『ジャックはしゃべれま1,000(せん)』:2012、アメリカ

出版代理人のジャック・マッコールは、お喋りを武器にして精力的に活動していた。彼は多くのベストセラー本を生み出してきた多忙な 代理人だが、自分が担当した本をちゃんと読んだことは一度も無い。オフィスに出勤した彼は助手のアーロン・ワイズバーガーに会議室を 準備させ、会社の重役たちに次の本に関するプレゼンを行う。ジャックが狙っているのは、世界的な人気を誇るスピリチュアル指導者の シンジャだ。彼は上司のサマンサ・デイビスに、「必ずシンジャを説得する」と自信を見せた。
多くの信奉者が来ているシンジャのスピリチュアル集会に参加したジャックは、大げさな演技で内なる自分を見たように装った。シンジャ と2人きりになったジャックは、自分を代理人にして本を出版するよう持ち掛ける。シンジャが「興味はありません」と断るので、彼は 得意の話術で交渉する。「私の意図する方法で教義を広めてくれますか」とシンジャが訊くので、ジャックは軽いノリで「もちろん」と 告げる。シンジャは彼と握手し、「言葉は全宇宙に広範な影響を与えるものです」と述べた。
契約成立に浮かれたジャックは、母のアニーが入居している施設に立ち寄った。痴呆症の進行しているアニーは、ジャックを死んだ夫の レイモンドだと思い込んでいる。どれだけジャックが「僕は息子のジャックだ」と言っても、アニーには分かってもらえない。ジャックが 帰宅すると、庭師のガウデンシオが作業をしていた。ジャックは大きな家に暮らしているが、妻のキャロラインは引っ越しを望んでいた。 今の家に愛着があるジャックだが、キャロラインは幼い息子のタイラーを世話するのにも苦労していることを語る。
キャロラインが子供と一緒に暮らすには今の家では大変だと説明すると、ジャックはリフォームで済ませようとする。キャロラインが 苛立ちを示した直後、庭で異変が起きた。地面から大きな菩提樹が急に生えて来たのだ。それはシンジャの施設に生えていた木だった。 シンジャが送り付けて来たのだと考えたジャックは、「何のつもりだ?お礼のつもりか?」と不愉快そうに言う。「引き抜きましょうか」 とガウデンシオが言うと、ジャックは、「いや、それはマズい。このままにしておこう」と答えた。
翌朝、ジャックが出勤すると、アーロンはシンジャが本を送って来たこと、わずか5ページしか無かったことを報告した。腹を立てた ジャックはシンジャの元へ行き、「あれは本じゃない、パンフレットだ」と抗議した。シンジャは悠然とした態度で、「私の本は自分探し の旅だ。その旅は5ページまでに達成される」と述べた。ジャックがクシャミをしたので、シンジャは「大丈夫か?」と問い掛ける。 ジャックは「アレルギー反応だ。貴方の送って来た木のせいだ」と言うと、シンジャは怪訝そうな顔になった。
ジャックはシンジャを家に連れて行き、菩提樹を見せた。するとシンジャは木に歩み寄り、何か話すようジャックに促した。ジャックは、 自分が何か話す度に葉が落ちて行くのを目にした。するとシンジャは彼に、「この木は君と繋がっている。君は話す度に、明らかに葉が 落ちて、具合が悪化する」と告げた。「葉が全て落ちたら、どうなるんだ」とジャックが尋ねると、「通常、木は死んだとされる」と シンジャは言い、それと同じことが彼の身にも起きると説明した。
ジャックが「葉はあと何枚残ってる?」と訊くと、シンジャは「千枚」と告げた。そうやって会話を交わしている間も、また葉は落ちた。 シンジャはジャックに、1つの言葉で1枚の葉が落ちることを教えた。ジャックはシンジャの制止を無視し、斧で木を切り倒そうとする。 だが、斧を思い切り木に入れると、自分が吹き飛ばされてしまい、腰には傷が付いた。ジャックが焦って相談すると、シンジャは「ラパス へ行くから、木のことを仲間に尋ねてみよう」と言う。帰りが3日後だと聞き、ジャックが「それまでどうすればいいんだ」と言うと、 シンジャは「私なら黙っている。3日間、喋らなければいい」と口にした。
