『マトリックス レボリューションズ』:2003、アメリカ

昏睡状態に陥ったネオは、カデューシャス号の一等航海士ベインと共に、ハンマー号に収容された。ハンマー号のローランド船長は、センティネルがいる中で、ナイオビ船長やゴースト副船長が乗っているロゴス号の行方を探す。一方、ネオの脳波を調べた船医マギーはトリニティーに対し、昏睡状態とは少し違っていると告げる。
ローランドの元には、あと20時間でマシン軍団がザイオンに到着するとの報告が入った。モーフィアスとトリニティーはセラフから連絡を受け、オラクルが会いたがっていると告げられる。一方、ネオはモービル通り駅で目を覚まし、サティーという少女と出会う。これから来る電車の行き先はマトリックスだが、トレインマンが行かせないだろうとサティーは告げた。
モーフィアスとトリニティーは、姿の変わったオラクルと面会する。オラクルは、ネオがマトリックスとマシン世界の間に迷い込んだことを話し、その場所を制御するトレインマンより先に見つけないと困ったことになるという。トレインマンは、メロンヴィンジアンの手下だという。オラクルは、モーティアスとトリニティーにセラフを同行させることにした。
ネオはサティーの父ラーマ・カンドラと会った。以前に、メロンヴィンジアンのレストランで見た男だった。ラーマ・カンドラはネオに「どんなプログラムでも目的が無ければ排除される」と語り、愛の重要性を説いた。ラーマは妻カマラと共に、サティーをマトリックスへ行かせようとしていた。モーフィアス達はトレインマンを発見するが、逃げられてしまう。モービル通り駅に列車で現われたトレインマンは、乗り込もうとするネオを弾き飛ばし、サティーを連れて去った。
モーフィアス達はメロンヴィンジアンの元へ行き、ネオを返すよう要求する。メロンヴィンジアンは「預言者の目を持ってくれば取り引きに応じる」と告げるが、トリニティーが銃を奪って脅しを掛けた。メロンヴィンジアンの妻パーセフォニーは、彼女がネオのためなら本気で命を差し出すことを察知した。モーフィアス達はモービル通り駅に現われ、ネオを連れ出した。
ネオがオラクルのアパートを訪れると、サティーも一緒にいた。オラクルはネオに「選ばれし者の力がこの世界を超越し、ソースに戻った」と語る。そして彼女は、「エージェント・スミスは全てを破壊するまで戦いを止めないが、勝とうが負けようが今夜で戦いは終わる」と告げる。それを聞いた後、ネオの心はハンマー号の肉体へと戻ってきた。
マギーはローランドに、ベインの意識が回復したことを報告した。オラクルはエージェント・スミスが来ることを察知し、セラフにサティーを託して逃がそうとする。スミスは複数の分身を伴ってオラクルの元に現われ、彼女を取り込んだ。ベインはローランドに、何も覚えていないと告げる。ハンマー号はロゴス号を発見し、乗船して調査する。モーフィアス達は、ナイオビとゴースト、オペレーターのスパークスを発見した。
ザイオン攻撃部隊のロック司令官は評議員達に対し、ドックでマシンを無力化しなければ人間は破滅すると告げる。ザイオンに駐在するミフネ船長は、少年志願兵キッドの懇願を受け、弾薬運搬係として戦いに参加させることを決める。ネオはモーフィアス達の前に現れ、マシン・シティーへ行くのでシップを一隻貸してほしいと申し入れる。ナイオビがロゴス号を提供することを告げた。「救世主を信じているのか」と聞くモーフィアスに、ナイオビは「ネオを信じている」と答えた。
医務室にいたベインは、マギーを殺害した。モーフィアス達は、ナイオビが操縦桿を握るハンマー号でザイオンへ向かう。ネオは同行を申し出たトリニティーと共に出発しようとするが、ベインに襲撃される。その中身がスミスだと気付いたネオは、両目を潰されながらもベインを倒した。ザイオンではミフネがAPUに乗ってセンティネルを迎撃し、リンクの妻ジーも相棒チャラと共に戦う。ハンマー号は補助パイプラインを通ってザイオンを目指すが、入り口の扉が故障して開かなくなった…。

