彼女らにストーカーの知り合いなどいない。
先入観しか持たない人間がそう思えてしまうほど、男の様子は尋常でなかった。

「最近よく下着が盗まれるのよ。ストーカーがいるんじゃないかしら」

目の前にきたら叩きのめしてやるわと先輩は笑っていた。
先輩に毒されたのだろう。そんな性犯罪者は自分が罰をあたえてやる。そう思っていたところで出てきた怪しい中年。

だから

「おねぇさまに近づくんじゃないわよ!この変態!」

ぶん、と音が鳴るくらいの勢いでかばんを振りぬいた。男から見れば突然の奇襲だっただろう。
かばんをぶつけられた男は、傍から見れば気持ちいいくらい吹っ飛んでいった。そのまま二人して、げしげしと蹴りつける。

「ストーカー親父なんてほっといて早く行きましょう♪」
「中高生は駆除したと思ったら、今度は中年か…」

警察を呼ばないのはせめてもの情けというものだった。先輩の美貌ならこんなのが湧いてきても不思議は無い。
しかるべき制裁を与えたことに満足した二人は、ゴミ箱に頭を突っ込んだ男を一顧だにせず、立ち去った。


誰もいなくなってから、ようやく男が動き出した。
深刻な表情をして男はつぶやく。

「どういうことだ?」

設定が正しければ、自分は199●年に来ているはずだ。
事前の予想では、事務所かアパートに出てくるはずだった。しかし気づけば見知らぬ山中。
場所が間違っているだけなら良い。些細な問題だ。そう考えていられたのも最初だけ。
山から街に降りて新聞を購入した。日付を確認して一人頷く。よし、時間の設定は間違っていない。
安心したところで、男の目に仲良く歩く女子高生の姿が映った。
そんなばかな、そう思い声をかけて見ればいきなりしばかれる。
だが若い時分の彼女だとそれでわかった。自分は以前にも女子高生だった彼女らにしばかれたことがある。
しかしだ、彼女はこのときすでに若くして事務所を構え、自分もそこで働いていたはずなのだ。
未来はいくつもあるが、過去はひとつしかないはずだった。
何故かと、男が考え出した答えはこうだ。ここは自分がいた世界とは異なる時間軸なのだと。
本来ならありえない世界。何が原因で迷い込んだのか判らないが、急いで元の時間軸に戻らなければならない。
漠然とした不安があった。なにか取り返しのつかないことがこの身に起こったのではないか。

この時間移動には妻の命がかかっていた。
時間を遡って過去に介入するしか助ける手段はない。
それを聞いたときから迷いなんて無かった。
なんとしてでも妻を助ける。そう決意していた。

焦るな。そう自分に言い聞かせる。原因がはっきりしないまま移動することは避ける。
こういったとき、ただ繰り返したのでは二の舞を踏むだろう。
時間移動能力者ではない自分は道具に頼るしかないのだ。それも回数は限られている。
術式に不備は無かった。だとしたら何だ。義母からのアドバイスを思い出す。

時間の地図を描ける能力と、目的の世界をイメージすること。それと必要なエネルギー。
この三つが備わっていれば、時間移動は成功するらしい。
そしてこの中で何よりもイメージが大事なのだと彼女は言った。
自分が生きてきた時間に行くのだから地図に関しては問題が無い。エネルギーも理論上では十分だった。
だとしたら義母のアドバイスどおり、イメージの齟齬があったのだろう。

ならば思い出せ。
 
人気の無いところに移動し、周囲に結界を張った。十年前の記憶を手繰り寄せながら、再び術式を組上げる。
男から滝のように流れる汗。見るからに疲労も激しい。
男にとっても一日にこれほど霊力を使うことは、そうあることではなかった。慣れない力の使用は体にも負担が大きい。
本来なら数日かけて体調を整えるべきだった。
それをすぐにやるのはただの勘に過ぎない。だが霊能力者のそれは一般人と違い、予知能力の一種でもある。
その勘が告げるのだ。すぐに帰らなければやばい、と。

この場にほかの霊能力者がいれば、その術が規格外であることに気づいただろう。
あまりにも強大な霊力は結界の外に漏れはじめていた。男は苦悶の表情をしながら術を制御する。
術が起動するのと同時に、発生した光が周囲を昼に変えた。

そして、練り上げられた霊力は霧散した。

光が収まった場所には、変わらず男の姿があった。



「ははっ…はははははははははははははははははっはっ………………」

失敗したわけではない。無論、自分が解いたわけでもない。何らかの力が介入した結果、術が解かれた。
こんなことができる存在をたった一つだけ、彼は知っていた。
上位種たる神族、魔族にだってできやしないことは経験からわかる。
おそらくは介入してきたのは『世界』だ。一度起動した術があんな形で破られることはない。あれは拒否されたのだ。

しかし、入ってこれたのに出ることは適わないなんてありえない。
そんなことがあるわけが無い。
そう思い、何度も何度も繰り返し、霊力を使い果たしたところで男の動きは止まった。
男にもようやくその事実が理解できた。

傍から見れば気がふれたように見えるだろう。腹の底から嗤いだした。
この世界から出られないなら、妻を助けられない。その最期を看取ることもかなわない。
彼女は最期まで、自分が帰ってくることを疑わないだろう。それが判っているから彼は嗤うしかなった。

男の哄笑を聞くものは誰もいない。ただ夜の闇に吸い込まれるばかりだった。


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