『54 フィフティ★フォー』:1998、アメリカ

1979年、ニュージャージー。19歳のシェーン・オシェイはガソリンスタンドで働きながら、仲間たちと同じ店に通ってナンパに明け暮れて いた。彼は対岸のニューヨークに強い憧れを抱いていたが、川を渡るための車を持っていなかった。少年時代、シェーンはニューヨークへ 行ったことがあった。その頃、母はテレビ番組のメイクを担当していた。その母はシェーンが12歳の時に亡くなり、彼は現在、父と2人の 妹たちの4人で暮らしている。父のハーランは、ビールとコメディー番組さえあれば満足だという考えの持ち主だった。
シェーンは退屈な日々に飽き飽きしており、そこから抜け出したいと考えていた。そんなある日、新聞を読んだ彼は、ソープ・オペラの 人気女優であるジュリー・ブラックがニューヨークのディスコ「スタジオ54」に出入りしていることが書かれている記事を見つけた。 スティーヴ・ルベルがオーナーを務めるスタジオ54は、著名人が集まることで有名なディスコである。シェーンは髪型を変え、仲間たちの 車でニューヨークへ向かった。
シェーンたちがスタジオ54に辿り着くと、店の前には大勢の人だかりが出来ていた。中に入ることが出来るのは、スティーヴに選ばれた 幸運な者だけだ。シェーンはスティーヴの目に留まるが、「シャツがダメ」と言われる。そこで彼はシャツを脱いで上半身裸になり、入店 の許可を貰った。大音量で音楽が流される中で、大勢の人々が踊ったり酒を飲んだりしていた。周囲に人がいるのに、平気でセックスを している男女の姿もあった。
DJブースに入ったスティーヴはマイクを握り、トルーマン・カポーティーを呼んだ。カポーティーが返事をすると、スティーヴは「整形 した君にプレゼントを用意した」と言う。すると天井からワイヤーで吊るされた天使の格好の少年が現れ、カポーティーに手鏡を渡した。 ステージには歌手のテルマ・ヒューストンが現れ、その歌に合わせて人々は踊った。最初は臆していたシェーンだが、吹っ切れたように リズムを取って踊り始めた。
翌朝、シェーンは妹のグレイシーとケリーの前で、スタジオ54での体験を得意げに語った。だが、そこへ来た父が不機嫌な態度を取るので 、すっかり口が重くなってしまった。その夜、シェーンは転寝している父から車のキーを盗み、再びスタジオ54へ向かった。彼は馴染みの 美容師のツテで、店の面接を受けることになった。面接は厳しいと聞いていたが、スティーヴはシェーンの顔を見て「美男子だから」と いう理由で合格にした。
ウェイターとして働くことになったシェーンを、スティーヴは先輩の店員たちに紹介した。ウェイターやバーテンダーは全員が若くて容姿 の整った男子ばかりで、上半身裸で仕事をする。シェーンは先輩ウェイターのグレッグ・ランダッツォから、仕事の注意事項を教えて もらう。彼は店に来ているジュリーを見て興奮するが、それは地元出身のスターだからだ。シェーンは有名人に疎いため、カポーティーの ことも全く知らなかった。シェーンはパティーという女性客に誘われ、店の奥で肉体関係を持った。
仕事が終わった後、シェーンはグレッグや妻のアニタ、シエルといった先輩店員たちに誘われて飲みに行く。シェーンはランダッツォ夫妻 と打ち解け、2人のアパートで居候させてもらうことになった。グレッグは俳優志望、アニタは歌手志望だった。シェーンはグレッグから 、バーテンダーを通してドラッグやセックスや金銭が横行していることを知らされた。夜中になると、バーテンダーは金をゴミ袋に詰めて 運ぶ。スティーヴは所得を隠して大儲けしていた。グレッグがゴミ袋の担当で、アンソニーという男に渡すのだ。ある日、グレッグは 悪酔いしたスティーヴに誘われ、彼のアパートを訪れた。スティーヴから「ペニスを舐めさせろ」と要求されたグレッグは、「すみません 、結婚しているんです」と断った。
シェーンは友達を招待客のリストに入れて欲しいとスティーヴに頼んだ。スティーヴはルックスの良さを確認し、リストに入れる。だが、 実際に訪れた友達が美男子ではなかったので、入店は許可しなかった。スティーヴは自分が気に入らなければ、外に1000人の希望者が 押し寄せても入店させなかった。ある日、大物音楽プロデューサのビリー・オースターが店を訪れた。シェーンはアニタに頼まれ、彼女に コカインを持って行く。アニタは自分を売り込み、デモテープを受け取ってもらって大喜びした。