監督&脚本はアンディー・ウォシャウスキー&ラリー・ウォシャウスキー、製作はジョエル・シルヴァー、製作総指揮はブルース・バーマン、撮影はビル・ポープ、編集はザック・ステーンバーグ、美術はオーウェン・パターソン、衣装はキム・バレット、視覚効果監修はジョン・ゲイタ、コンセプチュアル・デザイナーはジェフリー・ダーロウ、アクション・コレオグラファーはユエン・ウーピン、音楽はドン・デイヴィス。
出演はキアヌ・リーヴス、ローレンス・フィッシュバーン、キャリー=アン・モス、ヒューゴ・ウィーヴィング、ジェイダ・ピンケット=スミス、コリン・チョウ、メアリー・アリス、ハリー・レニックス、ハロルド・ペリノー、デヴィッド・ロバーツ、ランベール・ウィルソン、モニカ・ベルッチ、アンソニー・ウォン、アンソニー・ザーブ、ナサニエル・リーズ、クレイトン・ワトソン、ヘルムート・バカイティス、ノーナ・ゲイ、レイチェル・ブラックマン、バーナード・ホワイト他。


1作目の大ヒットを受けてトリロジーとなった『マトリックス』3部作の最終作。
2作目と3作目、ビデオゲーム『Enter the Matrix』が続けて製作されており、『Enter the Matrix』の中に2作目と3作目の謎を解く鍵があるらしい。
ゲームをプレーしなきゃマトモに理解できない映画なんて、その時点で映画として失格だと断言しておこう。

ネオ役のキアヌ・リーヴス、モーフィアス役のローレンス・フィッシュバーン、トリニティー役のキャリー=アン・モスなど、キャストの大半は、1作目や2作目から引き続いての出演となる。新しく登場するのは、チャラ役のレイチェル・ブラックマン、サティー役のタンヴィール・K・アトワル、カマラ役のサリーニ・ムダリアールぐらいだ。

オラクルに関しては、キャラとしては1作目から登場しているのだが、演じる役者がメアリー・アリスへ変更になった。これは、前作までの女優グロリア・フォスターが病死したためだ。で、話を進める上で必要不可欠なキャラだったので、オラクル抜きで3作目を製作するとか、別のキャラを代わりに持ち込むという方法を選ばず、代役を立てることにしたわけだ。
ただ、顔の似た女優を使っているわけではないので、明らかに見た目が2作目までとは大きく異なっている。そこで、新しいオラクルに「ネオを導く手助けをするための代償として選択した。簡単に乗り切る方法が無かったので仕方が無かった」ってな感じのセリフを語らせ、見た目が変わった理由を説明させている。
まあ、ここは誰がどう考えても笑うシーンだろうな。

「ほら、やっぱりそうなったじゃん」というのが一番に出てきた感想だ。「そうなった」というのは、「たくさんの要素を取り込み、大風呂敷を広げたが、まとめ切れずに終わった」ということだ。それも当然のことだ。何しろ、最初から終着点、着地方法なんて全く考えず、面白そうなネタ、気に入ったモノを適当に詰め込んだだけなんだから。
「2人の子供が、何も考えずにオモチャ箱からオモチャを取り出し、好き放題に遊びました。でも、そろそろ後片付けをしなさいと言われました。子供達は、後片付けが苦手です。だから、散らばったオモチャを適当に箱へ戻しました。それは、ただ箱に入れただけで、キチンと整頓したわけではありません。しかも、放り出したままのオモチャも色々とありました」という感じである。

そもそもウォシャウスキー兄弟は理系の世界観や哲学チックな話にはそれほど興味は無くて、アニメの影響受けまくりのヴィジュアルと香港風アクションをやりたかったという意識が圧倒的に多くを占めているのだ。『リローデッド』の批評でも書いたが、小難しいネタは鎧として装着しているだけであり、それが何なのか、どう扱おうかなんてことは、深く考えていなかったのだ。
ところが、もう3部作で終了することが決まっているため、ちゃんと話を収めなければいけなくなった。整合性を持たせなければいけなくなった。ところが兄弟も何をやっているのか良く分からない上、それを誤魔化すために前作で余計に話をゴチャゴチャにしてしまったために、もはや完全に収拾が付かなくなっている。