翌朝、ジャックは眠っているキャロラインにメモを残そうとするが、文字を書くと葉が落ちた。いつものようにスターバックスへ行くが、 喋らずに注文しようとしたため、店員に欲しい商品が全く伝わらなかった。ジャックは通っているセラピストの元へ行くが、何も言わずに 時間は過ぎた。出勤したジャックは、アーロンから仕事の報告を受け、ノドが痛くて話せないように装った。彼はサマンサからフランス人 のエージェントを紹介され、シンジャの本について話すよう求められる。ジャックは仕方なく、短い言葉で済まそうとする。菩提樹にリス が登って来ると、ジャックは体が痒くなった。
ジャックはアーロンを伴ってレストランへ行き、買い付け部長のロバート・ギルバートとマーケティング部長のギル・リードに会った。彼 はアーロンに、自分の代わりに話すよう促した。するとアーロンは、失礼な態度で彼らと接した。ガウデンシオが菩提樹に水をやると、 ジャックの体はビショビショになった。アーロンが偉そうな態度を崩さなかったので、ギルバートたちは憤慨して立ち去った。
育児センターで子育てレッスンに参加したジャックは、息子のために歌うよう講師から促された。一緒に参加している他のパパたちもいる 中で、ジャックは仕方なく歌った。その夜、キャロラインから来週からもレッスンに参加するよう求められたジャックは、「無理だ」と 言う。キャロラインが腹を立てて非難するので、ジャックは何とか状況を分かってもらおうとする。しかし言葉が無くては全く理解して もらえず、キャロラインはますます不機嫌になってしまった。
ジャックはボリビアに電話を掛けてシンジャに繋いでもらうが、その間も当然のことながら葉は落ちていった。シンジャは軽い口調で、 「まだ進展は無いが、明日には帰るから、必ず電話するよ」と告げた。翌朝、出勤したジャックはサマンサから、昨日の会食で契約がダメ になったことを責められる。「ランダムハウスはお膳立てしておいたから、ダメにしないでよ」と釘を刺されたところへ、ランダムハウス のドン・パーカーから電話が入る。ジャックはお喋り人形を使い、何とか交渉を成功させた。
キャロラインは同僚から、夫婦関係を円滑にするための道具としてセクシー衣装をプレゼントされた。ジャックがホテルに呼び出されて 部屋に入ると、彼女はセクシー衣装で待っていた。「どんなことをしてほしいか言ってみて。何でもするわ」と誘われたジャックだが、 言葉を発しないのでキャロラインは腹を立てる。「私を愛してるの?」と彼女は悲しそうに問い掛け、愛の言葉を語るよう求めた。しかし 長いセリフを要求されたジャックは、それを口にすることが出来なかった。
キャロラインが耐え切れずに「専門家に相談しましょう」と離婚を示唆するようなことを口にしたので、ジャックは「庭に木がある。僕が 喋ると葉が落ちて、僕は死ぬ」と出来るだけ短い言葉で説明する。しかしキャロラインは全く信用せず、彼を追い出した。アーロンから ジャックに電話が入り、サマンサがパーカーたちとの会食に出掛けたことが告げられた。慌ててレストランへ出向いたジャックは、会食に 参加することになった。ガウデンシオが菩提樹に殺虫剤を噴射したので、ジャックは中毒状態になってしまった。
ジャックが酔っ払ったような行動を取る中、サマンサの部下であるメアリーがシンジャの本のコピーを持って来た。わずか5ページだった ため、パーカーたちは契約を撤回して立ち去った。サマンサはジャックにクビを通告した。ジャックはアーロンに絵を描き、自分の状況を 理解してもらおうとする。しかし勘の悪いアーロンには、まるで伝わらなかった。苛立ったジャックは、自分が喋ると実際に葉が落ちる 様子を彼に見せた。
ジャックはアーロンに菩提樹を見張らせておいて、町に出た。彼は慈善活動を行い、アーロンに確認の電話を入れるが、やはり喋ると葉は 落ちた。ジャックは帰国したシンジャと会うが、彼が軽い調子で土産のスノードームを取り出したので激怒して掴み掛かる。シンジャは 真面目な顔になり、「答えは無い。木について知っている者は誰もいなかった。私に言えるのは、君には平和が必要だということだ」と 話す。そして「本当の自分自身を見つけることだ。言葉だけでは、君の思いは伝わらない。心から誠実に愛を伝えろ」と述べた…。

