『ハンニバル・ライジング』:2007、イギリス&チェコ&フランス&イタリア
1944年リトアニア。名門貴族の息子である幼いハンニバル・レクターは、両親や妹ミーシャたちと共に、レクター城で暮らしていた。 しかし東部戦線での戦闘が激しくなったため、一家は山小屋へと避難した。しばらくするとソ連軍の戦車が現れ、兵士たちが水を要求した 。水を汲み上げる間、両親は外で待機させられる。そこへドイツ軍の戦闘機が襲来し、戦闘に巻き込まれた両親は死亡した。
対独協力者のグルータスやミルコ、コルナス、ドートリッヒたちは、戦死者から金品を略奪し、山小屋へ逃げ込んで来た。検問が厳しくて 移動が難しくなったため、彼らはハンニバルとミーシャを拘束して山小屋に立て篭もった。脱走兵たちは豪雪の中で狩りをするが、思う ように獲物を得ることは出来ない。食料が乏しい中、グルータスたちは同じ考えを抱いてハンニバルとミーシャに目をやった。
8年後。レクター城はソ連の養育施設として使われ、ハンニバルは収容孤児となっていた。反抗的な態度を取り続けるハンニバルは、夜に なると8年前の悪夢にうなされる。ミーシャの名前を大声で叫んだハンニバルは、彼を敵視する職員によって牢獄に入れられる。牢獄を 簡単に抜け出したハンニバルは、両親が残していた手紙の束を発見した。彼は手紙に写真が入っていた伯父を頼ろうと考え、城を脱走して 汽車を乗り継ぎ、フランスへ向かった。
ハンニバルが伯父の邸宅へ行くと、妻である日本人女性レディー・ムラサキが彼を迎え入れてくれた。伯父は1年前に亡くなっていたが、 ムラサキはハンニバルを優しく受け入れた。また悪夢でうなされたハンニバルを、ムラサキは落ち着かせた。ハンニバルは、ムラサキが 鎮座している甲冑に頭を下げる様子を目撃した。甲冑の前には、日本刀が飾られている。ムラサキはハンニバルを呼び寄せると、「ここで 御先祖様に祈りを捧げて力と勇気を授かるの」と教えた。
ハンニバルが刀に触れようとすると、ムラサキは制止して「刀に触れるのは御先祖様の誕生日だけです。丁字油で手入れをするの」と説明 した。彼女は侍の生首が描かれた絵巻物をハンニバルに見せ、「侍は敵将の頭をこうやって洗ったの。でも貴方には、もっとふさわしい絵 がたくさんあるわ。他人に優しく勇気ある人になって」と告げる。ムラサキはハンニバルを道着に着替えさせ、剣道を教えた。
ある日、ハンニバルはムラサキと共に、市場へ買い物に出掛けた。肉屋のポールはムラサキを見つけると下卑た言葉を浴びせ、尻を撫でた 。ハンニバルは激怒し、彼に殴り掛かった。湖での釣りから車に戻って来たポールを、ハンニバルが待ち受けていた。彼は丁字油で手入れ した日本刀でモマンを惨殺し、首を切断した。捜査に当たったポピール警視は丁字油の匂いに気付き、部下に分析を指示した。
ムラサキが先祖の台座へ赴くと、甲冑の前にモマンの生首が置かれていた。ムラサキが驚愕していると、日本刀を持ったハンニバルが後ろ から現れた。彼は微笑を浮かべ、「勝手に使いました」と言う。市場での喧嘩騒ぎがあったため、ハンニバルは警察署に連行された。彼は 嘘発見機に掛けられるが、何の反応も示さなかった。ポピールの取り調べに、ハンニバルは落ち着き払って対応した。取り調べの最中、 警察署の前にポールの生首が掲げられる。それはムラサキの仕業だった。
時は流れ、ハンニバルは医学校に最年少入学を果たした。彼はムラサキと共に、パリへと移り住んだ。ハンニバルは医学を学びながらも、 妹を襲った連中の顔は忘れていない。だが、彼らが呼び交わしていた名前は思い出せない。ハンニバルはムラサキの前で、「思い出せる なら何でもします」と言う。そんなある日、死体を受け取りに警察署へ赴いたハンニバルは、ポピールが戦争犯罪者のルイに自白剤を使用 している現場を目撃した。
