日曜日だというのに、男はいつもの午前6時に目が覚めた。休みの時ぐらいゆっ くり寝ていられたらと思うのだが、どうしてもいつもの時間に目が覚めてしまう。 妻は、まだ気持ちよさそうに寝ている。
これ以上寝られそうにない。男は仕方なく起きあがった。しかし、いつになく体
がだるく、頭がすっきりしない。原因ははっきりしている。何日か前に上司に言
われた新しい仕事のことで思い悩んでいたのだ。おかげで、睡眠不足が続いてい
る。
1階の居間に降りる際、窓の外を見た。厚い雲がたれ込めている。天気予報どお
りだ。
ほかに誰もいない居間で、男は目覚めのコーヒーを飲みながらゆっくりと新聞を
読んだ。やがて空腹を感じ、簡単な朝食を作った。食べていると、ふと、周りが急
に明るくなったように感じた。窓の外を見た。するとどうだ、朝日が差している
ではないか。
天気予報は見事に外れたのだ。雲はまだ残ってはいるものの、青空が見えている。梅雨の晴れ間というやつか。 それにしても、青空のもとで走るのは久しぶりだ。 男は、駐車場の隅に置いている愛車MuddyFoxを引っ張り出し、サドルにまたがっ た。ペダルをこぎ出す。愛車がスッと前に出る。久しぶりに乗れるうれしい瞬間 だ。
男はいつもの道を山の方に向かって走った。住宅地を出ると、のどかな里山の風 景が広がっている。朝日に輝く緑が美しい。男は風景を楽しみながら、快調に飛 ばしていく。風が心地よい。やがて、道は登り坂にさしかかった。足に負荷がか かる。しかし、嫌悪感はまったくない。むしろ足は、久しぶりのこの負荷の感触 を喜んでいるようだ。
細い山道を経て、自動車道に出た。この道は、岩船寺から浄瑠璃寺へ続く道だ。
いつの間にか青空が広がっている。
車道をしばらく走った後、簡易舗装の山道に入った。斜面に建つ数軒の民家の間
を抜け、道はさらに険しい登り坂にさしかかった。いつもならここでフロントの
ギヤ(チェーンリング)を中央のミドルから一番内側のインナーに落とすのだが、
なぜか今日はそれをしたくなかった。久しぶりの走りであるのに、まだ疲労感は
ない。足もそこそこ動いている。
ギヤが1段高いのだから、それだけ足や心臓に負担がかかるのは当然だ。男は心
拍数が相当上がってきているのを感じた。しかし、フロントギヤを落とそうとは
しない。
木々に覆われた道は、このところ続いた雨で濡れている。しかも葉っぱがたくさ ん積もっていて走りづらい。スピードは倒れない程度にしか出ていないから、や やもすると自転車がふらついて足がつきそうになる。男は我慢した。さらに足に 力を込めた。
あえぎながら、男はふと思った。
3軒の民家の横を走り、再び斜面を駆け上って「あの場所」に着いた。愛車か
ら降りて畑の端を歩き、奈良盆地を見渡せる場所に足を運んだ。眼下には、朝日
を浴びて奈良盆地が広がっている。美しい。その輝く風景を見ながら、男は己の心の中で、何かが変わって行くのを感じた。古い何かが溶けて消え、新しい何かが腹の中で居座った。
男は振り返って愛車を見た。そしてつぶやいた。
追記
あまりにも雨が多いので、手持ちぶさたにちょっと変わった趣向にしてみました。そう、これは短編小説(のつもり?)ですので、部分的に脚色しています。それにしても、何だか文章が硬いなぁ。自転車に乗っているときの、あの軽快感を出したかったのだけど。。。