『ピンクパンサー』:2006、アメリカ

田舎の村で警官をしているジャック・クルーゾーは、ヘマばかり繰り返している負け組だった。しかし、そんな彼の人生が大きく変わる日が訪れた。フランスのサッカー代表チームが、中国代表を地元に迎えて試合を行った日だ。これまで7度も名誉勲章の候補になりながら授与を逃しているドレフュス主任警部は、招待を受けてスタジアムに来ていた。フランス代表は劇的な勝利を収めるが、観賞の目の前で監督のイヴ・グリュアンが何者かに殺され、指にはめていたダイヤモンドの指輪“ピンク・パンサー”が盗まれた。
この事件が名誉勲章を貰うチャンスだと捉えたドレフュスは、無能な囮が必要だと考える。真面目に捜査するが役立たずの刑事を用意してマスコミの目を逸らし、その間に自分が精鋭部隊を指揮して犯人を逮捕してピンク・パンサーを奪還しようというのだ。彼が役立たずとして目を付けたのが、クルーゾーだった。ドレフュスはクルーゾーをパリに呼び寄せ、「能力があるのだから重要な任務に就いてもらう」とおだてて警部に昇進させた。
ドレフュスはクルーゾーにグリュアン殺害&ピンク・パンサー盗難事件の捜査指揮官を任命し、記者会見に出席させてマスコミにお披露目する。クルーゾーにはニコルという秘書が付き、刑事のジルベール・ポントンと組んで捜査に当たることになった。一方、ドレフュスはグリュアン殺害に使われた毒矢が中国製だったことから、犯人を中国人に絞り込んだ。彼は部下のコルベールを北京へ派遣し、かつてグリュアンが中国へ遠征した時の行動を調べさせることにした。
クルーゾーはポントンを引き連れ、グリュアンの恋人である人気歌手のザニアを訪ねた。ザニアが試合前にグリュアンと言い争っていたという情報を、ポントンは得ていた。そのことを指摘されたザニアは、グリュアンの浮気に腹を立てたのだと説明した。グリュアンに恨みを抱いている人物についてクルーゾーが尋ねると、彼女はサッカー選手であるビズの名前を出した。ビズはザニアの昔の恋人で、グリュアンに取られたと思っているのだという。
クルーゾーとポントンはコーチのヴァンキュアに会い、ビズについて質問した。するとヴァンキュアは、グリュアンを恨んでいる人物は他にも大勢いると告げる。クルーゾーはビズを警察署に連行し、取り調べを行う。「誰かが君をハメようとしている。誰が企んだと思う?」とクルーゾーが訊くと、ビズはグリュアンと一緒にレストランを経営しているレイモンド・ラロックの名を口にした。グリュアンが店の売り上げ金を盗んでギャンブルに注ぎ込んでいるので、耐えかねたのだろうと彼は語った。
取り調べを終えたビズは、ロッカールームで顔見知りの何者かにに殺害された。遺体の検分に赴いたクルーゾーは、トレーナーのユーリと話す。言葉の訛りに気付いたクルーゾーは、彼に出身国を訪ねた。ユーリはロシア出身であること、グリュアンにスカウトされたことを語った。クルーゾーは第一発見者であるスタッフのチェリーから、話を聞く。チェリーはクルーゾーに、ロッカールームからビズの「よお、元気か」という声が聞こえた直後、銃声が響いて来たことを証言した。
クルーゾーはラロックに会うため、彼の営むカジノへ赴いた。カジノに入った彼は、英国諜報員のボズウェルに気付いて挨拶を交わした。クルーゾーはポントンと共に、ラロックの元へ行く。ラロックはグリュアンに保険金を掛けていたが、「保険会社は犯人が捕まるまで金を支払わない」と彼は潔白を主張した。ボズウェルから連絡を受けたクルーゾーは、ガスマスク強盗団を捕まえるための強力を求められる。ボズウェルは強盗団を退治するが、そこにいることが知られては困るため、すぐに立ち去った。そのため、ただ傍観していただけのクルーゾーが、強盗団を退治したと誤解されて称賛を浴びた。
名誉勲章の候補者を決める委員会が開かれ、ドレフュスと国民に慕われているシスターの2人が決定した。しかし委員の1人がクルーゾーを新たな候補者として挙げ、委員長も承認した。ドレフュスはスパイとして送り込んでいたポントンを叱責し、クルーゾーの監視を強化するよう命じた。ザニアがニューヨークへ行ったと知ったクルーゾーは、後を追うことにした。アメリカ人に成り切るための特訓を積むクルーゾーだが、まるで成長しなかった。
クルーゾーはポントンを引き連れ、ニューヨークに飛んだ。ポントンの調査により、ザニアがダイヤモンドを闇でカットする職人に電話を掛けていることが判明した。クルーゾーとポントンはザニアを尾行し、職人の元へ乗り込んだ。しかしザニアが持ち込んだのはピンク・パンサーではなく、ハンドバッグだった。クルーゾーはザニアとディナーを取り、ラロックに監視されていたと彼女から聞く。帰国しようとしたクルーゾーは空港でドレフュスの罠にハメられ、バッグを摩り替えられて危険物所持で逮捕されてしまう…。