自白剤を盗み出したハンニバルは、それを自分に注射した。それにより、彼は爆撃を受けた際に脱走兵が認識票の入った鞄を残していった 記憶を呼び戻した。ハンニバルは列車に乗り、リトアニアへ向かった。ドートリッヒは入国管理所の職員から連絡を受け、ハンニバルの 入国を知った。ハンニバルが山小屋で認識票を入手した直後、張り込んでいたドートリッヒが襲い掛かった。ハンニバルは返り討ちに 遭わせて縛り上げ、仲間の情報を尋ねた。脅しを掛けられたドートリッヒは、グレンツがカナダにいること、フランスのフォンデンブロー に住むコルナスがリーダーのグルータスについて知っていることを白状した。
ハンニバルはドートリッヒを殺害して頬肉を食べ、首を切断して放置した。彼はムラサキの元へ戻り、「見つけました、ミーシャを殺した 奴らを。名前も分かってる。このフランスのフォンデンブローにいる」と語る。ハンニバルはムラサキと一緒に、フォンデンブローへ 赴いた。コルナスはクレベールという偽名で、レストランの営業許可を取っていた。店で待っていると、コルナスは妻と2人の幼い子供を 連れて現れた。娘のナタリアがしているブレスレットは、連中がミーシャから奪った物だった。
ハンニバルはコルナスが目を離している隙にナタリアを呼び寄せ、上着のポケットに認識票を忍ばせた。コルナスが認識票を見つけた時、 ハンニバルとムラサキは店から立ち去っていた。コルナスは人身売買の元締めになっているグルータスやミルコと密会し、ドートリッヒが 殺された情報を教える。コルナスは不安な表情を見せるが、グルータスは余裕の態度を崩さない。自分たちを捜している相手がハンニバル ・レクターという青年だと聞き、彼は「戦争中、一緒に食事をした坊やだ」と微笑した。
グルータスはミルコに、ハンニバルの始末を命じた。深夜の医学校に一人で残ったハンニバルが実験をしているところへ、ミルコが潜入 した。しかし待ち受けていたハンニバルはミルコを捕まえ、死体のプールに入れた。怯えたミルコは、聞かれてもいないのに、自分たちが ミーシャを殺して食べたことを打ち明けた。ハンニバルはグルータスの住まいを聞き出してから、ミルコを沈めて始末した…。監督はピーター・ウェーバー、原作はトマス・ハリス、脚本はトマス・ハリス、製作はディノ・デ・ラウレンティス&マーサ・デ・ ラウレンティス&タラク・ベン・アマール、共同製作はクリス・カーリング&フィリップ・ロバートソン&ペトル・モラヴェック、 製作協力はロレンツォ・デ・マイオ、製作総指揮はジェームズ・クレイトン&ダンカン・リード、撮影はベン・デイヴィス、編集は ピエトロ・スカリア&ヴァレリオ・ボネッリ、美術はアラン・スタルスキ、衣装はアンナ・シェパード、音楽はイラン・ エシュケリ&梅林茂。
出演はギャスパー・ウリエル、コン・リー、リス・エヴァンス、ドミニク・ウェスト、リチャード・ブレイク、ケヴィン・マクキッド、 インゲボルガ・ダクネイト、アーロン・トーマス、 スティーヴン・ウォルターズ、イヴァン・マレヴィッチ、チャールズ・マックイグノン、ヘレナ・リア・タコヴシュカ、ゴラン・ コスティッチ、リチャード・リーフ、ティモシー・ウォーカー、トビー・アレクサンダー、ドゥニ・メノーシェ、ジョー・シェリダン、 ペトラ・ルスティゴヴァ、パヴェル・ベズデク、ラディスラフ・ハンプル、ラナ・リキッチ、ミシェル・ウェイド、マーティン・ハブ、 ヨルグ・スタドラー他。
『羊たちの沈黙』『ハンニバル』『レッド・ドラゴン』に続く“ハンニバル・レクター”シリーズ第4作。
トマス・ハリスの同名小説を基にしており、脚本も彼が担当した。
監督は『真珠の耳飾りの少女』のピーター・ウェーバー。
これまでの3作でアンソニー・ホプキンスが演じたハンニバルの青年期をギャスパー・ウリエル、8歳の頃をアーロン・トーマスが演じて いる。他に、ムラサキをコン・リー、グルータスをリス・エヴァンス、ポピールをドミニク・ウェストが演じている。根本的な問題として、「若い頃のハンニバルって、そんなに見たいかな」という疑問がある。