監督はブライアン・ロビンス、脚本はスティーヴ・コーレン、製作はアラン・シャバ&ステファニー・ダナン&ニコラス・ケイジ& ノーム・ゴライトリー&ブライアン・ロビンス&シャーラ・サンプター・ブリジェット、共同製作はラース・ウィンザー&マーク・ ハイムズ、製作協力はキャロライン・ブレサード&ニコラス・ジロディー、製作総指揮はジェーン・バーテルミ、撮影はクラーク・マシス 、編集はネッド・バスティール、美術はクレイ・A・グリフィス、衣装はメアリー・ヴォクト、音楽はジョン・デブニー、音楽監修は マドンナ・ウェイド=リード。
主演はエディー・マーフィー、共演はケリー・ワシントン、アリソン・ジャネイ、クリフ・カーティス、クラーク・デューク、ルビー・ ディー、フィル・リーヴス、ジョン・ゲイティンズ、ベサニー・ドワイアー、レニー・ロフティン、デヴィッド・バーク、ジャック・ マクブライヤー、カイラ・ブレイク、ウィンストン・J・ロシャ、ルー・サリバ、マット・ウィンストン、アラン・シャバ、カマラ・ ジョーンズ、ジョン・ウィザースプーン、Kハリソン・スウィーニー、ブライアン・ノリス他。


『シャギー・ドッグ』『デイブは宇宙船』のブライアン・ロビンスが監督を務めた作品。
脚本は『ブルース・オールマイティ』『もしも昨日が選べたら』のスティーヴ・コーレン。
ジャックをエディー・マーフィー、キャロラインをケリー・ワシントン、サマンサをアリソン ・ジャネイ、シンジャをクリフ・カーティス、アーロンをクラーク・デューク、アニーをルビー・ディー、パーカーをフィル・リーヴス、 ギルモアをレニー・ロフティン、リードをデヴィッド・バークが演じている。

この映画は2008年に撮影されたが、全米で公開されたのは2012年3月だ。完成後の試写会で酷評されたため、公開が大幅に延期されて しまったのだ。
試写で酷評された作品の公開時期が遅れるのは珍しくないが、大抵は1年も寝かせれば公開に踏み切るものだ。4年近くも公開時期が 遅れるってのは余程のことだ。
たぶん製作したドリーム・ワークスとしては、エディー・マーフィーの主演作がヒットするのを待って、それに便乗する形で公開しようと いう目論見があったんじゃないかと思う。
ビデオスルー扱いにせず、そこまで待ってでも劇場公開にこだわったのは、そうじゃないと収益が厳しいという判断だったのだろうか。
ただ、公開に漕ぎ付けたものの結局は大コケしてしまい、かなりの赤字が出てしまったわけだが。

エディー・マーフィーと言えば、1980年代にマシンガン・トークを武器にしてコメディー番組『サタデー・ナイト・ライブ』や映画 『ビバリーヒルズ・コップ』シリーズに出演し、マネーメイキング・スターとなった人である。
しかし1989年の映画『ハーレム・ナイト』辺りから少しずつ陰りが見え始め、1990年代の後半に入ると、勢いに乗っていた頃のような毒や アクは随分と薄くなっていた。
とは言っても、やはりエディー・マーフィーの代名詞がマシンガン・トークというのは確かだろう。
そんな彼が、もう自分のセンスや技術に衰えが見えていることを自覚したのか、それとも新しい方向性を模索していたのか、得意の マシンガン・トークを封印して臨んだのが、この映画である。オー・ヘンリーの短編小説『最後の一葉』をモチーフにした本作品で、彼は 自らの意思で喋ることをやめた主人公を演じている。劇中の大半で、彼は言葉を離さずに演技をしている。