ビリーはシェーンを気に入り、「目立ちたい」と言う彼に「私が変身させてあげる」と告げた。2人は肉体関係を持った。店の花形である バーテンダーの1人、レットが辞めたばかりで、グレッグが後釜を希望していた。しかしシェーンもパーテンダーになりたいと思っていた 。そんなシェーンに、ビリーは「欲しい物があれば、まず相手に欲しい物を与えなさい」と告げた。ビリーの口添えによって、シェーンは バーテンダーに昇進した。シェーンは常連客のディスコ・ドッティーや先輩パーテンダーたちに祝福された。
スタジオ54のバーテンダーは、スターのような存在だ。スティーヴは店を訪れる著名人に、バーテンダーを積極的に紹介する。スティーヴ はシェーンを連れて、地下室へ赴いた。そこは大物たちだけが集まってドラッグとセックスに興じるVIPルームだった。シェーンは店の 外でも積極的に活動し、雑誌撮影や社交界との交流で顔を売った。シェーンは高価な服に身を包み、高級車を乗り回すようになった。
シェーンはビリーの招待を受け、アニタと共にリズ・ヴァンゲルダー邸のパーティーへ出向いた。しかし上流階級ばかりが揃った招待客の 会話に、シェーンは全く付いて行けなかった。シェーンが取材を受けた雑誌が発売されるが、下卑たコメントと共に写真が載っているだけ だった。落ち込んだシェーンは、アニタに「気分転換しない?」と持ち掛けた。アニタは自分がダンスを教えているスタジオへシェーンを 連れて行った。アニタは子供たちに、お手本として自分とシェーンのダンスを見せた。
グレッグは店の裏金から千ドルを抜き取り、ドラッグを購入して店で売り捌いた。すぐに金が足りないことは露呈するが、スティーヴは 会計士のヴィヴにクビを通告した。誰かを解雇しないとアンソニーが納得しないからだ。クリスマスの夜、店ではコンサートが開かれる。 シェーンは些細なことから、グレッグと言い争いになった。グレッグはシェーンがスティーヴの言いなりになっていることを批判し、 「お前はアニタを狙ってる」と嫉妬心を剥き出しにした。そのことでグレッグはアニタとも喧嘩になった。
久々に帰郷したシェーンはグレイシーにプレゼントを渡すが、ハーランから歓迎されていないことを知り、すぐに立ち去ることにした。 グレイシーはシェーンがドラッグをやっていると知り、やめてほしいと頼んだ。しかしシェーンは「親父が酒を飲むのと同じだ」と告げた 。シェーンが思い出のホテルへ行くと、そこにはジュリーが来ていた。ジュリーにアクセサリーをプレゼントしたシェーンは、お礼にキス をされて喜んだ。
シェーンはジュリーと一緒にボーリング場へ出掛け、彼女の記事を見てスタジオ54へ行ったことを話した。するとジュリーは、映画に出演 する人脈を作るために店へ通っていることを語る。年越しコンサートの夜、シェーンはスティーヴに千ドルを渡し、「俺が盗んだ」と言う 。だが、スティーヴはグレッグが犯人だと気付いていた。シェーンは「順当にバーテンダーに選ばれていたら、こんなことはしなかった。 グレッグにチャンスを与えてほしい」と頼んだ。
シェーンが仕事中のグレッグに話し掛けると、彼は穏やかな態度を見せた。2人とも、クリスマスの言い争いは全く引きずらなかった。 スティーヴはシェーンに、「グレース・ケリーが来るから相手をしろ」と告げた。浮かれていたシェーンだが、ヴァンゲルダー邸で自分を バカにしたローランドと一緒にジュリーが店へ現れたので、ショックを受けた。「通じ合えたと思ったのに」と漏らすシェーンに、「今は チャンスをモノにしたいの。彼と一緒なら成功できる」とジュリーは述べた。
新年が訪れると、マイクを握ったスティーヴは「国税局が動いているという噂があるが、手は打ってある」と自信満々に告げた。年明けの コンサートが始まり、特別ゲストとしてアニタがステージに立った。彼女の歌に合わせて客が踊り出した直後、ドッティーがドラッグの 過剰摂取で倒れた。ドッティーが運び出された後、何事も無かったかのように人々は踊り始めた。シェーンはスティーヴからグレース妃の 相手をするよう命じられるが、拒絶して反抗的な態度を取った。スティーヴが「お前の代わりは幾らでもいるんだぞ」と言うと、シェーン は店を出て行こうとする。その時、スタジオ54に国税局の強制捜査が入った…。