監督はショーン・レヴィー、原案はレン・ブラム&マイケル・サルツマン、脚本はレン・ブラム&スティーヴ・マーティン、製作はロバート・シモンズ、製作総指揮はトレイシー・トレンチ&アイラ・シューマン、撮影はジョナサン・ブラウン、編集はジョージ・フォルシーJr.&ブラッド・E・ウィルハイト、美術はリリー・キルヴァート、衣装はジョセフ・G・オーリシ、音楽はクリストフ・ベック、テーマ曲はヘンリー・マンシーニ、音楽監修はランドール・ポスター。
出演はスティーヴ・マーティン、ケヴィン・クライン、ジャン・レノ、ビヨンセ・ノウルズ、エミリー・モーティマー、ヘンリー・ツェーニー、クリスティン・チェノウェス、ロジャー・リース、フィリップ・グッドウィン、アンリ・ガルサン、ウィリアム・アバディー、ダニエル・サウリ、ジャン・デル、アンナ・カタリナ、ニック・トーレン、サリー・ラング・ベイヤー、シャーロット・メイアー、ステファニー・バウチャー、ラドゥ・スプリンゲル、スコット・アドキンス他。


1963年の映画『ピンクの豹』を第1作とする映画シリーズのリメイク。
脚本は『ベートーベン2』『プライベート・パーツ』のレン・ブラムと主演のスティーヴ・マーティンの共同、監督は『ジャスト・マリッジ』『12人のパパ』のショーン・レヴィー。
クルーゾーをスティーヴ・マーティン、ドレフュスをケヴィン・クライン、ジルベールをジャン・レノ、ザニアをビヨンセ・ノウルズ、ニコールをエミリー・モーティマー、ユーリをヘンリー・ツェーニー、チェリーをクリスティン・チェノウェス、レイモンドをロジャー・リースが演じている。
アンクレジットだが、グリュアン役でジェイソン・ステイサム、ボズウェル役でクライヴ・オーウェンが出演している。

導入部の構成が、上手くないと感じる。
最初にドレフュスが登場し、カメラに向かって「クルーゾーはこういう人物で」と紹介すると、クルーゾーが細かいヘマを幾つもやらかす様子が描かれる。
でも、その後にグリュアン殺害事件が発生し、囮を使おうと決めたドレフュスが「うってつけの人物がいるんだよ。彼の名前はジャック・クルーゾー」と言うと画面が切り替わり、クルーゾーの姿が写るという展開があるのだ。
だったら、そこで初めてクルーゾーを登場させた方が効果的でしょ。
なんで先にクルーゾーを登場させて、ポンコツであることを描いちゃうかね。
最初に登場させるなら、その後に用意されている「ドレフュスが囮としてクルーゾーの名を出すと画面が切り替わり、クルーゾーが写る」という構成はやめた方がいいし。