しかし残念ながら、お喋りを封印したエディー・マーフィーは、歌を忘れたカナリヤ状態だった。
一応、身振り手振りや顔の表情などで笑いを生み出そうとはしているんだが、「あまり得意分野ではないんだろうな」ってのがハッキリと 分かる。映画のプロットを考えると、主人公はジム・キャリー辺りがお似合いではないかと思う。
ただし、じゃあジム・キャリーが主演していたら優れたコメディー映画に仕上がったのかというと、それはまた別の話だ。
っていうか、誰が主演していても、やっぱり駄作だったとは思う。
だから、もちろんエディー・マーフィーも冴えないのだが、この映画がポンコツになった責任は、彼だけが負うべきものではない。

本作品では「死にたくないからお喋りをやめる」ってのが喜劇を構成するための芯になっているのだが、そこには大きな無理がある。
ジャックが喋らないように努めるのはシンジャから「庭にある菩提樹の葉が全て散ったら死ぬ」と言われたからなのだが、その預言には何 の根拠も無い。インチキ臭いシンジャの言葉を、なぜかジャックが鵜呑みにしてしまっただけだ。
そこを「なぜか」と疑問に感じさせてしまうところが既に問題なのだ。
バカバカしい預言、胡散臭い言葉であっても、それはコメディーだから構わない。しかし、そんな「普通はバカバカしくて相手にしない だろ」という予言をジャックが受け入れてしまうのなら、そこには説得力を持たせなければならない。
ジャックは集会に参加してもバカにした態度を取っており、シンジャのことを全く信じていなかったのだから、「木と自分が繋がっている 」「葉が全て落ちたら死ぬ」と説明されて、何の迷いも無く簡単に信じるのは不可解なのだ。

ジャックは喋る度に葉が落ちる様子を見せられ、斧を入れようとして吹き飛ばされるが、だからって「葉が全て落ちたら死ぬ」ということ 全面的にを信じ込むのは、まだ早いように思うんだよなあ。
不安を抱くことはあっても、まだ疑いの段階に留まるんじゃないだろうかと。
っていうか、そういう筋書きでも構わないと思うのだ。斧を入れて吹き飛ばされる手順を外して、「最初は信じておらず、平気で喋って いたが、どんどん葉が落ちて、それに伴って具合が悪くなるので不安が強くなり、やがて喋ることを控えるようになる」ということでも 良かったのではないかと思うのだ。
そのためには、もっと葉の枚数を増やすとか、「1つの単語で1枚が落ちる」というルールを変更するとか、そういった作業が必要に なってくるが。

菩提樹の葉はジャックがシンジャから説明を受けた時点で1000枚付いており、ジャックが1つの単語を喋るごとに1枚ずつ散って行くの だが、そこのルール設定が曖昧すぎる。
どんなことを喋ってもアウトというわけではなくて、動物の鳴き声を発したり絶叫したりしても落ちない。
そのくせ、口から発する言葉だけじゃなくて、ファックのポーズをしても、文字を書いただけでも葉は落ちるのだ。
それはメチャクチャだ。
文字がOKならメモを使って周囲の人に意志を伝えられるので、それを防ぐために「メモもアウト」というルール設定にしたことは容易に 予想できるが、そういう脚本としての事情を理解しても、その設定は無理があると言わざるを得ない。

「喋ることを避ける」というだけではネタとして弱いと思ったのか、「菩提樹に何かあるとジャックにも同じことが起きる」という設定に している。
そして、例えばリスが木を登るとジャックの体が痒くなるとか、水が撒かれるとビショビショになるといった描写を持ち込んでいる。
だが、それは明らかに欲張り過ぎだし、焦点をボンヤリさせてしまう。
あくまでも「喋ると葉が落ちる」という部分に絞り込むべきだ。