ハンニバル・レクターの「悪の華」としての」魅力って「冷静沈着で、常に相手の心理を見透かしているかのような天才的頭脳の持ち主で 、でも残虐なサイコ食人鬼」というところにあるわけで、そういうキャラクターが確立される前の物語を描かれても、若き日の彼に魅力を 感じることが出来るのだろうかと。
とは言え、「ハンニバル・レクターが、いかにして、あのハンニバル・レクターになったのか」という誕生編を描くのであれば、それは それで興味をそそる部分が全く無いわけではないだろう。
しかし実際に見てみると、この物語に登場するハンニバル・レクター青年は、『羊たちの沈黙』に登場する狂気の天才殺人鬼、ハンニバル ・レクターへと上手く結び付いているようには思えない。妹が殺されてグルータスたちに食べられたことが明らかになったのに、そこから「だからハンニバルはカニバリズムに目覚めました」と いうところへ行き着くのは、かなり無理を感じる。
例えば「妹を食べられたショックを乗り越えるため、あるいはショックから現実逃避するために、それ以上の強烈な行為を繰り返す」と いう解釈を思い付かないわけではないけど、かなり強引に捻り出したモノであり、頭の中でスムーズに「ハンニバルがカニバリズムに 目覚めた」というところへ結び付くわけではない。
空腹を訴えるグルータスたちのハンニバル&ミーシャに向ける視線や、8年後に場面が移るとミーシャがいないことなどから、連中が ミーシャを食べたことは明らかなので、そこをボカしている意味って全く無いと思うよ。
実際にミーシャを食べるシーンを直接的に描写しろということじゃないけど、「食べました」と観客に明示しても良かったんじゃない かな。ミルコから妹を食べたことを告白されてもハンニバルは全く動揺していないし、「そんなことはとっくに知っていたよ」という感じ だ。だったら、ますますボンヤリさせている意味は無いでしょ。コン・リーが日本人の役を演じているが、そのこと自体は、あまり気にならない。日本が舞台ではないし、下手な日本語を話すわけでも ないしね。
それより、ムラサキが甲冑や刀や能の面を飾っているとか、甲冑に深々と頭を下げるとか、そういう描写の数々が、日本人からすると、 バカバカしいとは思えない。トマス・ハリスの「東洋の神秘」に対する憧れが、間違った形で盛り込まれているようだ。
しかも、その東洋趣味をハンニバルが学ぶことが、彼がサイコ食人鬼に変貌することとは何の関連も無いのだ。ただトマス・ハリスが 東洋趣味を描きたかっただけ。
日本刀でポールを殺しに行くというのも、別に日本刀じゃなくていいし。肉切り包丁でも何でもいいのだ。仮面を付ける意味も特に無いし 。
教わった剣道の技術で人を殺すってのも「なんじゃ、そりゃ」だ。それに、日本刀で相手を斬り付けるというのは、ハンニバル・レクター の殺害方法として、絵にならないし。あと、ポールを殺す際、急にハンニバルが落ち着き払った余裕の態度になっているのも不可解。
最初の殺人から、そんなに冷静沈着で自信たっぷりなのかと。
市場ではカッとなって殴り掛かっていたのに、なんか急にキャラが変貌しちゃってる感じがするんだよな。
ハンニバルの誕生編を描くのなら、「次第に変化していく」というのを見せるべきなんじゃないの。
「唐突に、人殺しに何のためらいもない恐ろしい男になる」ということにするのなら、誕生編じゃなくていい。嘘発見機に掛けられたハンニバルは無反応なので、刑事たちから化け物呼ばわりされているけど、急にそんな奴になっちゃってんのよね。 少しずつ変化していくという流れが無い。
だからって、急に「冷静な殺人鬼」に変貌するような強烈な出来事があったわけでもない。