ところで映画に登場する有名なキャラクターの中には、他の俳優が演じても成立するケースと、違和感の強くなるケースが存在する。
例えばジェームズ・ボンドなんかは、「誰が演じるのか」ってことに対する違和感や拒否反応を感じる人はいるだろうけど、「ショーン・コネリー以外のジェームズ・ボンドは有り得ない」という人はそれほど多くないだろう。
一方、車寅次郎のように、「渥美清以外は考えられない」というキャラクターもある。
他には座頭市なんかも、勝新太郎とイコールになっているので、ビートたけしや香取慎吾の主演でリメイク作品が作られたが、「いや無理だわ」という印象だった。

「ピンク・パンサー」シリーズに登場したジャック・クルーゾーというキャラクターは、まさに車寅次郎のような存在だ。
あれはピーター・セラーズだからこそのキャラクターであって、他の人物に継承させるべき存在ではない。
つまり、「ピンク・パンサー」シリーズをリメイクしようという時点で、無謀な企画だと言ってもいいのだ。
それは『男はつらいよ』シリーズをリメイクするようなモノだ。

で、この映画だが、スティーヴ・マーティンがピーター・セラーズのクルーゾーを模倣しようとしている気配は薄い(全く無いわけではないが)。
どちらかと言えば、「いつも通りのスティーヴ・マーティン」という印象を受ける。
製作サイドに「ジャック・クルーゾーはピーター・セラーズとイコールで結ばれているキャラクターだしなあ」という気持ちがあったのか、それとも自己主張の強いスティーヴ・マーティンが勝手にやったのか、その辺りの事情は知らないが、「旧シリーズとは全くの別物」という感じに仕上がっている。
「だったらスティーヴ・マーティンが刑事を演じるオリジナル作品にすりゃいいんじゃねえのか」と言いたくなるが、そりゃあ「ピンク・パンサー」というタイトルを使った方が訴求力には間違いなく繋がるし、そもそも「ピンク・パンサー」シリーズのリメイクということで企画が立ち上がっているわけだから、そこをアレコレ突っついても仕方が無いわな。
ともかく、「旧シリーズとは全く別物」と捉えて観賞した方が、この映画を楽しむには向いているんじゃないかと思われる。

一度は例えとして「TVアニメ『新造人間キャシャーン』とは別物として『CASSHERN』を見るようなモノ」と書こうとしたが、あれと比較しちゃ可哀想なので撤回しておく。
あれに比べたら、この映画の方が遥かに面白い。
っていうか比較対象にならないぐらい、天と地ほどの差がある。
そもそも、ここまでの記述だと「どうしようもなくダメな映画」っぽく感じたかもしれないけど、そうでもないのよね。「ピンク・パンサー」シリーズのリメイクということをひとまず脇に置いておき、「スティーヴ・マーティンの主演したハートフルでもロマンティックでもない徹底したコメディー映画」として本作品を捉えると、そんなにヒドい出来栄えってわけではない。
少なくとも、「スティーヴ・マーティンを味わう」ということで言えば、悪くない仕上がりじゃないだろうか。
かなりクドい芝居になっているけど、そういうのがスティーヴ・マーティンの持ち味だと思うし。

「自信満々で本人は真剣にやっているつもりだが、すました顔でヘマを繰り返す。女にはやたらと甘い」という主人公のキャラクターに、スティーヴ・マーティンはフィットしている。
ただ、堂々とした態度でトンチンカンな言動を取るってのが多いのだが、たまにヘマをした後で「やらかした」という表情を浮かべるシーンがあるので、そこは中途半端に感じる。
「ヘマをしても気付かないか、気付いても落ち着き払って受け流す」というパターンか、「ヘマをする度にトボけた顔で誤魔化したり、慌てたりする」というパターンか、どちらかに統一しておいた方が良かったと思うぞ。

ただし、もっと徹底した方がいいとは思うけど、クルーゾーの性格や行動指針がその場その場でコロコロ変わるようなことは無い。
最初から最後まで、キャラクターとしての統一感は取れている。
それはクルーゾーだけじゃなく、ドレフュスやポントン、ニコルといった面々も同様だ。
どうやって笑いを取りに行くのかという方法も、言葉による笑いも、動きによる笑いも、両方とも持ち込んでいるが、そんなに大きく間違ったことはやっていない。ベタだけど、ちゃんと基本を押さえている。
あえて問題点を挙げるとするならば、それは「あんまり面白くない」ということだけだ(それは致命的だろ)。