ジャックは「喋るのをやめよう」と決めた後も、必要に迫られて何度も喋る羽目に陥っている。
しかし、「葉が全て落ちたら自分は死ぬ」と信じている人間が、「どうしても喋らないといけない」という必要に迫られる時なんて、どれ だけあるだろうか。
この映画では、例えば客に本のことを説明する時や、育児センターで息子のために歌うよう促された時に声を発しているけど、それは自分 の命と引き換えにしてまで喋らないといけない状況だろうか。
そんなことは絶対に無いはずだ。

もちろん、一言も喋らないまま過ごし続けることが出来たら喜劇として成立しないわけだから、「ジャックが仕方なく喋ってしまう」と いうシーンを何度も入れるのは分かる。
しかし、そういう状況の作り方に無理がある。
例え喋らないことで上司の信頼を失っても、歌を拒否することで妻に愛想を尽かされても、死んでしまうことに比べればマシでしょ。
「死にたくない」という強い意志を持った男が、その程度で喋るってのは無理がある。
それを考えると、そもそも「葉が全て落ちると死ぬ」という設定そのものに無理があるのではないか。葉が全て落ちた時に起きる現象を、 「死」以外の何かに設定しておいた方が良かったのではないか。
あるいは、葉が落ちる条件を、喋ることではなく別の何かに変更するという手もあるだろう。

会社をクビになった後、ジャックが町に出て浮浪者にパンを配ったり少女の猫を助けたりという善行を繰り返す。それは「善い行いに よって、葉が落ちなくなるのではないか」という考えに基づいた行動だ。
でも、そういう行動を取ろうと思った理由がサッパリ分からない。
劇中で、「ジャックが悪い行いばかり繰り返しているから菩提樹と一体化してしまった」とか、「悪い行いばかり繰り返しているから 葉の呪いが掛かった」とか、そんな風に感じさせるような描写など全く無かったはず。
シンジャが菩提樹と一体化したことについて語った時も、そうなった原因について「日頃の行いが云々」などとは言って いなかった。そして、ジャックが慈善活動をする直前も、そういう行動を取らせるきっかけになるような出来事は何も無かった。
だから、ただ唐突なだけだ。

慈善活動の作戦が失敗に終わった後、ジャックは家族のアルバムを開き、両親と少年時代の自分が写っている1枚の写真を取り出す。
そして菩提樹の近くに座り、集会で信者たちがやっていたようなポーズを取って目を閉じる。
すると体が光に包まれ、母親と少年の自分が食事をしている回想シーンが入る(それを彼が心の中で見ているということだ)。
だけど、なぜ急にシンジャの信者たちと同じようなことをやろうと思ったのか、なぜ子供時代を回想しようと思ったのか、サッパリ 分からない。

シンジャから「心から誠実に愛を伝えろ」と助言されたジャックは、もう葉が残り少ない中、妻や駐車係や母などに短い言葉で自分の想い を伝える。
ようするに、「自分の最期を悟った主人公が優しい気持ちになり、今まで口八丁だったけど、初めて真実の言葉を語る」という ところへ着地させたかったわけだ。
でも、そこに着地させるための道筋が蛇行しまくりだ。
そこへ向かおうとするベクトルを感じさせるための作業も乏しい。

あと、終盤になってから「家族を捨てて家を出た父親にジャックが今も怒っている」ということがアニーの口を借りて語られ、その父親の 墓地をジャックが訪れて「貴方を許すよ」と告げるという展開があるが、唐突すぎる。
そこを最終的に呪いが解けるポイントにしたいのなら、「ジャックが父親を許せずにいる」ってのを前半の内に示しておくべきでしょ。
そんなのは、全く無かったじゃないか。

(観賞日:2013年12月2日)


第33回ゴールデン・ラズベリー賞(2012年)

ノミネート:最低作品賞
ノミネート:最低主演男優賞[エディー・マーフィー]
ノミネート:最低脚本賞

 

*ポンコツ映画愛護協会