脚本&監督はマーク・クリストファー、製作はリチャード・N・グラッドスタイン&ドリー・ホール&アイラ・ デュッチマン、製作協力はジョナサン・キング、製作総指揮はボブ・ワインスタスン&ハーヴェイ・ワインスタイン&ボビー・コーエン& ドン・カーモディー、撮影はアレクサンダー・グラジンスキー、編集はリー・パーシー、追加編集はグレッグ・フェザーマン&マイケル・ レヴィン、美術はケヴィン・トンプソン、衣装はエレン・ラッター、音楽はマルコ・ベルトラミ、音楽監修はスーザン・ジェイコブズ& コーティ・ムンディ・ヘルナンデス。
出演はライアン・フィリップ、サルマ・ハエック、マイク・マイヤーズ、ネーヴ・キャンベル、セーラ・ウォード、ブレッキン・メイヤー 、シェリー・ストリングフィールド、ヘザー・マタラッツォ、エレン・アルベルティーニ・ダウ、エリカ・アレクサンダー、スキップ・ サッドス、ドメニク・ロンバルドッツィー、マーク・ラファロ、ジェイソン・アンドリュース、ジェイ・ゴード、ロリー・バグリー、 ローレン・ハットン、マイケル・ヨーク、ダニエル・ラパイン、ロン・ジェレミー、エリオ・フィオルッチ、テルマ・ヒューストン他。


ニューヨークに実在し、1986年に閉鎖されたたディスコ「スタジオ54」を舞台にした作品。
脚本&監督のマーク・クリストファーは、1992年の『The Dead Boys' Club』、1995年の『Alkali, Iowa』という2つの短編で複数の 映画賞を獲得した経歴の持ち主。
シェーンをライアン・フィリップ、アニタをサルマ・ハエック、スティーヴをマイク・マイヤーズ、ジュリーをネーヴ・キャンベル、 ビリーをセーラ・ウォード、グレッグをブレッキン・メイヤー、ヴィヴをシェリー・ストリングフィールド、グレイシーをヘザー・ マタラッツォ、ドッティーをエレン・アルベルティーニ・ダウ、シエルをエリカ・アレクサンダー、ハーランをスキップ・サッドスが 演じている。