しかし笑いの部分よりも、むしろストーリーの部分に問題が大きい。
まず、「なんでサッカーの監督が殺されるという事件にしたのか」ということからして疑問が湧く。犯行の動機が「考案した守備戦術を横取りされたから」ってのは、なんじゃそりゃと思っちゃうし。
それと、グリュアンはピンク・パンサーの指輪を付けているけど、どうもイメージ的にサッカーの監督と高価なダイヤの指輪ってのがミスマッチに思えるし。
しかもグリュアンが殺されたことで殺人事件の捜査がメインになり、ピンク・パンサーの盗難事件はオマケみたいな扱いになってしまうし。

それ以外でも、行き当たりばったりとまでは言わないまでも、「その進行で本当にいいのか」と思ってしまうことが何度かある。
しかも、それは「笑いを取ることを優先して物語が脇道に逸れている」という感じでもないんだよな。だから余計に、「もうちょっと構成は考えた方が良かったんじゃないか」と思ってしまう。
特に引っ掛かるのは、後半になってクルーゾーがニューヨークへ行くという展開。
そりゃあアメリカ映画だし、セリフは英語だから、アメリカを舞台にしたくなるのも分からんではないよ。ただ、舞台をニューヨークに移す必要性は全く無いので、最後までパリでやればいいのに、と思ってしまう。
もしもニューヨークへ行かせるなら、もっと早い段階で行かせて、主な舞台をニューヨークにしちゃうべきだよ。

クルーゾーが空港で逮捕された後、ドレフュスは彼を利用していたことを全て明かす。
で、クルーゾーはショックを受けたり、ポントンに「私のせいで恥をかかせてしまったな」と真面目な顔で謝罪したりと、その辺りでマジなトーンになっちゃってるのだが、それはダメだろ。最後まで、おバカなノリのコメディーを貫こうぜ。
しんみりした雰囲気なんて、この映画には邪魔なだけだよ。
クルーゾーが写真を見て犯行の発生を確信したり、事件の真相を全て言い当てたりというマトモな推理力を発揮するのも、なんだかなあと。
結果として犯人を言い当てるのは別にいいけど、ホントに有能なトコは見せなくていいわ。

ちょっと気になるのは、『裸の銃<ガン>を持つ男』と『ジョニー・イングリッシュ』に似ているモノを感じてしまうってことだ。
「ヘマを繰り返すけど全く気付かない」という描写の幾つかは『裸の銃<ガン>を持つ男』を連想させ、「優秀だと思っている主人公が自信満々で真剣にやっているのにヘマを繰り返す」というプロットは『ジョニー・イングリッシュ』を連想させる。
ってことは、クルーゾーがフランク・ドレビンとジョニー・イングリッシュをミックスさせたようなキャラに思えてしまうってことだ。
もちろん模倣したわけではなく、たまたま似たようなキャラになったんだろうけどね。
ただ、面白いか面白くないかと問われたら答えに困るけど(そうなのかよ)、好きか嫌いかと問われたら「そんなに嫌いじゃないよ」と答えるよ。
前述したように、スティーヴ・マーティンを味わうということだけで捉えれば、それは充分に堪能できるわけだし。

(観賞日:2014年8月21日)


第27回ゴールデン・ラズベリー賞(2006年)

ノミネート:最低リメイク・盗作賞
ノミネート:最低助演女優賞[クリスティン・チェノウェス]
<*『ピンクパンサー』『RV』の2作でのノミネート>


第29回スティンカーズ最悪映画賞(2006年)

ノミネート:【最悪の主演男優】部門[スティーヴ・マーティン]
ノミネート:【最悪の歌曲・歌唱】部門「Check On It (Pink Panther) 」(ビヨンセfeat.スリム・サグ)
ノミネート:【最も腹立たしい言葉づかい(男性)】部門[ケヴィン・クライン]
ノミネート:【最も腹立たしい言葉づかい(男性)】部門[スティーヴ・マーティン]

 

*ポンコツ映画愛護協会