仕方が無いのでマシンの支配者に「デウス・エクス・マキナ」という名前を付け、その名の通りのデウス・エクス・マキナ(御都合主義)で話を終わらせるという、ある意味では自虐的な方法を取った。
いや、実際には、御都合主義に頼っても、マトモに話を収束させることは出来ていない。観念的、抽象的なセリフが多いのは、観客を煙に巻くためだ。
見た人は色々な解釈をするかもしれないが、どう解釈しても自由だ。だって、作った本人達が、ハッキリとした答えを持ち合わせていないんだから。「どうしようもなくなっちゃったから、どうにでも解釈できるようなファジーな形で適当に終わらせちゃえ」という幕引きなのだから。「観客に答えを委ねる」と言えば聞こえはいいが、ようするに作り手が解答を用意していないだけだ。

で、話を収めることに気を取られたためか、アクションに対する意識の希薄なこと。見せ場に出来るようなアクションシーンが、1つも無いのだ。前作なら、高速でのバイクによるチェイス、増殖スミス軍団との戦いと、予告編で仕えるようなシーンがあった。今回は、予告編に使えそうなアクションシーンが全く見当たらない。
一応、ウォシャウスキー兄弟がハイライトとして意識しているであろうシーンは、ザイオン攻防戦だ。ただ、センティネルとAPUによる戦闘シーンは、『マトリックス』シリーズに多くの観客が期待するモノとは違っているのではないか。CGメカ同士のバトルってのは、ごく普通のSFアクション映画になっている。もうウォシャウスキー兄弟がやりたかっただけにしか思えない。

マトリックス世界での戦いがほとんど無いから、体を反らして無数の弾丸を避けるとか、空中を飛んだり回転したりしながらカンフーをしたり銃を撃ったりするとか、そういった『マトリックス』シリーズのアクションシーンにおける持ち味も失われる。もう2作目まででネタを使い果たして、目新しいヴィジュアルのアイデアが浮かばなかったのか。
ザイオン攻防戦は、かなり長く続く。だが、ものすごく激しいのに、単調で退屈に思えてしまう(ミフネ船長が、二重の意味で孤軍奮闘している)。大体、そこにネオがいないって、どういうことよ。お前は『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのフロドかよ。

で、代わりに活躍するシーンがネオに用意されているのかというと、一応はスミスとのタイマン対決がある。
そのタイマン対決、14分間のシーンに70億円を注ぎ込んだらしいが、「ここまで3部作をやってきて、ラストバトルがそれか」と言いたくなるぐらいのショボさ。格闘の心得が無い2人に、あまり特効に頼らない香港風アクションをやらせても、ここまでヴィジュアル勝負でやってきたのに、そりゃ厳しいに決まってるぞ。しかも、ネオはスミスに完璧に負けちゃってるんだよな。で、それなのに、デウス・エクス・マキナで世界は救われるし。
もう何なのかと。

3部作を通じてウォシャウスキー兄弟が主張したかったのは、「平和」でも「共存」でもなく、「俺達は日本のアニメと香港のアクション映画が大好きだ」ということである。
まあ厳密に言うと、それらへの関心が特に深いのは弟の方で、兄ラリー(性転換手術を受けて姉になったが)はSFや哲学のオタクらしいんだが。
もしも今後、アンディーが単独で脚本と監督を担当するようなことがあれば(その可能性は低そうだが)、もっと分かりやすいアクション映画が出来るのかなあ。それを見てみたい気もするが。


第24回ゴールデン・ラズベリー賞

ノミネート:最低監督賞[ウォシャウスキー兄弟]
<*『マトリックス レボリューションズ』と2作でのノミネート>


第26回スティンカーズ最悪映画賞

ノミネート:【最悪な総収益1億ドル以上の作品の脚本】部門
ノミネート:【最悪の続編】部門
<*どちらも『マトリックス レボリューションズ』と2作でのノミネート>

 

*ポンコツ映画愛護協会