冒頭、シェーンのナレーションによって、彼の生活環境が説明される。
彼は現状に退屈していることを語っているのだが、そのことがナレーションだけでは今一つ弱い。ドラマによって「退屈な日常」ってのを 、もう少しアピールしておいた方がいい。
そうじゃないと、スタジオ54のシーンが訪れた時に、「退屈な日常」「きらびやかな非日常」というギャップが弱くなる。
もちろん、ディスコの様子が明らかにシェーンの日常と別世界だというのは映像から伝わって来るけど、ぶっちゃけ、「そんなに魅力的 かなあ」と思ってしまう程度の印象なんだよね。
それを考えても、シェーンの退屈な日常をもっとアピールしておかないと、そんなディスコに彼が魅了され、そこで働くことを希望する ようになるというところの説得力が弱くなってしまう。

シェーンという主人公のキャラクターが、どうにもボンヤリしている。
また、どういう人物としてシェーンを描きたいのか、彼を通して何を描きたいのか、そういうこともイマイチ良く分からない。
シェーンはスタジオ54に憧れを抱き、そこで働きたいと希望する。何の苦労も無く、あっさりと合格して働き始める。
そこで苦労するようなこともなく、すぐに先輩たちと仲良くなって、店にも慣れる。
その辺りは、「初期段階の主要キャラを紹介する」「店について説明する」という意味合いが大きい時間帯だ。

そうやって序盤が終了し、いよいよ本格的に「スタジオ54で働き始めたシェーンの物語」が開始される段階に入る。
ただし、その時点で既に「退屈な日常から抜け出したい」というシェーンの欲求は満たされている。
そうなると、そのラインで話を進めることは出来ない。
そこからは「シェーンを狂言回しにして、店に関わる人々の様子を描く」とか、「店で働くことに充実感を覚えていたシェーンが、周囲の 人々の動きに巻き込まれて行く」とか、色々な選択肢が考えられる。
何でもいいから、重要なのはハッキリした道筋を用意することだ。

ところが、そこからがボンヤリしてしまうのが、この映画の抱える大きな問題だ。
ビリーに気に入られたシェーンは、「俺は目立ちたい」と言い出す。
どうやら、彼は店で働くことに満足しているわけではなく、成り上がりたいという野心があるようなのだ。
「最初はそうでもなかったが、何かのきっかけで野心を抱くようになる」という形になっているわけではない。
野心が芽生えるきっかけになるような出来事など、何も無かった。

ただ、最初から成り上がりたいという野心があったようにも見えないんだよな。そんな気配は無かった。
だから、そこでシェーンが野心をチラ付かせることには、違和感を覚える。
野心があったのなら、最初からそういう見せ方をすべきだろう。
で、そういう見せ方で物語を始めていないのなら、中途半端に「野心のある男」として見せるより、むしろシェーンは特に何も考えて おらず、早く店の仕事に慣れよう、上手く仕事が出来るようになろうと努めていたが、ビリーが彼を気に入ってスターに変身させようと 考え、周囲の状況が変化して人気者になったシェーンが勘違いして有頂天になってしまう、というような流れでも良かったんじゃないか。

あと、バーテンダーになったシェーンはナレーションでは「グレッグに悪い気がした」と言っているけど、ちっとも罪悪感を抱いている ようには思えない。
で、それならそれで、「強い野心があり、目的を叶えるためなら仲間でも平気で蹴落とす」というキャラクターにしてしまえばいい。
でも、そこまでギラギラしているわけでもないんだよな。だったら、もっと本気でグレッグに対する罪悪感や葛藤を描写した方が いい。ただし、その前提となる「グレッグやアニタとの厚い友情」ってのも描写が著しく不足しているから、そこから手を加える必要が あるけど。
ただ、その後、シェーンがグレッグと言い争ったり、グレッグとアニタが険悪になったりするけど、すぐに仲直りするし、グレッグは シェーンがアニタを狙っていると疑うけど、そこの三角関係は全く膨らまないし、3人の関係ってのは、ちっともドラマとして発展 しないんだよな。