「ムラサキが侮辱されたから腹を立てて始末する」というのは、殺人衝動に目覚めるきっかけとしては弱いだろう。
いや、弱いっていうか、ズレていると感じる。なぜハンニバルは、施設の職員は殺さず、ポールは殺すのか。ハンニバルが殺人に走る基準が良く分からない。殺人の衝動にかられるほど の出来事だとは感じないのよ。
ポールの行動は、行き過ぎたセクハラに過ぎない。ミーシャが食われた時のことが重なるとか、そういう出来事でもないし。それが きっかけでハンニバルの残虐性が目覚めたという展開には、かなり無理があるようにしか思えない。
その後、ハンニバルが脱走兵に関する記憶を呼び起こすと、復讐劇の様相を呈して来る。
だが、その復讐劇と殺人衝動、カニバリズムを強引に絡めようとして、まるで混ざり合っていない。
ハッキリ言っちゃうと、復讐劇が邪魔なんだよね。
脱走兵たちを殺していくのは復讐だけど、ドートリッヒの頬肉を食べるのはカニバリズムへの欲求を満たすためでしょ。その2つの感情が 、上手く絡み合っていない。
っていうか、どうやっても融合させることは無理だと思うぞ。なぜハンニバルはドートリッヒを殺した後で頬肉を食べるのか、その心理がサッパリ分からない。ムラサキと絵画を見ている時も、人肉を 食べることへの欲望をそれとなく口にしているけど、どの辺りで、なぜ彼がカニバリズムに目覚めたのか、それがサッパリ 分からない。
いっそのこと、8年後に移った時点からカニバリズムへの倒錯した欲求(悪夢にうなされており、カニバリズムへの恐怖はあるが、その 一方で惹かれるモノがあるという欲求)を示してくれた方が、まだ理解しやすかったかもしれない。
ただ、やっぱり復讐劇ってのは、要らないなあ。
不幸な境遇とか、同情すべき過去とか、そんなのは、ハンニバルには要らない。そして、ハンニバルの殺人が「復讐という、ある意味では 正当な理由のある行為としてのモノ」というのも、「そういうのをシリーズのファンは見たいんじゃないでしょ」と思うのよ。 復讐心による殺人ってのは、人間的な行為でしょ。 でも、大人になってからのハンニバルって、もっとクレイジーな感覚で行動している殺人鬼なわけで。ポールを殺す時は、ムラサキを侮辱したことへの怒りが殺人のモチベーションになっている。脱走兵たちを殺すのは、ミーシャを殺されて 食べられたことへの怒りがモチベーションだ。
この映画において、ハンニバルの犯罪は全て、「怒りの衝動としての殺人」だ。
そんな奴が、なぜ「カニバリズムを満たすための無差別殺人者」へ移行していったのか、それは本作品を見ても全く分からない。
そうなると、これは“狂気の殺人鬼”ハンニバル・レクターの誕生編としては、不充分なのではないか。ハンニバルがポピールに「グルータスを戦争犯罪で有罪にするための供述が欲しい」と依頼されて普通に供述するのは、なんで急にヌルい 奴になってんのかと思っちゃう。
そこで供述したところで、警察が復讐を果たしてくれるとは思ってないでしょ。
だからこそ、知っていること全てを話しているわけではない。
だったら、なぜミーシャをグルータスたちに殺されて食べられたことだけは簡単に話すのか、そこの心理がサッパリ分からない。あと、ハンニバルがグルータスに狙いを定め、確実に殺せる状況に立ったのなら、あえなく失敗するってのはダメだよ。
しかも余裕を見せ付けてダラダラしている間に仲間が来て捕まるとか、すげえダサいわ。そこでハンニバルの弱さを見せる必要は 無いでしょ。
それと、ハンニバルがムラサキに惹かれるという恋愛劇も盛り込まれているけど、「取って付けた感」しか無いし。
実はムラサキの存在意義って、ほとんど無いんだよな。(観賞日:2012年5月2日)
第28回ゴールデン・ラズベリー賞
ノミネート:最低序章・続編賞
ノミネート:ホラー映画というには申し訳程度の最低のシロモノ賞