シェーンはビリーの口添えでバーテンダーに出世するが、そこまでに「いかにバーテンダーというのが特別扱いで、スターとしてチヤホヤ されるか」ってのを説明しておくべきだろう。
シェーンがパーテンダーになってから説明するのでは遅い。
バーテンダーの待遇が格段に違うことをアピールしておかないと、シェーンがバーテンダーになりたがるモチベーションもイマイチ 伝わって来ないわけだし。

バーテンダーになったシェーンは、「生活が一変した」とナレーションで語る。
だが、彼が高級車に乗って高級な服を着ている様子が描写されたかと思ったら、すぐに「社交界のブルジョアな会話に付いて行けずにバカ にされる」「雑誌の取材で下品な扱いをされる」という壁にぶつかっている。
「バーテンダーに昇進したシェーンが、わずかな期間で生活が一変したことで完全に浮かれポンチに」という絶頂の様子が、ちっとも充実 していない。

とは言え、パーティーでバカにされたり取材で騙されたりしたことでシェーンの絶頂期が終了するのかというと、そういうわけではない。
恥はかいても、バーテンダーとしての待遇は変わらないのだから、相変わらずシェーンは浮かれた暮らしが続く。
ただし、知識の無さで恥ずかしい思いをしたシェーンが、著名人に関する知識を得てブルジョアな会話に付いて行けるようになるとか、 努力によって一つ上の段階に行くとか、そういう変化は無い。
相変わらず彼は、ボンクラなままだ。
そうなると、パーティーや雑誌取材で中途半端な挫折を用意した意味が無くなってしまう。

「日常に退屈を感じていた若者が、都会のクラブに憧れて働き始める」という物語の入り方からすると、「憧れていた世界の現実を知って 打ちのめされ、刺激は無くても平穏な日常に戻って行く」というのが、ベタだけど分かりやすい筋道だ。
しかし、そういう道を本作品は選ばない。
この映画では、もう早い段階でシェーンが「店ではドラッグが蔓延しており、スティーヴは汚い方法で稼いでいる」と知っている。
しかしシェーンはドラッグや裏金に何のショックも受けず、すんなりと受け入れる。
無知や無学のせいで恥をかいても、それで打ちのめされて「かつての暮らし」に戻ることは無い。

店に強制捜査が入るので、シェーンは自分が望まなくても、バーテンダーとしての生活を諦めなくてはいけない状況になる。
その直前、彼はスティーヴに対して文句を言い、店を出て行こうとしているが、すぐに戻って来る。
強制捜査が入らなければ、すぐに復帰した可能性が高い。だから「ドッティーの死で夢から覚める」という形ではない。
結局、彼は夢から覚めないまま、店を去っているのだ。
だから彼はスティーヴの出所を心待ちにするし、復帰記念のパーティーにも喜んで参加している。

最終的に、シェーンがスタジオ54で過ごした日々、体験した出来事は全面的に肯定されており、「昔は良かったね」という終わり方に なっている。
「パーティーは終わったけど、スタジオ54は素敵な場所だった」という回顧主義だけが残る。
シェーンが人間的に成長するとか、店での体験によって考え方や生き方に変化が生じるとか、そういうことは見られない。
シェーンの物語なのかと思っていたら、最後に来て「スタジオ54を描く作品」として幕が引かれる。
どうにもフォーカスが合っていない映画だという印象を受ける。

(観賞日:2013年12月28日)


第19回ゴールデン・ラズベリー賞(1998年)

ノミネート:最低主演男優賞[ライアン・フィリップ]
ノミネート:最低助演女優賞[ディスコ・ドッティーを演じたエレン・アルバーティニ・ダウ]


第21回スティンカーズ最悪映画賞(1998年)

ノミネート:【最悪の助演女優】部門[ネーヴ・キャンベル]
<*『54 フィフティー★フォー』『ワイルドシングス』の2作でノミネート>

 

*ポンコツ映画愛護協会